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Vain

「おにいちゃん! 次の曲、早くやって!」

「早く早く!」

「あぁ――ちょっと待ってね」

 宴会も後半に入ると、漁師をはじめとする大人達は、皆酒が入っていい具合に出来上がってしまい、それぞれ勝手に盛り上がっている。

 そんな酒の入った大人達に置いていかれてしまった子供達は、今、僕の周りに集まっていた。僕のギターに合わせて子供達は楽しそうに歌ったり、はしゃいだりしていた。

「お姉ちゃん、この歌知ってる? 今日学校で教わったの」

「懐かしいなぁ、これ、私もちっちゃい頃、歌ったっけ」

 トモミや、酒の飲めない大人も僕の所へ集まって、それぞれ砂浜に声を張り上げたり、子供達の歌に聞き入ったり、のんびりした時間を過ごしていた。

「あー……」

 僕はいがらっぽい声を出す。

「社長、声がちょっと酒焼けしてますね」

 トモミがふふっと笑った。

「大して飲んでないんだけどね……」

 昨日ジュンイチ達と飲んだ時も感じたが、元々酒が弱い僕は、病み上がりのせいもあって、一層酒に弱くなっている。

 漁師達が僕に何度も酌をしてくれるものだから、つい飲み過ぎてしまい、若干頭をふらつかせながら、僕は今ギターを弾いている。

「みんな、この人はこの前まで病気だったんだぞ。あまり無理させちゃダメだ」

 どうやらこの子供達とも顔馴染みらしいタケルが、そんな僕に助け舟を出した。

「ねえねえタケ兄。このおにいちゃんが、サッカーがすごく上手いって、ママが言ってたんだけど、本当?」

 子供の一人がタケルに訊いた。

「ああ、本当だよ」

「ホント? タケ兄より上手いの?」

「ああ、俺なんか問題じゃない。メッシやクリロナに並ぶくらいの、すごい選手だったんだぞ」

「すごーい! ね、お兄ちゃん、今度はサッカーやろうよ」

「タケ兄と勝負してみて!」

 子供達はタケルの話を聞いて、さっき以上に目を輝かせて僕に群がってくる。

「お前ら――この人は病み上がりなんだって。あまり困らせるな」

 タケルは困ったような顔をする。

「サッカーだったら、俺が相手してやるから。みんなついてきな」

 そう言ってタケルは砂浜から立ち上がり、尻をはたきながら子供達を集める。

「すいませんサクライさん、色々と。もうすぐ解散になると思いますけど、最後くらいのんびりしてください」

「ありがとう。お言葉に甘えさせていただくよ」

 僕はタケルに手を振った。

「ほら、みんな行くぞ」

 タケルは子供達を先導して、海の家の方へと戻っていく。恐らくボールを取りに行くのだろう。

「はーっ……」

 ようやく子供達から解放されて、僕はようやく息をついた。

「すっかり子供に人気出ちゃいましたもんね。あの年頃の子供じゃ、社長がサッカー選手だったこと、知らない子も多いのに」

 隣に座っていたトモミが言った。

「海外を旅していた頃は、子供とよく一緒に歌を歌ったり、サッカーをしたりしていたんだ」

 僕はギターをチューニングし直す。

「子供と仲良くなると、親も足を止めて聞いてくれるしね。そうすると一晩くらい、家の軒先を貸してくれたり、いい時なんか家に泊めてくれたりして」

「えぇ? そんな不純な動機で?」

 トモミは僕の話を聞いて、少し呆れたような顔をする。

「――子供は好きだよ。いまだに接するのには慣れないけど……」

 そう、子供は好きだ。旅をしていた頃、あの屈託のない笑顔を見る時だけ、家族への復讐と、自分への絶望に満ちていた僕の表情が緩んだ。

ただ、僕には無邪気に過ごした子供の頃の思い出というものがないから、子供の喜びそうなことや、子供の目線というものを知らない。だから子供の純粋無垢な目を見ると、まるで自分の笑顔が嘘っぽく見えていないか、いい人を演じているように見えていないか、それが見透かされているようで……

「料理も出来て、音楽も出来て、子供が好き……いい旦那さんになるだろうなぁ」

「――何か言った?」

 僕はトモミの方を振り向いた。

「え? あ、な、何でもないです……」

 トモミは視線を落とす。

「……」

 僕は首を傾げながらも、もう一度息をついて、星空を見上げた。砂浜が明るくて、目が光に慣れてしまったせいで、初めよりも小さな星が見えにくくなっている。

 ――久し振りだったな、こういうの。

 昨日ジュンイチ達と飲んだ酒も美味かったが、今日の食事も美味かった。

 7年前、こうしていつも嬉しい時に、仲間達で騒いでいた頃――あの頃に戻れたような気がして。

「……」

 そんなことが脳裏をかすめると、その微かな感覚に追いつこうとするような速さで、また別の感覚を、今度ははっきりと感じた。

 誰かの笑顔が見たい。

 そう強く思ったのだった。

 7年前、誰かが側で笑顔を見せてくれることで、どれだけ救われた気持ちになったか。

 自分がこの7年、誰かに微笑んでもらえることに、こんなにも渇し、こんなにも欲していることに気付いた。

「……」

 これから僕は、どう生きればいいのだろう。

 自分の全てを賭けて、多くの人、そして自分の心身さえも絶えず痛めつけてきたこの7年間の志を、僕の守りたかった人は誰も望んではいなかった。

 7年間の疲労が一気に襲い掛かっている心身に、その現実を突き付けられ、今の僕は完全に参ってしまっている。次の人生を見据えようにも、自分の何を起爆させて奮い立てばいいのか、それさえも見えない。

