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「君が話をどこまで聞いたかわからないが……どこから話そうか」

「高校までのことは、ユータ達からある程度聞いています。彼女は東大に合格した……ですよね?」

 僕は訊く。

「あぁ……」

「きっと私達は、家族なのにシオリのことをよくわかっていなかったのかも知れません。あの娘は私達が思うより、ずっと強い娘だったんですね……夏場の落ち込みようを見たら、浪人するのも仕方ないと思いましたから」

 アユミが当時のことを思い出しながら言った。

「……」

 彼女が夏の間、沈み込んでいた理由は――

 彼女に送った、僕の最後の手紙、か。

 本当に、彼女は強い。一度の失敗で、色々なものから逃げ出した僕なんかよりも、ずっと……僕自身は、いまだにあの頃から立ち直れているかも怪しいのに。

 だからこそ分からないんだ。彼女が今、どんなに辛くても、弱い僕の助けなど望んでいるのか……

 彼女は泣き虫だったけれど、意志は誰よりも強く、たまにそれは僕も気後れさせた。彼女が強い意志で僕に会いに来ないのであれば、そっとしておいてあげるのも、一つの選択肢のように思える。

 そんな彼女を知っているからこそ、彼女の想いを上手く捉えきれずにいた。

「ちなみに、私は埼玉高校に受かったんですよ」

 シズカが補足する。

「……」

 ここまでで終わっていれば、めでたしめでたし――ほのぼの家族のありきたりな生活でおしまいなんだ。

 だけど――ここからだ。ここから先を聞くのが少し辛い。どんな顔をして話を聞けばいいか、迷ってしまう。

「まぁ、君ももう知っていると思うが……シオリが大学2年になった時、私が知り合いの会社経営者の借金の連帯保証人になっていてね……それで、恥ずかしながら我が家は、借金を抱えることになってしまった……」

 さすがにゴローは、いまだに責任を感じているのだろう。申し訳なさそうに言った。

「……」

 そんなわかりやすい借金の作り方って――人のいい、この人達らしいと言えばそれまでだが……

 まるで冗談のような話。だがそんな冗談みたいなことで、この家族は家まで失ったんだ。大人の世界ってのは、こんなにも簡単に、全てが壊れてしまうものなんだ。

「失礼ですが――その借金の額は、どのくらいだったんでしょうか?」

 シオリが大学2年ということは、借金が出来たのは、約5年前だ。シズカは去年借金を完済したと言っていた。約4年で返した借金とは、どのくらいあったんだろう。

 しかし、父が言ったその借金の額は、僕の想像を遥かに超えていた。

「あ……利息を入れなければ、5000万くらい……」

「5000万?」

 滅茶苦茶だ……合法の範囲内の利息でも、年間750万つく額だ。まともにやっていたのでは、利息分も返せない、いわゆる雪ダルマ式に借金が増える借金だ。

 僕はもう、目を丸くするしかない。

 その額では、十中八九、借りた相手は非合法の闇金融だろう。自己破産などできないように、相当脅かされたに違いない。

 「俺はまだ中学生で、学校の帰りに家に帰ってきたら、玄関がもう赤いテープで封鎖されてて、もう家にも入れてもらえませんでした。オヤジと母さんは外で茫然としていて……あの時のことは一生忘れないぜ」

 さっきまでほとんど口を開かなかったシュンが言った。

「……」

 やっぱり、相当怖い思いをしたんだ。可哀相に……

 だが、人より苦労が多いと思っていた僕だが、家を失ったその時のシュンの苦しみは、上手く想像できない。それは僕があの家に何の愛着もなかったからだろうか。よくわからない。

「私達は家を奪われて……義務教育が終わってないシュンはともかく、私達はとても学校に通える状態になくて……私も埼玉高校を辞めて、お姉ちゃんも東大を辞めて、働くことにしました」

 シズカが言う。

 恐らくシオリもシズカも、それは気を遣った末の選択だったんだろう。それとも、お金を貸してくれるとても親切な人達の気勢を、少しでも和らげたくて、わけもわからないまま退学届を出してしまったのか……

 しかし、ゴローのお人好しからそこまで借金をしたというのに、アユミは離婚もしなければ、シズカもシュンもグレたりしなかったことには感心する。

 僕の親父は人間性はともかく、金だけは持っていた。もしあの家庭で親父が借金を背負えば、即一家は分裂だっただろうに。現に親父が逮捕されて、母親は即離婚した。

 別に僕の家族が悪いとは言わない。むしろそれが普通だ。この家族が特別な結束で繋がっていたということ。

「お父さんは借金取りが会社にも来たことで、クビになって……私達は東京の外れの、ここよりももっと古いアパートに引っ越しました。親が借金だらけなんて、シュンも今までの学校にいづらいというのと、仕事をするなら東京に出た方がいいと思って」

