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 11月2日 AM10:00――


「社長!」

 会議室に僕とエイジが入ると、重役達は満面の笑みで僕を出迎えるのだった。

「皆さん、大変な時期にご迷惑をおかけしましたね」

「体の具合は?」

「もう大丈夫。さあ、そんなことよりも、仕事はまだ山積みですから、早く会議を済ませてしまいましょう。まずは部署ごとに予定されていた仕事の進捗具合を発表してください」

 僕達は円卓に座り、会議が始まる。

 各部署の責任者達が、交代交代にプロジェクターの前に立ち、進捗具合を発表し始める。

「――成程。部署ごとに進み具合は違うが、全体的に総括すれば、当初の予定よりも2割程度の遅れに留めたか……」

 新事業の立ち上げメンバーの引き抜きや、飛天グループを得意先としていた中小企業との契約更新など、僕自身が出向かなければならない場所も沢山あるから、遅れが出ることは仕方がない。

 だが、それを抜いても僕を抜きで半月を2割程度の遅れで留めたのは、僕の想定よりもかなり上方された結果だった。エイジとトモミには、今後僕達は何をすべきか、指示を与えてはいたけれど、遅れがこの程度で済んだのは、嬉しい誤算だった。

「副社長の指示が的確でした。仕事の遅れを皆で取り戻そうと、毎日一緒に悩んでくれましたしね」

「それを見て気合が入ったんですよ。元々飛天グループの吸収は、副社長の立てた作戦ということで。我々で副社長を男にしてやろうと思いましてね」

 はっはっは、と、役員達は和やかに笑みを浮かべる。

「……」

 この役員達は、今までエイジのことを、僕の金魚のフンだとか、コネで就いた形だけの副CEOだと、エイジを卑下し、全く評価していなかったのに……

「浮かれるのはまだまだ早いぞ」

 そんな和やかな会議室のムードを、エイジの野太い声が制した。

「確かに飛天グループの吸収に関しては、成功を収めたと言っていいだろう。だが、それは俺達の業務の規模が大きく拡大したということだ。今までの規模のグランローズマリーなら、CEOのアクセサリーの収益を投入することで、他の民間企業には出来ない値段とクオリティの商品を生み出して、他の企業に差をつけることができた。だが、これだけ巨大なグループになったのでは、もうCEOのデザイナー収益で、会社全体の業務をカバーするのは無理な話だ。もう企業全体が、今までと同じクオリティで運営することは、現状ではまず不可能と言っていい」

「……」

「だが、大衆は俺達に期待をしている――できません、って言って、企業としてのクオリティを落としたって、納得しないどころか、すぐに俺達を叩くだろう。金回りがよくなって、私達の足許をを見るようになった。私達を馬鹿にするようになった――ってな。だから、これからは俺達の努力やアイデアで、CEOが一人で埋めてくれていた分の仕事を埋めなくちゃな。やっとみんなの努力でここまで来たんだ。俺達は人生の負けを取り戻すためにここで働いてるんだ。ここで終わるわけにはいかないだろ」

「……」

 エイジの奴――僕がこの会議の最後に皆に言おうと思っていたことを、言わなくても理解していた。

 そう、日本の三指に入る財閥を吸収したグランローズマリー。ここまでの巨大財閥の全ての運営資金を僕一人で工面するのはもはや不可能なのだ。

 それは、この企業が短期間で急成長した、いわばアキレス腱に等しい。それを失いかけている今のグランローズマリーは、ただの二流企業として没落するか、民衆の英雄になれるか――その過渡期にいるのである。

