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第三部最終章 Rival

「……」

 全員の表情が凍り付いた。

「――そうですか……」

 そう言って、僕はふうと息をつく。

「先生――明日から、リハビリのスケジュールを組んでください」

「え?」

 皆が驚いた顔で、僕の顔を見る。

「僕が歩けなくなると、面白がって世話を焼きたがるお人好しや、責任を感じて泣いちゃう、世話の焼ける女の子とかがいるんでね……」

「サクライさん……」

「――それに、ついさっき誓ったばかりなんでね。その娘が笑ってくれるなら、歩けないような傷でも歩くことくらい、どうってことないさ」

 どんな傷だろうと関係ない。

 やることは明確に分かっているから。

「ユータとまたサッカーもしたいしな」

「し、しかし」

「先生。僕は今、こんなに前向きに生きていたいと思ったのは、生まれて初めてなんだ。今はこうしてじっとしてはいられないんだ。だからお願いします」

「……」

 沈黙。

「――ええ、分かりました。リハビリ科の都合もありますので、カンファレンスで議論をしてみましょう」

「ありがとうございます」

 少し呆れたような顔をしながら、医者と看護婦が出ていく。

「……」

 医者が病室を出た後も、病室内は誰も僕に声をかけることはなかった。

 もう歩けなくなるかもしれない――その事実には変わりはない中で、なんて声をかければいいのか、分からないのだろう。

「――みんな」

 僕はその静寂を破る。

「シオリと、トモミさん――3人だけにしてくれないか」

「え?」

 トモミは、この場面で自分を名指しされたことに、少し驚いたような声を上げた。

「……」

 一部の人間は、この3人という組み合わせに、修羅場になるということを想像したのだろう。神妙な顔をした。

「――OK。分かったよ」

 その空気をいち早く察したユータが、皆を先導する形で、病室から出ていく。

 病室に、僕とシオリ、そして――まだ病室の入り口付近で遠慮がちに立っているトモミだけになる。

「……」

 沈黙。

「――トモミさん」

 僕はベッドに横になったまま、トモミを呼ぶ。

「最後の最後に――君のくれたヒントで、運命を変えることができたよ」

「え?」

「君は――僕が自分の気持ちを誤魔化しているってことを、最初から見抜いていたんだな」

「……」

「――ありがとう。君のアドバイスのおかげで、何とか土壇場でシオリを救い出すことができたよ」

「……」

 しかしトモミは答えない。

「――トモミさん?」

「――はぁぁぁ」

 トモミが、酷く長く大きな溜め息を漏らす。

「まったく――社長って優しいんだか残酷なんだか……」

「え?」

「こっちは利敵行為が過ぎたことを後悔してるっていうのに――その矢先で私を呼び出すなんて」

「――だって、シオリを連れ戻すことができたら、君にもシオリを合わせろって……」

「あの流れを見せられて、私に何を言えっていうんですか! 言いたいことは沢山ありますけど、何を言ったって、私が悪役じゃないですか!」

「……」

 至極もっともだ……返す言葉もない。

「やれやれ――そうやって僕を叱ってくれる人間は、君くらいのものだな」

 僕は嘆息した。

「けど――だからこそ、君の思いにもちゃんと応えたかった。上手いやり方じゃなかったかもしれないが――」

「……」

「――トモミさん。僕は、今の君にどう映っているかな」

「……」

「肝心なところで決めきれなかった、爪の甘い凡庸な男か?」

「……」

 トモミは言葉を咀嚼する。

「――今シオリさんが目の前にいること――それが答えじゃないですか?」

 トモミは答えた。

「まったく――稀代の英雄も、とんだおバカさんですよ」

「ははは……」

 ――そんな皮肉めいた『バカ』も悪くない。

 久々に聞くトモミらしいフレーズが、僕には心地よかった。

「――ケースケくん」

