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Abuse

 ――10月31日 PM3:30


 サッカーのイベントに僕達が参加している間、エイジとトモミは、本社から派遣されていた、後日行われるグランローズマリー主導のチャリティーマッチの宣伝と、グッズ販売の部隊に参加していた。その間、トモミはリュートの面倒を見てくれていたのだった。

 リュートとも合流した僕達は、サッカースタジアムの関係者用の地下駐車場へと向かっていた。まだイベントは行われている。外が静かなうちに、こっそり退散しようというわけだ。

「あ、みんな」

 駐車場の前では、マイが待っていた。

「ああ、マイさん、待たせたね」

 僕は手を振った。僕はマイをスタンドの特等席に招待していたのだった。

「どうだった? 旦那の7年ぶりのサッカー姿は」

 ユータがにやにやとジュンイチを一瞥してから訊いた。

「うーん……後半ちょっとヘタレ過ぎかな」

「うわ、そんなバッサリ……」

 ジュンイチは嫁の無慈悲さに、顔をしかめた。

「でも、すごく楽しそうだった。3人とも、あの頃に戻ったみたいで、カッコよかったよ」

「そ、そうか」

 急にジュンイチの顔に笑顔が戻り、少し照れたように頭を掻く。

「ラブラブだな、お前等」

 ユータが少し呆れたように言った。

「ん?」

 ふとマイは、僕達の後ろにいたエイジとトモミの方に目をやる。

「サクライくん、そちらの綺麗な方は?」

「あぁ……そうか、紹介がまだだったな」

 僕はトモミとエイジの方を見る。

「こちらはエンドウ・マイさん。ジュンイチの奥さんだ」

 二人にマイを紹介してから、僕はマイの方を向きなおす。

「君もエイジとは会ったことがあるから、説明は省くが……彼女はヨシザワ・トモミさん。僕の専属秘書をやってもらっているんだ」

 僕がそう言うと、トモミは一歩前に出て、マイに頭を下げた。

「へぇ――サクライくん、こんな綺麗な(ひと)に秘書なんかやってもらってるんだ……」

 そう言って、マイはトモミにニコリと微笑んだ。

「大変でしょう、サクライくんの秘書なんて。ちょっと同情しちゃうな」

「わはははは!」

 そのマイの言葉を聞いて、ユータ、ジュンイチ、エイジの3人が揃って大笑いした。

「――マイさん、君まで……」

「あ、あれ? 何でそんなに笑うの?」

「そのネタ、さっきユータとジュンイチもやったんだよ」

 僕は憮然とする。

「あははは!」

 だが、そんな僕の横でトモミが楽しそうに笑うのを見て、少し僕はほっとしていた。

 ほんのついさっきまで、トモミは僕の腕の中で眠っていた。

 そこでトモミは、おそらく泣いていたと思う。

 そんなトモミに、笑顔が戻ったことの安堵感を感じていた。

「でも、これからどうするの?」

 マイが言った。

「君が今日、僕達といろいろ話したいって言うから、一応川越のバーを一軒予約してある」

 そう、今日マイは僕達に対して、ジュンイチも知らないサプライズを用意しているという。その正体が僕は昨日から少し気になっていた。

「でも、それまでちょっと時間があるな……まだ酒を飲む時間じゃないし」

「まあ、とりあえず車に乗れよ」

 エイジが目の前の、3列シートのでかいファミリーワゴンに促す。

「空いているうちに、退散しようぜ。それから時間まで、何をするか考えよう」

 運転席にエイジ、助手席に体の大きなユータ、二列目にマイとトモミ、三列目に僕とリュート、ジュンイチが乗り込んで、車は坂道を登って地上へと出、一般道に乗る。

 スタジアムは元々川越にあった市民スタジアムを、グランローズマリーが回収してのもの。川越と言ってもかなり郊外にあり、電車で川越に来て、歩いて行ける距離ではない、ちょっと不便なところにある。

 川越は市街地を離れると、途端に簡素な田園地帯になってしまう。スタジアムを改修した際に、グランローズマリーが主導して植えた桜並木も、まだまだ大きくなっていない。あと5年もすれば、このあたりも四季の花が咲き誇る、一年通してとても美しい道になるはずなのだが。

