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Rebellion

「……」

 奴等へ向けた視線の先に、過去が邂逅する。

 だが、奴等の薄ら笑う表情が僕に向けられていることを知り、僕は我に返る。

 それを確認した後、部屋に入ってきた3人を迎え入れたトモミが、3人の後ろで僕の方に視線を送っていた。

 僕は誰にも気付かれない程度の頷きと瞬きで、トモミに意思を伝えてから、3人の方へと視線を素早く戻した。

「お三方、ようこそ、このようなむさ苦しい所へ」

 僕は頬杖を突いたまま、そう伝えた。会社の代表としての僕の対応に、先程までの会議の参加者達も、僕に視線を集める。

「客人をもてなす態度とは思えないな」

 神経質そうな男が、僕の頬杖を突く態度を恫喝した。

「――今更礼を尽くす必要もあるまい。それに、こちらが呼んだ客でもないしな」

 僕はそう答えた。

「ほぉ、やる気満々ってわけか」

 茶髪の軽薄そうな男が一つそう言うと。

「ふ――ふふふ、あっははははははは!」

「ぎゃははははははは!」

 途端に3人とも、顔を合わせて大爆笑し始めた。

「――何がそんなに可笑しい?」

 僕は訊いた。

「いや、お前、バカだなぁ、と思って」

 小太りの男が言う。

「まだ俺達とお前達が、敵同士だと思ってるんだからな。昨日の会議なんかで、うちの一族を追い落とそうとしたって、株を持っていないお前が、うちの経営権に参加できるわけがないだろう。喧嘩にもなってないぜ」

「まったくだぜ。天才実業家が聞いて呆れる。こんなバカな手でうちとやりあえると思っているんだからな。乞食ってのは、世間を知らないんだなぁ」

 そう言って、再び3人は笑い出した。

「……」

 僕は自分の右腕に巻かれている、愛用のロレックスの腕時計に目を落とす。現在午前9時20分を回ったところだ。

「だが、いずれにしても、お前がくだらないちょっかいを出したことで、グランローズマリーは俺達に喧嘩を売ったことになったんだ。これからお前達に、飛天グループに逆らったらどうなるのか、たっぷり見せてやるからな。覚悟しておくんだな」

 どうやらそれを伝えることが、今日の訪問の目的だったようだ。嘲笑混じりに、得意気な顔でそれを言うと、満足げに踵を返して、会議室を出て行こうとした。

「ちょっと待て」

 しかしそんな3人を、僕の声が遮った。3人も足を止める。

「少し、質問させてくれ」

 頬杖を突いたままの僕の声に、3人も訝しい顔を浮かべながらも、返しかけた踵を元に戻した。

「お前達、この時間にここに来たということは、今日、まだ自分の会社にはほとんど顔を出していないということだろう?」

 僕は再び自分のロレックスに目を落とす。

「お前達への先制攻撃のために、僕達はお前の会社の社員から情報をリークしてもらって、お前達の不正をマスコミに暴いてもらった。それだけでもお前達の会社は今不安定な状態だった。その矢先にまた僕の介入だ。その報道があった今日、お前達の会社の社員も少なからず動揺しているだろう――実際、うちの社員も動揺していたしな」

 僕はそう言って、自分の周りにいる役員を一瞥する。

「そんな時、会社で人の上に立つ身であれば、まず社員に状況をしっかり説明した上で、社員を安心させて混乱を収め、会社が一丸になって僕達に立ち向かえるように、社員を鼓舞すべきだろう?」

