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Seven-years(2)

「そうやって、僕は中国、成都から、東南アジアを回って、でもミャンマーやバングラディッシュなんて、当時厳戒態勢にあった国も多かったから、そこを迂回して、中央アジアの砂漠地帯を渡って、そのまま中東に差し掛かった」

「大冒険だな。インドは行かなかったのか?」

 ユータが訊いた。

「そのルートだと、インドにはヒマラヤとか、山脈地帯があるからな――もちろん飛行機を使うなら話は別だが……今までの話じゃ空路なんかは使ってなかったみたいだしな」

 ジュンイチはそう分析した。

「そうだな。さすがにそこまでは金なかったし――それでも砂漠を越えたり、山を登ったり、色んな苦労はあったけれど……」

 僕は一度ワインで軽く舌を濡らした。

「そんな旅をしていて、色んな出逢いがあった。東南アジアや、山岳地帯に住む人たちは、すごく貧しくて、字もろくに読めない。いつも腹をすかせていて、学校にも行けない子供達にたくさん会ったよ。そんな子供達が、僕が弾くギターなんかを本当に喜んでいた。そんな子達が、旅に出る僕をいつも引き止めたりしていた。よくそういう子供達が、僕を家に招待してくれて、納屋みたいなところで寝たりしたよ」

「へぇ……」

「それを見て、思ったんだよ。将来、こんな子供達のような、弱くても必死に生きている人達の力になれたら、と」

「そうか。グランローズマリーがチャリティーなんかに力を入れているのは、そういうわけか?」

 ジュンイチが訊いた。

「あぁ。そうやって、誰かに手を差し伸べるために生きることが、高校時代、お前等と一緒にいる時に誓った思いに答えることだって、思ったんだ」

「……」

 一瞬、沈黙が流れる。

「で、お前、イスラエルで何か出逢いがあったんだろ? 雑誌で読んだんだけど」

 ユータが気を取り直して訊いた。

「あぁ、当時あのあたりは、ユダヤ人が自治政権を立てていたけれど、国連軍相手にテロの応酬をしていて、本当に危険な場所だった。そこに住んでいる人達もほとんどが信教のために命を賭けていたが、ほとんどの人が毎日夜も眠れない不安定な生活を送っていた」

「まあ、そうだろうなあ……」

 ユータがしみじみ俯いた。

「だから、僕が昼間に広場で慰みに歌を歌っていたら、それを皆喜んでくれてな。その中で、それを訊いていたおじいさんが、僕に声をかけてきたんだよ。君は、旅人か? って」

「その爺さんが、すごい金持ちだったんだろ?」

 ジュンイチが訊いた。

「あぁ、ダイヤモンド鉱山の持ち主でな。当時の僕が見たら、常識を疑うような金持ちだった。たまにどの国でも、演奏に興味を持ってくれた人が飯を奢ってくれたり、家に泊めてくれたりすることがあった。あの頃は、そういうの、珍しくなかったな……」

「へぇ、人とのコミュニケーションが苦手だったケースケが、割と人との交流を楽しんでいたんだな」

 ユータはまるで絵本を読んでもらう子供のように、心地よさそうに話を聞いていた。

 今でも人と話すのは、得意になったわけじゃない。多分僕のような口下手に、音楽によるコミュニケーションはかなりフィットしていたのだと思う。はじめのとっかかりを音楽が与えてくれて、自分の言葉で話す頃には僕に少し好感を抱いてくれているのだから。

当時の僕にとって、自分で奏でる音楽は、行き場のない感情のはけ口でもあった。家族への憎しみ、友との別れによる悲しみ――それらを一人悶々と抱えていながらも、感情制御が下手で、吐き出し方を知らなかった僕は、そうして自分の中の思いを吐き出すことで、何とか正気を保っていたのだ。

「そのおじいさんは、まだ小学生くらいの孫娘を溺愛していてな。広場の演奏も、一緒にいたその娘が気に入ってくれてな。リュートの持つ帽子にピン札を入れに来た。おまけに家にまで招いてくれて……何がそんなにお気に召したかは、今でもわからないが」

「その子供――娘って言ったよな?」

 ユータが聞いた。

「え? ああ」

 僕が答えると、ユータは深く息をついて、椅子の背もたれに寄りかかった。

「なるほど――ケースケの女性を惑わす魔性は、子供にも容赦なしか……この天然ジゴロめ」

「しかも、相変わらずこいつ、それに自覚ないのか」

 ジュンイチがまた呆れ半分の笑み。

「――お前等、話聞いただけで、その理由がわかったのか?」

「あぁ、お前の懐かしの天然ボケも拝めて嬉しいが、続きを話してくれ」

 ジュンイチが広げた掌を左右に振った。

「あぁ……それで、僕はしばらくの間、その孫娘の遊び相手として、その屋敷に滞在することになった。ギターを聴かせたり、僕が英語を教えたり、くだらない遊びばかりだったが、割と楽しい日々を送った」

 音楽をしながら旅をしていると、多くの国で僕は子供達に人気があった。誰かの家に世話になる場合、子供達に懐かれるケースが圧倒的に多かったから、自然に僕も子供の扱いに慣れていった。

 そのお嬢様も、家のどの使用人より若い僕にかなり一方的に懐いていた。僕はこの年代では、勉強ばかりで友達は一人もいなかった。彼女も同世代と離れて英才教育を受けていた。同じ経験をした僕は、彼女の抱える孤独に気付いてやることができたからだろう。

