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Dragon

 ――全国大会から明けて一ヵ月後、僕は全国模試でトップを獲得。

 1位を取ったことで、また世間から注目される。

 2週間後、僕達3人は、U‐22代表の合宿に、17歳で飛び級選出される。U‐18、U‐20を飛び越えての選出だった。ユータとジュンイチは参加をしたが、僕は学業優先を銘打って辞退した。

 その時の記者会見でも、学校に機動隊が出動する。その頃には、僕達3人は、日本中で最もホットな存在となっていたのだった。

「僕は臆病者なんですよ。キャリア2年以下のサッカーで、国の看板を賭けて、まして批判を矢面に立って受ける自信がないんです」

 この「僕は○○なんですよ」というフレーズは、この記者会見から、サクライ・ケースケの口癖として浸透し、一種の流行語扱いとなっている。

 まだサッカーキャリア2年で、高校最高の選手まで上り詰めた僕の才能は、まだ伸びしろが十分あると期待する声が多い。しかし、小さな体であること、既に全国模試で一位を取っているということから、学業優先という僕の選択を肯定する人もおり、肯定派、否定派それぞれの意見に根拠があった。大学教授やスポーツの専門家などまで参戦して、僕の将来選択の、高度な証明が繰り返されている。

「サクライ・ケースケに向いているのは学問か、はたまたサッカーか?」

 この無限ループのような議論が、この頃から今まで、ずっと続いているのであった。


「代表辞退とか、日本って国をなめてるとしか思えない! あいつは非国民」

「調子乗ってるんじゃないの?」

「でもあの体ではもう伸びしろは少ないと言ったサクライくんの意見は本音だと思う」

「サッカーは国内トップ選手でも年収一億、あの小さな体で全国模試一位取っているなら、一生は食えないサッカーを選ぶわけがない」

「実際キャリア2年で日本代表になったら迷うと思う。俺ならビビるね」

「自分が代表になるなんて、マジで考えていなかったんじゃね? 埼玉高校なんて、サクライ世代の入学前は、超弱小校だよ」

「そもそも代表って、なる気のない奴が選ばれちゃダメなところでしょ」

「確かに、ネットの掲示板とか、本人が見たら心が折れると思う。まだ17歳の少年に日本サッカーの全てを預けるようなのは、さすがに酷かも知れない」

「サクライは諸葛孔明が好きらしい。孔明の真似をして、しばらくは雌伏をしているんじゃないのか?」

「プロの契約金を吊り上げるための戦術なら、引くなぁ。純朴そうな顔して」

「サクライくんに限って、そんなことはないでしょ!」

「やる気がないならいらない、以上」

「サッカー選手になるより、日本を変えてほしい」

「大体サクライって、プロで通用するかも証明されてないよね」

「今の代表はサクライみたいなボールキープのうまい司令塔が必要」

「ヒラヤマとコンビ組ませれば、日本の得点力不足は解消しそう」

「サクライは速くて正確なパスと高度なトラップ技術を持っている。それだけで日本人が世界と戦えるヒントを持つ選手だと思う。A代表に呼んでも他の選手のいい刺激になる」

「埼玉高校が浦和レッズと練習試合したけど、サクライの上手さは際立っていた」

「てか、マスコミが騒いでる天才ぶりって、あくまで模試の一位でしょ? 騒ぎすぎ」

「まぐれで全国模試一位が取れると思っているゆとりは死ね」


 ――などなど、連日ネットの掲示板やテレビの討論番組などで、僕の進路は取り立たされている。日本サッカーの名選手達と、教育委員会、果ては東大教授や世界的数学者まで集まっての議論は、日本を飛び越え、世界的な注目を集めていた。

 大会中、僕がインタビューで、尊敬する人を、諸葛孔明だと言ったことで、次第に僕は『平成の臥龍』と呼ばれるようになっていた。

 諸葛孔明は、大学を飛び級で卒業した後、仕事に就かず、晴耕雨読の気ままな日々を送った。天才として、世の中を動かす龍の如き力を持つのに、自分の力を振るうに足る君主を待つため、山野に雌伏しているので、孔明は、臥したる龍、『臥龍』のあだ名を持っていた。

全国模試1位や、高校サッカー最優秀選手などの力はあるものの、大きなオファーに腰を上げない――そんな僕の姿を、孔明のそれになぞらえたのだ。

 そんな高度な議論は、海外メディアさえ注目した。面白い問題だと取り上げたことで、ハーバードだとか、エールだとか、ケンブリッジだとかの有名教授まで意見をを出すほどの大騒ぎとなった。

 そして、ここまでサッカーの技術を惜しまれる、サクライ・ケースケとはどれほどの選手なのか、ということで、僕は噂が噂を呼び、キャリア2年のサッカーで、スペインやらイタリアやらのプロサッカークラブからの視察さえ受けるようになった。

 そうやって、僕の介さぬところでの議論によって名前が売れ、次第に日本の著名人や芸能人も、「天才と呼ばれるサクライ・ケースケと話してみたい」など、そんな依頼が殺到した。

 僕は高校生で、テレビ出演には高校の許可がいるため、僕の出演の依頼は高校の事務室に届く。

 事務の先生は毎日そのオファーの処理に追われているというわけだ。教育委員会が特別に人を埼玉高校に追加派遣したくらいだからね。



 ――とまあ、僕がマツオカ・シオリと一緒に過ごすようになって、3ヶ月が経ったけれど、今の生活はこんな感じ。

 マツオカ・シオリと心を通い合わせたあの夜から、僕の人生は大きく動き始めた。

 ひとりぼっちで鬱屈した日々を送っていた僕にとって、実に有意義な時間のように思える。

 今の僕は、実に満ち足りているのだけれど。

 ただ、あまりに騒がれすぎることが、時にひどく自分を縛り付けるように感じられる時があるのも事実だった。

 受験も控え、人生の岐路に佇む僕は、平穏の中で、これからの事をじっくり考える時間も取れない。

 そんな、目も回るように忙しい時間は、今も続いている。


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