7.甘いキス
この状況は別荘で起きた火事として片付けられる可能性が高い。
そして連れて来ているのは、皆それなりに身分のある騎士たち。
見捨てて逃げた君主としてジスランの名が刻まれるのを避けねばならない。
彼は出兵の際は優秀な指揮官として名を馳せている。有事に真っ先と逃げ出したという悪評は今まで築いた彼の栄光を傷つけかねない。
私は二階にいる騎士たちの捜索に当たる。二階は火が勢いよく燃え盛り、黒い煙が床近くに充満していた。
(まずは、ロイ・ベルモン以外の三人の騎士!)
私は火に囲まれたロイ・ベルモンの部屋は後回しにし、三人の騎士たちを捜索した。隣の部屋を開けると一人の灰色の髪をした騎士が倒れ込んでいる。
「立てますか?」
話しかけても返事は返ってこないが、自発呼吸はある。部屋の損傷から察するに、爆発の勢いで飛ばされて気を失っている。
私は騎士の頬を思いっきり引っ叩いた。
「フェリシア⋯様?」
「立てそうですか?」
「あ、足が⋯⋯」
騎士は右足が腫れていて骨折が疑われる。
私は窓枠の板を割り、彼の足に添え木をした。階段を降りて一階に避難しようと思ったが、廊下から入ってくる煙の量に他のルートを探す。
私は窓を開けて、外を見た。
既に三人の騎士が桟橋に避難している。
「窓台に上がれますか? ここから湖に飛び込んで下で救助して貰いましょう」
「なんとか、上がれます」
腕の力を使って窓台に上がる騎士を支える。
騎士は外を見ると少し震えていた。
「仲間を信じてください。ドートリッシュ王国の騎士たちは泳ぎの訓練をしていると聞いています」
階段からのルートを使いたいが、部屋に入ってくる煙の量と騎士の怪我の状態から判断すると窓から脱出した方が安全。
「フェリシア様を信じます」
騎士は弾みをつけて、思いっきり湖に飛び込んだ。
「騎士を窓から避難させましたわ。彼を助け出し救護してください」
窓から大きな声で叫ぶと、既に外に避難していた三人の騎士が動くのが分かった。
部屋の外に出ると煙が充満していて、視界がほぼ塞がれる。私は着ていたクリーム色のドレスの裾を破き、煙を吸い込まないように口元に巻きつけた。
廊下には逃げ出そうとした二人の騎士が倒れていた。煙を吸ってしまったようで二人とも息切れしている。早いところ新鮮な空気のある場所に移動させる必要がある。
大柄の二人を引き摺り窓際まで移動させる。
「フェリシア様⋯⋯早くお逃げ⋯⋯はぁ⋯⋯」
「今は自分が生きることだけ考えてください。立てそうですか?」
「身体が⋯⋯いう事をきか⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ」
二人とも自発呼吸はなんとかできているが、身体が自由に動かないようだ。
「今から、貴方たち二人を湖に落とします。真っ暗で怖いかもしれませんが、必ず仲間が助けてくれます。気を強く持ってください」
「フェリシア⋯⋯さ⋯⋯ま」
私は立て掛けてあった頑丈な板を使い、てこの原理を利用し彼らを持ち上げ窓の外の湖に落とした。
「今、二人の騎士を避難させました。二人とも身体が動かせない状態ですが、必ず、助けてください。引き上げたら直ぐに呼吸を確認してください」
完全に炎に包まれているロイ・ベルモンの部屋の前にくる。私は廊下にある花瓶の水を頭から被り、半壊したドアを蹴りあげた。
ロイ・ベルモンの体は全身大火傷を負った状態。鼻翼が膨らんだり縮んだりしていて一見呼吸しているように見える。
呼吸があるように見えて、実際は呼吸できていない死戦期呼吸。彼の手首で確認するも脈はない。既にロイ・ダルトワの心臓は活動をやめていた。
(絶対、死なせないわ!)
私は彼の胸骨に片方の手を乗せ、もう一方の手をその上に重ねる。肘を伸ばし体重を掛け胸骨を圧迫し続けた。
「ごふっ」
息を吹き返し、うっすらと目を開けるロイ・ベルモンは死を覚悟したような虚な目をしている。
「フェリ⋯⋯シア様?」
「誰かに頼まれましたか?」
私の質問の意図を察したように、彼は口をつぐみ再び目を瞑る。
「黒幕を吐かないと、貴方の家族を殺しますよ」
私の言葉にロイ・ベルモンは血走った黄土色の瞳をカッと見開いた。
「そうはさせるか!」
首を絞めようと手を伸ばしてくるロイ・ベルモンの手に力はない。
「そんなに守りたい家族がいるなんて幸せですね。生きてください。ロイ・ベルモン」
私は全身焼け爛れ幾分軽くなっているロイ・ベルモンを持ち上げ、窓から落とす。
桟橋のところにジスランの姿が見えた。
「ジスラン! ロイ・ベルモンがおそらく実行犯です。今、湖に落としました。まだ、微かですが息があります」
ジスランは私の顔を見るなり心配そうな顔を浮かべつつも、湖の周りに避難した騎士たちにロイ・ベルモンを捜索するよう指示を出していた。
よく見ると私が避難させた二階にいた三人の騎士も既に桟橋で救護されている。
(良かった⋯⋯)
バアン! パリン!
そう思ったのも束の間、また部屋で爆発が起こる。
「フェリシアー!」
ジスランの聞いたことのないような叫び声を合図に私は窓から飛び降りた。
月明かりだけが照らす真っ暗な湖。強い逆風を受け口元につけていた布がとれて、遠い空に飛んで行く。
冷たい湖の深くまで落ちたと同時に、浮き上がるように立ち泳ぎををした。
泳ぎは魚を食べたかったので、本を読んで学び習得済み。
ドレスが重たくて泳ぐのが辛いけれど、生きる為だと思い歯を食いしばる。
何とか泳ぎ切って陸地に上がろうとした時だった。
桟橋に手を掛けたところで、今にも飛び込みそうな必死な形相のジスランの揺れる琥珀色の瞳と目が合う。
「ジスラン、私は無事ですよ」
彼が私の為に必死になってた事が嬉しくて事態の緊迫さも忘れ、思わず笑顔が溢れた。
ジスランが私を引き上げ、自分の着ていたジャケットを私に掛け抱きしめてくる。彼から香る男らしい香りにドキッとしながら、私は震える体を温めたくて彼にくっついた。
「どうして! こんな無理を?」
「私たちは夫婦だから当然です。家族だから助け合いたいんです。それよりも、皆は無事ですか? ベルモン卿は? 事情を聞かねばなり⋯⋯」
全てを言い終わらない内に、私の言葉はジスランの熱い口付けに飲み込まれた。仲睦まじい新婚夫婦を装うとか雑念が消えるような激しいキス。気がつけば私は目を瞑り、彼の濃厚な甘いキスを受け入れていた。




