Another-world
二人を何とかなだめて泣き止ませると、テーブルには細工も可愛らしいデザートとコーヒーがやってきた。僕は甘いものが苦手だが、
「あぁ――そう言えば」
僕はコーヒーを口にしながら、顔を上げる。
「お前達に、頼みたいことがあったんだ」
「ん? 何だ?」
「うん――グランローズマリーが世界中のサッカーの名選手を集めて、チャリティーマッチを行う企画を行っているのを、知っているか?」
「そりゃ知ってるさ。去年はすごいメンバーが揃ったし、FIFA全面協力だったんだろ? お前のデザインしたユニフォームとか、スポーツ用アクセサリーも話題になったし」
さすがにジュンイチは色々と情報に詳しい。
「あぁ、去年好評だったから、今年のシーズンオフにも同じことをやろうと、社内で企画していたんだが――今年はその前座試合っていう形で、日本のサッカーで名を残した人達を集めての試合もやろうって企画がされてて――今、元日本代表選手とか、現役のJリーガーにも色々オファーを出してるんだけど」
「ほぉ」
途端ユータの目が輝く。
「お前達も、よかったら出てみないか?」
「マジで?」
ジュンイチがどんぐり眼をぎょろりと見開く。
「ああ、前座試合だし、もう引退した選手も多いから、ちょっとお遊びって感じにはなると思うけど……チャリティーを盛り上げるためには、ある程度のショービジネス要素も必要だからな」
そう言ってから、僕はユータの方を見る。
「ユータ、お前にはメインイベントの方のオファーを出したいんだ。やっぱり日本が先頭に立つ企画だし、日本人の参加者が欲しい。今日本最高のプレーヤーのお前が出場してくれたら、大会は絶対盛り上がると思うんだ。再会したばかりで、こんな仕事のオファーを出すのは不躾だが……」
「何だよ。そんなことだったら早く言ってくれよ」
ユータはにこりと笑った。
「不躾なんて水臭いぜ、ケースケ。お前がやりたいことがあるなら、協力もするさ」
ジュンイチも頷く。
「ただ、ひとついいか?」
ユータは僕の目を覗き込む。
「お前も出場するのか?」
「あぁ……」
僕は口が澱む。
「一応社員からは、社長に出て欲しいってオファーを出されている。ぶっ倒れたばかりだし、体の調整も必要だとは思うが……」
「出ろ! 絶対出ろ! 俺とまたサッカーをしろ!」
ユータが強い語気で、僕の言葉を遮った。レストランの客席にいる他の客が、僕達の方をチラッと窺う。
「俺はそれなら前座試合にも出てやるぜ――また埼玉高校の3バカトリオが揃ってサッカーするなんて、絶対話題になるぜ。だからケースケもジュンも出ろ!」
「……」
こんなに目を輝かせて――どうやらユータはこの7年、本当に僕とサッカーがしたくて仕方なかったんだな。毎日飽きるほどサッカーやっているだろうに……
「――だったら試しに、7年振りに僕とサッカーをしてみないか?」
僕は提案した。
「明後日、僕がGMを勤めているJリーグチームのファン感謝イベントがある。そこにお前達、出てみないか? プロ相手に、ちょっとの時間だが、紅白戦をやってファンに見せるのもいい。僕も今の自分がどれだけサッカーできるか、知っておきたいしな」
「おぉ!」
ユータが嬉しそうに頷く。
「おぉぉ――ベストではないだろうが、またお前とサッカーやる夢が実現しそうだ。嬉しいなぁ」
「俺も、久々にお前の後ろでボランチをやってみたくなったな。明後日だな。楽しみにしているぜ」
「そうか――じゃあ明後日、僕に付き合ってくれ」
僕は携帯電話でエイジにメールを送り、明後日のファンイベントに、ユータ、ジュンイチが特別ゲストとして参加することを、チームサイトにアップするように指示を出した。
――10月29日 PM8:00
僕とユータは入り口に預けていたコートを受け取ると、二人を先に外に出し、一人精算をする。店長は僕が料理を残しがちだったので、口に合わなかったかと心配したようだ。僕はそれをやんわり否定して、フォーマルなレストランで色々と問題のある振る舞いが僕達にあったことを謝罪した。。
今の僕の地位を表している。僕に気に入られる、嫌われる、それだけのことが、今後の相手の利益、損害になると思われる。だから皆、僕のご機嫌を取ろうとする。
一体、僕を一人の人間と見てくれる奴は、どこにいるんだろう。
