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Reception

 ボーイが出ていき、部屋に残された僕達三人はソファーに座って、息をついた。

「よく考えると、俺達って女の子に免疫ないよなぁ」

 ジュンイチが呟いた。

「お前は嫁さんしか女を知らないからな」

 ユータがからかうように言った。

「ま、人数が問題じゃねぇ。マイさんみたいな可愛い女の子を嫁にしただけでも、お前は幸せじゃねぇか」

そう言ってから、ユータはソファーの背もたれに両腕を乗せて、天井のシャンデリアを見上げた。

「どっちが幸せなのかね。俺はもうジュンみたいに、一人の女の子しか知らないって恋愛をすることは、もう不可能だからな……」

「……」

 僕が沈黙していると、目の前の扉が開き、ぞろぞろと女性が入ってくる。

「サクライ社長だ!」

「わぁ! この3人が来るなんて! 嬉しいなぁ」

 僕達を接客する女性達の方が喜んでいる始末だ。女性達は胸を強調するようにお辞儀して、僕達三人の間にそれぞれ座る。

 僕はピンクのドンペリを3本頼む。レストランのグラスとは違う、幅広のグラスにシャンパンが注がれ、女の子達と乾杯した。

「この3人、私達の世代じゃアイドルより人気あったもんね」

「うん、サッカーやってる時、カッコよかったなぁ……点を決めると3人でいつも喜んじゃって、そんなところが可愛くて。3人ともそれぞれに個性があって」

 女の子達はどうやら7年前は僕達のファンだった娘が多いようだ。

「ヒラヤマさん以外はサッカーをやめたのに、今も3人とも有名人なんて、すごいよね。今も3人がお互いの力になってるって感じで」

 女の子達は口々に言う。

「ははは、手放しで褒められすぎると照れるぜ」

ジュンイチは女の子に褒められて、気恥ずかしそうに口髭をさすった。

「そういえば社長、この前は大変でしたね」

 僕の隣の、桜色のドレスを着た子供っぽい女性が言った。

「あぁ――」

 あの記事のことを指しているのだろう。それはすぐにわかった。

「あの記事、私達も見たけど、控え室でみんなで大笑いしちゃいましたよ。サクライ社長がそんなことするはずないもん」

「……」

「あの女、社長のことを知ってたら、あんなことをしなかったかもね」

 ジュンイチの隣の、黒のドレスのセクシーな女性が言った。

「社長のことを知ってれば、社長がどんな女にも落ちないこと、わかるもんね。だからあの報道がされた時、この女捕まるなって、すぐわかったもん」

「ホントホント! 本当にサクライ社長を落とせたなら、どうやったのか私達が教わりたいくらいだわ」

 誰かがそう言うと、女の子達は皆一斉に頷いた。

「へぇ、すげぇ信用のされ方だな」

 ジュンイチがシャンパングラスを手に持ちながら、言った。

「ケースケはよくここに来るの?」

 ユータが聞いた。

「ううん、ほとんど来ない。接待で半年くらい前に来たのが最後かな。一人とか、プライベートで来たことは一度もないわ」

 女の子の一人が答える。

「皆がもっとまんべんなく、連れて来た客を接待してくれるなら、僕ももっと接待で来るんだけど……僕ばかり相手してくれるのは嬉しいけど、接待にならないじゃないか」

今では僕が接待される側の人間になったが、創業当時のグランローズマリーでは、まずは得意先を見つけるために、こういうところにクライアントを連れてきて、接待などをすることもあった。

 だが、こういう場所を接待の場所に選ぶと、女の子は皆僕についてしまって、僕が接待に招いた人を不愉快にさせてしまう。だからそのうちキャバクラの接待自体をやめたし、連れて行かれる側の立場になった今でも、できる限り断っている。。

