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Failed

 ――試合が始まった。相手ははっきり言って、同じ川越にある格下校。あくまで練習試合。だからこそ僕達は大差で勝たなければいけない試合だった。キックオフに、ユータがボールを蹴った。それだけで、ギャラリーの女の子が黄色い歓声を上げた。

 すぐに僕にボールが下がり、僕は前に出る。一人をフェイントで抜き去る。まだサッカーをはじめて1年半――ボールが完全に足についているわけじゃないけれど、足の速さには自信があるから、スピードを頼りに突き進む。僕は百メートルを11秒前半で走れる。これはサッカー部内では、ユータに続くタイムだ。

 相手のフォワードが近づいてくる。ギリギリまで引きつけ、僕はヒールで後ろにいたジュンイチにパスをする。そしてそのまま前に走った。

 ジュンイチは駆け上がって、ノートラップで近くにいた右サイドの選手に浮き球でパスを出した。ジュンイチの得意とする、ロングフィードだ。右インサイドキックで蹴られたボールは、僕の頭上を越えて右サイドの選手のやや前方にボールが落ちた。すぐに味方が追いつきボールキープ。ここまでは予定通り。ジュンイチのパスも絶妙。

 試合前に打ち合わせた流れだったので、味方の右サイド選手の反応は早かった。僕が相手を引きつけたので、サイドはがら空きだ。相手のサイドディフェンダーが近づく前に、右サイドの選手は上がりはじめ、すぐにクロスを上げた。僕とジュンイチも前に走った。

 クロスが上がると、予定通りユータはゴール前に俊足を飛ばしていた。長身の体は、相手ディフェンダーより、頭一つ突き出て、手を上げてボールを呼んでいる。

 ペナルティーエリア内、ゴール前15メートルのところで前のめりにジャンプして、ヘッドでそのボールに合わせようとしたが、キーパーが前に飛び出していて、ボールはキーパーのパンチングで跳ね除けられた。

 ギャラリーがブーイング。キーパーの厚い胸板に跳ね返され、ユータが空中でバランスを崩し、吹っ飛ばされたからだ。ユータは背中から、ペナルティーエリア内に倒れた。

 過保護過ぎだって。サッカーってそういうスポーツなんだから。

 実際ユータはちょっと痛かっただろうけど、勿論ホイッスルなどあるはずもなかった。跳ね返ったボールは、高く上がり、放物線を描いて、ペナルティーエリアの手前に落ちてくる。

 相手ディフェンスは、キーパーのヘルプに出ていて、僕はフリーだった。既にそこまで上がっていた僕は、落下地点を合わせ、右足を回し蹴りの要領で振り抜き、強烈なボレーシュートを放った。

 シュートは、スクリュー状の回転を帯びて、ゴールに向かっていく。しかし、僕のシュートは、飛びついたキーパーの指先を掠めたが、左上のバーに直撃し、大きく跳ね返った。

 こぼれ球は、起き上がったユータが拾って、倒れているキーパーの逆にそのまま流し込んだ。先取点だ。

ユータが、両手を広げて、戻ってくる。ジュンイチが、ユータの背中に飛びついた。ユータは、ジュンイチを背負って、ギャラリーの方へ走り、ガッツポーズをした。

 まったくうまくない。あと五センチ中なら僕のシュートは完璧だったのに・・・・・・画龍点睛を欠き、バーに当たったせいで、僕にはアシストの記録も付かない。完全にユータのシュートを引き立てた、しがない前座に成り下がった。

 ギャラリーは満足したようで、ユータコールが起こっていた。僕は黙々と自分のポジションに戻っていった。


 試合は、5‐1で、僕達の完勝だった。相手は格下だったといっても、新チームの初陣にしては、悪くない滑り出しだった。

 しかし1点取られたことは予想外だった。後半になってイイジマは、新チームのレギュラーを決めるテストのため、レギュラー確定の僕達トリオ以外の選手を総入れ替えした。僕がディフェンダーまでボールを下げた時、相手のフォワードがディフェンダーの前へ走った。それに慌てたディフェンダーが、僕に戻そうとして出した不用意なパスを、相手フォワードにカットされたのだ。僕とジュンイチはヘルプに走ったけれど、もう間に合わず、フリーでのシュートを献上してしまった。まったくつまらない失点だった。

 イイジマの目に映った今日の失点シーンは、ディフェンダー陣の改革の必要性を際立たせたことだろう。となると試合前の予告通り、僕をディフェンダーに引き込んで最終ラインの統率を、火急的速やかに行おうとするはずだ。僕のバックパスから起こった失点でもあり、あのパスは、不本意なディフェンダー転向を言い渡された僕にとって、自分で自分の首を絞めたプレーと言ってよかった。

 結局ユータはこの試合でハットトリックを決め、ジュンイチもアシストを決めた。僕はシュートが全てバーに嫌われ、全体的にキレの無い結果に終わった。これ程悪かった試合も、僕にしては珍しい。イイジマの言葉に、僕は無意識にモチベーションを落としていたのだろうか。10番をつけると嫌でもミスが目立つから、今までは気をつけていたのに。