「その折、そのお嬢様の誕生日パーティーが、一週間後に迫っていて、僕はお嬢様から直々に招待を受けた。だが、たかが子供といっても、セレブの孫娘だ。ド派手なパーティーで、有名人も来るようなすごい席だ。ただの旅人だった僕は、祝おうにもそんなセレブに対抗できるようなものを、何も贈れなかった」

 その誕生パーティーは、先日僕が帝国グループの令嬢、レナをエスコートしたパーティーとほぼ同規模だった。余興に世界的ソプラノ歌手が来たり、世界的大企業のお偉方までいた。孫の誕生日以外の目的も多種多様にあったパーティーだ。

「当時僕はまだ、19になったばかりで、正直スケールのでかさにのまれてた。だが、恥をかくことはもう開き直るしかない。当時から金持ちに、何とか一泡吹かせたくて……なんか、オリジナリティをプレゼントに出したくて」

「その負けず嫌いも、相変わらずか……」

 ユータが少し吹き出した。

「貧乏な僕だけど、当時から手先には自信があったからな……そのお嬢様が、薔薇が好きだって言ってたから、木彫りの薔薇のブローチを、お嬢様の似顔絵と一緒に送ったんだ」

「確かに金はかからんな。確かにお前、絵とかも全国入賞するくらいうまかったが」

 ジュンイチが2、3度頷いた。

「彼女にそんなプレゼントじゃ、大抵の娘は怒りそうだけどな」

 元プレイボーイのユータが言った。

「だが、お前のことだ。並のディテールじゃなかったんだろ?」

「あぁ――似顔絵もブローチも、まるで生きてるみたいだって、絶賛された。特にブローチは、パーティーの出席者の目も釘づけになって……お嬢様も意外にも出席者のどのプレゼントよりも食い付いてくれて……」

「もしかして、グランローズマリーって、そのエピソードからついた名前なのか?」

 ユータが聞いた。

「あぁ……その一年後、そのお嬢様が付けてくれたんだ」

「そうかぁ……お前の会社にしては、妙に少女趣味な名前だなぁと、ずっと気になってたんだよなぁ」

 確かに創業当時は、僕もこの少女趣味な会社名に違和感があった。何だか自分のキャラに合っていなかったから。今はもう、あまり気にならないけど。

「――なるほど、そのお嬢様が、お前の会社名を決めたってことは、そのバラのブローチの出来栄えを見た、その鉱山の持ち主が、お前に宝石デザイナーにならないかって、勧めたんだな?」

 ジュンイチがそう推測した。

「――まぁ、そうだな。その人は、経済的に豊かな日本に宝石店のマーケットを広げたかったんだ。だから将来的には僕がその人の系列の宝石チェーンの日本支局の責任者になってほしいと言ってくれたんだ」

「はは、すげぇ。人間、チャンスがどこに転がってるか、わからないもんだな」

 ユータが僕のサクセスストーリーを、よくできた冗談を聞くように笑い飛ばした。

「当時の僕は、一年間ずっと旅をしてきて……せっかくの話だ。この話が、のし上がるチャンスだってことは、その時点でわかっていた。きっとそんな大富豪の家に世話になって、野心が出てきていたのかな……その話を受けることにした。手先には自信があったから、別に興味がなかったわけじゃなかったし」

 そう、あの頃の僕は、一年の浪人生活を経て、そんな富豪の生活に触れた。当時19歳の僕は、いつか家族に裁きを下すため、のし上がりたいという野心の固まりだった。

 一年の放浪生活は、辛いことも楽しいこともあった。それはそれまでの人生、ろくに休まずに生きてきた僕の、人生初めての休暇だった。

 だが、それと同時に、いつまでもこうしてはいられないということもわかっていた。

 旅を続けて、生まれつき偏重的な教育を受けてきた僕が、世界の色んな部分に触れることが出来、内向的な僕が以前よりはゼネラルな視点を持つことができるようになったし、一人でも生き抜くタフさも身についた。旅を続ける当面の目的は果たせたと思えたし、その矢先に舞い込んできた、のし上がりのチャンスだった。

「それからフランスに渡ったんだな」

 ジュンイチが聞いた。

「あぁ、そのおじいさんがパリにある、最高権威のデザイナーズスクールを紹介してくれたから。僕はパリ郊外の小さなアパートを借りて、リュートと暮らした。アパートから見える銀杏並木が黄色く染まりかけていた。丁度僕が日本を出て、一年が過ぎた頃だった」

 旅を終え、小さいながらも自分の帰る家を持つ生活は、どこか安らぎに満ちていた。アジアや中東のの貧しい国を回ってきた僕にとって、その生活は実に快適だった。

「そうだな、そして、その半年後に、俺達は新聞でお前の姿を見つけるんだ」

 ユータが言った。

「そうだな……あれは確か俺が19の正月を終えた頃だった。当時浦和で天皇杯の準決勝で負けて、寒いことに愚痴を言いながら、練習を繰り返す毎日を送ってた時のことだった」

「……」

 ジュンイチが目を閉じ、腕組みをしながら頷いている。

「いきなりお前が、パリのサッカー1部リーグ、リーグ・アンのチームに入団したって記事が載ったんだからな」」


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