 アユミが続いて説明した。

「だけど……」

 シズカは俯く。

「東京に引っ越して初めての夜、お姉ちゃんは姿を消したんです」

「え……?」

「目が覚めるとお姉ちゃんの姿がなくて。置き手紙があったんです。探さないでください、と、それだけ書かれていました」

「……」

「携帯はお金がなくて、お父さん以外解約しちゃいましたから、連絡も取れないし……それから私達も、お姉ちゃんを一度も見ていないんです」

 ジュンイチの携帯を借りて、7年前の彼女の番号にかけた時の感覚が蘇る。当時のこの家族も、あの時と同じ喪失感を味わったんだ。

「それから俺も中学生でしたが、新聞配達、シズカ姉ちゃんも母さんもパートを掛け持ちして、父さんも昼の仕事の後、コンビニで朝まで働く生活が始まりました」

 シュンがそう説明する。

「……」

 確かに皆朝から晩まで働き詰めだ。僕も高校在学中は、ほとんど空き時間はバイトを入れていたし、休みの日はバイトを掛け持ちした。その大変さはよく分かる。

 だが、日本は残酷な国だ。それだけ働いても、貧乏人は生活が豊かにならない。全員の儲けを足しても、利息さえ返せないだろう。

「ですが、お姉ちゃんが姿を消した2ヵ月後――」

 シズカは一度唾を飲む。

「私達の家の口座に、200万の大金が振込まれていたんです。匿名で……」

「え?」

「それから毎月、私達の口座に、その匿名の振込みが続いたんです。多い時は、月に500万や、1000万なんて時も……」

「……」

「私達はそのお金で、莫大な借金を、数年で返済できた……というわけだ」

 ゴローが俯きながら言った。

「その間、私達のうちに、お姉ちゃんからの手紙が、年に何回か届きました」

 シズカはそう言って立ち上がると、テレビの下の棚の中から、ゴムで束ねられた、小さな白封筒の束を取り出して、僕の前に置いた。

 僕はそれを手に取り、一番上に置かれていた封筒を見る。

 表には東京の住所の横に、『マツオカ様』という宛名。個人ではなく、家族全員に宛てた、という意味か。

 裏面には差出人の名前として、『マツオカ・シオリ』とだけ書かれていた。差出人の住所は書いていない。

 どちらも彼女の字の癖だ。丁寧で、丸い輪郭を少し含んだ、女性らしい優しい印象を与える字。戦国時代の書簡贋作師でもない限り、ここまで字を似せるのは無理だ。

 消印は5年前の秋――マツオカ家が借金を作って間もない頃、匿名の振込みが初めて来た頃だろう。

 手紙を出した場所は、長野になっている。

 他の封筒も確認すると、確かに3~4ヵ月に一度のペースで手紙が届いている。宛名などの書式も字の癖も同じ。

 だが、出した場所は全てバラバラだ。千葉や大阪、岩手に広島――北海道や沖縄まである。東京はない。明らかに場所を特定されないようにしている。

「これ……読んでもいいですか?」

 僕は家族全員の顔を見回す。

「どうぞ」

 アユミが軽く頷いた。

「君のことが書かれた手紙もある。君の意見も聞かせてくれ」

 ゴローも真剣な面持ちで僕を見る。

「……」

 僕のことが……?

 僕は一番消印の古い封筒を取り、もう封の開かれている封筒から、折り畳んで入れられてる3枚の便箋を取り出し、それを開いた。


ちょっとためになる法律講座…

どうして借金5000万の利息が、年間750万と書いたか説明しておきます。


利息制限法という法律がありまして、日本では利息を取る場合

借りたお金が10万未満なら、年間20%

10万以上100万未満なら、年間18%

100万以上では、年間15%


法定金利では、これ以上の利率で徴収したお金は、超過分は無効ということになってます。例えば5万円のお金を年利30%で借りた場合、そのうちの年10%の利息は払う必要がないのです。

だから5000万円の利息は、その15%の年間750万、最大で取れるってことになってます。


よく電車の中吊りとかにある、法律事務所の案内なんかを見ると「利息を払いすぎていませんか?私達があなたの借金を減らします」なんてことが書いてありますが、それはつまりこの法律を使うってことです。借金を一つにまとめて利息を安くしたり、超過分の利息を払わずに済むようにするということです。

作者は一応法学部出身ですが、卒業してから法改正がなければあっている…はずです。

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