 試合の後、軽くイイジマが反省点を述べ、今日は解散となった。既に夕焼けが美しかった。一年生が用具を片付けてくれるので、僕達はそのまま部室に向かった。

 部室に3人で向かおうとした時、グラウンドの外にいたユータファンの女の子が寄ってきて、もみくちゃにされた。僕とジュンイチは、その場をはずしてやる。

 女の子達の中心で両手を挙げて、まいったなぁ、と言いたそうな顔をしているユータを見て、ジュンイチはしかめっ面をした。

「これがハットトリックと、一アシストの差か」

 ジュンイチは気だるそうに吐いた。

「もっと本質的な差だよ」

「何だよ本質的って」

「――説明するのが面倒臭い」

「またそれか……ケースケの口癖だなそれ」

 ユータを置いて、僕達は部室へ帰ることにした。すぐに着替えをする。ユータを待っている間に、他の二年生部員は、ほとんどが着替え終わっていた。僕達に声をかけて、半分くらいがもう出て行った。元々泥臭く、汗臭い部室に、すぐに新しい汗の臭いが充満した。

 着替え終わった頃にユータが帰ってきた。ちょっと精力を奪われたような顔をしていた。

「お勤めご苦労様」

ジュンイチが軽く頭を下げた。僕も会釈を返す。

「二人とも、着替えたらちょっとツラ貸してくれ」

 そう言われたため、僕達はユータが着替え終わるのを待って、部室を出ると、そこに制服姿の女の子が待っていた。

 小麦色の肌にエクステンションのついた、背中にまでかかる蜂蜜色の髪に、コテで生み出したウエーブ。スカートの丈は短く、紺のハイソックスは軽く泥がついている。ブレザーだけどその中の白いワイシャツはアイロンをかけていないのだろう、若干シワが目立っていた。化粧は手馴れているようだけれど、マスカラ塗り過ぎ。まつげが重苦しい。アイシャドウもいかにもギャル雑誌のモデルを真似ましたって感じ。

 ひときわ目を引いたのは、ひとつボタンを開けたワイシャツとリボンの奥に潜む、小柄な体に似合わない程貫禄のある胸だった。高校生らしからぬ迫力で、でんと鎮座ましましているといった感じ。古代神話に出る、男を誘惑する悪魔みたいだと思った。

 ユータが付き合う典型的なタイプの女の子だ。こういう小柄なちょっと頭の弱そうなギャルか、モデルみたいにスレンダーな女の子、大体そんなタイプが多い。

僕とジュンイチの姿を確認するや、彼女は恥ずかしそうに会釈をした。意外と見た目よりも、こういう子はしっかりしているものだ。

「紹介するよ」

「モエっていいます」

 彼女はもう一度僕達に頭を下げた。

「よろしくね」

 ジュンイチはにこっと笑って言った。いい笑顔だな。こいつが3人の中では一番人当たりがいい。それに続いてジュンイチは自分のズボンの腰回りで軽く掌を拭って彼女に差し出すという、20世紀中盤の洋画俳優みたいなことをした。彼女はにこっと笑って手を握り返した。

「俺はエンドウ・ジュンイチ。サッカー部の3バカトリオの一人だ」

「……」

 おい、3バカってのは、僕も入ってるんじゃないだろうな。

「知ってるよ」

彼女は手を離してから言った。

「そしてあなたが……ふぅん」

 彼女はジュンイチの後ろ3メートル先にいる僕の方を向き、僕の顔をじろじろ見た。

「本当にユータの言う通り、女の子みたいに綺麗な顔ね」

 彼女がそう言ったので、僕はユータの目を見た。一種のアイコンタクトだ。

「いや、お前らの話をよくするからさ、会いたいって言うもんだから」

「……」

 僕はそれを聞いて溜め息をついた。やれやれ。何を言われてるかわかったもんじゃない。

「ユータも入学したての頃、僕をナンパしたことがあるよ」

「え?」

 彼女は目を大きくして固まった。そんなに目を見開いたら、マスカラが蝶の羽根についている鱗粉みたいにぽろぽろ落ちそうだ。それからユータを睨む。

 ジュンイチはその一言に、彼女の傍らで、くくく、と笑いをこらえている。

「いや、嘘だから、ありえないから。ゲイじゃないから」

 ユータはあたふたしながら自己弁明した。

「あれ? 嘘なのか?」

ジュンイチがニコニコ顔で言った。

「オイ! お前までかぶせるな!」

「そうさ、あれは入学した翌日、春になって桜が咲いて間もないうららかな日だった。机に頬杖をついていた僕に、お前は声をかけてきたんだ。君がこの学校で一番可愛いね、って。そしてその日の放課後、いきなりお前は僕の唇を奪うと、俺はサッカーで必ず君を幸せにする、だから俺の女になれ、って言ったんだよな。はじめ僕は、お前をそっち系の奴だって勘違いしていたんだけど、そのうち両方いける奴なんだってことがわかったよ」

「それっぽい嘘つくなよ!」

ユータが僕の方を向いて、目を見開く。

「お前ならそれくらいやるだろ」

ジュンイチがかぶせてくる。

「勘弁してくれよ。俺達まだ付き合いたてなんだぜぇ」

「お互いまだ知らないことを知って、分かり合えるチャンスかと思ってな」

僕は皮肉っぽい笑みを一瞬作る。

「いや、だからってゲイ疑惑持たせてどうするんだよ……」

「あはは!」

 僕達だけで勝手に楽しんでいた合間に、彼女が急に笑い出した。

「面白いね、3人とも」

彼女はユータを見上げた。

 僕達は彼女の笑い声に、一瞬フリーズしたが、ユータが「いい奴等だろ」と言って笑うと、彼女も笑顔を返した。

 ユータは、いつもの女の子を夢中にさせるスマイルで返した。

「じゃあ俺、今日は彼女と帰るから」

「へいへい、それはようござんした」

ジュンイチがしかめ面をする。

 ユータは部室からすぐ見える校舎に面した駐輪所から、自分の自転車を引っ張り出して、彼女を後部に座らせた。こんな大男が貧弱なフレームの自転車に乗っていることにいつも違和感を覚える。


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