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Vision

「……」

「……」

 沈黙。

 僕の後ろにいる人間達が、その様子を実に痛快そうに見ているのが、僕の背中に集まる視線から伝わる。

「――ふん」

 しかし、それでも連中にも、戦前から日本を支えてきた名族の末裔としての誇りがあるのか、僕達の言うことに従うのが癪のようで。

「こんなのは子供だましだ。飛天グループの財力を甘く見るなよ。人が流出しようが何だろうが、数年くらい持ちこたえる力はあるんだ。その間に態勢を整えることくらい、残った連中だけでいくらでも可能だ。いっそ反抗的な奴等が一掃されて、こっちも願ったりだ。お前に寝返る連中なんて、どうせ使えやしねぇ。お前達にくれてやるよ。そこにいるお前等もだ」

 神経質そうな男が先に、眉間に皴を寄せながら、そう言った。

「だが、覚えておけよ、俺達に楯突いた罪は重いぞ。俺達に逆らったらどうなるか、いずれ思い知らせてやるからな!」

 そう言い捨てた。もうそこには、名族の気品など欠片もない、追い詰められた人間がみっともなく足掻く姿でしかなかった。

「ふ――ふふふ、あははははははは……」

 しかし、僕はもう、さっきからこらえていた笑いの濁流を留めておくことが限界だった。その言葉を聞くなり、僕の口からとめどなく笑いが漏れ出してきた。

「テメエ! 何が可笑しいんだ!」

 小太りの男が激した。

「――いや、あまりにお前達が、僕の想定通りに動いてくれるんでね」

 僕は掌を広げて、3人を制しながら、笑いを一度噛み殺した。

「さっきエイジから聞いただろ? 現時点で、お前達の下で働く部下達は、選択を迫られている、と。僕達とお前達、どちらに付くか……」

 僕は笑みを顔に少し残しながら、ゆっくりとそう言った。

「――て言うか、もうそれは始まってるんだよね」

 僕はふっと息を漏らしてから、後方の円卓を振り返る。

「もう既にうちのカスタマーサービス部署では、昨日の夜からお前達の部下からの電話が殺到していて、人員を今までの倍以上で対応しているんだ。さっき僕もこの会議室に来る前に、その様子を見てきた。今日も朝から電話が鳴りっぱなし――多分お前達の会社もそうだろう。今日会社に顔を出していないお前達は知らないだろうがな」

「……」

「そして僕は昨日から、その状況を想定していた。だから電話対応をする社員に、飛天グループ社員からの電話があれば、『今日の朝8時半までに、グランローズマリー本社に来い』と言え、と指示しておいた」

「うっ」

「そう――今この僕達の本社ビルには、お前達の部下である社員達が別室で待機しているんだよ。一人や二人じゃない。数百人、千人に届く人間がな」

 そう言って、僕はさっきから自分のスーツのポケットに隠し持っていた、会議室の大型スクリーンのリモコンを取り出して、スイッチを入れた。

 そこには、社員が集会を行ったり、マスコミに対しての会見を行うための大部屋に、所狭しと人間がすし詰めになっている映像が映し出された。

「こ、こんなに……」

「驚くのは、まだ早いぜ」

 僕は言った。

「ここに映っているお前達の部下達は、お前達の言動を、お前達が会議室に入った瞬間からずっと見ていたんだ。さっきからお前達が社員を蔑ろにする言葉も、全部聞いている――お前達の後ろにいる、僕の秘書が全部撮影して、別室にあるモニターで生中継していたんだよ」

 そう僕が言うと、3人はばっと、自分達の後ろにいるトモミの方を振り向いた。

 トモミは自分のスーツのジャケットのボタンの部分をつまんで、何かを親指と人差し指で摘み上げて見せた。

「――小型カメラです。全然気付かなかったでしょう」

 トモミはにこりと3人に笑みを見せた。

「くっ!」

 3人はもう一度僕を振り返る。僕はトモミが持っているカメラに視線を移す。

「飛天グループの皆さん、長い時間待たせて申し訳ありません。そちらの様子は、今こちらもモニターで確認しています。そちらには僕の声が聞こえていますか? 聞こえているなら、右手を上げてみてください」