 そんな僕にシオリが声をかける。

「あぁ――彼女はヨシザワ・トモミさん。僕の秘書をしてもらっている」

「グランローズマリー、サクライケースケCEOの専属の秘書を務めさせていただいております、ヨシザワ・トモミと申します」

 トモミはシオリに名乗った。

「――私、あなたと以前にお会いしたことがある気がするのですが」

「――覚えていらっしゃるんですか?」

 トモミは驚いたような声を上げた。

「――やっぱり、会ったことがあるんですね。確か――埼玉高校のサッカースタジアムのスタンドで」

「……」

 トモミは驚いている。

「すごく綺麗な|女≪ひと≫だったから、印象に残ってたんです」

「……」

 シオリも、トモミを覚えている――というより、本当に二人とも、以前に会っていたんだな。

「……」

 ――ついさっきまで、僕はシオリもトモミも、どちらも選ばない――そんな結論を出すことで納得していたのだけれど。

 それはきっと――僕がシオリを助けた後で、死ぬということで納得できていた答えなんだろうな……

 その答えも――自分にそんな資格がないからと、大人を気取って目を背けただけなんだ。

 ――となると――僕は再び考えなければならない――というわけか……

 三途の川の橋渡しが言っていたのは、もしかして、こういうことか?

「――シオリさん。」

 そんなことを考えているうちに、トモミが口を開いた。

「あなたは、ズルいです」

「……」

僕は、うお、とか、そんな声を飲み込んだ。

「あなたは――今まで社長の心を支配したままで――世の女の子は、あなたが社長を独占しているから、どんなに社長を好きでも、全然見向きもしてもらえなくて……」

「……」

「社長があなたのことを、どれだけ心配したかわかりますか? あなたのために、こんな危険なことをしても、あなたを迎えに行った――それが、今まで社長を好きになった女の子にとって、どれだけ特別なことか、分かりますか?」

「……」

「私――あなたに会えたら、一度その話をしなくちゃ、気が済まないって……」

 そこでトモミの声が詰まった。

 トモミは、少し前から目には大粒の涙を流して、嗚咽を必死にこらえながら、声を絞り出していたのだ。

「――まったく、こっちの身にもなってくださいよ……さっきみたいのを見せられて、こんなことを言うなんて、私一人、空気が読めないのは分かってますよ。私が悪者になっちゃうのもわかる。でも! それだけはどうしてもあなたに伝えなくちゃいけないんです! 社長があなたをどれだけ心配して――社長があなたのためにどれだけ頑張って、あなた以外の他の女の子にも、脇目も振らずに仕事をしてきたか――社長のことを一番近くで見てきた私から……」

「……」

 ――あれ?

「この人が、世間で言われているような、女にモテモテ、愛人作りまくりの男じゃないってことを、しっかり教えてあげます!」

「……」

 ――そうか……トモミがシオリに対して言いたかったことっていうのは。

 シオリに対する文句とか、そんなことじゃなくて……

 僕がシオリのことをどれだけ心配したかを伝えて、シオリを祝福してやろうってことだったのか……

 それが敗者のせめてもの抵抗――好きな人を恨むよりも、手の届かない場所まで行って、自分を諦めさせてほしい、と……

 ――利敵行為が過ぎる、か……

 その言葉の意味と、トモミの今までの、諦めの境地の辿り着いた先が、分かった気がする……

「……」

 ――まったく、いい女だなぁ……

「――あなたは、本当にケースケくんのことが好きなんですね」

 目を閉じる僕に、シオリの声がした。

「あの――ヨシザワさん」

「え?」

「――私も、今のままでケースケくんの隣に立てるなんて、思ってないんです。さっきあなたに対して、すごく信頼した口ぶりで話しているケースケくんを見ればわかります――あなたは、ずっと長い間、ケースケくんを支え続けてくれた。今ケースケくんがこうしているのも、あなたの力が大きかった、ってこと」