店の外に出ると、僕達はエレベーターで一階に戻り、一階のエントランスにあるソファーに腰掛け、息をついた。
「お前、領収書もらわないでよかったのか? かなり上等なワイン開けたし、30万近くしたんじゃないのか?」
ユータが座ったまま僕に聞いた。
「え! あの料理、マジでそんなにするの?」
ジュンイチが目を見開く。
「お前等との7年振りの再会を、経費で落とすのも気が引けてな……」
僕がそう言うと、二人は呆れるように笑った。
「しかし――ジュンイチ、お前、はじめから飲み過ぎたんじゃないのか?」
僕は赤ら顔になったジュンイチに首を傾げる。ジュンイチは一人でワインボトル一本以上開けてしまったから、まだ8時だっていうのに、結構出来上がってしまっている。
「大丈夫大丈夫! 久し振りにお前と再会しての酒なんだ。ちゃんと楽しく飲んでるからさ」
「……」
僕は溜め息をつく。
「――さて、これからどうしようか」
僕は二人の顔をそれぞれ一瞥した。
「とりあえず食事は済ませて、僕はそれから、お前達の希望を聞いてから予定を決めようと思っていたんだが」
僕の意地ひとつで、こいつらとの再会を随分と遅らせてしまった。だから、今日は二人のしたいことにとことん付き合うつもりだった。
「次はどこに行く? リクエストがあれば、どこでも付き合うけど……」
僕がそう訊くと、二人は一度顔を見合わせた。そして、しばらく考えていた。
「じゃあ、キャバクラ行こうぜ。キャバクラ」
ユータがそう提案した。
「――は?」
僕は思わず声が出る。
その答えはまったく想定していなかったのだ。7年振りの再会だし、話すことは山程あるから、もっと静かな場所――3人だけになれる場所を言うと思ったのに。
「お前、接待とかで行ったりしないの? お前くらいになると、財界の大物しか入れないVIPルームとかにも入れるんじゃないの?」
「――まあ、入れないこともないけど」
「あぁ、それは俺も興味あるな」
ジュンイチも同意する。
「こんな機会でもなきゃ一生行けないからな。後学のためにも、興味がある」
「……」
二人とも目がきらきらしていて、もう次の行き先は決定してしまった。
「ジュンイチ、お前は新婚だろ? これで離婚危機になんてなったら、マイさんに申し訳ないからな」
この三人が揃っていれば、多分外では報道陣が僕達を張っている。キャバクラ豪遊なんて見出しで雑誌に載る可能性は極めて高かった。高校時代、世間では爽やかスポーツ3人組だっただけに。
「大丈夫だろ。お前がいるならきっと変なことはしないって、嫁もわかってるだろうし。お前も聞いていただろ?」
「……」
「なんなら金は俺が出してもいいぜ。だから……な?」
ユータがそこまでして僕に頼む。
そう言われては、僕も何も言えない。元々今日は二人の言う通りにしてやろうと決めていたし。
「わかった。お前等が行きたいのなら、連れていくよ」
ビルの前に止まっていたタクシーで歌舞伎町に向かう。
「キャバクラもいいが、俺はお前の秘書さんにも会いたいな」
ユータが車内でそう口にした。
「ユータもか? 俺も気になるんだよなぁ、あの娘。手紙見るかぎりじゃ、すげぇいい娘だよなぁ」
タクシーの中で二人はそう話していた。
「……」
僕はそんな二人の言葉に、またトモミのことを思い出す。
「なぁ、俺が日本にいる間に、トモミさんに会わせてくれよ」
ユータが僕に頼む。
「――お前達、トモミさんの顔を知らないのか?」
「あぁ、どうやら社長秘書って肩書きを使って、俺達と顔見知りになったら、公私混同になってしまうってことを気にしているみたいでな――トモミさんと連絡を取るにも、メールアドレスも顔も、声も知らないわけ」
ユータは言った。
「手紙のやり取りで、トモミさんがお前の秘書だって信じたのは、グランローズマリー本社にお前宛に手紙を出すと、必ず送り先がグランローズマリー本社で返事が来るからでさ。それ以上はトモミさんは、自分のことは話していないんだ。ユータと知り合って、下心あって金持ちのユータに近付こうと手紙を送っていると思われたくなかったんだろうな」
「……」
トモミらしい、律儀なやり方だ。勝手に手紙を送りはしたが、あくまで自分は第三者で、影に隠れていればいい――せっかく仲良くなったのなら、二人と飯くらい行ったっていいのに、秘書という立場を濫用しないように、自分を律して……
