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Another story ~ 1-8

 次の日の朝、学校に行くと、既に学校にいたサクライ・ケースケが、眠そうな目をしながら、多くの人に囲まれていた。

「サクライくん、野球上手なんだね」

「中学とか、どこだったの?」

 やはりクラスメイトも、何だかんだで皆気になっていたんだ。旅行に参加していない分、この謎のクラスメイトの正体を、少しでも見極めたいということか。

 確かにサクライ・ケースケには、授業でどんな失態を見せようとも、どこか隅に置けないような雰囲気があった。

 教室にはジュンイチがもういて、鞄を机に置く俺の所へ寄って来た。

「作戦通りにやるぞ」

 ジュンイチにそう囁かれて、俺達もケースケの机の方へ向かった。

「はいはい、ちょっとごめんな」

 俺達はクラスメイトを書き分けて、席に着くケースケの前に立つ。

「……」

 初めてこいつの目を、こんなに近くで見た。

 相変わらず眠そうな目だったけれど、初めてこいつの目から、僅かだが変化を感じた気がした。

 今まで囲まれていた、勉強ばかりの大人しい連中と、俺達二人が別物の存在だと、一目で見抜いたのがわかった。ケースケの澱んだような目の流れが、少し変わったように感じたからだった。

「……」

 だけど、ケースケはもう、受験で俺との間にあった事を、まったく覚えていないようだった。覚えていたら、もう少し何かあってもよさそうなものだが、それがまったくない。

 昨日ジュンイチが台本を作ったのを、俺は今日、朝の電車で何度も読み返し、イメトレまで完璧に繰り返してきた。

 だから大丈夫……のはずだけど。

「なぁ、お前、鬼退治に興味ないか?」

「……は?」

 初めて俺に向けられた、ケースケの言葉だった。

 オイオイ、マジで大丈夫なのかよ。

「昨日の野球見てたんだけどよ。お前、その野球の腕があるなら、うちの弱小野球部で野球をやるのは勿体無いぜ。刺激が欲しくないか?」

 俺は意味もわからないまま、台本の台詞を喋り続けていた。

「うちの野球部じゃ、甲子園にもまずいけないだろうし、お前のその腕でも、名が上がらないぜ。だから、この話に乗って欲しいんだ」

「……」

 俺も大根芝居もいいところだけど、ケースケは、目こそ合わせてくれないものの、席で頬杖を突いて、その話をじっと聞いていた。

 こう、無視しているようで、実はちゃんと話を聞いてくれるあたり、こいつの目の色の深さを裏付けている気がする。

「サッカー部の鬼顧問、イイジマっていうんだけど。そいつ、中学時代野球やってたのが、高校でサッカーやるってのが、許せないタチなんだと。坊主が嫌だとか、女にもてないとかでサッカーにうつられちゃたまらん、ってことらしい」

「……」

「それで毎年、そういうリクルーターに、入部したいなら、グラウンド100周走って、本気度を見せろって、肝試しをやってるんだとよ。グラウンド100周といったら、えらい距離だ。毎年新入生がぶっ倒れて、問題になっている」

 サッカーのグラウンドは、うちのグラウンドがどれだけのものか知らないが、縦105メートル、横68メートルだ。一周346メートルだから、100周だと34・6キロだ。確かに15歳のガキが走る距離じゃない。

「お前、その鬼の角、へし折ってみないか?」

「……」

 なんとも子供っぽい誘いだ。

 ジュンイチの観察では、あいつは甲子園とか何とか、そういうものにはまるで興味がないように見えたんだそうだ。

 それにあいつは負けず嫌いだろうという推測があった。こうして、他のクラスメイトが聞いている中で、こんな誘いをしたら、こいつはまず断らない。

「……」

 ケースケは、顎に手をやった。

 ――嘘だろ。考えてるぜ。中学生が走る距離じゃない。死ぬぞ。

 そして一度立ち上がり、教室の窓から体を乗り出した。外から見えるサッカー部のグラウンドの広さを目算しているのだろう。

 そして、すぐに目算を終えると、ケースケは、俺の方を向いて、言った。

「報酬は?」

「え?」

「鬼退治をすることで、報酬はあるのか? と聞いている」

「……」

 報酬……? ど、どうしよう。そこまで台本に書いてなかった。

 ここで何か報酬が出せれば、きっとこいつは乗ってくれるはずだ。

 しかし……台本になかった流れ……な、何かアドリブで報酬を考えないと――

「あるぜ。報酬」

 テンパってしまう俺に助け舟を出したのは、隣にいたジュンイチだった。ジュンイチは一歩前に出る。

「俺達が、お前が成功するかどうか、オッズを開く。毎年体罰まがいのスパルタで、見物客も出るくらいらしいから、今年も多分、お前がぶっ倒れるのを見たがる物好きが見物に沢山来る。そこで、お前が成功するか失敗するか、賭けさせるんだ。お前は体も小さいし、多分成功にはほとんど賭けないだろう。オッズ5倍でも、多くのハズレが出るから、きっと俺達に利益が出る。その利益分を、成功したら、お前が総取り――ってのはどうだ?」

