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 次の日は、朝から雪が降った。

 朝、校長室で僕は校長と対峙している。

 頭にまだ包帯の巻かれている僕は、左右に顧問のイイジマや、担任のスズキ、教頭、生徒主任など、多くの教師が固め、まるで法廷みたいな位置関係となった。学校のストーブの効いた部屋で、校長室は、中においてある観葉植物が気の毒な程暑い。

「幸い、1対20での君の正当防衛ということと、和解が成立していることで、今回の騒動は不問となった。サッカー部の全国大会出場も問題はなかった」

 校長が椅子に座ったまま、腕を前で組んで、言った。

 正立している僕は一度、息をつく。本当に良かった、と思う。

「しかし、君は入学当時から、素行が悪過ぎる。度重なる授業ボイコットや、乱闘騒ぎも何度もあるね。職員会議で毎回素行に問題ありだと名が挙がっていた。それで今回は、学校外でこの騒ぎだ。これが他校の生徒だったら、栄光の埼玉高校の名に傷がついていたところだ」

「……」

 校長は、机に置いてある書類を、バシッと叩き付ける。

「これだけ我が校で、度々これ程馬鹿げた問題を重ねてきた生徒というのは、前代未聞なのだよ! サクライ・ケースケくん!」

「……」

 ここまで誰かに、馬鹿扱いされたのは、生まれて初めてだ。僕は拳を握り締めて、悔しさを堪える。

 自分が、成績の面では劣等生となることはなかったから、人間性を否定されるのはともかく、馬鹿者扱いをここまで受けるのは初めてで、この責められ方に僕は打たれ弱かった。

「今までは君の成績があまりに優秀だったので、黙認を取っていたのだが、今回は被害が大き過ぎる。目撃者もいる。全国大会に出て、君がテレビにでも映れば、現場にいた人間が気付いて、暴力高校と騒ぐ連中が出るかも知れん。二度とこのようなことが起こらないよう、今回は職員会議でも、君に厳しく退学を勧める声も上がったのだがね」

「……」

 やはり、退学勧告か……前例も多すぎるし、それ以外の可能性はまずないとわかっていたけれど、やっぱり実際言われると、ちょっときつい。

「何か言うことはあるかね?」

「……」

 だけど、この時の僕は、一点の迷いすらなく、心は驚くほど穏やかだった。絶体絶命のピンチだというのに。

 昨日、ミツハシ・エイジに教わったこと――運命は変えられる。まだ諦める時じゃない。

 だとすれば、僕は……

「――返す言葉はありません」

 そう言った。しっかりと校長の顔を見て。

「確かに僕は、この学校で数々の問題を起こしてきました。授業にだってまともに出ていません。生意気な態度も多かったと思いますし、先生方には、さぞかし不愉快な思いをさせたと思います」

 僕は、「申し訳ありませんでした」と、頭を下げる。

 僕は初めて教師連に謝罪した。今まで生意気な態度ばかり取った僕の口から出る謝罪に、左右を固める教師からは、意外そうな顔をする者や、嬉しそうに含み笑いを浮かべる者など、反応は様々だった。

「その末に、この騒ぎで――弁解のしようもありません。所属のサッカー部の、全国大会出場を不意にするような軽薄な行動を取って、大変ご迷惑をおかけしたと思っています」

 そう言うと、僕はゆっくりと、校長の机の前に歩を進める。そして、机の前まで来て、立ち止まる。

「な、何だね?」

校長が狼狽する。普段の素行から、殴られるとでも思ったのか。

「……」

 僕はポケットから二つの封筒を取り出し、校長の机に置いた。

 封筒にはそれぞれ『退部届』『退学届』と書かれていた。

 それを出すと、僕は踵を返し、元いた場所に戻り、また校長と正対する。

「――責任を取る、ということかね?」

 校長は、二つの封筒をかざしながら言う。

「最悪、それもやむなし、と考えています」

「……」

 一同の沈黙。

「だけど、まだ可能性があるなら、僕はそれに賭けてみたい。それを裏切った時のために、僕はその二つの届出を、先生方に預けておこうと考えました」

「はぁ? 何を言ってるんだお前は」

 教師の一人が、そう吐き捨てる。

「僕は、沢山の人の世話になって生きているということを、今の今まで忘れていました。今回のことで、それに気がつくことが出来て――この学校には、僕がその借りを返さなくちゃいけない人がいるんです。もしチャンスがあるのなら、僕はここに残って、その人達に受けた恩を少しでも返せるように生きていきたい」

「……」

 普段仏頂面の僕が、教師相手にここまで必死に訴えたことはなく、部屋中が僕の訴えに飲まれていた。

 僕はその場で膝を折り、手を床に付く。

「お願いします。僕は、まだこの学校でやるべきことがあるんです。どうか、この学校にもう少しいさせてください」

 僕は深々と、地にこすり付けるくらい深く頭を下げた。

 これが僕の答えだった。

 別に、家族とのわだかまりが消えたわけじゃない。自分の境遇を、家族のせいにしたい、という感情がなくなったわけでもない。

 学校に残るということは、あの家にも残るということだから、僕はこれからも、あの家族に悩まされ、心にストレスを溜め込む日々は続くだろう。

 この選択で、また皆を傷つけるんじゃないかって不安は、きっと、ずっと残る。学校を辞めた方が、僕の平穏な生活は訪れるだろう。

 だけど、僕はそれよりも、あいつらと一緒にいたい。

 もうカッコつけるのも、我慢するのもやめて、辛くても精一杯、あいつらと向き合う道を探したい。今なら、それが出来る気がするから。

 それが僕が昨日、ミツハシ・エイジ達と出会って決めた答えだった。


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