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Strategy

「おう、ケースケ、お帰り」

「お疲れ様です、社長」

「ふぅ……ただいま」

 僕とリュートはエイジとトモミの出迎えを軽く受けると、ネクタイを緩めながら、旅行用の鞄を引いて、社長室へと入る。

「二人に土産買ってきた」

 僕は自分のデスクの前で鞄を開けて、土産を取り出し、二人に手渡しした。トモミにはチョコレート、エイジは僕以上に甘いものが苦手なので、ビール(かなり念入りに梱包されている)だ。

「わ、これ、銀座とかに売ってる高級チョコですよ? いいんですか? こんなの貰っちゃって」

 お嬢様育ちだから、こういう高級なものも食べたことは、そう珍しくもないだろうけれど、いつもトモミは僕の買ってきた土産などを喜んでくれる。

「こんなチョコレート、一人で食べるのもったいないし、みんなで食べましょうよ。私、コーヒー淹れますから」

 そう言ってトモミはデスクから立って、コーヒーを淹れる準備に取り掛かった。別にお土産なんだから、普通にひとりで楽しめばいいのに。

「――ゴホッ、ゴホッ……」

「相変わらずか、その咳も」

 ビールの銘柄を眺めながら、エイジが言った。

「でも、どうやら大成功だったみたいだな。結婚式は。こっちでもニュースになってたよ」

 エイジはビールの銘柄を一通り眺めると、僕にそう言った。

「おかげで帰国が一日遅れた」

 エイジの言うとおり、ベルギーで行われた王家の結婚式は大成功。僕はベルギーに着いてからは、新郎新婦の装飾品のチェックを全て行い、結婚式の前に王家の間に招かれ、それを献上した。

 それが済めば僕は早々に帰国するつもりだったのだが、王族は僕の作った装飾品をいたく気に入り、一デザイナーの僕を式の末席に加えるばかりか、式典への参加も許し、果ては王族直々の叙勲まで受けた。その成功振りと、元々のヨーロッパでの僕の名声も手伝って、ヨーロッパのメディアからの取材なども色々受けた。

 その諸々の処理に時間がかかってしまい、僕は滞在予定よりも1日遅れての帰国となったのだった。

 羽田に着いてからも、マスコミが待ち構えていて、なかなか会社に戻ることが出来なかった。僕は自分の右腕に巻いているロレックスの時計を見ると、時間はもう午前11時を回っていた。

「しかし、お前も久々に仕事から解放されたんだ。たまにはもう少し向こうに滞在して、羽を伸ばしてきてもよかったんだぞ」

 エイジが言った。

「――僕はそれでもいいんだが、もうリュートはそうもいかないからな」

 そう、リュートはもう今年で10歳。人間に換算すれば、もう還暦もとうに過ぎた、かなりの高齢だ。それにこの7年、こいつは僕に付き合った事で、沢山の苦労を強いてしまった。もうあまり無理はさせたくない。

 もうリュートもそう長くはないだろう。だからせめてその短い時間だけでも、僕はこいつに何とかいい思いをさせてやりたかった。全てを失い、ひとりぼっちになっていた僕に最後までついてきたこいつに、何とかして報いたかった。

「――いつもリュートくんにだけは、優しいんだよね……」

 トモミが何か呟いた。

「――なるほど、相変わらずその相棒のことが最優先か」

 エイジも顔をしかめた。

「それより、今回の仕事は多分想像以上の成果が出そうだぞ」

 僕は話題を変えるために、エイジにそう言った。

「今回の仕事は、元々が結構でかい注文だった上に、特注だったからな。それにヨーロッパでの反響も、前の会議で予測した以上のものが期待できそうだ。かなりの追い風になりそうだぞ」

 僕のアクセサリーの予約は、基本先着順に捌いて行くのだけれど、稀にすぐに作ってほしいという大口の以来が入ることがある。その時は、僕のその時の仕事の進行状況などにも左右されるが、大体注文した宝石の代金の2%前後を追加で払ってもらえれば、予定を前倒しして、最優先で仕上げることが出来る。

 今回の注文は、王家の結婚式に間に合わせるために、その追加料金が発生した。80億の品だっただけに、2億近い金が追加で僕達の会社に支払われたことになる。それに加えてヨーロッパでの反響も上々の成果。グランローズマリーは僕の宝石ひとつで、かなりの大物を釣り上げたことになる。

