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Wander

 自分は本当につまらない人間だと思った。

 今日のデートは、思い返してみれば、当然のことしかできていない。雑誌のデートマニュアルを参照したかのような、当たり障りのない、あまりに平坦なプランだ。

 観覧車に乗ってしまえば、キスのひとつも迫ればいいものを、それも出来ないくせして。全然ハラハラドキドキ感がない。もうちょい斬新な切り口はなかったのか。浮かれるだけ浮かれて、何をやっていたんだろう。

 しかも、クライマックスが、これまたお決まりの、終電逃しだなんて……考えてみると、ちっとも面白くない。まるで僕の面白くなさを、一日で見れた気がした。頭の中で、自己嫌悪のエンドレスリピートがかかっていた。

 電車の中で二人は、何の会話もできなかった。お台場から川越までは、電車で二時間弱かかる。そんな長い時間を無言で過ごすのは、実に不安な時間だったので、今日は川越に帰ることは諦めた。

 僕達はお互いの手を、強く握っていた。

 高校生の僕達にとって、東京の夜はひどく心細くさせる何かがあった。雑踏の流れが早過ぎて、手を離したら、今にも飲み込まれてしまいそうなくらい、自分達が弱い存在だと認識させられて。僕の場合はその感情に、家族からの救いを求める感情も入り込んでいたけれど。

 新橋に戻って乗った山手線の中で、シオリは、この一日、ずっと告白しようかと、気を張っていたのか、それともはしゃぎ過ぎて疲れていたのか、僕の肩に寄りかかって、眠ってしまった。沈黙から逃げてしまって、ずるいな、とも思ったけれど、お返しに寝顔を観賞してやる余裕もなかった。

 彼女の存在が、その手、体温を伝って僕を侵食する。それは怒りでもないのに、僕を今、強く、熱く、重く侵食している。幸せなのか、そうでないのか、複雑な気分だった。

 今、ルーレットのように環状線の山手線をぐるぐる回っている。シオリはまだ、僕の肩に頭を預けて、目を閉じていた。僕はそんな彼女を見て、彼女が目を覚ました時に当たった駅で降りよう、と、投げやりな計画を立てた。投げやりになってしまったのは、きっと、時間を無駄遣いしたかったのだろう。

 そして、シオリが目を覚ました時の駅は、間の悪いことに、渋谷だった。お世辞にも治安がいいとは言えない街だ。外にいたのでは、僕はともかく、彼女が危険な目に遭った時に、彼女を守れる自信がない。そうでなくても僕はチビだし、彼女は美少女なのだから、声をかけられる可能性は高い。

 夜の放浪者になったことを、彼女はすぐに察知し、渋谷で降りることをあっさり承認した。夜の渋谷を、二人黙って歩いた。勿論、来たことがないから、行き当たりばったりに。

 坂を上っていくと、街並みに、いやにラブホテルが諸所に目立つようになって来た。僕達は、いつの間にかホテル街に迷い込んでしまったのだ。

 最後の最後で厄日だ。どんどん二人の空気が悪くなって行くのを感じた。

 だけど、あのまま帰ったら、僕は一体どんな気持ちになったんだろう。

それは今の状況と照らし合わせた結果論に過ぎないけれど――どっちが良かったなんてことは、今の僕にはわからない。考えたくもなかった。

 最後の最後で、今日彼女からもらった気持ちが、台無しにしてしまったような気がした。

 僕はもうこれ以上、何かを失う感覚を味わうのが恐くて、何だか妙に焦っていて、普通のホテルを躍起になって探していた。

「もういいよ」

 やがて彼女はそう言った。ラブホテルばかりが目に付くが、普通のホテルを探そうと、必死に街並みに目を配っていた僕に。もう普通のホテルじゃなくていい、という意味だ。

「ちょっと待って」

 と言って、シオリはトートバッグから、今日初めて携帯電話を取り出し、自宅に電話を入れていた。

 プライベートな会話を間近で聞くのも憚られて、少し離れたけれど、友達の家に泊まる、という内容が少し聞こえた。元々、今日は友達と遊びに行く、と言って、家を出たらしい。今までの優等生の実績上、それはすぐに信用されたことだろう。そして、電話を僕の前で入れたのは、もう後戻りしない、という彼女の覚悟を、僕に見せてくれたのかもしれない。

 携帯を切って、彼女は無理に笑った。

「家に電話した」

「……」

「私、門限がないの。門限がなくても、普段から寄り道しないで帰りが早いから。門限なんて必要ないんだって。おかしいでしょ? えへへ……」

「……」

 それは彼女の、照れ隠しの精一杯のジョークだったんだろう。僕に責任を感じさせないための。

「じゃあ、ここでいい?」

 僕は目の前にあったホテルに目を向けた。彼女は、一度唾を飲み込んでから、うん、と、力なく答えた。僕も訊きながら、ここでいい、なんて、何だかすごいこと訊いているな、と思った。何だかギラギラしているみたいな物言いに自己嫌悪する。

 入ったホテルは、中に入ると、少し薄暗かった。ロビーにいた老婆が虚ろな目で、僕達二人の顔を覗き込んだ。シオリが恥ずかしがっているのはわかっていたので、僕は自分の体で、シオリの体を隠していた。薄暗い中、梅干しみたいに面の皮の緩んだ老婆は、まるで妖怪のようにも思えた。

 ハズレだ、と僕は思った。こういう時、ロビーには誰もいない方がありがたかったのに。ていうか、普通そうなんじゃないのか? 今時のホテルはこんなシステムの方が珍しいぞ。

「一泊お願いします」

 出直すのもカッコ悪くて、観念して僕は一万円札を老婆に差し出した。先程コンビニのATMで引き出した金だった。普段はケチな僕が、今日はずいぶんと気前がいい。老婆がお釣りを取りに、一度奥に引っ込むと、僕は後ろに下がっているシオリの隣にある機械を指差した。

「じゃあそこ、好きな部屋のボタンを押して」

 老婆は既にシオリが見入っている、部屋の鍵の自動販売機を指差した。シオリはこういうシステムであることを、初めて知ったらしい。

「部屋、どこでもいいから選んでいいよ」

 シオリに小声で声をかけた。僕は早く部屋に行きたかった。ラブホテルに入った後ろめたさ、目の前にいる老婆は、僕達がラブホテルに入った、という生き証人なんだ。早くこの場から逃げたかった。老婆の邪推するような目が、心に痛かった。

「――サクライくんが決めて」

 シオリはやはり尻込みしているらしい。余裕なく言った。僕もそう言われて、譲り合っているわけにもいかない。適当にボタンを押すと、数字の書かれたプラスチック板が落ちてきた。ロビーの老婆に渡すと、それと鍵を交換してくれた。部屋は沢山あったが、部屋が演出するムードに僕は何も期待していなかったので、何でもよかったのだ。

 部屋は306号室で、3階だった。奥の、鉄格子のようなデザインのドアのエレベーターにそそくさと向かおうとした時、老婆が、ごゆっくり、と言った。

 大きなお世話だ、と思った。


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