4.ドレス選び
「嫌がらせに屈したくはないのです。契約期間は私は貴方の妻として最善を尽くします」
私の右足は負傷していてヒールのある靴を履くと痛い。だから、靴を履くのは舞踏会本番だけにしようと思った。
彼の温かい手に手を乗せる。私たちはカウントをとりながらダンスの練習を始めた。
「あの夜も思ったが、本当に踊れないとかのレベルじゃないな? 簡単なステップだぞ」
ジスランの動きに合わせて踊っていたが、足がもつれて彼の足を踏んでしまった。
「申し訳ございません。痛かったですよね」
「痛くはない。それよりも裸足で踊ってて足は冷たくないか? 怪我した足は大丈夫か?」
ジスランは私をベッドに座らせると、手で足を温めてくれた。
彼の手の体温が冷えた足から伝わって温かい。きっと、ヒールを履いて足を踏んでしまったら彼の足を怪我させてしまっただろう。
「いえ、裸足で良かったです。汚い足を触らせてすみません。でも、気持ち良いです」
人に足など触れられたことはないが、足に綺麗なイメージはない。
「綺麗な足だよ。明日はこの足に合う低めのヒールの靴と、君に合うドレスを選ぼう。夕刻には舞踏会に一緒に出てもらうことになるからな」
ジスランの言葉の中に優しさを感じた。彼は暗に他の人間を通さず安全な靴とドレスを私に贈ってくれると言っている。
「ジスラン、明日の日中は公務があるのではないですか?」
「明日の公務はグレイアムに頼むよ」
私は彼の厚意に甘えることにした。周囲にはできるだけジスランと二人で過ごすところを見せておいたほうが良いだろう。私は貧しい男爵家出身で、王家に嫁ぐには身分が低すぎる。
「お気遣いありがとうございます、ジスラン」
お礼を言った私にジスランは柔らかく微笑む。
「僕と舞踏会開会の合図を告げる曲さえ踊れるようになれば十分だ。今晩中に一曲だけでも仕上げよう」
「はい、宜しくお願いします」
夜も大分深まった頃、カウントで踊れるようになる。
「足は痛くないか? 血は滲んでないようだが」
ジスランは屈んで掌で私の足を摩る。手を何度も擦り合わせ熱を作り、私の足を温めようとしてるのが分かった。
「ジスラン、もう、温かいです。眠くはないですか?」
「僕は大丈夫だ。フェリシアこそ眠くはないか?」
「私は平気です」
気遣い合っている時間をくすぐったか思っていると、彼が私の髪を撫でながら口を開いた。
「じゃあ、次は曲に合わせて踊ろう」
「曲?」
ジスランが突然鼻歌で曲を歌い出す。私は思わず吹き出してしまった。
「その笑顔、疲れが吹っ飛ぶな。本当に可愛い」
彼が愛おしそうに私を抱き寄せる。心臓の鼓動がダンスのカウントより早くなって苦しい。
ジスランが鼻歌で曲を歌いながら私を一晩中特訓してくれた。王子が鼻歌など歌っているシュールな状況に私は何度も吹き出しそうになった。
♢♢♢
「おはよう。フェリシア。今日は食事をしたらドレスを選んでもらうぞ。ウェディングドレスと同じサイズで何着か作ってあるんだ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「今日は素直だな」
ジスランが私の頭を優しく撫でてくれる。私たちは徹夜でダンス練習をした。彼は私に少しだけでも仮眠をとるように促し、私はベッドで一時間程だが倒れ込むように眠りについた。
「ジスランは寝ましたか?」
「フェリシアの寝顔を見てたら眠るのが勿体無くてな」
微笑みながら私の頬を撫でるジスラン。私たちの間に漂う甘い雰囲気に、誰もが私たちが熱い夜を過ごしたと思ったと誤解してくれそうだ。
私はジスランにエスコートされ、食堂に移動する。
彼がそっと引いた椅子に座ると、スープが運ばれて来た。
甘い香りに食欲が唆られる。私はスプーンでそっとスープを掬い上げ口に運んだ。
「上手に食べられているじゃないか」
「ダンスだけでなく食事の作法もなっていないとでも思いましたか?」
「いや、努力家の君がなぜ僕らが初めて踊った時に殆ど踊れなかったのかと考えている」
私は貴族としての教育をまともに受けていないことが露見しそうで、ジスランの疑問には答えなかった。
「この冷製のかぼちゃのスープ本当に美味しいです」
「それはジャガイモのスープだぞ。なかなかの味覚音痴だな」
ジスランに笑われてしまい私は恥ずかしくなった。
(甘いからかぼちゃかと思った⋯⋯ビシソワーズだったとは)
父が亡くなってから食事をまともに摂らせて貰えなかった私は、近くの森でこっそりとジャガイモを栽培して食べた。
同じジャガイモでも生クリームを入れて何度も濾して丁寧にシェフが料理すると、これ程に甘く滑らかな黄金色のスープができるらしい。
甘いスープを飲んだのは遠い記憶で味が思い出せもしない。
食事後に今晩の舞踏会で着るドレスを選ぶことになった。
「フェリシア、君専用のドレスルームだ。好きなものを選ぶといい」
ジスランに案内されたドレスルームは、シャリエ家の私の自室より広かった。
所狭しと飾られた贅を尽くしたドレス。
「この、水色のドレスが良いです」
私は水色に銀糸の刺繍が入ったシンプルなドレスを選んだ。童話のシンデレラが着ていそうな清楚なドレス。
「却下! フェリシアにそのドレスは似合わない。これにしろ! 君の美しさを引き立ててくれる」
彼が差し出してきたのは金糸で細やかな刺繍があしらわれ、ゴールデンベリルやサファイアが散りばめられた鮮やかな青いドレスだった。
(こんな派手な格好した事がない⋯⋯)
私はふと昨日の結婚式に参列した貴族のご婦人方のドレスを思い出した。
宝石があしらわれた原色のドレスを着用しているご婦人が多かった。もしかしたら、昨今の流行がそういったドレスで、富を見せつける為に皆派手なものを着ているのかもしれない。
「このドレスが似合うかは自信がありませんが、流行なのですよね」
王子妃が時代遅れのドレスを着ていたらジスランが恥を掻くだろう。
「流行? そんなの気にしたことないな。ただ、深い青に黄金。僕たちが混ざり合ったようなドレスだと思っただけだ」
ジスランの言葉に周囲に待機していたメイドたちが真っ赤になるのが分かる。
(ああ、瞳の色のことか⋯⋯)
彼に恋をしたまま、今のセリフを聞いたら夢心地になっただろう。私の無機質な反応に気がついた彼が少し寂しそうに目を伏せる。
「ジスラン、貴方が選んでくれたドレスにします。私は貴方の花嫁ですから」
彼をフォローしたかったからなのか、周りに仲睦まじさを見せる必要があったからなのか自分でも分からない。ただ、一度は恋した彼の顔が曇るのを見るのは嫌だった。
ドレスを選んだ後は、入浴を済ませ、舞踏会の準備だ。舞踏会会場の前で私を待ち構えているジスランは私の着ているドレスとペアに作られただろう青い礼服を着ていた。
「ジスラン、お待たせしました。元々、私にこのドレスをプレゼントするつもりでしたか?」




