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「ヒイ、ヒイ……」

 ――ジュンイチ、いくらなんでもスタミナ落ちすぎだろ。

「ジュンイチ、持ち過ぎだ! 僕に出せ!」

 僕はボールを呼ぶ。フォワードからのチェックを受けていたジュンイチは、何とかキープしていたボールを僕に蹴りだした。

『さあ、サクライCEOにボールが回ったぞ! エンドウさんからサクライCEOへのパスは、攻撃へのスイッチだ!』

「はあ、はあ、はあ……」

 ――って、僕もジュンイチのこと言えないんだよな。もう僕もスタミナが切れている。

『サクライCEO、エンドウさんからのボールを受ける! だが既にここもボランチ二人に囲まれているぞ!』

「くっ」

僕はボールを受け、前を向くと同時に、セカンドタッチでボールを両足で挟み、ふわりとボールを浮かせて、僕をチェックに来るボランチの頭上にボールを通した。

 わあああ、と、歓声が上がる。僕は前進してきたボランチが反転する前に、横をすり抜けてボールをキープ。

『サクライCEO、ここで鮮やかなヒールリフト!』

「はあ、はあ、はあ……」

 前線ではユータが僕のパスを待っている。だが、もうそれは警戒され過ぎていて、ユータへのパスコースはない。

 ――仕方ない。

 ペナルティエリアにドリブルで仕掛けると、僕の動きを止めようと、ディフェンダーが前に出てくる。僕はボールを一度はたいて、横にディフェンダーを釣り出す。そして釣り出されたところをすぐにヒールで元来た方向へボールを切り返して、バランスを崩したディフェンダーを一瞬で抜き去った――

 はずだったのだが。

 急な切り返しに芝に足を取られて、僕はスリップするように倒れてしまった。ボールはディフェンダーが拾って大きく前線にクリアされる。

『うーん、惜しい! しかし素早い切り返しでした! 不運なスリップがなければ、決定的なチャンスでした!』

「はあ、はあ、はあ……」

 僕はしばらく芝から立ち上がらず、芝に座ったまま、息を切らせる。

 ――不運なスリップだって? はは、冗談じゃない。

 単純に足腰が弱って、足の踏ん張りが効かなかったんだよ。

 昔のイメージでプレーをしていたら、こうなる、か……

 分かっていたはずなんだがな、もう僕が、昔のプレーができないってことくらい。



 僕とトモミは、夜が明けると朝一番で東京に戻り、トモミを送ってから、一度自宅に帰ってスーツに着替えると、グランローズマリー本社前でユータ、ジュンイチと合流し、そのまま僕の地元、埼玉県川越市に向かった。

 僕はグランローズマリーを立ち上げてから、サッカー関連の仕事に積極的に取り組んできた。そして川越市を本拠地としたプロサッカークラブのオーナーでもある。

 そして今日、そのサッカークラブのホームグラウンドで、ファン感謝イベントが開かれているのである。エイジに頼んで、そのイベントの飛び入りゲストとして、僕、ユータ、ジュンイチの3人が参加。プロのチーム対、チームスタッフに僕達3人を入れた混成チームが、20分の紅白戦に出場する、という告知をチームの公式ホームページで出したら、5万人近い人間がこの川越に押し寄せ、ホームスタジアムは満員御礼だった。

 紅白戦終了後、僕達とクラブの選手達は、それぞれ握手を交わし、その後センターサークル付近でイベント進行を務めるMCのインタビューを受けることになった。

「はあ、はあ、はあ……」

 僕はまだ切れた息が元に戻らずにいたが、ピッチの中心にいる僕達に、スタンドから歓声を浴びせられる。それを受けて、僕達はスタンドへ向けて手を振った。

「いやはや、入りも入ったり……ここまで観客が入ること、サンシーロでも滅多にないだろ」

 ジュンイチがスタジアムのスタンドを360度見回した。

「まったく、このクラブの選手には同情するよ。オーナーがプロより上手いんだからな。ファンの目もそれだけ厳しい。今日の紅白戦も、かなりやりづらかっただろう」

「ま、お前はあまり役に立たなかったがな」

 ユータが溜め息交じりの声で言った。

「ちょ!」

「いくらなんでも劣化し過ぎだ。おまけに後半は完全に足が止まってたぞ」

「――本職と比べるなよ。準備期間もなかったんだぞ」

 苦笑いで言い訳するジュンイチに、観衆の笑い声が起きる。

「――まあ、俺のことは自覚しているが」

 ジュンイチは僕の方を見る。

「お前、20分で1ゴール1アシストだ。本当にお前、病み上がりだったのか? どこの有情拳の使い手だよ」

 ジュンイチの言葉に、観衆は僕に拍手を送る。

 確かに結果だけ見ればそうだった。僕達のチームは、ユータが20分で3点、僕が1点を決め、クラブチームを圧倒してしまった。

「さすがにスタミナは落ちていたが、テクニックは全然錆びついてない。後半残り10分で点を取りに行くオプションとしてなら、まだ十分日本代表クラスじゃないか。なあ、ユータ」