 僕は顔を上げて、3人を睨んだ。

「なのにお前達はそれをしないまま、いつでも出来る僕への謁見、そしてその上で自分の力を鼓舞するような安い恫喝をすることを優先した――何故そうした?」

 僕がその質問を投げかける間、周りを固める会議の参加者達は、ぴくりと反応を示した。今僕が言ったことは、さっきまで僕がしていたことと同じだと気付いたようだ。

「はぁ?」

 茶髪の男はその僕の質問を一笑に付した。

「決まっているだろう? こんなこと、うちには取るに足らない出来事だからだよ。そんなことをわざわざ説明するのに、俺達の時間を浪費するなんて、くだらないじゃねぇか」

「ああ。それに、混乱があるなら俺達が早々にお前の思い上がりに引導を渡した方が手っ取り早いだろう?」

 神経質そうな男がそう付け加えた。

「――あぁ、成程。では質問の仕方を変えよう」

 僕は息をつく。

「お前達にとって、人の上に立つということは何だ? お前等の考えがどうであれ、今お前達は動揺する部下――従業員を放置している。お前達にとって、部下とは何だ?」

 再び僕は、顔を上げた。

「はぁ? さっきから何言ってるんだお前。そんな人生観を……」

「いいから答えろ」

 勝利の美酒に酔いたい思いだけで来た連中は、いまだにぬるま湯のような表情を浮かべていたが、僕の冷たい声が、それを遮った。

「人の上に立つだの、部下だの、くだらねぇな。お前は毎日毎日宝石加工の工具を酷使しているんだろうが、お前はその工具が連日酷使されて、可哀想だな、なんて常に思って工具を使うのか? そんなメルヘンチックなことをいちいち考えるのか?」

 小太りの男がそれに気圧されたのか、答えた。

「ああ、飛天グループにとって、最も優先すべきなのは、俺達一族だ。従業員なんて替えがいくらでも効く、機械の歯車みたいなものだが、俺達には代わりがいない――俺達さえ無事ならいくらでも再起できるんだからな。百人の社員を犠牲にしても、俺達一人を生かす――それが飛天グループの掟だ」

「俺達が従業員のことを考える必要はない。社員にも適当な金を払っているんだ。それで動けない奴はゴミ――それだけのことだろ? 脳もコネクションも力もない奴は、力のある者の構築した歯車になる。そんなの、この資本主義の世の中で生きるのに当たり前のシステムだろう。文句を言われる筋合いもない。大衆だって同じさ、俺達を生かすためにせいぜい利用し、俺達を儲けさせてくれればそれでいいのさ」

 横の二人もそう答えた。

「――あぁ、そう……」

 僕はふっと力を抜く仕草を見せながら。

 腹の底で笑いを噛み殺していた。

「――下衆野郎が」

 ふと、僕の隣にいるエイジが、3人にそう吐き捨てた。

「誰かのために犠牲になって当然の人間なんていねぇ。お前達を守るために、多くの人間が犠牲になるシステムなんて、糞喰らえだ」

「……」

 エイジの言葉に鼓舞されるように、僕とエイジを中心とした円卓に座る、グランローズマリーの全ての役員は、皆一斉に3人を睨んでいた。

「――だが、これで確信がより深まった。グランローズマリーと飛天グループ――できれば共存できるものならと思っていたが、どうやらその希望も望み薄のようだな。この場でお前達に、天誅を下さなくてはいけないようだ」