「だってぇ、スケベオヤジ相手にするより、サクライ社長の方がいいんだもーん」

「ねー」

 女の子達の同意。

「――ジュン、俺達、もうスケベオヤジ扱いらしいぜ」

ユータが皮肉っぽく言った。

「ひどいなぁ、まだ何もしてないのに……」

「え……ち、違います違います! 二人がそんなわけないじゃないですか」

 ユータとジュンイチのいじける芝居。

「ふーんだ。こうなったらグレてやる! スケベオヤジになっていっぱい迷惑をかけてやる! 最低のドチクショーになってやるぜぇ!」

「ジュンイチ、あんまり女の子を困らせるな」

 僕がそのノリを制する。

「あんまりオイタが過ぎると、奥さんに言っちゃうぞ」

「わあぁ! ケースケ、勘弁してくれ!」

「いやいや、今日は離婚前の末期の酒にとことん付き合うぞ? 勿論僕のおごりだ」

「いいじゃねぇか、ケースケともまた会えるようになったんだ。3人で楽しい独身ライフが待ってるぜ」

 ユータも僕に便乗する。

「――やめてくれよ。俺、今はすげぇ幸せなんだから」

 ジュンイチが手を振った。

「あははは、面白い!」

女の子達は皆笑い出す。

「やっぱりこの3人が揃うといいなぁ」

 女の子の一人が言う。

「社長は接待にならないっていうけど、社長自身もお店に来てお酒を飲んでも、あんまり楽しそうじゃなかったから――でも、何だか社長、今日はちょっと楽しそう」

「……」

 確かに、僕が酒を飲む相手とは、財界の大物とか、そんなのばかりだ。そんな連中と飲む酒はとても不味い。友好関係を築くとは言っても、それは砂上の楼閣に等しく、腹の探り合いだ。信頼関係はゼロに等しい連中と飲む酒は、疲労ばかりが増していく。

「それに社長、初めて接待で来てくれた時は、どちらかと言えば社長が接待をぶち壊してませんでした?」

 僕の隣にいる子供っぽい女性が言った。

「そうそう! 社長の天然で、一緒に来たおじさん傷つけちゃったし……」

「あれは完全に男としての差が出ちゃったもん。天然で相手の男としてのプライドをズタズタにしちゃって……」

 女の子達が次々に笑いだした。

「なになに? 面白そうだな?」

 ジュンイチが言った。

「何があったの?」

 ユータも興味津々で、近くにいた女の子に聞く。

「ん? あのね、初めて社長がこの店に来た時に、社長がこの部屋にIT関係の会社代表を連れてきて。その時の話なんだけどね」

「……」

「その時、今日はここにいないんだけど、一人すごい熱を出してる娘がいてね。でもその娘、お母さんが入院してて、今すぐお金が必要だから、どうしても休めなかったの。だから無理して出てきたんだけどね……その娘はもうフラフラで、社長と一緒に来たおじさんの煙草もつけられなくて、話に笑うことも出来なくて……しまいにはお酒をそのおじさんの膝にこぼしちゃって、一緒に来たおじさんが怒りだしちゃってね……それでもプロか! ってね」

「あらら……」

 ジュンイチが首を傾げた。

「でも、それまで社長はその娘のヘマもちっとも怒らないで、ずっとそのおじさんの話を私達と聞いてたんだけどね……そのおじさんが怒り出すと、すっと間に入ってくれてね、その娘に言ったの。『君、体調が悪いんだろ』って」

「……」

 僕はシャンパンに口を付ける。

「そしたら社長はその娘にその日のその娘の売り上げと、タクシー代を渡して――勿論その娘は、その日へまばかりしたのに、そんなもの受け取れないって言ってたんだけどね――『君はプロである前に一人の人間だ。僕は客だけど、神様じゃなく、一人の人間だ。倒れそうな君に無茶をして欲しいなんて、誰も思っちゃいないさ。この人だって、君がプロだからって、ぶっ倒れるまでやってほしいなんて思っちゃいないさ』って言ってくれたの」

「そうそう! しかも店長にわざわざ店長のところに行ってくれて、その娘がミスしたことを、怒らないようにフォローまでしてくれてね」

「ホント、あのおじさんが怒りだした時は、同じ部屋にいて気まずかったけど、社長がすぐ流れを変えてくれて……でも、それからおじさんは、自分の歳の半分以下の社長が、あんまり冷静な対応をしたから、もうメンツ丸潰れで……それに比べて自分は、器の小ささを晒しちゃって、その後居心地悪そうだったわ」

「私達は気分良かったけどねー、あのオヤジ、私達にベタベタ触ってくる、最悪の客だったもん」

 女の子達は口々に当時の思い出を語る。

「――なるほど。そりゃ接待はぶち壊しだわ」

「何やってるんだか……お前は。接待してて、相手のプライドボコボコにしてどうするんだよ」

 ユータとジュンイチは、僕に苦笑いを向ける。

「……」

 僕は無言でもう一度シャンパンに口を付けた。

「ま、お前もその当時は、そのおっさんにへらへらして従った方が得だって事くらい分かってたんだろうけどよ――弱っている女の子が怒鳴られているの見て、黙ってられないのだが、この天才坊やって人間なんだけどな」