「サクライくんの秘書試験って、アイドルオーディション並みの倍率だったんでしょ? すごいですよね、そこを突破するなんて」

 僕の後ろの席では、マイがトモミに対してコミュニケーションをとっていた。

「まったく、こんな綺麗な女をより取り見取りだったってわけか、このスケベめ」

 ジュンイチが僕に野次を飛ばした。

「ああ、こんなわがままボディの美人秘書さんに、毎日ご奉仕してもらうなんてな。ドスケベもいいところだ」

 ユータも前の席からジュンイチに合いの手を入れた。

「わがままボディとか言うな。ご奉仕とか言うな。誰が助平だ」

 僕はまとめて突っ込んだ。

「あ、でも、社長は私の採用試験には、一切関知していないんですよ」

「え?」「そうなの?」

「そりゃ本当だよ」

 運転席のエイジが答える。

「初めはケースケの奴、秘書とかいらないって言ってたんだ。だが、こいつがあまりにも自分の生活そっちのけで働き過ぎるんで、いつかぶっ倒れちまうんじゃないかって心配になってな。サポートできる人間を、お前のそばに置けって、俺達が頼み込んで採らせたんだよ。だから全部採用人事は、俺達がやったのさ。はじめはちょっとした募集のはずだったんだが、いつの間にかあれよあれよと話題になっちまったのには、驚いたけどな」

「ちょっとした募集になんてなるわけないよ。イギリスにいた頃のサクライくん、背が伸びて男らしくなってて、日本にいた時よりもカッコよくなってたし。女の子の間じゃその頃からすごい取り上げられてたし」

 マイが言った。

「でも、あなたもそんなサクライくんを見て応募したんでしょうけど――想像と違ってたでしょ、サクライくんって」

「あ、わかります?」

「ええ。浮世離れが激しくて、トラブルメーカーで、鈍感で」

「いつも意地が悪くて、無愛想で、自分のことは何にも話してくれなくて……」

「でも、時々無駄に優しい、でしょ?」

「あ、はい」

「……」

「気を付けた方がいいわよ。サクライくんは女を狂わせる名人だから」

「あはは、分かってます」

「くくく……」

 マイとトモミの会話に、隣のジュンイチをはじめ、前の席からも笑い声が聞こえる。

「だけど――嬉しいなぁ。今までサクライ・ケースケが実はそんな人なんだって言っても、誰も信じてくれないんですよ。だから、エンドウさんの奥様が、そういうこと分ってくれて、そういう話ができるのすごく楽しい」

「あ、それなら連絡先交換しない? 私もこれから家にいることが多くて、暇になっちゃうと思うから、いつでもお話ししましょうよ。家に遊びに来てもいいし」

「え? いいんですか?」

「ええ、あと、私のこと、奥様なんて呼ばないで。同い年なんでしょ?」

 そう言って、トモミとマイはお互いに携帯電話を取り出す。

「――なあ、僕の悪口で二人が仲良くなるの、僕の目の前でやらないでくれる?」

 僕はようやく二人に突っ込んだ。

「しかも酷い言われようだ」

「あら? サクライくん、女の子を泣かせた数で言えば、プレイボーイだったヒラヤマくんよりずっと上だったはずでしょ? 何か文句ある?」

 マイはニコニコ顔で言った。

「……」

「乙女の純情を弄ぶ男は、馬に蹴られて何とやら、ってね。サクライくんももっと乙女心を傷つけた罪を知りなさい」

「――はい」

「はははは! 返事しちゃったよ!」

 ジュンイチが大笑いした。

「まったくだ。ケースケは生まれながらの女の敵だからな」

「……」

 ――もう突っ込むのも疲れた。

 だけど……

 マイの言葉に思わず返事をしてしまったのは。

 マイは、僕が泣かせた女性のことを知っている。

 そう、マツオカ・シオリのことを知っている。。

 きっとユータ達とは別の視点で――シオリとある意味一番近かった。

 きっとマイは、僕がいなくなって泣いていたシオリのことも見ているのだ。二人は大学で、同じバイト先で働いていたというし、女同士、二人きりで話したこともあったかもしれない。