 だから、それを皆に自覚させ、鼓舞してやることを考えていたが……

 エイジのその言葉を聞いて、役員達の顔に闘志が漲るのを見て、その必要はなさそうだと、ふっと息をついた。

 エイジの奴、今回のことで一気に一皮剥けたみたいだな……



 11月2日 PM0:00――


 僕とエイジは社長室に戻ってきていた。

「トモミさんは、まだか……」

 トモミにはある用事を任せていた。

「まあ、そのうち帰ってくるんだろ」

 エイジは自分のデスクに腰かけた。

「――何だったら、今のうちに飯を食いに行くか?」

「――いや、それよりも」

 僕はエイジのデスクの前に立った。

「何だよ?」

「――ずっと引っかかっていたんだ。お前のことが」

「あ?」

「トモミさんのことさ」

「……」

 沈黙。

「――エイジ、すまない」

 僕はエイジに頭を下げた。

「何だよ、藪から棒に」

「ついこの間まで、僕はトモミさんとお前のことを応援してやろうと思ってた――少し前に、お前にトモミさんのことを訊かれて、そういう関係になるってことは考えたことがないって言ったのも、本心だった。だけど――今は違う」

「……」

「僕はお前の気持ちを知っていて、そんなお前の前で、トモミさんに想いを告白しちまった――お前にとっては、心中穏やかなものではなかっただろう。本当にすまなかった」

 僕はずっと引っかかっていたんだ。

 トモミとあの民宿で一夜を共にした時から、ずっと僕はエイジのことが引っ掛かっていた。

 以前は本当に、僕はトモミとエイジの仲を取り持てればと、割と本気で考えていたし、それを本人にも言ってしまっていた。

 そして、その言葉を違えたのだ。

 病院で目覚めた時の僕は、再び立ち上がる気力さえなくて――そんな時に、トモミの存在は本当に尊くて。僕にとって本当に必要な(ひと)だと、心から思った。

 今はその時よりも気持ちの整理がついて、感情を客観視することがある程度できるようになってきているけど――今になって僕は、トモミをただ感情のまま求め、エイジのことをまるで考えられなかった自分の不義を恥じていた。

「弁解のしようもない――もし怒りを抱えているなら、僕を殴っても構わないぞ」

 僕はそう言って両手を下げたまま手を開き、無抵抗の体を見せて目を閉じた。

 だけど。

「やめろやめろ、今のお前はほとんど病人なんだ。病人殴るなんて、ぞっとしねえ」

 エイジの野太いが、笑みを含んだ声が僕の瞳を開けさせる。

「それによ、そのやり方は汚ぇって。殴られて罪を清算したつもりになれて、楽になれるのはお前で、俺は楽になるどころか、無抵抗の奴殴っても何も気が晴れやしねぇ。むしろ自分の小ささに嫌気がさすところさ」

「……」

 その言葉を聞いて、僕はがくりと肩を落とした。

 そう――今だって僕は、ただ自分が楽になりたかっただけで、エイジの気持ちをちゃんと鑑みてやれていなかったのかもしれない。

「それによ――そのことは別にいいんだよ」

 エイジはその大きな体を、椅子に大きくもたれかけさせる。椅子がぎしっと軋んだ。

「俺さ、お前をエンドウの家に送ったあの日、あの女と飲みに行ったんだけどよ、その時、あいつに告白しちまったんだ」

「え?」

「まあ、正直答えも分かっていたんだ。それにお前も多分、あいつにまんざらでもなくなっちまったことも、分かってた。だから、別に仲を進めようって意味じゃなく、とどめを刺してもらおうってやつでさ……要は、玉砕しに行ったわけよ」

「……」

 エイジらしい行動だ。、

「そしたらよ。俺の予想とは全然違う答えをしやがったよ。あいつ」

「え?」

「私もあんたと同じ――結末を見ないと前に進めないの。だから告白しちゃった。私は多分、シオリさんの存在を越えられない。あの人が私を選ぶなんて、多分ないことも分かってる。だけど、期待しちゃうんだ。あの人、すごく優しいから――私もあんたと同じ、すごくカッコ悪いんだよ――ってよ」

「……」

 そうだな――その当時のトモミなら、きっとそう言うだろう。その次の日、僕の部屋であったトモミは、辞表を出して、心の整理をしてきたから、答えを言って、と言った。エイジの行動と同じことを僕にした。

