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Company

 トモミは僕のことを『社長』と呼んでいるが、正確に言えば僕の今の肩書きは、社長ではない。

 まあ、ほとんどその認識に差異はないのだけれど……



 都内の一等地に立つ、20階建てのビル――ここが僕の今の職場。

 全員の業務開始時間まで、まだ30分ほどある。今出勤してくる社員もいて、皆往々に僕に挨拶をしてくる。

「社長! おはようございます」

「おはようございます、今日もお互い頑張りましょう」

「はい!」

僕とトモミ、そしてリュートの3人は、ビルのエントランスに6つあるエレベーターに乗って、パスを通す。エレベーターは最上階までノンストップで昇り続ける。

 エレベータを出てすぐにある扉ひとつくぐると、真っ赤なじゅうたんにだだっ広い部屋が広がり、レッドカーペットのど真ん中に僕のデスクがある。デスクの後ろは紫外線カットの強化ガラス張りで、大東京をジオラマにした姿が一望できる。

 扉を開けると、一人の大柄な男が、僕のデスクの斜め前にある自分のデスクで、煙草を吸って、待っていた。当然だがこの部屋には、秘書のトモミがこの部屋で電話を取って、エレベーターのロックを外すか、会社で僅か3人、あと、清掃業者と警備会社が各1枚ずつ持っている特殊なカードキーがないと、エレベーターがこの階まで昇ることはできない。

つまりこの男は、トモミがいなくても、このフロアに来ることの出来る人物。

「なんだ。今日は随分と早いな、エイジ」

 僕が声をかけると、大柄な男は振り向く。スーツがピチピチなくらいの筋肉質で、にっと笑う顔がとても豪快で、トモミは朝から濃いものを見せられて、早くも食傷気味の表情をしている。

「ケー……じゃなかった、CEO、おはようございます」

「――ケースケでいいよ。お前とは、長い付き合いだから」

「あんた、この部屋で煙草吸わないでよ」

 トモミが僕の影から顔を出して言う。

「私も社長も吸わないんだし、あんたが吸わなければ、この部屋の空気はもっと綺麗なのに」

「人を汚物みたいに言うなよ」

男は煙草をもみ消す。

「仕方ないな。少数派が多数派に淘汰されるのは、民主主義の常識だ」

僕は男を見て、言った。

「だが、7年前は煙草を一日2箱余裕で吸っていたお前が、今では一日3本まで減らしたんだ。それ以上の努力をさせるのは、僕は忍びないがな」

「ケースケ、お前も1本でいいから煙草を吸ってくれよ。そうすりゃ俺もこの部屋で普通に煙草を吸えるし、その女も黙ってめでたしめでたしなんだからよ」

「……」

この部屋で頻繁に起こる論争――それがこの、喫煙問題だ。

といっても、煙草嫌いのトモミと、煙草を吸うこの男の意思の疎通が上手くいっていないだけで、僕はそのとばっちり――煙草は吸わないが、煙草に関して頓着のない僕を引き入れ、多数派に回ろうとするこの男と、それをさせるまいとするトモミの小競り合いなのだけれど。

「――エイジ、残念だけど、僕がお前の味方についても、お前は多数派にはなれない」

僕は言った。

「リュートは煙草を吸わないからな」

「……」

その理屈に、男は目を覆って、言葉を失う。

「あはは! ざまあみろ!」

トモミはそんな男を見て、いたずらっぽく笑った。

「そんなのありかよ」

「リュートは下手な人間より上等な犬だ。一人としてカウントしてくれ」

 僕のその言葉に、男はその大柄な体を竦ませる仕草を見せる。



 この会社の名前は、グランローズマリー。

 いずれ詳しいことを話す機会があると思うので、今は大まかな説明でお茶を濁させていただくけれど、僕は7年前、日本を出て中国・北京に渡り、そのまま西進、成都を経て、シルクロードに入り、そのまま西に向かって旅を続けた。

 東南アジアや中東、イスラム圏の地域を抜け、僕はイスラエルに入国。そこで僕は、ダイヤモンド鉱山を所有する資産家に目をつけられ、家に招待され懇意となり、しばらくその資産家の許で世話になった時、僕の手先の器用さを見込まれ、宝石デザイナーをやらないか、と勧められる。

 既に2年近く、旅に時間を費やしていたため、そろそろリュートも落ち着ける場所が必要だと思ったし、僕自身、そろそろ何か挑戦するものがあればいいと思っていた頃だった。

 僕は20歳の時にパリに渡り、宝石デザイン学校に入学。2年振りにパリの安アパートで、定住生活を送るようになる。

 持ち前の器用さから、2年カリキュラムの学校で、僕は特例として僅か1年で宝石精製のほぼ全てを極めてしまい、その歳、フランスで最も権威ある宝石デザイナー賞を獲得。世界一の宝石デザイナーとして、その名はヨーロッパ中に知れ渡り、多くのファッションブランドからスカウトを受ける。

 僕は2年カリキュラムのデザイン学校を退学し、イギリスへと渡る。フランスでは宝石デザイナーとして、そして他にも十分名を売ったので、新しいステージで、自分を売り込む必要があったからだ。ヨーロッパを拠点にしつつ、一番得意な英語を使える英語圏で今後勉強したかったからというのもある。