 僕はモニターにそう語りかけると、モニターに映っている人ごみは、一斉に手を上げた。

「な? ちゃんと見えているだろう?」

 僕は3人に言った。

「しかし――俺達を生かすためなら、社員が何人死のうが構わない。逆らった奴は、酷い目にあわせる。社員なんて、歯車と同じで、どれだけ酷使しようが、使えなかったら切り捨てる――だったか? 随分なことを言っていたなぁ、お前達」

 僕はもう一度、トモミの持つカメラに視線を向ける。

「どうです皆さん、こんなことを言う奴等に、これからも忠義を尽くしますか? こんな奴等を、許しておけますか?」

 僕がそう言った瞬間。

 会議室のモニター越しから、高性能のスピーカーがハウリングを起こしかけるほどの、うおおお、という怒声が響き渡った。

「ふざけんじゃねぇぞ! サクライ社長が味方になってくれるなら、もうお前達なんか怖くないぜ! やってやる!」

 その内容は、先程から自分達を人ともみなさないような発言ばかりを繰り返していた創業者一族への怒りの声に満ち溢れていた。

 僕はそれを確認して、もう一度3人の方を見た。

「言っただろう? 今会社全体が揺らいでいる時、お前達人の上に立つ者がすることは、こんなところで敵に勝ち誇りに来ることじゃない。社員を安心させ、その上で会社が一枚岩になるよう、部下を鼓舞することだと」

「……」

「なのにお前達、僕が憎いからってわざわざのこのこここに来ちゃって、べらべらと喋っちゃって……お前達のさっきまでの言葉を聞いて、この会社の危急存亡の時、お前達一族を奉戴して、この苦境を乗り切っていこう、って思える社員が何人いるかな? お前達の今までの言動で、飛天グループ内の士気はどん底まで落ちた。ここで僕が降伏勧告を行えば、余程のことがない限り、お前達の社員は全員僕に降るだろうな……」

 そう、これが僕の策略。

 エイジの立てた作戦だけでも、勝手にやっていれば、大いに飛天グループの勢いを割き、相手にダメージを与えることもで来た。

 だが、それでも飛天グループには長年培われた底力もある。これだけでは油断できないと僕は考えていた。

 そこで僕は、エイジの目論見を完成させるべく、この策を思いついた。連中が女ということ、そして、出迎えに行ったことで油断するであろうトモミにカメラを持たせ、連中の言動を社員に聞かせ、士気をどん底まで落とさせた。ここまで士気が落ちれば、今の創業者一族がこの混乱を収められる術はない。完全に息の根を止める一手となるというわけだ。

 エイジは僕が今日、飛天グループの社員をここに招き寄せたことを知らない。エイジも驚いた顔をしている。

「今日、俺達がここにくることも呼んでいたってのか!」

「ああ、お前達の思考はガキそのものだ。嫌っている僕の目論見を潰せる気になれば、何を置いてもここに来ることくらい分かっていたからな。名族のプライドとやらもあって、乞食上がりの僕に自分の力を誇示しなければ気が済まないだろうからな」

「汚ぇぞ! 隠し撮りなんて真似……」

「お前達、馬鹿か? 僕とお前達は戦争していて、ここはお前達にとって、敵の本拠地だ。玉座の後ろに隠し階段があるなんて、あらかじめ親切に教えてくれるのは、ゲームの中だけだぜ。生憎僕はそこまで人間が出来てないんだよ」

 僕は悪びれる様子もなく、そう言った。

「いずれにせよ――これで飛天グループはもう大混乱だ。お前達が帰る頃には、労働組合によって、この映像が会社に残っていた、まだ僕達に寝返るかどうか迷っている社員にも回っているだろう。それを見れば、迷っている社員もダメ押しされることだろうな……」

「……」

「――お前達はもう終わりだ」


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