 僕はすっと目を細める。

「ぷっ――ははははは! どうやってだよ? お前が飛天グループを乗っ取ることでか?」

 茶髪の男がまた大笑いした。

「お前、まだあれでうちを乗っ取れると思っているのかよ? ちゃんとはじめから親切に説明しなくちゃ分からないのかな? だったら……」

「誰があの手で、お前達の会社を乗っ取る、なんて言った?」

 嘲笑交じりの茶髪の男の言葉を、僕の声が遮った。

「え?」

「あの手でお前達の座に僕が座ろうなんて、僕も考えていないし、あの手ではそもそも無理だ」

「何……」

「何故ここにお前達を招き入れたか分かるか? 丁度今その手の狙いを、うちの役員に説明するところだったんだ。そのついでにお前達にも聞かせてやろうとおもってな」

「……」

「エイジ」

 僕は横にいるエイジの方を見る。

「ああ」

 エイジが椅子から腰を上げ、その大柄な体をあらわにした。

「じゃあ、さっきの続きだ。策の立案者の俺から、今回の作戦の説明をする」

 エイジはまず、息をついてから、円卓の外で立ち尽くす3人を一瞥する。

「その前に――おい、入っていいぞ」

 エイジはそう言って、会議室の奥にある、控え室に繋がるドアを一瞥し、大声でそう言った。

 エイジがそう呼ぶと、別室のドアが開いて、そこからぞろぞろと、10人弱のスーツ姿の中年が、会議室の中へと入ってきて、円卓の横に揃って立った。

「お前達!」

「こいつらは、お前達も知っているだろう? 昨日の役員会議で、お前達の解任動議を賛成した連中達――お前達の腹心だった連中だ」

 エイジが言った。

「飛天グループってのは、お前達創業者一族の恐怖政治のせいで、会社全体がお前達のご機嫌取りをしている有様だった。お前達の前では労働組合も何の意味も持たない――だが、今までお前達のなすがままだった社員達が、俺達がリークしたお前達の不正をきっかけに、業務のボイコットをするようになった。勿論労働組合だけで社員全体をボイコットに参加させることなんて無理だから、お前達にとっても、まだ被害は微々たるもの――一部の人間が騒いでいるだけの、取るに足らないと思っていたんだろうけれど、今回、役員にお前達の解任議決を通させて、うちのCEOをその後釜に据えるっていうことが明るみに出れば、その状況は一変する」

「……」

「お前達の下についている社員は、何故急に労働組合がお前達相手に強気に出るようになったのか、その理由を知ることになる――そう、グランローズマリーと、名君サクライ・ケースケが自分達の味方をしてくれるからなんだ、とな。実際こいつらも、うちのCEOが絶対に身の安全を保障すると言ったら、みんな喜んで協力してくれたよ」

「――お前達!」

「すみませんねぇ、御曹司。もう皆さんの命令は聞けないんですよ」

「そうそう、今回の件で飛天グループは大衆からの信用を失ってしまった。だったら早いところ、沈む船からは避難したいのでね」

「そんな折に、成長著しいグランローズマリーから、助け舟が来たのです。これに乗らない手はないじゃないですか」

 元飛天グループ役員達は、かつての主君に、悦に浸ったような心地よさそうな表情で、見下すような言葉を投げつけた。

「くっ……」

 かつての部下にそうした表情で見下されることなんて、こいつらにとってはこの上ない屈辱だろう。3人とも歯痒そうに唇を噛んでいた。

「――そう、こいつらを説得して、役員会議でお前達一族の解任動議を可決させたのは、何もそれであのままお前達の後釜に座ろうというわけじゃない――お前達の社員に、グランローズマリーが味方になったということを示すのと、そんな俺達が表沙汰――先頭に立って、お前達に反旗を翻したって意志表示を見せるためさ。するとどうなるか……」

 そうエイジが言い掛けた時。

 突然、ピルルル、という電子音が一つ、会議室の中に響いた。それを皮切りに、似たような音が一つ、二つと起こり出す。

 飛天グループの御曹司たちは、自分のスーツのポケットから、自分の携帯電話をそれぞれ取り出す。電子音の音源は、3人の携帯電話だった。

「電話だろう? いいさ、待っててやるから出るといい」

 僕は頬杖をついたまま、3人にそう言った。3人は憮然とした顔をしながら、それぞれ僕達に背を向けて、それぞれ携帯を耳に当てた。

「もしもし……な、何っ?」

「それで、状況は?」

 3人ともそれぞれが、電話を耳に当てて、20秒ほどすると、すぐに慌てふためくような声を出した。

「ええい、使えない奴だな! その場にいるお前が何とか納めろ!」

 しかし3人とも、厄介ごとを押し付けるように、言葉をまくし立てると、電話の相手の有無を言わせずに電話を切ってしまった。

「ふふ――今のお前達の出た電話の内容を当ててやろうか?」

 それを眺めていた僕が、背を向けた3人の背中に笑いかけると、3人ともびくっとしたように、素早く振り向いた。

「お前達の会社で、社員達が一斉に蜂起――業務のボイコット、または暴動が起こり始めて収拾がつかない、何とかしてくれ――そんなところだろう?」

 そう僕が薄笑みを浮かべて言うと、3人ともぎくりとした表情を見せる。図星だったようだ。

「そう――グランローズマリーが先頭に立って、お前達と一戦を交えようとすることを明るみにしたら、どうなるか……社員は選択を迫られる。飛天グループとグランローズマリー、どちらにつけばいいのか、とな」