「こっちのメディアにも相当お前のこと、取り上げられてたからな。お前の帰国の様子も、さっきまでニュースに出てた。それに、これ見ろよ」

 エイジはそう言って、自分のデスクのPCの画面を僕の方へ向けた。液晶画面に映されているのは、グランローズマリーの株価変動が一秒単位で更新されているグラフで、その折れ線は3日前からぐんと斜め上へと押し上がっていた。

「日本のメディアも取り上げてくれたおかげで、事前の会議で割り出した数字をはるかに超える勢いで、株価が上がってる。こりゃすげぇぜ」

 エイジは少し興奮している。

「お前の人気はすさまじいな。お前がメディアに出て、でかい仕事をやったってだけで、うちの会社はこれだけ反響があるんだ」

「……」

 7年前の僕の行動は、今エイジのPCに示されている折れ線ごときは問題ではないほどの反響があった。

 だからこそ僕は7年前に、日本を出たのだ。

 あの時――とある海の家で、僕は自分が家族を殺しかけたことや、僕の出生について、国中で反響を呼んでいることを知った。

 それはもう、とても当時の僕が出て行って止められるものではない、暴走したものだったし、僕自身がそれを望まなかった。

 そっとしておいてくれと願った。

 出来ることなら、これからはひっそりと、静かに暮らしていきたいと願った。友や恋人と。

だが、どうやら僕にはもう、それは無理だと気付いた。僕の行動の反響は、僕だけではなく、周りにいる多くの人間の人生も変えかねないものだと心底恐れた。僕のせいで周りが傷付いたら――それに対する責任の取り方も、業の背負い方も知らなかった。

 だから日本を出た。その反響が落ち着くまで――僕の過去が風化するまでの間。

 それが済んだ時、僕はまた再び、あいつらと共に生きていけるのだろうか……

 そんなことを考えながら、もう7年の時が過ぎてしまった。

「――すまない、社内放送を使うぞ」

 僕は二人にそう断ってから、自分のデスクに座り、軽い咳払いをしてから、社長のデスクに置いてあるマイクのスイッチを入れる。そしてマイクの横についているスイッチを入れる。グランローズマリーは各フロアに大型液晶テレビがあり、社内放送をテレビ電話のように使うことが出来る。得に僕はこの方式を使う場合が多い。

 マイクの横のボタンを押すと、ピンポンパンポンという音。

「グランローズマリー全社員の皆さん。お仕事、ご苦労様です。CEOのサクライ・ケースケです。業務に差しさわりのない程度で聞いてください。先ほど私は出張先のベルギーから帰国しました。私が留守の間、社員の皆さんはよく頑張ってくれました。私の担当した、ベルギー王家の結婚式も大成功を収め、この結婚式だけの純利は80億円にのぼりました。おまけにベルギー王家御用達に、我が社の宝石も選んでいただけましたし、結婚式に参列したお客様の評価も得ました。今後も考えれば、この結婚式の利益は100億の価値があると思っています。これも社員の皆さんが、我が社のブランド力を高めるために、日々尽力してくれるからだと思っています。本当に、連日ご苦労様です」

 そこで一度息をつく。

「なので、この仕事の利益の1%、8000万円分を、会社の福利厚生の一環にしたいと考えています。このお金は皆さんのお金なので、会社の設備投資の何に使うべきか、それともそろそろ現金手渡しがいいのか、それは例の通り、私が社内サイトにアンケート掲示板を用意しますので、どんどん意見を書き込んでください。それで会社が一番いい使い道を決めたいと思います。私からの報告は以上です。今日も業務を頑張ってください」

 そう締めて、僕はマイクとカメラの電源を落とす。

「まったく、社員思いの社長さんだこと」

 放送の様子を黙ってみていたエイジが言う。

「お前、四半期に一度はそういうことやるもんな」

「……」

 僕は、こういう大口の仕事を受けると、その売り上げの一部を会社の設備投資や、社員の特別ボーナスに使うことがある。いつも社員にアンケートをとって、そのお金の使い道を決める。

半年前はそれで、社内託児室を作った。4歳以下の子供を、社員であれば月額5000円で預けることの出来る施設だ。休憩中に子供の様子を逐一見に行けるし、この施設は今では社員に大好評で、それを聞いたビジネス誌が、託児所を取材に来たほどであった。

 グランローズマリーはその託児施設をはじめ、フレックス制の導入や、有休は年間3週間で完全消化を義務付け、産休は1年という欧米風の労働環境を整えていて、日本で一番先進的な企業と一部では言われている。起業してから約2年になるが、その間の社員の退職率は、0.01%である。

