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2nd-person

 僕はさっきの男と共に、サッカー部の部室で着替えを済ませ、グラウンドへ向かう。ユニホームはマリンブルーに、白地でSAITAMAと横に書かれた、なんとも日本代表のユニフォームをセンスのない人間が真似たという感じのデザインだ。

 校舎の西、体育館の隣に運動部の部室がある。部室の後ろは土手になっていて、部室から正門方面へ行くと、右手に土手を上る階段がある。この学校は河川敷に隣接していて、その河川敷をグラウンドとして学校が一部を国から借りて、ここで野球部やラグビー部は練習をしている。

 前はサッカー部もそのうちのひとつであったが、僕達は校門途中のT字路、河川敷への階段がある右ではなく、校門方面の左へ。

 埼玉高校のシンボルである、巨大な楠の木漏れ日が照らす道を抜け、校門を出る。

 校門から外も学校の敷地内だ。200メートルほど一本道で、その道の左右にグラウンドがある。左のグラウンドはそれだけでひとつだが、右のグラウンドはほぼ同面積ではあるのに、フェンスでそれを二つに区分けしてある。つまりこの学校は、正門が二重になっており、この一本道の先の門を超えると、学校の敷地外となる。

 僕達は左のグラウンドへと入る。このグラウンドは、最近の埼玉高校の話題となった。春の大会で、準優勝という成績を残した功績により、グラウンドに芝を張ってくれたのだ。工事と芝の成長を待つため、夏は殆ど右のグラウンドでハンドボール部やテニス部と場所の折り合いをつけながらの練習だった。今日がこのグラウンドのこけら落としだった。

 そこには既に一人の人影があった。前屈をして一人で体をほぐしている

「よお、テストはどうだったよ」

 男は僕達が来るのを確認すると手を上げて訊いて来た。

 この男、身長は185センチの長身に均整の取れた筋肉質の体、切れ長の目に無造作な黒髪。肌は燃えるような褐色。

 僕は親指で後ろにいた同伴の男をさした。そのジェスチャーで、男は答える。

「こいつは相変わらずさ。俺は科学も落とした」

「マジか? ジュンが数学以外を落とすなんて珍しいな。じゃあ俺と一緒で三つか」

「そっちは1つ減ったな。お前が3つなんて、いつ以来だ?」

 二人が状況説明をしている間に、僕はもうサイドライン外のベンチに自分の荷物を置いたところだった。

「低レベルな会話はそこまでにしろ」

 僕はスパイクの紐をしっかり結び直してから、言った。

「気が重いな――また軍曹に怒られるぜ」

 僕と同伴した男がそれを言うと、一気に二人は表情を曇らせた。

「あぁ、いつものことだけど慣れないなぁ」

褐色肌の男が切れ長の目をつぶり、天を仰ぐ。

「心配ないさ」

 僕はベンチから立ち上がる。

「今日は試合で、これから相手が来る。まさか相手の前で、部員を三角座りさせて怒鳴り散らすわけにもいかないだろう」

「そうか? あいつならやりかねないぜ?」

大柄の男は首をかしげた。

「あいつだって馬鹿じゃない。ここは進学校だから、他の教師達に、校外の恥をさらすなって言われているさ。僕は今日は怒られることはないと読むね」

 僕は大きく伸びをする。他の二人も荷物を置いて僕に近づき、体をほぐしはじめた。

「いや、だけど結局は怒られるんだろ? だったら早い方がいい」

同伴の男が言った。

「僕が言いたいのは、この試合で大勝ちして機嫌をよくしておけ、ってことさ。それで間が空けば、脳味噌まで筋肉みたいなあいつのことだ。流れで何とかなる」

「はははっ!」

 二人はそれを聞いて、手を叩いて微笑んだ。

「そうか。お前が言うならそうなんだろうな」

 同伴の男は僕の横腹を軽く小突いた。

「お前が今日何点取れるかで結果が変わる希望的観測だがな」

 僕は褐色肌の男を見た。

「頼むぜ、ユータさん」

 同伴した男は、褐色肌の男の肩を小突いた。

 5分も経てば部員が集まってくる。だけどどの部員も表情は冴えなかった。それは部員の殆どが、赤点ゼロで今回のテストを乗り切れなかったことを物語っていた。

 やれやれ、揃ってああシケた顔してるんじゃ、今日怒られないと読んだのも怪しいな。

 普段は赤点を取った連中は、練習前に顧問である鬼軍曹ことイイジマに三角座りさせられて、まるで取調室の尋問みたいに怒鳴り散らされる。我がサッカー部は、野球部と並ぶ赤点常習犯の集まりで、今回も赤点セーフは、僕を含めて5人くらいだろう。僕達はそれが終わるまで、グラウンドのランニングを命じられる。

 僕だって高校生にもなって、同じ部活の連中が背中を小さくして、膝抱えて三角座りさせられて怒鳴られているのなんて、見ていてやるせない。それにランニングを命じられても、イイジマのでかい声は僕達にも聞こえるわけで……自分が怒られるのと大して変わらない気分を味わうわけだ。

 そういうわけで、僕は連中に協力するつもりではある。

 一年生がボールかごを持ってきた。まだ全員集まってないので、僕は時間つぶしにそこからひとつボールを出し、リフティングを始めた。

 すると褐色肌の男が、リフティング中の僕に声をかけた。

「試合が終われば、また俺も一週間世話になるぜ」

「世話になるぜ、じゃない」

僕はちらと男の顔を一瞥し、また視線をボールに戻した。

「お前は部長なんだから、出場停止ラインからはせめて脱出しろよ」

「まあまあ、その分副部長がしっかりしてるから、部内はうまくいってるじゃないか」

「……」

 この協調性のない僕が、いまやサッカー部の副部長だ。

 この埼玉高校の部活動は特殊で、受験に専念するために運動部の部員は大抵2年生の夏、遅くても年末で引退してしまう。5年ほど前までは、学校の方針による顧問の退部勧告に過ぎなかったが、受験を奨励するPTAの賛同を得て、今ではその制度を学校が認めたため、部員達は自分達から部活を辞めるようになった。

 だから3年生のいない今や、僕が副部長。この褐色肌の男、ヒラヤマ・ユータが部長。

 僕はユータに軽くボールを蹴ってから言う。

「お前のハットトリック、無失点くらいが今日の最低ラインだな」

 ユータはそのパスを胸で受け、鮮やかに上げた右足の腹でキープしてみせる。

「で、お前とジュンが中心で守るか」

 そういうとユータは、ボールの乗った右足をひょいと上げ、僕と同伴の男にパスを出す。

「うちの自慢のダブルボランチでな」

 同伴の男は、浮いた球を左の土踏まずで一度叩いて、左右の足でリフティングを始めた。

 僕は背番号10。ポジションはボランチ。ダブルボランチの布陣を組むこのチームで僕とダブルボランチを組む相棒が、さっきから僕と一緒にいるこいつ、背番号6、エンドウ・ジュンイチ。

 やがて部員が集まり、僕達は軽くグラウンドを走り、その後ストレッチを始めた。


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