 ジュンイチがユータに感想を求める。

「……」

 だが、ユータは黙って僕の方を見ている。

「どうした?」

「……」

――分かってるよ、ユータ。

 ユータはその言葉を言い渋っていることは、ずっと前から僕には分かっていた。ただ、今はファン感謝イベントだ。その言葉で水を差したくないだけ。

『それではサクライCEOにお話を伺いたいと思います』

 黙っている僕達に助け舟を出すように、MCが僕に話を展開する。

『サクライCEOがこうして表舞台に出ることだけでも貴重なことなので、出来れば色々お話を伺いしたいのですが……まず、今皆さんが着ているユニフォームについて。このユニフォームは、次に行われるグランローズマリーチャリティーマッチのために、サクライCEOがデザインした特別ユニフォームだとか』

「はい、そうです」

 このイベントで僕達が紅白戦を行った理由は、7年ぶりの僕達の再会をニュースにして、イベントの参加者を増やす他に、チャリティーマッチのための宣伝をするためだった。

 そのため、僕達もクラブチームも、特別なユニフォームを着ての紅白戦を行っていた。僕達が赤と黒を基調としたデザイン、クラブチームがトリコロールを基調としたデザインだ。

「ユニフォームだけでなく、今僕達がしているシリコンバンドや、キーホルダーなんかも僕がデザインしたものです。このグッズの収益も、今回のチャリティーの募金に100%還元されます。今日、スタジアムのグッズ売り場で各500セット、先行販売分を用意しています。勿論今日の販売分も、チャリティーに還元されます。後日の予約もできるようになっていますので、是非買って行ってください」



「ゴホッ、ゴホッ……くっ……」

「ケースケ、大丈夫か?」

「――ああ」

 あくまでイベントの特別参加者である僕達は、これ以上留まると、本来の主役であるクラブの選手たちをなおざりにしてしまいそうだったので、簡単にインタビューを受けると、すぐにスタジアムの控室へと帰っていた。

 僕は控室に帰るなり、さっきから感じていた、激しい体の痛みに顔を歪ませ、ベンチに座り込んだ。

「やっぱりお前、病気を隠してサッカーをしてくれていたんだな」

 ユータはユニフォームからスーツに着替え直しながら、僕を見た。

「何で無理をしたんだよ、そんな体で」

 ジュンイチも僕の向かいのベンチに座った。

「僕を恨む財界の人間は多い……そんな僕が病で倒れたなんて報道がされたら、グランローズマリーに報復しようと考える奴が沢山いるんだ。そいつらを大人しくさせるためにも、僕が健在だっていうのを見せつける必要があるのさ……僕が健在なら、奴らも手は出せない……ゴホッ、ゴホッ……」

「死せる孔明、生ける仲達を走らす、ってやつか」

「だが、ユータ。すまないな。お前から見たら、今日の僕はさぞ無様なものだったろう」

「――ああ」

 壁に寄りかかって腕組みするユータは頷いた。

「無様とは言わん。だが、哀れだ」

「……」

「全盛期のお前は、俺なんて及びもつかん選手だった。本来なら、日本代表のエースは俺じゃない、お前のはずだった。それが、あの7年前の不幸から、お前は償いにその後の人生の全てを賭けてしまった……体も壊し、もはやサッカーをやる体力も気力もないだろう。そんなお前が無理をしてでも、俺を失望させまいと必死になっていたが……そこまで弱った体でありながら」

