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Funeral

 次に向かったのは、東京ではなく、埼玉県の片田舎だ。

 11月末の夕暮れは早く、もう空は薄暗くなりかけていた。

 車のヘッドライトを点灯させてから間もなく、俺は目的地へと到着。片田舎の道はほとんど人通りがなく、僕もその家の前の路肩に車を止めた。

「……」

 車を降りようとしながら、俺は車に残すリュートを見た。

「……」

 今度は法廷とは違う。連れて行くのは問題ないのだが……

「……」

 そのリュートの目を見て、俺は何となくの彼の意志を感じた。

「――好きにしていいぞ」

 俺はリュートにそう言うと、リュートは「ワン!」と返事をし、車から自分ですたんと降りた。

 目的地の家には、微かに明かりが煌々と点いているが、あまり活気がない。

 そして、門扉には提灯が出、白黒の飾りつけがされている。

 目の前の家の門扉をくぐり、俺はノックもせず、インターホンも鳴らさずに、開け放しになっている扉を開け、ずかずかと中へと入った。

 玄関をくぐり、家の奥の和室へと入る。

 そこに集まっていた人が、俺の顔を見て顔を蒼白にした。

「お、お前……」

「――久し振りの面子もいるな。何人かは数か月前にも会ったが」

 皆、座敷の真中の布団――顔に布を被せられて横たわっている人物を囲んで畳の上に座っていた。

 そう、ここは俺の母の生家――親父と離婚し、刑務所での勤めを終えた俺の母親が、逃げ場として隠れ住んでいた場所。

「ど、どうしてお前がここに……」

「言っただろう? 俺はあの女が幸せを手にしそうになれば、それを全力でひとつ残らず刈り取り、逃げれば地の果てまで追いかけると……常に俺は、あの女を見ていたのさ」

「……」

 そう言った俺の目を見て、座敷に座る列席者――俺の母方の親族達は、怯えきった表情を見せた。

「俺も通夜に参加させてもらうぜ」

「ふ――ふざけるな! 喪服を着ていない上に、犬を連れてくるなんて、我々を何だと思っているんだ!」

 一人が声を上げた。

「……」

 俺はこの時、体の毛が一瞬、ぞわ、と総毛立つような感覚を覚えた。

「――貴様等こそ、今やっていることは、俺の忠告を承知の上での行動か?」

 俺は座っている親族達を見下ろした。

「俺はあの女との一切の接触を禁じたはずだ。あの女に味方をすれば、そいつは俺の敵と見なし、あの女と同じ苦しみに落としてやるとな……それを承知の上で、そこのゴミを弔っているのか?」

「う……」

「……」

 蛇ににらまれた蛙とはこのことだ。皆、俺の顔を見て、まだ30秒と経っていないのに、全員顔面蒼白になっている。

「……」

 俺はそのまま遠慮なしに和室に入り、部屋の真ん中に敷かれている布団の前で上半身をかがめ、左手で底に横たわっている人間の顔にかぶせられた布を取り払った。

 痛みきった総白髪、所々の円形脱毛。顔中の深い皺と、その顔にできたいくつかの擦り傷。

 俺の母親――だった女の臨終の姿だった。

 俺はそこに膝をつき、その女の死に顔を窺った。

「……」

 あの日――俺がここに押しかけ、親族郎党皆殺しにするとの脅迫に屈し、この一族がこの女を無一文で追い出してから、約3か月――

 この女は昨日、自らの命を絶った。

その死体を、警察の通報があり、この身内達が引き取ったらしい。

 たった3か月で10年は老けたような風貌。臨終の顔も、どこか苦しみを帯びているように見えた。

「……」

 無一文で3か月――よく持った方というべきなのだろうが。

「――失敗したな。もう少し生かして、もっと苦しませてやろうと思っていたんだが……」

「――っ!」

「――まあ、妹よりは上出来か。この女は死の瞬間まで絶望して死んだようだしな」

 その呟きを訊いた親族の男の一人が、僕の胸ぐらを掴んだ。

「……」

 胸ぐらを掴まれたまま、俺は目の前の親族の目を射抜いていた。

 経験上、胸ぐらを掴む奴の喧嘩の腕は、大抵大したことはない。別にここで腹に膝蹴りを入れてやってもよかった。目の前のオッサンの腕力は大したこともないことも、身の危険の場数を踏んでいる俺は、恐怖もなく分析していた。