 だが――そうして弱くなった心が、気付かせてくれた。

 自分が何を望み、何に乾いていたのか……

「……」

 ふと僕は、気付かれないように、トモミの横顔を窺った。

 手を伸ばせば、トモミの頬に触れることのできそうな距離に、彼女がいる。

 現状の僕に、今一番の安らぎをくれるのは、彼女だ。

 彼女なら、僕の悲しみに寄り添ってくれるだろうか。

 7年前のシオリのように、僕に微笑みかけてくれるだろうか……

「……」

 シオリの声を聞いてから、ずっと考えていた。

 僕は日本を出てからもずっと、シオリ以外の女性を愛することができなかった。

 勿論今でも、彼女は素晴らしい女性だったと思っている。そんな娘が僕を好きだと言ってくれたこと――今日改めて彼女の声を聞いて、そんな夢みたいな話に感激もした。

 だが、シオリのことを想えば想う程、心にはその想いに反比例した虚しさだけが帰ってくる――

 ――ずっとその繰り返しだった。シオリがもう僕の前にいないことを思い知りながらも、シオリのことを思うのは、自己満足でも何でもない。

 思い続ければ、いつかまた元に戻れるかも、なんて、そんなくだらない期待が消えなくて。

 その度に僕は、繰り返し疲弊していった。

 そんなものにすがることしかできなかったのが、この7年間の僕だ。

 だが――そんな僕の前に、今はトモミがいる。

 ユータも、ジュンイチも、シオリも僕のことを思い、僕の幸せを願ってくれていた。

 今の僕にできることがあるとすれば、僕が幸せになったところを奴等に見せて、安心させてやることくらいだ。

 そのためには、トモミと一緒になるのが一番なんじゃないか。

 もう僕は、シオリを想い続けることの虚しさから逃れたがっているのではないだろうか。トモミと幸せになって、過去を捨て去ることが、僕が幸せになる唯一の方法なのではないだろうか……

「あ」

 ふいに僕の隣にいたトモミが声を漏らし、僕は顔を上げる。

 僕の視界の先には、砂浜の堤防に設けられた階段を下りて、こちらへ向かってくる、昼食を摂った民宿の年老いた女将さんの姿だった。

「お部屋の準備が出来ましたよ。お風呂もいつでも入れますからね」

「すみません、こんな遅い時間に、飛び入りの客を泊めるなんて」

 僕はお婆さんに軽く頭を下げた。

「いいんですよ。久し振りに楽しい時間を過ごさせてもらいましたから。それに……」

 お婆さんはトモミの方を見た。

「ふふふ……」

「?」

 トモミは首を傾げたが、お婆さんは振り向いて、酔い潰れている漁師達の方へ一喝した。

「ほらほら、あんたたちもそろそろお開きにしないと、明日の漁に差し障るよ。さっさと帰って明日に備えなさい!」

 歳の割によく通る声だ。海の男達の帰りを待つ女の切符の良さなのだろうか。

「う―……そうだな。もう十分騒いだしな……」

 漁師達は酒に酔って千鳥足を踏みながらも、のろのろと立ち上がる。

「……」

 僕もゆっくりと立ち上がる。

「ちょっとナオキさん達に挨拶してくるよ」

 トモミにそう断って、僕は砂浜を見回して、ナオキ達を探した。

 ナオキはミチルと自分達の海の家の前に立って、二人で何か話しているところだった。僕は千鳥足を踏む漁師達や、片付けを始める奥さん達をかいくぐって、そちらへ向かった。

 ナオキ達も僕が近づいてくるのを見つけて、僕の方を見た。

「ケースケくん」

 ナオキも随分酒が入っているようで、浅黒い肌が随分と酒の油で光っていた。だが呂律は回っているし、目もしっかりとしている。

「今日は君のおかげで、我々も楽しい時間を過ごせた。ありがとう」

「そんな、僕の方こそ」

「君の力になってやれることは少ないだろうが、いつでも遊びに来るといい。また今度はゆっくり酒でも飲もうじゃないか」

「ありがとうございます」

 僕はナオキに頭を下げた。

「ふふふ……」

 ふと、ナオキの横にいたミチルは、意味深な笑みを浮かべた。

「ケースケくん、宴会が終わっても、あなたはもう少し頑張ってもらうわよ」

「え?」

「トモミさんのことよ」

「え?」

「今日、あなたとトモミさんは、同じ部屋に泊まるのよ」

「は?」

 僕は思わず声を上げてしまう。

「あんないい娘を、これ以上待たせたり、不安にさせるものじゃないわよ。今夜はトモミさんと一緒に過ごして、いろいろ話してみなさいな」

「……」

 さすがに彼女と同じ部屋に泊まることは考えてなかった。そう言えばさっき民宿の女将も意味深な笑みを浮かべていたな。ミチルもあのお婆さんも、トモミのことを気に入っていたみたいだからな。どうやらトモミの恋心を知って、その後押しをしたらしい。

 何てことだ……

「……」

 だが、これも好都合なのかも知れない。

 元々僕は、シオリとトモミのどちらとの未来を望んでいるか、その答えを探していたのだから。

 二人きりの夜――か。


皆さんあけましておめでとうございます。今年も作者と、作者の書く作品をよろしくお願いいたします。

とりあえず今年中にこの作品を終わらせることができるように頑張ります…

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