 そして21歳で僕は、宝石デザイナーとして、イギリスのブランドチェーンに籍を置く一方で、イギリスの名門、オックスフォード大学に入学し、最先端の帝王学を学んだ。

 そして、僕がイギリスに在住していた頃、イギリス王室皇太子のロイヤルマリッジが行われ、僕はその結婚式、披露宴の宝石部門の最高責任者に、若干22歳で抜擢された。これは、僕がイギリスでは、宝石デザイナーとしてではなく、もうひとつの分野で大きく名前を売っていたことが、抜擢の要因だと思われる。

 僕のデザイン、製作したティアラは大好評を受け、世界中にこの披露宴の様子が衛星中継されたことも手伝い、世界中のセレブにまた大きく名前を売った。

宝石デザイナーとして一定の目処が立った僕は、ロイヤルマリッジの直後、在籍していたブランドのデザイナーを辞職し、個人で宝石ブランドを立ち上げた。それが、グランローズマリーである。

 僕はオックスフォード大学を、2年で卒業。最終年に書いた経済論文は、その次の年のヨーロッパの経済危機を予見し、それを見事に的中させ、大きな話題を呼んだ。最終的に僕はこんな下賤の身でありながら、イギリス皇室に招かれ、在住僅か2年で大英帝国勲章まで授与され、騎士(ナイト)の称号を得、女王陛下に手を許されるまでに至った。

 そして、23歳で僕はイギリスでの事後処理を終えて、5年振りに日本に帰国。オックスフォードで学んだ帝王学を生かすべく、自分のブランドチェーンと同名の新会社を立ち上げた。

 新会社は現時点では、物の流通、販売を基幹とした事業を展開していて、ざっくり言ってしまうと、デパート、スーパーマーケット、コンビニの3つの中間に位置する仕事と、現時点ではイメージしていただきたい。

 ヨーロッパで基礎を築いた会社なので、僕のこの会社での肩書きは、最高経営責任者――CEOというやつだ。日本人はまだ、この呼び名を呼びづらいため、公の場では皆僕のことを「社長」と呼んでいるけれど、公の場で僕の官職を間違えなければ、その認識でかまわない、ということで、僕はその呼び名を社員に訂正させることのないまま、今に至る。

 その時協力を仰いだのが、この、トモミと折り合いの悪い、天を突くような坊主頭の大男――ミツハシ・エイジだった。

 以前は僕と生死の境を彷徨うまで殴りあった男だ。だけどそれ以来、僕に心酔してしまい、今までのヤンキーの道を捨て、大学にまで進学してしまった男。

 日本から帰国すると、僕はまず彼に連絡を取った。高卒認定試験を取ったエイジは、その後かなりランクの高い大学に進学していた。僕より2歳歳上のエイジだったが、大学がそれなりに優秀でも、元不良という経歴が災いして、就職活動で辛酸を舐め、不遇の生活を送っていた。そんなエイジを、僕がこの会社を立ち上げる時の、創業メンバーとして誘った。エイジは勤め先を辞め、すぐに僕の下についた。

 エイジにはヤンキー時代から、仲間達がいて、この会社は、僕とエイジとその仲間達、合わせて11人という規模でスタートした。まずはじめは、気心の知った連中で、事業の様子を見るためだ。

 そして、会社で大規模な攻勢に出る準備を11人で整え終え、去年、大規模な採用試験を開始。トモミもこの試験で入ってきたのだ。

 そして、その年に2000人を一気に採用した際、僕は精鋭の前で、旗印を掲げる。

 石田三成の『大一大万大吉』、武田信玄の『風林火山』、新撰組の『誠』。

『大一大万大吉』は、僕が社員に対し行う誓いだ。

 石田三成は関ヶ原では敗軍の将となった。だが斬首の前に、柿を薦められたが、体に悪いから断った。死ぬ寸前まで体をいたわり、最後まで人の上に立つ以上、部下のためにも諦めなかった。柿の逸話は、三成の敗軍の将が最後まで通す道を示した。

 人の上に立つ者は、最後の最後まで諦めない――同時に、隊に所属する人間は、全ての人間のために力を貸してほしいという、僕の願いも込められている。

『風林火山』は、仕事の究極を目指す理念だ。攻め時守り時を見誤らず、常に最速の行動、相手の先を取るべし。この教えは、世界のどの局面でも最大の力を発揮すると考え、会社の理念とした。

 ちなみに風林火山は、中国古代の兵法家孫子の教えで、正確には『風林火陰山雷』なのをご存知だろうか。知りがたきは陰の如く、動くことは雷の如くという教えもあるが、日本ではいまいち浸透していない。

『誠一文字』は、企業全員の結束を願う旗印だ。

 僕が起業した時点でこの会社は、既に大量の金が流れ込んでいた。この会社に所属する以上、この金や権力を巡っての闘争を決して許さず、金や権力に目がくらんだ者は人道不覚として厳しく罰する。いわば警告の旗印である。

 この3つの旗印は、会社の全てのフロアの壁に貼り付けられている。



「さあ、朝の挨拶は終わりだ。二人とも、仕事の準備を」

 僕は自分のデスクの前で、大きく伸びをして、体をほぐした。


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