「そうなんですよヒラヤマさん! さすが、サクライ社長のこと、よく分かってますね」

女の子達がユータに微笑みかける。

「でも、ケースケがこの店で人気なのがわかった。その出来事があったからなんだな」

 ユータが言った。

「うん、そう。なんかサクライ社長って、優しいし、あまり話さないけど、話すと引き出しも多くて面白いし……私達のこともちゃんと気遣ってくれるし」

「何より、たまににこっと笑顔を見せると、またいいんだよねぇ……純粋無垢な少年っぽさがあって、可愛くて」

「だからサクライ社長には、こっちからサービスしたくなっちゃうのよね」

「……」

僕は段々照れくさくなってきて、終始無言を貫いた。

「へぇ――この店のみんな、ケースケのこと、大好きなんだな」

 ジュンイチがにっこり微笑んだ。

「この世の女で、社長を嫌う女なんて、いるのかしら……」

 女の子の一人が呟くように言った。

「社長って、絶対に惚れた女を幸せにするって感じがするんですよ。浮気も暴力も絶対に出来ないのもわかるし、絶対に一人の女を一生愛し抜くって」

「そうそう、社長は高校時代から、ヒラヤマさんとエンドウさんと一緒にいた時、すごく楽しそうだったもん。自分が惚れた相手には、とことん尽くし抜く、って感じで……」

「……」

「ま、そんな関係だったな、当時の俺達は」

 言葉に詰まる僕に、助け船のつもりか、ユータが口を開いた。

「こいつ、人付き合いは下手だけど、心を開いてくれたら、一直線だから。皆もこいつの一直線な目を見ているから、そういう風に思ったんだろ」

ジュンイチも言った。その言葉に女の子達は頷く。

「……」

 何だか気持ち悪い。僕は今までの人生で、あまり人に褒められたことがないから。自分でも褒められた人生ではないとも思う。

 さっきから僕は意味もなく酒に口を付けてる。それくらいしか、照れを隠す術を知らないから。

「あーぁ、社長に愛されたら、きっと一生幸せに過ごせるんだろうなぁ。お金とかじゃなくて、女としても……結婚生活に、何の悩みもなく、ただ幸せで……」

「あぁ、小さな庭に、犬と可愛い子供、みたいな?」

 ユータが頷く。

「そうそう! そんな感じ! 穏やかな生活の中に、ちょっと刺激もくれたりして……」

「――まぁ、嫁に来たら、姑に苦しまないでいいことは、保障できるかもね」

 僕はそう言った。

「あ……」

 全員が沈黙。女の子達の表情も、腫れ物に触るような気まずさを見せる。

「――あの、一応ジョークのつもりだったんだけど」

 僕が自分で凍らせた空気を破る。

「――いや、そのジョークはヘビーすぎる」

 ユータが呆れ顔で否定する。

「お前の涼しい顔でのジョークは、相変わらず黒いなぁ」

 ジュンイチも口を開き、僕のジョークを軽い笑いに変えた。二人も僕の笑えないジョークが少し懐かしそうだ。

「別にいいさ。それは事実だし……」

 こうして家族のネタを自分で口にすることで、僕が7年前に日本を出た後の混乱を確認する。

「でも……こんな穏やかな人が、何年も復讐に生きたなんて……」

「あまり想像できない――かな?」

「大丈夫、俺達もまだあまり理解してないし」

 ユータが言った。

「本当はこいつ、優しいからな……人を憎んで生きるとか、向いてないって、俺達今でも思っているから」

「……」

 この数年、人を恨み続け、それを自分の力に変えてきた。

 日本を出た時も、それを力に変え、自分の手で復讐を果たすことだけを考えていた。

 でも――僕は7年前、日本を出ようとしたあの日、人を憎むことをちゃんと捉えられていなかったんじゃないのか……

 僕は既にあの日、何か大切なものを見失っていたんじゃないか……あの日の決断が、今の過ちを招いたのか……

 確かに、僕は人を憎み、嫌うことに向いてなかったのかもしれない。

「しかし」

 そんな思考を巡らせていると、またユータが口を開く。

「そんなにケースケが好きなら、みんなも思い切ってアタックしてみりゃいいじゃないか。君達だって、こういう商売してても、恋愛をしてもいいはずだぜ」

「……」

 ――ユータ、この状況で妙な焚き付けをして……

「そうなりたいんですけどねぇ……」

 女の子達は、互いに自嘲気味の笑みの作った顔を見比べる。

「社長って、どんな女の子にも絶対に隙を見せてくれないんですよ。どんな女の子が迫ってもダメ――もう歌舞伎町じゃ有名ですから」

「そうなんですよ。どんな女の子にもすごく優しいんですけど、女の子にでれっとしたりもしないし、色仕掛けにだって、全然反応しないんです」

 他の女の子も、深く頷きあう。

「あぁ――そういや、言ってたね。ケースケが同級生の女の子をお持ち帰りして、強姦まがいのことをしたとか、絶対ありえない、って」

 ジュンイチが女の子達を一瞥する。

「そうか――そんなにケースケは、女の子になびかないのか」

 ジュンイチは僕の方を見る。

「ま、こいつは苦労続きでウブだからな。女の子の扱いとか、そういうの学ぶ余裕なくて、緊張しちゃうんだろ」

 ユータがそうフォローを入れてくれた。


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