 エイジは言った。

「飛天グループは元々お前達の恐怖政治によって、下の者は言うことを聞かされているだけ――忠義は薄い。そこに、名君で知られるサクライ・ケースケと、創業2年で1兆円企業を作り上げたグランローズマリーの成長性、若者が選ぶ就職したい企業1位としての魅力と、義を重んじる社風……どちらを選ぶかなんて、迷う必要はないだろう? ましてお前達は下の者から恨みも買っているだろう。うちがそんな社員に味方すれば、お前達の元部下はお前達憎しで俺達の尖兵となってくれる……」

「仮想の敵を作り上げて、士気の上昇と組織の統一の強化を図る……政治でも使われる初歩的な策だが、飛天グループの役員会議で、お前達の解任動議を進めたのは、全てお前達の部下を、僕達の味方に引き入れるためだ」

 僕はここで、今までの策の全貌をあらわにした。円卓に座るグランローズマリーの役員達も、皆一斉に、おお、と気勢を上げる。

「おいおいケースケ、俺にそこまで言わせてくれよ」

 エイジはしかし、少し苦笑いを浮かべてそう言った。

 それを訊きながら、僕は既に色を失った3人の顔を眺めていた。

「別に飛天グループを乗っ取る気なんてない。僕達が欲しいのは、僕達が新たなステージに進むために必要なノウハウと、それを持つ人材だ。飛天グループという組織自体には、何の興味もない」

「……」

「飛天グループの名目で仕事をしていたとは言え、会社の信頼を作っていたのは、会社の名前ではなく、会社の内部である構成員――お前達が『歯車』と呼んだ人間だ。構成員さえそのままであれば、構成員の持つ取引先とのパイプもそのまま――その構成員に1兆円企業であるグランローズマリーがバックにいるのであれば、取引先も業務が焦げ付く心配はないと、飛天グループと大して変わらない信頼感を抱く――いや、既に明るみにされたお前達の不正の件を含めても、飛天グループの取引先は、お前達よりもグランローズマリーを信用し、共に仕事をしたいと申し出るはず。お前達の社員が僕の下へ降っても、今までと変わりなく仕事が出来る上に、飛天グループの従来の取引先も、今までの構成員を手にしたうちへごっそり寝返るという寸法だ」

 そう言ってから、ふっと僕は笑みをこぼす。

「それから先の飛天グループに関しては、僕に興味はない。ちゃんと飛天グループの名前は残るんだ。あとはお前達、お好きにどうぞってところだ」

「……」

 グランローズマリーの社員達も、驚愕に目を輝かせていた。

 まさか株を手にせず、日本最大級の財閥の主翼を引き裂いた上に、それを根こそぎ自分のものにしてしまうなんて……そのやり方に、皆アドレナリンを迸らせている。

 エイジの立てたこの作戦の優れている点は、グランローズマリー、飛天グループの構成員共に最小限の被害で僕達が勝利を収められる点、被害を被るのが、権力者の間だけで留められ、無益な破壊をしない点、そして創業以来、グランローズマリーが真面目に仕事をしていた故に、『信頼』が武器になるという事実を、社員に見せ付けることが出来ることだった。だからこそ僕もこの作戦に賛同し、エイジにその実行を任せたのだ。

「……」

 既に3人も、今まで纏っていたぬるま湯の空気など、雲散霧消していた。それを裏切った飛天グループの元役員達が、嬉々とした表情で見ている。

 僕は椅子から立ち上がり、円卓から二、三歩3人に歩み寄り、3人と5メートルほどの距離まで詰め寄った。

「分かったか? 今お前達は、ここにアホ面下げて僕に勝ち誇りになんか来ている状況じゃないことを……さっさと自分達の会社に帰って、この状況を立て直さないと……」

 僕は自分の首下に、右手の親指を当てて、それを真横に引く仕草を見せ、そのまま立てた親指を、連中の目の前に突き出して、くいと真下に下ろした。



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