「その時さ、あいつ、俺に言ったんだよ」

「え?」

「あんたが悪いわけじゃない。私はあんたに不満があるわけじゃない。あんたのいいところ、一番近くで見てきたし、あんたの努力も、一番よく知ってる――今では、あの人と同じくらい、あんたもいい男だって知ってる――私を想ってくれるあんたの言葉、すごく嬉しいと思った。でも、今はあの人のことしか考えられないの。あの人の答えを聞くまでは、私、先に進めない……」

「……」

 沈黙。

「ま、案の定俺は振られたんだけどよ。でも、妙にすっきりした気分なわけよ」

 エイジは椅子に座ったまま、両手を宙に挙げ、大きく伸びをした。

「お前が日本に帰国する前の俺と言えば、理想はあったが、それを阻まれて腐っているだけの、俺自身から見ても全く魅力のない男だったよ。そんな俺がお前の誘いに乗って、こんなでかい企業のナンバー2なんかになっちまって。だが、誰も俺を認めていないことはわかっていた。みんな見ているのは、俺の先にいるお前で、俺のことなんて金魚のフンくらいにしか見てないって」

「……」

「だが――俺が心底惚れた女が、俺のことを見ていてくれた。俺のことを認めてくれて……仕事でも、今回のヤマを越えたおかげでようやく周りの役員から認めてもらえるようになってきた。ちゃんと俺は前に進めているって、あいつの言葉で実感できてよぉ」

 嬉々とした表情で、その思いを興奮して語るエイジ。

「――で、俺は割とそれで十分かも、なんて、今は思いかけてるんだよね」

「……」

「俺がここまで来れたのは、間違いなく、お前とあいつのおかげだ。お前達がいなかったら、俺は誰にも認めてもらえることもなく、今もただ、環境の悪さばかりを言い訳にして、いじけて腐って、辛いことから逃げてばかりの野郎に成り下がってたんだ。そんな俺が、惚れた女に自分の存在を認めさせるくらいのところくらいには辿り着けたって、実感が持てたんでな――別にあいつが俺のものにならなくてもいいんだ。俺はあいつを手に入れるよりも、あいつに認めてもらえる男になりたかったんだ、って、そういうのがわかって、割とすっきりしてるんだぜ? それだけで、俺があいつに惚れた意味はあった。もてない男の負け惜しみに聞こえるかも知れんがな」

「……」

「だからよ、お前がそんな気にすんなよ。な?」

 そう言って、エイジは立ち上がって、僕の肩をポンとたたいた。

「俺に悪いと思うなら、お前はちゃんと自分の中の答えを出せ。あいつを絶対泣かせたりすんじゃねえよ。ヒラヤマが言ってた、みんなが最後は納得できる形ってのは、全部お前にかかってるんだからよ」

「……」

 正直殴られるかと思っていた。7年前のエイジなら、きっとそうしていただろう。

 だが――こいつは確かに前に進んでいるのだ。もう日本に帰って2年になるのに、僕は今のこいつのこと、全然わかっていなかったんだな……

 もう僕なんかよりも、全然いい男じゃないか。

「……」

 その折、僕の携帯と、社長室に据え置きの固定電話がほぼ同時に鳴った。

「エイジ――固定の方を頼む」

 そう言って、僕は自分の携帯を、エイジは固定電話の受話器を取った。

「もしもし」

『もしもし、私です』

 電話の主はトモミだ。

『社長の言っていた探偵さんをお連れしました。すぐに社長室に戻ります』

 そんな内容の伝達だった。僕は電話を切る。

「ケースケ。今受付から電話があった。エンドウ達と、お姫様の家族が来たらしい。俺は下に迎えに行ってくるわ」

 そう言って、エイジは社長室を出て行った。

 社長室に沈黙が流れる。

 ――そう、その答えを出すためにも、僕はシオリを探さなければならない。

 僕もトモミもエイジも、シオリに会わなければ、何も進めないんだ。


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