「――なぁ、トモミさんって、美人か?」
ジュンイチが聞いた。
「……」
僕はトモミの顔を思い浮かべる。
確かに、黙っていればすごい美人だよな。怒ると怖いし、お節介だけど、それだけ根は優しい娘なんだろう。
「あぁ、まぁ――美人かな。多分……」
僕はそれだけ言った。
「お前等、明後日、僕のサッカーチームのファンイベントに出てくれるなら、その時にトモミさんとも会えるよ、きっと」
「おぉ、そうか! そりゃ楽しみがひとつ増えたな」
プレイボーイのユータが微笑んだ。
「ああ、ペンフレンドと会うなんて、レトロな感じだが、何だかワクワクするな」
ジュンイチも赤ら顔を緩ませた。
「……」
そんな二人を尻目に、僕はタクシーの窓から見える、東京のネオンを眺めながら、トモミのことを考えた。
今頃彼女はどうしているだろう。ジュンイチの家の前で別れて、今はエイジとデートだろうか。
数日前に告白され、僕はその返事を保留したままだ。この先彼女が僕と仕事をしてくれるかも、まだわからない。
明日になれば、多分彼女と会うことになるだろう。
その間に、少し考えなくてはならない。
彼女のこと、僕のこと。
そして――
三人とも歌舞伎町にはほとんど縁がない。特にイタリア生活の長いユータは、歌舞伎町の猥雑な雰囲気に、さっきからきょろきょろしている。
店の前にタクシーを止めてもらい、僕達はすぐに店に入る。僕達は顔が売れ過ぎているし、そうでなくても身長180センチ前後のスーツ3人組だ。嫌でも目立つ。
小さな雑居ビルに、地下への階段が伸びている。実際に来たことのある僕が先頭に立って階段を下りた。
下に降りて、その先のドアをくぐると、汚いビルの外観からは想像できないような世界が広がっていた。高い天井に巨大なシャンデリアがぶら下がり、店の中には水路があり、水の流れる音が心地よく響く。広々とした店の中では、扇情的なドレスを着たきらびやかな女性達が、男性の相手をしており、店の奥のステージではバイオリンとピアノ奏者がクラシックを奏でていた。
「いらっしゃいませ」
入り口の案内役らしいボーイが僕達に声をかけた。
その後で、髪を上に束ねた、ドレス姿の女性が三人ほどで僕を出迎えた。
「あ! サクライ社長!」
女性達の表情がぱっと明るくなる。
「元気でした? みんなずっと社長が来てくれるの、待ってたんだから!」
赤いドレスを着た小柄な女性が僕の腕にしがみついた。僕の腕に彼女の豊満な胸が押しつけられた。
「あ、ずるーい!」
後ろの女性達が声を上げる。
「ケースケ、モテモテだな」
そう言いながら、僕の後ろからユータとジュンイチが顔を出す。
「えっ! ウソ? この三人が揃ってるの?」
「すごいすごい!」
女の子達はユータ達の姿を見て、アイドルでも見るような目を僕達に向ける。
僕とユータは、テンションの上がっている女の子達にひっぺがされるようにコートを脱がせられた。女性達はレジ横のボーイにコートを渡す。
「あの部屋をお願いします」
僕は脇のボーイにそう伝えた。
「かしこまりました。では、ご案内します」
ボーイの後に付いていき、店の中の階段を降りると、一般の接客スペースの奥に、豪華な観音開きの扉が見えた。
ボーイがその扉の片一方を引き、僕達を中に入れると、20畳はある広い部屋に、大きなテーブルにソファー、シャンデリアにカラオケセット、ミラーボール、隣の部屋にはバーカウンターまである。この部屋の客のためだけに酒を作ってくれるわけだ。
「はぁ……すげぇ、まったく、何ていうか……別世界だな」
ジュンイチは言葉を失った。
ボーイにアルバムを渡された僕は、二人にそれを見せる。
「女の子を指名してくれ」
僕がそう促し、二人はそれぞれ女の子の指名をボーイに伝えた。
「サクライ様は?」
指名をしない僕にボーイが聞いた。
「僕はいいです。お任せします」
「そう言われますと……サクライ様の接客は、どの娘もやりたがるので、選んでいただければこちらとしても……」
「……」
仕方がないので僕もアルバムから女性を選んで、指名した。
えー、こんな話を書いているのですが、作者は社会人になってこの方、キャバクラにも風俗にもいまだ行ったことはないのです。
なのでテレビとかで見る、夜の街のイメージのみで話を書くので、現実的にこんなことはありえない、って思うこともあるかもしれませんが、ご了承ください。