 残念ながら、日本で残業0は、企業を存続させる以上はまず不可能だ。出来る限り残業のないようにとは通達しているけれど、残念ながら残業が少なからずある以外は、グランローズマリーは日本ではかなり働きやすい職場であると思う。

「人は城、人は石垣、人は堀ってやつだ」

 僕は言った。

「国を作るのに、農民に重税をかければ一時の栄華が得られるが、国の大多数を占める農民の不興を買えば、国は常に崩壊と隣り合わせになっちまうし、僕達だって下の裏切りにびくびくしなくちゃいけない。だったらはじめから、下の者を労った方がいい。そうしたら下の者も、こっちに応えてくれることもあるだろうしな」

「武田信玄ですね」

 トモミが言った。

「それに、これからグランローズマリーは大きく変化する。それに伴って、社員の士気を上げておきたいんだ」

「ふ――お前の用兵の持論だよな」

 エイジが小さく笑った。

「兵を動かす前に、まず士気を上げる。統制と士気が、よりよい組織を作る……それを用いてお前は7年前、日本サッカーU‐20代表の主将として、弱小日本を表彰台まで登らせたんだ」

「……」

「今でもサッカーの代表戦には、お前の残した言葉を横断幕にしたり、旗にしたりしての応援が根強く残ってる――お前の用兵が起こした奇跡が、サッカーファンはいまだに忘れられないんだよな」

「……」

 そう、僕の用兵術は、サッカーをしていた時の経験に基づいたものが多い。

 そして、エイジの言うとおり、僕がU‐20代表を率いた後から、今に至るまで、日本代表のサポーターは、『運は天にあり、鎧は胸にあり――』の文のプリントされた横断幕や巨大フラッグを掲げて、選手に戦う時の心得を示す応援を試みるようになっている。

 今でも日本サッカーは、7年前の僕達が起こした奇跡を信じ、それを追い求めている。僕が今の日本代表に必要だと、僕に現役復帰してほしいと願う声が絶えない理由のひとつだ。

「でも、お前がベルギー行ってる間に、お前のその用兵術の効果は証明されたようだぜ」

 そう言って、エイジは自分の机から一冊の雑誌を持ち出し、僕の机にドッグイヤーしてあるページを開いてそれを置いた。

 トモミも大柄なエイジの陰から、それを覗き込む。

『大学生が就職したい会社の一位は、グランローズマリー。全年齢層をターゲットとした、理想の上司一位は、グランローズマリーCEO、サクライ・ケースケ氏(25)がそれぞれ初制覇』という記事だった。

『10月に入り、就活シーズンを迎えたことで行われた今回のアンケートは、若者のカリスマ、現在は天才宝石デザイナーにして、天才実業家、過去にはサッカーで世界をつかみかけたほどのスポーツマンでもあり、ミュージシャンという異色の過去を持つサクライ氏の人気を再確認する結果となった。グランローズマリーは採算に走らない、庶民の生活の充実を目指した、雇用やライフワーク情報の全般を充実させ、またチャリティーや寄付などの戦略活動による、クリーンなブランドイメージの定着が、創立2年で既にこうして形になったと言えよう。「これからも世の中に貢献できる、大きな仕事ができそう」「あんな天才実業家の下で働きたい」という意見が、2位の企業を大差で引き離して、グランローズマリーに集中した。また、理想の上司に選ばれた理由として、「全てを失っていたのに、そこから今の状態に這い上がったその姿勢を学びたい」「サクライさんに言われたら、自分の意地も簡単に諭されそう」という、圧倒的に仕事が出来、心酔せざるを得ない面と「社員の事を常に考える姿勢がいい。この人のために働きたいと思わせる」という、彼の実直なイメージに惹かれる人間が多い。また「とにかくカッコいいから」というミーハーな意見も……20代でこのランキングを制したのは異例で、中には30代、40代からも理想の上司として票をあげる人も多かった。実業家内では、甘すぎるという声も多いサクライ氏だが、この方針が間違いでないことは、大衆が認め始めている。今後グランローズマリーが日本産業の台風の目になることは確実だ』

「すごいすごい! この2冠はうちにとってはかなり大きいですよ!」

 トモミが手を叩いて歓喜の声を上げる。

「あぁ、ブランドイメージの定着が認められたのと同時に、今後優秀な人材がうちに来る可能性が高くなる。大衆を味方につけるというのはでかいぞ」

 エイジがそれに同調する。

「お前が社内の士気を上げていることも、結構定着しているんだな。一般大衆も、お前が社員思いなのを知ってるんだ」

「……」


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