表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/382

Sudden

 マツオカ・シオリのような、華奢で女性的な印象とはまた違い、元気さや無邪気さを花開かせたような魅力を持っていた。シオリがフルートなら、彼女はアルトサックスといった感じ。

 見覚えがないから、多分別クラスの女の子だと思う。といっても僕はクラスメイトの顔と名前もよく覚えていないけど。

「いい香りね」

 カウンター越しの彼女は、遠慮はないが、しかし下品とは感じさせない笑みを見せた。身長は小柄な僕と同じくらいで、正対していると視線が嫌でも合うのが少しプレッシャーだった。 一人前のつもりだったが、味噌汁を一人前作るのは難しい。かなり量が増えてしまった。

 学校の茶碗を一つ手に取り、おたまで味噌汁を掬って、彼女に差し出す。

「飲む?」

「いいの?」

 彼女は僕の目を覗き込んだ。

「あぁ、余ってるし、飲んでくれたらありがたい」

「じゃあお言葉に甘えて」

 彼女は白い歯を見せ、差し出す茶碗を受け取った。

「一緒にどう? 私も一人残って、暇だからさ……」

「……」

 どうしてだろう。普段は知らない人と飯を食うなんて、慣れないから嫌なはずなのに……

 今夜は、いや、今は、どうしてこんなに人恋しいのか。何かを期待しているかもわからない。ただ、誰かと一緒にいたかった。

 僕もカウンターを出て、長椅子に座って、彼女と向かい合って味噌汁に口を付けた。体が冷えていたから、体が温まる感じがありがたかった。

 彼女は味噌汁を飲む僕を、頬杖をついて、少し上目遣いで見ている。彼女の視線は妙に扇情的だった。

「何?」

 僕は聞く。

「あ、ごめん」

 彼女は視線を一気にごまかすような笑顔を返す。

「料理ができる男の子って、いいなぁって。よく考えたら私、同世代の男の子の作った料理を食べたの、初めてだった」

「……」

 僕は悟られないように、鼻で深くため息を吐く。

「ごめん。失礼だが僕はまだ、君の名前もわからなくて、何を話していいかわからないんだが…」

「あ、わからないかな。一年の時は同じクラスだった、タカハシ・ミズキ」

「あぁ……」

 記憶の断片に、そんな娘がいたのを思い出す。僕はほとんど授業に出てないから、特別な記憶はほとんどないけれど……

 年齢よりも大人びていて、高校生の男子が憧れそうなタイプだ。化粧を少ししている。ハリウッド女優みたいにボリュームのあるアヒル口が、ピンク色のルージュに彩られて、少しセクシーだ。

「ごめん、名前、覚えてなくて」

 僕は長机に手を付き、頭を下げる。

 それを見て、彼女はくすくす笑う。

「何?」

「いや、シオリの言うとおり、意外に優しいんだなって」

「……」

 彼女の名前に思考が反れる。彼女が僕のことを第三者にどう話しているのか、少し気になった。

「やっぱサクライくん、あの奥手なシオリが惚れるわけだわ」

「……」

 ――彼女が、僕に惚れてる? はは、僕もヤキが回ったな。こんなよく知らない娘にもからかわれるなんて。

「それ、誰かが言ってたの?」

 僕は聞く。

 すると彼女は少し顔をしかめたけど、やがて呆れたように笑った。

「なるほど、二人とも激ニブ同士の似た者同士なのね」

「……」

 やっぱり変だ。今の僕は。

 彼女が僕を好きでいてくれてる、と聞いて、割り切ろうとする気持ちに、何かを期待する思いが負けている。彼女のことが頭から離れない。

 僕はその思いをじっと抱えるのが嫌で、席を立つ。カウンターに入って、ダンベル型の二つ凹みのある容器の片方に、冷蔵庫から出した牛乳を注ぎ、もう片方には、タッパーに別にとっておいた白米に、味噌汁の残りをかける。その容器を持って、外に出る。

 食堂からさっきの裏庭に出て、左へ進むと、各部活の部室の並ぶ部室棟がある。部室の柱に括り付けてある、網付きの白熱灯を点ける。

 明るくなった部室周り、一階のサッカー部の部室近くに、柱にリードを括り付けられたリュートが待っていた。

「悪いな、飯が遅れて……ほら」

 僕は持っていた犬用の飯皿を、リュートの前に置く。リュートはすごい勢いで、粗末な飯にむしゃぶりついた。

 その間に、僕はリュートのリードを外す。リュートは賢いから、リードがなくても勝手に走り回ったりはしないけど、外してしまうと僕の後をついてきてしまって、なかなか離れない。だから可哀相だけど、こういう処置を取る。

 僕はしゃがみ込み、しばらくリュートが美味そうに飯を食うのを見守っていた。

「へぇ、その子が噂のワンちゃんね」

 後ろからタカハシ・ミズキの声がした。

「シオリが話していたわ。この合宿中、いつもその子があなたと一緒にいるって」

「後ろから声をかけないでくれ。びっくりするだろ」

 僕は彼女の方を振り返らずに言った。

「……」

 沈黙。

 今僕は完全に背中を取られている。居心地は悪いけど、振り返ったら負けたような気がして、そのまましゃがみ込んでいた。それでも勝手に身構える自分が少し馬鹿馬鹿しかった。このままブッスリやられたら死ぬかな、なんて考えながら。

「……」

 やがてミズキの靴が、地面に擦れる音がした。近づいてくる。

 僕の肩の上から、細い腕が伸びてきて、その腕は胸の前で、僕の体を包み込んだ。

「……」

 ミズキの体が僕の背中に密着する。僕の肩甲骨あたりに彼女の胸が触っている。コートを着ているから、感触はよくわからないけれど、その胸のあたりから、急ピッチを打つ心臓の鼓動を感じた。体温と、僕の右耳近くにあるミズキの口元から、息遣いまでも感じる。

「……」

 ――ズクン。

 あれ? まただ、またこの胸の疼きが……

 正直女の子に告白されたことは何度か会って、そのどさくさでこうやって抱きつかれたり、キスをされたりしたことはある。

 その時は何も思わなかったのに……

 何で今は、胸が疼くんだろう。この誰かのぬくもりを、こんなに心地よく感じるなんて……

「どうして……」

 突然のことに気もそぞろなまま、それを聞きながら、ミズキの方を僕は振り向く――

「!」

 その時、胸をハンマーで叩かれたような強い衝撃波を発して、痛いくらいに僕の心臓が鳴った。

「……」

 視線の先――部室横の、生徒用の駐輪場。

 その横に一人、華奢な手にコンビニの袋を持つ、マツオカ・シオリが立っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしこの話をお気に入りいただけましたら、クリックしてやってください。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