 だが、敢えて何もしなかった。気まぐれに、こいつに一発くらい殴られてもいい。言いたいことがあるのなら、訊いてやろうと思った。

 そして――その言葉次第では、先に一発貰ったことを口実に、目の前の奴等を全員消してやるのも悪くない、とも思った。

 そう考えているうちに、俺の顔に拳が飛んできて、俺はその衝撃と共に、体をよろけさせた。

「貴様――実の母親が死んだんだ! 貴様が殺したんだぞ!」

「……」

「こいつは最後まで苦しんで死んだ。その苦しみが、お前に分かるか? ここは弔いの場だ。最後まで苦しんで死んだこいつを、共に暮らした俺達が最後に弔う権利くらいはあるはずだ。俺達の最後の別れまでも、貴様にどうこう言われる筋合いはない!」

「……」

 ――勝手なことを……

「……っ」

 俺の目から、涙が零れ落ちる。

「お前達こそ、俺の何が分かる……」

 畳に突っ伏したまま、俺はゆっくりと起き上がりながら、言葉を続ける。

「この女のもとに生まれてしまったばかりに、この女の定めたルールで、生まれながらにおもちゃにされ続けてきた俺の気持ちが、お前らに分かるか……」

 言葉を連ねながら、俺の脳裏には、過去の記憶がフラッシュバックした。

 こいつらにおもちゃにされ続けた日々――

 俺はずっと、憂さ晴らしのための道具に過ぎなかった。俺がこの女を母親と思ったことがないように、この女も俺を息子とは思ってくれなかった。

 そんな道具にすぎない俺を、シオリが救ってくれた。

 だが、こいつはその後、自分の欲のためだけに、俺ばかりでなく、シオリにまで……

「――っ!」

「ひ……」

 涙を流しながら、歯を食いしばらせ、鬼の形相で俺に睨みつけられた親族達は、俺のその狂気じみた怒りに気圧されていた。

「――俺は今、虫の居所が悪い……口で言っても分からないようなら、今この場で、そこのゴミが俺にしてきたこと、お前等に再現して見せてやろうか!」

「う、うう……」

「何が望みだ! お前等の愛する人を傷つけてやろうか! それとも今すぐ見知らぬ国に全員売り飛ばしてやろうか! それで分からせてやろうか!」

「……」

 その場にいる全員が、恐怖でがたがたと震え出した。

 俺にそれができるだけの力があることは誰もが承知しているし、実の母親を現に殺した男だ。冗談ではないことも、悟ったのだろう。

「……っ」

 正しいだけじゃ正せない。

 弱いだけじゃ通せない

 法の裁きでは、反省も、償いも、何もできやしない。何も変わらない……

 だから俺は、この手で奴等を裁かなければならなかった。そのために日本を出た。

 誰かに償わせるためには、力しかない。

 正義も悪もない。他人に分からせるためには、圧倒的な力しかないんだ。

「こいつが罪を償っただと……まだ終わってない……俺の愛した人はまだ、救われずに……」

 そこで俺の言葉が途切れた。涙が嗚咽に変わり、言葉が詰まった。

「……」

 もう、俺の怒りはどこへ向かっているのか分からなかった。

 俺のことはもう今更謝らなくてもいい。

 ただ――俺はこいつがユータやジュンイチ――そして、シオリにしたことだけは、何としても償わせねばいけないと思った。

 だが――皆、そんなことを望んではいなかった。

 それでも……俺は今もこうして、俺の大切な人までも傷つけたこいつらが、この程度で許されていることが、許せなかった。

 振り上げた拳の下ろし場所が、もう僕にも分からない……

「……」

 ――だが、今とりあえず、拳を収めるは分かっている。

 シオリを助けるまでは、俺はこの怒りを鎮めなければならない。

 あの娘を守り、笑顔にするために、ここでこいつらを始末しても、何の意味もない。

 こいつらを償わせるなら、シオリを救ってからでいい。

 ――俺は自分の眉間に、自分で拳を入れた。

「う……」

 自らを殴った俺の奇行に、親族共は恐怖に怯えた顔を怪訝に歪ませた。

「クゥン……」

 傍らで俺の狂気をじっと見ていたリュートの声と、額から伝わる痛みで、俺の脳は若干冷えた。

「……」

 だが、別に俺はこいつらを許したわけではない。あの女をかばうのであれば、それは俺の敵であることに変わりはない。

「――お前等への忠告も済んだ。俺はいつでもお前達を八つ裂きにする準備は万端だ。一族総出で俺に逆らうなら、腕によりをかけて、そのゴミと同じ目にあわせてやる。あとは勝手にしろ……」

 そう言って、俺は着ているコートを羽織り直し、リュートと共に家を出て行った。

 車にリュートと共に乗り込み、車を発進させる。

「……」

 俺は、甘かったか?

 あの場で少しくらい見せしめの実力行使をして、恐怖を受け付けておいた方がよかったか……

 そのことを少し後悔していた。

「ワン!」

 そんなことを考えていると、助手席に座っていたリュートが僕に元気に声をかけた。

 その目が、どこか少し嬉しそうに見えたような気がした……

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