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Darkness

「……」

 沈黙。

 ――心地よい沈黙だった。彼女のと息のような、静かだけど暖かな声が、僕の心を柔らかく包み込んでいた。

 どうして、どうして彼女の言葉は、いつもこんなに優しいんだろう――

 どうして彼女の言葉は、僕にこんなに聞き入らせるのだろう――

「……」

 ズクン。

「……」

 あれ? 何だ? 今の……心臓が、一度大きく鳴った感じ……

 顔を上げて、彼女の方を見た。

 次の瞬間、色々なイメージが僕の脳内の大脳辺緑系に、津波のように流れ込んだ。一度に多くの脳内イメージで、頭の中に軽い混乱、高揚状態が起こる。

 気がつくと、僕は彼女から反射的に目を背けていた。

 彼女の視線が痛い。何かに頭を打ち付けたいような衝動に駆られる。

 僕は――今までこんなに、誰かに優しい言葉をかけてもらえたのは、生まれて初めてだったから。

 彼女に、僕の心の内全てをぶちまけてしまいたかった。彼女の優しさを、下品な妄想の中で、もっともっとと求め出す。それをぶつければ、彼女さえも壊してしまいそうなほど……

「……」

 あ……駄目だ、頭の中に、今まで抑えていた心の声が、一気に流れだす――

 嫌だ……嫌だ……聞きたくない……

 まるで壊れたラジオのように、今まで自分を否定してきた言葉が重なって、幾重にも、まるで雑音のように流れ込む。両親や妹、旧友に、今まで僕が作り上げた敵の声……

『お高く止まった、可愛げのないガキ』

『自分じゃ何もできないくせに』

『自分の無能を親のせいにしているだけの、甘ったれが』

 外部から聞こえてくるわけじゃないのに、僕は耳を塞いでいた。

 やがて、嵐のようなその声が止まると、一切の音が消えて――

 胸の奥から、クレッシェンドな自分の声が、静かに、だんだん大きくなって聞こえてくる。

『一人にしないでよ……もう一人は嫌なんだ。もう、これ以上どうしようもないんだ。お願いだ、誰かわかってよ。誰か、誰か……ぼくを、助けて……』

「……」

 やめてくれ、やめてくれ……もう、こんなの、聞きたくない。

 誰かのことを、ここまで必要としても、僕は相手のことを、どう思っていいのか、わからないんだ。今の僕は、ユータもジュンイチも、マツオカ・シオリも、とっても大切だけど、その思いに答えられる触れ方、接し方がわからないんだ……

 その半面で、それを力づくでも奪いたいと、自分はこんなにも苦しいから、もう他の人がどう思っても構わないと……そんな歪んだ思いが、僕の心の蓋を破って、溢れ出した。



 この日、僕の心は、自らの生み出した闇に捕まった……



 僕はその後、ずっと黙っていたから、彼女は3分待っていてくれたけど、やがて何も言わずに席を立った。彼女は俯く僕に何か言ってくれたけれど、正直よく覚えていない。

 それから僕も10分くらいそのままでいた。だけどそれ以上そのままでいるのも何の解決にもならないとわかった。体が冷えて、何だかそのまま冷凍保存して、時間や思考を止めてほしいと思いかけて、僕も立ち上がる。

 食堂に戻ると、数人の注目を浴びたけれど、僕は軽く無視をして、カウンターに入る。

 炊飯器を開ける。白米もターメリックライスも空っぽ。2つの寸胴も綺麗にさらわれていた。

「……」

 僕の顔に影が差す。顔を上げると、高層マンションみたいなユータとジュンイチがカウンター越しに立っていた。

「みんなお代わりして、もう全部なくなっちまったんだ。ただのカレーでも、お前のストイックさがうかがえるぜ」

ジュンイチが言った。

「しかし、酒のない打ち上げってのは、何とも不自由なものだな」

ユータが言う。

「……」

 さっき言われたけれど、僕達三人はそれほど特異な存在なのか。こうしているとわからない。普段は飄々としてるのに、感情をストレートに現す激情家のジュンイチと、自然体でいながら少し冷めているユータに、僕。

 長年連れ立ったって、その人間が自分にどんな影響をもたらすかなんてわからない。きっと僕はこの関係が終わるまで、こいつらとの関係を完全にわかりきることはないだろう。

 ただ…

 感情の変質が、少し……

 こいつらがいなくなったら、僕は、本当にひとりぼっちだ。

 そう思うと、今は胸が痛い……

 何でこんな事を思うのだろう。シオリの話を聞いてから、少し変だ。

「酒がないと、こんなに飯が完結しないものか。ケースケ、何か他に食い物はないのか?」

 実際あのカレーも、一人一合の米を食う計算で作ったんだけど。まだ足りなかったか。

「あのカレーでももらった部費ギリギリだったんだ。まだ足りないなら、コンビニにでも行ってくるんだな」

「いいのか?」

 ジュンイチが聞く。

「いいも何も、もう合宿も終わってる。ものを買い込んで、学校閉まるまで騒いだって、誰も文句言わないさ」

「さすがケースケ! 話せるぜ!」

 ジュンイチが指を鳴らす。

 ジュンイチは振り返って、後ろにいる他の生徒達に大声をかける。皆がこのまま騒ぎたいと考えていたようだったので、行く行く、という声がいくつか聞こえた。

 まだ時計は8時を過ぎたばかりだ。僕がここでカレーを振る舞ってから、まだ一時間しか経っていなかった。

 門限とか、合宿後だから家族に帰ってこいと急かされた連中が何人か帰って、残りは半分くらい。

 遠目にマツオカ・シオリが見えた。吹奏楽部の同級生に囲まれて、少し考える素振りをしている。きっと、まだ一緒にいようとか、引き止められてるんだろう。少し困惑している。

 結局ほとんどの連中がコンビニについていくことにしたらしい。皆が持参の上着を着込む。

「ケースケも来いよ」

 ユータが言った。

「いや、僕はいい」

 僕は背を向けて、カウンターに寄り掛かる。

「……」

 二人が背中越しに少し沈黙した。僕が無理に誘っても、ついてくる奴でないことを既に知っていたので、少しして、そうか、と聞こえた。

「何か欲しいものがあったら言えよ」

 ジュンイチの声。

「そうだな……じゃあムースタイプのポッキーを」

「はぁ?」

 ユータが吹き出す。

「女子かお前」

「僕が食べるんじゃない」

「……まぁいいや。わかったよ」

「奢ってくれ」

「アホか」

 そんなやりとりをして、二人は皆を連れて出ていった。食堂には僕一人残された。

「……」

 僕は小さな鍋に水を張り、火にかける。食堂の冷蔵庫から豆腐と油揚げを取り出し、適当な大きさに切る。

 だしの素を入れて、具を入れ、味噌を入れてひと煮立ちさせたら、火を止める。

「味噌汁?」

 誰かに聞かれ、僕は顔を上げる。

 カウンターの外に、背の高いグラマラスな女の子が立っていた。


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