 ユータの声は、涙で震えていた。こいつはクールに見えて、意外と涙脆いところがある。

「だが――無理をしてでも今日、このピッチに立ててよかったよ。お前らともう一度、同じピッチに立てて、震えるくらい感動できたよ」

「その点には、俺も同意だな。お前とユータが出場できなかった高校最後の試合は、俺にとって不完全燃焼だった。そのやり直しが7年ぶりに叶って、嬉しかったよ」

「ああ、だからユータ、お前が気に病むことはないさ」

 そう言って、ユータに僕が微笑みかけた時。

 控室のドアをノックして、一人の大男がのっそりと中へ入ってきた。

「お疲れさん」

 エイジだった。

「あ、エイジさん、お久しぶりっす」

 ユータがエイジの顔を見て、笑顔を見せる。

「俺は何か月か前に会ったばかりだけど、大企業の副CEOなんかやって、貫録つきましたよねぇ」

「よせ、お前達だって十分男の風格がついているじゃねぇか」

 エイジは褒められたことに多少くすぐったさを感じているようだったが、二人と握手を交わし、持ってきたスポーツドリンクを各々に手渡した。

「ケースケ、すごかったじゃないか、まだお前、十分現役でやれるぞ」

 エイジは最後に僕の前に来て僕にペットボトルを差し出した。

「エイジ、グッズの売り上げはどうだった?」

「今、あいつが売店の様子を見に行ってるよ。すぐ帰ってくるさ」

 そうエイジが言った直後、再びドアがノックされ、失礼します、の声と共に、トモミが入ってきた。

「社長、すごいですよ。もう用意していたユニフォームもシリコンバンドもキーホルダーも、全部完売してました。予約も殺到してましたし、大反響でした!」

「そうか、よかった……」

 僕は胸を撫で下ろす。

「ケ、ケースケ」

 不意に僕はジュンイチに呼ばれる。

「まさか、その女の人って……」

「あぁ、そうか――お前達、初対面だったな」

 僕がそう言ったことで、トモミはすぐにそれを察し、ユータとジュンイチの前で背筋を伸ばした。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。グランローズマリーCEO、サクライ・ケースケの専属秘書を務めさせていただいております、ヨシザワ・トモミと申します」

 ぺこりと頭を下げる。

「……」

 だが、ユータ、ジュンイチはどちらも沈黙する。

「ケ、ケースケくん――ちょ、ちょっと集合」

 ジュンイチは僕に、気もそぞろな口調でそう言った。

「は?」

「いいから集合」

 今度は少し語気を強めて言った。

「ちょ、ちょっとタイムで……」

 ジュンイチはトモミとエイジに微笑みかけて掌を見せると、僕の方に腕を組んで後ろを向いてしまう。それを見て、ユータもジュンイチとは反対側に立って、僕の肩に腕を回し、さながらラグビーのスクラムのように僕を挟み込んだ。

「マジかよ! あれがトモミさんなのか!」

 僕の顔に自分の顔を近づけて、ジュンイチが言った。声を殺して二人には聞こえない声を作っていたが、驚嘆していることは十分伝わる悟性だった。

「む、むちゃくちゃ綺麗な(ひと)じゃねぇかよ!」

「あぁ――ありゃ半端じゃない美人だな。おまけにあのわがままボディときている」

 ユータも声を殺している。

「何やってんだ、3バカ」

 エイジが呆れたように声を出す。

「いいから離れろ」

 僕は二人の腕を振り払って、トモミと正対する。

「あ、あの、何か?」

 トモミは自分に粗相があったのかと、首を傾げる。

「あ、いや。あんまり綺麗な(ひと)だったから、驚いちゃって……」

 ジュンイチは照れ臭そうに頭を掻きながら、笑っている。

「あの――敢えて言わせてもらっていいですか?」

 ユータがまだ戸惑い気味のトモミの前に歩を進めた。

「ど、どうぞ」

 ユータのそのただならぬ雰囲気に、トモミは雰囲気に呑まれたようにそう返事をした。

「結婚してください」

 あっさり即座に言った。すぐに片膝をついてトモミに額ずく仕草さえ見せる。

「――本当に敢えて言ったな……」

 僕は一瞬呆れた。可愛い女の子を見ると、すぐに冗談半分に口説く癖は、高校時代に度々見ていたし、僕とジュンイチも度々苦労した。イタリアという女性を挨拶のように口説くお国柄に揉まれて、更にパワーアップしたのか?

「え? あ、あの……」

「トモミさん、本気にしないでいいって」

 僕は戸惑うトモミに忠告した。

「いや、俺、結構マジだったんだぜ」

 ユータはすっくと立ち上がり、僕の方を見る。

「しかし……こんな……こんな綺麗な(ひと)が、ろくでなしのケースケの秘書なんて、辛い仕事をやらされているなんて……」

 ユータはそう言いながら、目頭を押さえるポーズを見せる。

「あぁ、こんな残酷な話ってあるかい。なんて不憫な……」

 ジュンイチもそれを見て、歯を食いしばって男泣きをする演技を見せる。

「――お前等、さっきまで僕のこと、哀れだって言ってなかった?」

 トモミはそんな二人の悪ふざけを見て、おかしそうに笑った。


もう何か月ぶりになるんだろう、ユータ、ジュンイチの出番。

しかしやっぱり3バカがそろうとこういうふざけたシーンもかけるので、作者個人としては嬉しいです。

作者はユーモアのセンスはあまりないですが、これからこういうふざけたシーンもちょこちょこ入れて、作風を明るくしていければなぁ…


久々のサッカー用語解説…

サンシーロ…ユータの所属しているAC未ランのホームスタジアムで、世界屈指のサッカースタジアム。長友選手の所属するインテル・ミラノもこのサンシーロを本拠地としており、ACミラン対インテル・ミラノの試合は「ミラノ・ダービー」と呼ばれ、ミラノの街を二分しての応援が繰り広げられる。

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