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Scream

 翌日、学校は今日から期末テストだった。いつもよりも準備期間は早かったし、バイトもしばらく休んで勉強した。6時に朝食をとり、家族が起きる前に家を出、部室で1時間ほど時間を潰した。

 朝のニュースの占いで、僕の星座は最下位だった。僕はテレビの占いが悪かった日に、いいことが起こるジンクスがあるから、幸先が良かったが、今の僕には、薄暗い部室しか居場所がなかった。

 僕には、あんな家族でも持っている『居場所』もないんだ。母親の言う通り、僕は本当に最低だ。皆にない力を持っていると信じていながら、僕は何もかもを失っていた。発言権も、自分の意志も、居場所も、そして理解者も。

 滑稽で、誰からも相手にされない――僕は裸の王様だったのだ。

 だから――僕は勝ち取らなきゃいけないんだ。こんな最低な僕を救えるのは、僕しかいないんだから。僕の力――これだけが、こんな最低な僕に残された、最後の剣だ。

 登校時間になり、何食わぬ顔を装い教室に戻ると、サッカー部の主力選手3人がクラスにいるだけに、テスト当日だというのに、話題は昨日の試合のことでもちきりだった。僕が教室に入ると、既にユータが、全校から押し寄せる女の子約20人に取り囲まれていた。昨日のゴール、よかったね、という声が聞こえた。

 そんな声を尻目に席に向かうと、その前でジュンイチが待っていた。挨拶を交わし、僕は席につき、鞄から参考書を取り出し、最後の確認をする。ジュンイチは僕の席の前の机に腰を下ろした。

「お前が来なかったから、応援してくれたみんな、すごいがっかりしてたぞ。テストで一番取るのも結構だけど、ケースケは、今はそこから離れてみてもいいんじゃないの?」

「――ああ。すまない」

 ジュンイチはそれだけ伝えると、僕に今日のテストのヤマを訊いて来た。適当な応対をして、席に帰すと、もう僕の意志は参考書に向けられていなかった。

 ジュンイチの言うこともわかる。だけど――立ち止まってはいられないんだ。

 家族も、小学校の時の同級生だってそうだ。僕の進む道を邪魔する線路の石ころだ。それを弾き飛ばせなかったのは、ひとえに僕の馬力不足だったんだ。

 だから僕は力が欲しいんだ。どんな石ころでも弾き飛ばせる、強い馬力が。たとえどんなに不利な状況に陥っても、それを一瞬でひっくり返せる、何もかもを凌駕した力が。

 ホームランを打たなくちゃいけない。守備もシフトも、高いフェンスも、向かい風も全て関係ない。打った瞬間、野手の足も止まり、流星のように場外へ消えるホームランを。

 ――悪いなジュンイチ。僕はお前の意見を素直に聞き入れることも出来ない人間なんだ。




 ――雲ひとつない快晴に、このテストの手応えがきっちり相まって、僕の気持ちは晴れやかだった。ユータもジュンイチも、大会で更に勉強に集中していなかったのだろう。机に突っ伏して、頭を抱えている。僕はジュンイチと一緒に、ユータの机の所へ行ってみた。

「うぐぅ・・・・・・三ついった――絶対」

 ユータがうなだれている。もしユータが出場できなくなったら、全国になんか出る意味がない。わざわざ恥をかきに行くようなものだ。それに、そんな不名誉なことになれば、そこは全国屈指の進学校――教師が出場を許さないだろう。

「お前、キャプテンが赤点で出場停止なんて、体張ったギャグ全国にかましてる場合かよ」

『県内随一の偏差値を誇る埼玉高校サッカー部、全国大会に赤点者続出で出場辞退!』なんて、現実になったら、県内ではAクラスのB級珍事件だ。新聞の地方欄に間違いなくトップで載るね。この学校の来年の受験倍率はガタ落ちだろう。下手したらサッカー部は廃部だ。クラブ活動より、進学率重視のこの学校では。

 僕が揶揄すると、ジュンイチも僕の横で、ユータの机に両手を突き、大きな体を萎れさせている。

「俺もヤバイ・・・・・・ケースケは? って訊くまでもないか・・・・・・ケースケだもんな」

 随分と落ち込んでいる。でも二人とも、テストの結果で本気で落ち込むような性格じゃないことは知っているし、僕は二人に借りがあるから、それを返すのにはいい機会か、と思っていた。

「元気出せよ。テストの打ち上げでも行くか?」

 するとユータは、机に突っ伏したまま、肘を上げて、手を横に振った。

「いや、そんな気分にはなれない・・・・・・」「俺も」

 この世の終わりくらい落ち込んでいる。だけど、こいつらはテストの点なんかで、そんなに長く思いつめる人種でないことは知っていた。飄々としてるよりはまだいいだろう。

「そうか。でも今度は僕も一緒に打ち上げに行くよ。その時はラルク歌ってくれよ」

 今日はもう学校は終わりだった。というか、期末テストの場合、テストが終わっても、赤点が毎回続出のサッカー部は、テスト後一週間も、再試の勉強に専念させるため、事実上部活は休みになる。僕は鞄を肩にかけて、じゃあな、と二人に言ってから、教室を出た。