「……」

 その誘いに、ケースケは少し考え込んだ。

 おいおい、そんな、オッズ5倍なんて……

 こいつを過大評価してるんじゃないのか? もしこいつが失敗したら、俺達、自腹切ること確実だぞ。

 しかも5万――10万自腹でもおかしくないぞ

 そんなこと……

「物好きだな」

 ケースケが言った。

「お前等、そのオッズで僕が失敗したら、相当な額の自腹を切ることになるぞ」

 ケースケも、俺と同じ事を考えたらしい。ジュンイチに忠告した。

 しかし、この仏頂面のサクライ・ケースケの一人称を初めて聞いた。

 僕だって……妙に大人びた落ち着きを見せる奴の一人称の割に、妙に子供っぽい。

 その時、ジュンイチがフフフ、と笑った。

「鬼退治というからには、お前だけにリスクを背負わせるわけにはいかないだろ? 俺達もお前と同じ、高校生活に刺激を求めるクチでね。楽しいハイスクールライフのしょっぱなに、そんな刺激があっても悪くないだろ?」

「……」

 そして最後に、こう言った。

「それに、お前を信じてなきゃ、そんな条件、吹っかけないさ。俺達は、お前がゲロ吐くまで走って、ぶっ倒れる姿が想像できなかった。俺はお前の負けん気に賭けたんだ」

「――!」

 そのジュンイチの言葉に、俺ははっとした。

 そうだ……俺に足りなかったもの。

 それは、仲間を信じること。

 俺は――こいつを仲間にしたい、と思っていたのに、こいつの事を信じきれていなかった。

 それじゃ駄目なんだ。俺は、仲間からパスをもらえるようになるために、ここに来たんだ。

 よく考えたら、俺は今、こいつにパスを出しているんだ。

 パスを出すっていうのは、本当に信頼していないと、こうして恐くて出せなくなるものなんだ。

 はじめて、俺が欲しがったパスを出す人の気持ちが分かった。

 そして、思った。

 俺は、本気で仲間になりたいと思っているこいつの事を、俺が信じないでどうする。



 俺達二人は、サッカー部のグラウンド外で、オッズ勧誘をした。

 俺が賭け金を預かって、今日の授業中、内職でせっせと作った、俺の落書き入りの、成功、失敗の割符を渡し、ジュンイチが名前と賭けたものを、ノートに控える。

 賭ける奴を増やすために、当初の予定のオッズを5倍から10倍に引き上げた。両方ともオッズ10倍で、いまだかつて成功者が出ない、とあれば、誰だって失敗の方に賭ける。これが、賭けた人に応じてオッズを変動させると、総取りを狙って賭ける奴が増えてしまう。成功も失敗も一律の倍率にして、いかにも「安全なギャンブル」という名目で、お金を稼いでやろうと思わせる馬鹿者を釣るのが目的だ。

 サマージャンボとか、一般の宝くじと同じ原理だ。一等が3億でものすごい大金に見えるけれど、結果的に胴元はそれ以上のハズレを出して、結果的に儲かっている。これが賭けた人に応じて、一等の値段を上げてしまえば、俺達はケースケに、報酬を払えなくなってしまう。

 だからジュンイチは、こういう悪知恵をアドリブで考えるにしては、天才的だったといっていい。とにかく俺達は、馬鹿者に出来るだけ多く、失敗に賭けてもらわなければならないのだ。

 俺達は、昼休みのうちにのぼりまで作って、校門前、メガホンで精一杯勧誘した。

 ジュンイチの狙い通り、失敗に賭けるおバカさんは後を絶たなかった。失敗にかけた人の掛け金総額は、20万以上にのぼった。成功に賭けた人間は、2万円にも満たなかった。

「……」

 こ、これ……

 もし失敗したら、俺達二人、200万の借金だ。

 いくらなんでも、高校生の俺達からすれば、見たこともないような額だ。

 下手したら今後の高校生活3年間、サッカーどころか、金を返すために必死でバイト三昧の日々を送る羽目になるぞ。

 なのに……

 不思議と、恐さはなかった。

 サクライ・ケースケならやってくれる。

 ここまで土壇場に追い込まれて、俺はやっと、人を――仲間を信頼することを覚えたようだった。

 ――あれ?

 今の俺、メチャクチャ楽しいぞ。

 入学早々、こんな命がけとはいえないけれど、人生を変えるくらいの出会いがあって、そのために必死になって、こんな馬鹿なことをやって……

 こんな、自分がリスクを負ってまで、何かに打ち込めたことなんて、今までなかった。サッカー以外、まったく流されるように生きてきた俺が、初めて何かを人との間で掴めそうな気がしているんだ。

 ケースケと、ジュンイチという、高校で出会った二人の存在によって。

 いつか二人に、俺も何かを返せるように。

 仲間になってくれて、「ありがとう」と言えるように。

 そんな事を考えていると、ジュンイチに、丸めたノートで頭を叩かれた。

「そんな、もう何かを為したような顔するな。まだ俺達には、賭けの後の大仕事があるぜ」

 それを言うジュンイチの顔も、200万の借金を負うという不安は微塵もなかった。

 むしろ、高校でここまで信頼を置ける人間と出会え、そいつとこうして同じ舞台で馬鹿をやれるということの楽しさ、嬉しさ、未来への希望でいっぱいの顔だった。


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