 だから――そんな彼女に怒られたら、もう謝るしかなかった。

 マイは口には出さないが、シオリを泣かせたことを、僕にもっと考えろと促しているのかもしれない。

 そう思ったら、勝手に素直に返事をしてしまっていた。

 そんな話をしているうちに、車は川越の市街地に差し掛かろうとしていた。

「――なあ、さっきから外で何か聴こえないか?」

 僕は皆に言った。

「ん?」

 その言葉に、皆が耳を澄ませる。ジュンイチは車のパワーウインドゥを開けた。

「――ああ、何か聴こえるな。太鼓みたいな音が」

「ん? 前で交通規制してるな」

 助手席に座っているユータが言った。

「あぁ、そうか……今日は川越祭りじゃないか」

 地元出身のエイジが言った。

「祭り?」

「ああそうだ、あの太鼓の音、多分お囃子だぜ」

「この辺じゃ一番のでかい祭りでな。町内ごとに飾りの違う山車がいっぱい出て、お囃子をやって、屋台も街中に出るんだ」

「へえ、面白そうだな」

 ジュンイチが言った。

「折角だし、見物していこうぜ。車どこかに止めて」



 そんな僕達が最初に訪れたのは、着物のレンタルをやっているという呉服屋だった。僕の生まれた商店街だ。少しは顔も効く。

 男4人はそれぞれ甚平に着替えて、女性陣の着替えを待っていた。

 呉服屋の外から見える市街地は、もう歩行者天国になっていて、商店街の各店舗の入り口を避けて、道の両端は屋台がずらりと並び、川越の古い街並みの風情を残す、ガス灯のようなレトロな街灯には、まだ空が明るいので点灯はしていないが、様々な色の提灯が、等間隔にぶら下がっている。

「いいねえ、こういうのを着ると、日本に戻ってきた気がするよ」

 ユータは流石に何を着こなしても絵になる。甚平の胸元から、鍛え抜かれた体が覗く。だがそれでも、人混みに商売道具である足を踏まれるかもしれないことを想定してか、僕達のような裸足に草履ではなく、一人だけ靴を履いたままだった。

「久々に地元に戻ってきたって感じだな」

 さすがに祭りの好きな元ヤンキーだけあって、エイジも昔の血が騒ぐのか。

「いい写真が撮れるといいんだが」

 ジュンイチは車から、一眼レフカメラを持ってきて、首にぶら下げている。

「……」

 祭りか――確かにこの時期になると、やっていた気がする。

 地元出身なのに、僕はこの祭りを歩いたことはない。小学校時代は友達もおらず、塾通い。中学は東京だったし、高校時代はバイト三昧だった。町内ではお囃子も子供達がやっていたが、僕は不参加だった。こんな甚平を着るのも初めてだ。

 本当なら、きっと、あの夏に僕の家族があんなことをしなければ、もう7年前にこの祭りに、皆と来ていただろう。

 きっと、シオリとだって……

「お待たせー」

 その女性の言葉に、僕ははっと振り向く。

「おお」

 ユータが感嘆の声を漏らした。

 紺地に紅葉という柄の浴衣を着たマイと、淡い桃色にコスモスが描かれた浴衣姿のトモミが出てくる。

「いいねぇ、似合ってるよ、二人とも」

 ユータは手放しで二人を褒める。確かにマイも昔チアをやっていて、スタイルが相変わらずいい。こういう和服がよく似合っていた。

「サクライくん、トモちゃんの浴衣、どう思う?」

 マイが僕に訊いた。

「あえて可愛い系の浴衣を選んで、ギャップを狙ってみたんだけど……」

「……」

 確かに、トモミのスタイルなら、紺とか、そんな色の浴衣の方が映えるかもしれない。でも、そんな女性が、こういう色の浴衣を着るのは、少し肩透かしを食らったようだが、そこがまたいい。手に持っている薄紫色の巾着もまた上品だ。

「あぁ……綺麗だよ、すごく……」

「う……」

 トモミは強張った顔を真っ赤にして後ずさった。

「ん?」

「うわぁ……一番感想が気になる人に、似合ってる、とかじゃなく、綺麗とか、どストレートに言われて……そりゃ照れて何も言えなくなるよねぇ……しかも言った本人、そういうの無自覚だし……トモちゃん、こうして順調にサクライくんの魔性の毒にやられちゃってるのね……」

「?」

 言っている意味がよくわからない。僕は首を傾げた。


今回の話に登場する「川越祭り」というのは実際に川越にある祭りです。実際、埼玉県でも結構でかい祭りで、他県から遊びに来る人もいるくらいの。

と言っても、作中のように10月末ではなく、大体10月中旬にやってます。そこは作中の都合にちょっと合わせてます。


もし読者さんが近隣にお住まいでしたら、是非遊びに行ってみてください。川越は7月にある、街中が提灯で照らされる百万灯祭りもおすすめです。

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