「ケースケ」

 下駄箱で呼び止められたので、振り向くと、二人が僕を追いかけてきていた。

「どうした? 勉強の相談か?」

 訊くと、ジュンイチが頭を掻きながら答えた。

「いや、ケースケも昨日、こんな気分だったのかな、って。何か悩みがあったんじゃないのか? 最近ケースケ、様子変だったし。悩みがあれば俺達に言えよ。遠慮するなよ」

 ジュンイチの言葉に、横でユータが頷いた。

「・・・・・・」

 傍目八目とは、よく言ったものだ。他人の姿を見て、初めて自分の姿が見えてくる――

 そうか。今日の二人の姿は、まさに昨日の僕の鏡だったんだ。自分は他人に、あんな顔をしているのを見られてしまっていたのか。

 知らず知らずのうちに、内から何かが滲み出している。それは血だろうか、涙だろうか。

「平気だよ。昨日はそんな気分じゃなかっただけだ。赤点取ったらまた勉強見てやるから、それ終わったら、一緒に遊ぼう」

「お! ケースケからお誘いなんて、初めてかもしれないな」ジュンイチが微笑む。

「安心したよ。最近ケースケ、何か悩んでる感じだったから」

「――別に、そんなのはない。じゃあな」

 僕は下駄箱から、スニーカーを出し、足を通すと、二人に軽く別れを告げて、昇降口を出て、自転車置き場から自転車を引っ張り出して、校門を出た。

「……」

 あいつらに気を配られてしまった。

 もし自分が赤点なんか取ったら、自分のことで手一杯で、周りの人間が落ち込んでいても、絶対に気が付かなかっただろう。

 何であいつ等は、こんな切羽詰った状況で、僕の心配なんかするんだろう。そんなこと、出来るんだろう。

僕自身は、勝手に苦しみを抱え込み、あいつらのことなんて、何一つ気を回していないと言うのに。

僕は――僕は弱い。あいつ等は馬鹿だけど、僕なんかより、ずっと強い。

 誰のせいでもない。僕個人の問題だから、と、自分に言い聞かせながら、痛みも堪えて、答えが出ることを信じて、必死で突き進んできたつもりだったけれど……

堪えているはずが、僕の心はこんなにも、見る影もなく弱くなってしまったんだ。

 何故か、酷く人恋しい。誰か、この苦しみを理解して欲しい。

 心が、そう叫んでる。

 もう、一人では生きていけないんだ。誰かにこの苦しみを理解してほしい。

誰かが側にいないと、僕は自分の心の平静も保てないことに。

 僕は気付いてしまったんだ。


 ――翌日、テストの結果が二階の進路指導室の前に貼り出された。



 2学期期末テスト成績上位者(第2学年)

 順位    氏名      クラス   平均点   所属部活 

 1位 サクライ・ケースケ   E    98・8  サッカー部

 2位 マツオカ・シオリ    E    94・3  吹奏楽部

 3位 サナダ・ケンジ     B    88・1  無所属――



 僕はジュンイチに結果を知らされ、二人でそれを見に行った。うちの学年は、入学当初から、トップと二位はずっと不動で、僕とシオリの二人が、コンマ数点の差でしのぎを削っていた。だから、遂にサクライが、マツオカの牙城を崩した、と、掲示板の前の生徒は噂し合っていた。そして二人の間に、ここまで点差が開いたのも初めてのことだった。

 そして放課後、赤点の発表があった。

中間期末総合の成績で、赤点3つ以上を取ったサッカー部員は、ユータ、ジュンイチをはじめ、16人にのぼった。ベンチ入り選手の4分の3が出場停止ラインだった。赤点2つ以下の部員は12人。その12人は再試に落ちても大会には出られるが、ほとんどがまだ高校での実戦経験のない一年生だった。部員29人中、赤点ゼロは、僕一人だけという惨たる結果だった。

「・・・・・・」

 テストで学年ダントツでの1位を取り、イイジマの僕への評価は、数日で挽回できたようだった。職員室に呼び出された僕は、イイジマと共にこの結果を見て目を覆った。確かにテスト前に全国の切符を賭けての試合があり、テスト期間中も遅くまで練習し、元々赤点常習犯の集まりであるサッカー部が、更に勉強をする時間を削ったことは考慮すべきだが、あまりに酷すぎる。

「サクライ・・・・・・お前キャプテン代わるか?」

 イイジマもそう言い出すほどの結果だった。僕がここに呼ばれたのは、イイジマは、この状況の打開策を、僕に頼ったのだ。確かにこの男のあまり丈夫じゃない脳では、助け舟が必要なのだろう。

「仕方ない。勉強合宿を組んで、誰かが管理しないと、全員受かるのは無理でしょうね」

 僕の提案にイイジマは、学校の3階建ての格技棟にある、3階の合宿場を借りよう、と提案した。

 しかし、言ってから後悔した。

 イイジマはその教師役を、僕に一任したからだ。

 無計画な一言で、面倒な仕事を増やしてしまった。勿論部に携わっているし、副キャプテンの肩書きもあるので、断りきれなかったが、短時間で16人を僕一人で見るのは無理なので、有志の教師をイイジマが募る条件を出すことにした。勿論イイジマはそれを承諾した。


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