「……」

「――今のままを見れば、あなたの方が私よりずっと、ケースケくんの隣にいるのにふさわしいと思います……」

「……」

「だから、私に、これまで知らなかったケースケくんのこと、いっぱい教えてください。それで――その上で私と――勝負してください」

「え?」

 僕はいきなりのことに、声を上げる。

「――ケースケくん、私とヨシザワさん――もう一度、ちゃんと選んで。あなたが後悔をすることのないように――今の迷いの消えたあなたの目で、もう一度選んでほしいの」

「……」

「私も――これから新しい自分の始まりだから――これからの私を、あなたに見てほしい。過去の私じゃなくて、今の私を――それはあなたの意に沿わない私かも知れないから、ちゃんと見極めて、私を選んでほしいの」

「……」

 僕もトモミも、思わず絶句した。

「あ、あの――いいんですか? あなたはずっと、社長のことを想い続けてたんじゃ……」

 トモミも首を傾げながら訊く。

「――別に譲るつもりで提案なんかしてませんよ」

 シオリは地声の甘い声を、少し棘を含ませる言い方で言った。

「ケースケくんのこと、誰にも渡す気なんてないです……だから、ちゃんと私を選んでほしくて」

「……」

「それに……」

「――それに?」

「あなたがケースケくんのことを好きだって分かった時に――思ったんです。私ときっと、同じ苦労をしたんだろうな、って」

「な、何……」

 僕は思わず首を傾げた。

「鈍感で、女心が分かってなくて、無茶苦茶で……そんなこの人に、沢山振り回された苦労を、沢山したんだろうな、って」

「分かるんですか?」

「ええ――だから、私もあなたといっぱい話がしたいんです。ケースケくんのこと」

「……」

「私、高校時代にも、そんな話ができる人って、いなかったから――そういう『ライバル』っていうのも、いいと思いません?」

 シオリの明るい声が響いた。

「……」

 ――これは、トモミがマイと仲良くなった時と同じ?

 僕の悪口を共通の話題にして、友情が深まるパターンなのね……

「――それ、分かります。私もずっと、誰かと社長に振り回される愚痴とか、聞いてほしかった――私も、そんな話をあなたとできたら、すごく嬉しいです。私の知らない社長のことを、あなたから色々聞けたらなって、ずっと思ってました」

 トモミも弾んだ声で言った。

「――でも――私も負けませんよ。私にチャンスをあげたことを後悔しないようにしてくださいね」

「ふふ……手ごわいライバルに負けない――ケースケくん、私の新しい目標ができたみたい」

 そう言って、互いに笑いあった二人は、僕の前で固い握手を交わした。

「正々堂々、勝負です」

「私達は友達にして、ライバルですね」

「……」

 ――何だ、これ……

 女子二人の熱い友情を前に、僕は完全に蚊帳の外だ。

 そんな疎外感を味わっている僕に、シオリとトモミは同時に僕の目を覗き込んだ。

「ケースケくん、しばらくはあなたのリハビリもあるだろうから待ってあげるけれど、いつかちゃんと私かトモミさんの、どちらかを選んでね」

「女の賞味期限は短いんですから、あんまり長考するようだと、責任を取ってもらいますからね」

「……」

 ――おいおい、僕はついさっき、もう歩くことはできないかも、って、かなりヘビーな現実を宣告されたばかりなんだぞ。

 それだってのに……

「……」

 ――こいつは悪夢だ。

 こんなに可愛い女の子二人に、愛を囁かれ続ける。友情エンド、愛人エンド、ハーレムエンドなしで、誠実にどっちか選べとか……

 ――これ、下手したら死ぬな……

 こんな二人を相手に下手をこいたら、本人に殺されなくても、二人のファンとか、女性の敵とバッシングする輩に公開処刑だ。

 ――炎の中から生きて出るより、難しいかも。

 僕は布団をかぶる。

「――はぁ……僕の人生ってのは、一難去ってまた一難なのね……しかもここに来て、一番苦手分野での難題が来るとは」

「人生なんてそんなものだよ」

「諦めてください、社長」

「――はい」

 僕は悪夢の中で、力なく返事した。




                           第三部 完


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