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Panish

目的地に着くまで、一言も会話を交わさなかった。

 地元の名士である、年老いた両親の下で、その女は隠遁生活を決め込んでいた。

 80を超え、年老いた両親――俺にとっての祖父母もいまだ健在だった。

 俺は先程とは違い、ビジネスバッグだけを手に持ち、トモミと運転手に、先程と同じように待機させた。リムジンは祖父母の所有している駐車場に置くように指示した。

 インターホンを鳴らして、出てきたのは、祖母だった。俺が高校に行ってからは、忙しくて会いに行く機会もなかったから、多分会うのは10年以上振りだ。

そんな久し振りに再会する孫を追い返すわけにもいかないと、祖父母は俺をリビングにもてなしてくれた。リビングには、俺の母方の叔父や叔母もいた。

茶まで出してもらい、親族の仲立ちの下で、俺は女との対面の場に持ち込んだ。

 女の顔は、青ざめていた。7年前、よほどマスコミにこっぴどい目に合わされたらしい。その恐怖が、僕との再会で、蘇ったのかもしれない。

 この女は、贈賄と虐待の罪に問われたが、親族の庇い立てにより、「親族の観察が更正を促す」とされ、禁固1年で釈放された。

 だが、この判決は軽すぎると世論は反発し、ブタ箱から出てきた直後から、表でこの女に石を投げ付けたりする者が続出した。

 どうやら母親は、その時の恐怖によって、少し頭が錯乱しているようだ。既に4年前から精神科に通っていることは、予め調べがついていた。

「……」

沈黙を保ったまま、俺は目の前にいる女を睨みつけている。

おそらく雁首そろえて親族がいるということは、俺がこの女に何かしたら、警察を呼ぶつもりなのだろう。

「い、いやぁ、しかしケースケ。久し振りだよなぁ。大成功を収めてるじゃないか。背も伸びて、かっこよくなったし……」

叔父が場を和やかにしようと、俺に話しかけた。

「貴様は、俺が退学という窮地に陥っても、母として救いの手を差し伸べなかったのに、自身が窮地に立てば、親の下へ逃げ込むんだな」

だが俺は、そんな叔父の言葉など、はじめから相手にせず、目の前の女に言葉をぶつけた。

 女は俯き、老いた祖父母は俺の言葉に含まれる紅蓮の怒りに、色を失った。

「親として、子に与えたものは何一つなく、自分は、親に取りすがるとは、調子のよろしいことだな。ええ?」

「いや、ケーちゃん。ちょっと待って」

 老いた祖母が、僕に取りすがった。その目には、うっすらと涙の膜が見えた。

「ケーちゃんの気持ちはよくわかるけど、この子もマスコミに散々追われて、もう十分苦しんで、罪は償っているわ。お婆ちゃんの顔に免じて、ここは勘弁してやって……」

「そうはいきませんね。この女は、俺から大事なものを傷つけ、奪った」

 僕は元々老人や子供に弱いが、今は聞く耳を持たない。

「この女を裁くこと、それが俺の償いなんですよ」

「ひ……」

俺の目に、祖母は怯えきった表情を見せる。

「しかし、甘く見られたものだな。俺の気持ちが分かる? 自らの金欲しさのために、親に外国に売り飛ばされそうになった子供の気持ちが、あなたに分かるのか? 生まれながらに訳も分からず、一方的な暴力を受け続けてきた気持ちが? 母親に食事すら作ってもらえず、働いて食いつなぐしかなかった子供の気持ちが? 助けを求めようにも、あなた方は俺の家で起きていることは、自分には関係ないと、俺の家を遠ざけてきた。そんなあなた方が、俺の気持ちが分かるだと?」

「あ、あの、そ、それは……」

「この女が十分苦しんだとも言ったな。俺に言わせれば、この女に苦しみなんてない。あったかも知れないが、そんなもの、たかが知れている。現にこの女はここに逃げ込んでいるじゃないか。だがな、俺はこいつに殴られても蹴られても、食事を与えられなくても、どこにも逃げ場なんてなかった。逃げることさえ許されなかった。この女のように、何の罪を犯したわけでもないのにだ。

「う……」

「そもそもこの女の苦しみは、贖罪ですらないだろう。自分の罪に対する当然の報い――自業自得だ。そんな奴が、私は十分苦しんだだと? 片腹痛いな」

「……」

俺の言葉の激しさに、もう言葉を返すこともできなくなったようだ。皆、沈黙する。

 そして、僕は女の顔を覗き込む。

「予告しておいてやろう。これから貴様の人生に、いいことなんてひとつもないぜ。貴様がどんな些細なことでも、幸せを手にしようとしたら、俺はそれを全力でひとつ残らず刈り取ってやる。どこに逃げても無駄だ。地の果てまで追いかけてでも、貴様を見つけ出して、貴様から何もかも奪ってやる」

そう言ってから、俺はこの場にいる親族を一瞥する。

「貴様らも、口の利き方に注意しろよ。俺は無駄な殺生はしたくないが、この女に味方するなら、そいつは俺の敵だ。俺の敵に回るなら、一族郎党容赦はしない。叩き潰すからな」

 まさか孫がこんな事を言うとは思わなかったのだろう。傍らにいる老夫婦は、もう僕の怒りに飲まれていた。

「例えば――こんなこととかな」

そう言って、俺は自分の鞄から、数枚の書類を取り出し、リビングのテーブルに置いた。

「この家を含めて、この女と6親等以内にいる全ての人間の住んでいる家のある土地の権利書だ。もう既に、これらの土地の全てが俺の土地になるように、仮契約の段階まで済ませてある」

俺はそれを手に取り、ひらひらと親族に見せびらかすように動かした。

「俺がこれらの土地を買い占めたら、3日後には全ての家を取り壊すからな」

「な!」

叔母が悲鳴にも似た声を上げた。

「勿論こんなのは序の口だ。この女に味方するなら、その人間も、この女同様、干物になるまで全てを奪いつくす――仕事も、金も、食うものさえも。今の俺にはそれができるだけの力があるんだ。貴様ら一族、まとめて1年以内に消し飛ばすことも簡単なんだぜ」

「……」

「だが、俺も物の分別はあるつもりだ。この場でこの女をこの家から追い出し、貴様ら一族がこの女と、今後一切の連絡や、金品の譲渡を行わないというのなら、俺は貴様らに一切関知しない。明日も今まで通りの生活を保障してやる――さあ、どうする?」

「……」

まるで時間が凍りついたかのように、沈黙が流れた。

「――出て行ってくれ」

やがて祖父が、そう口を開いた。

「悪いがもう、私達ではお前を守りきれない。だから……」

祖父は涙を流していた。

「――俺達もだ。お前と兄妹の縁を切らせてもらう……」

自分の無力さを嘆くように、叔父も拳を握り締めて、女にそう言った。

「――お利口さん。賢い判断だ」

俺はにこやかに笑って拍手をした。

「じゃあ、この権利書は、もう俺には必要ないですね」

そして俺は、その場でその権利書を二つに破って見せた。

「けど、もしこれで今後も裏でこの女とコンタクトを取っているのが確認されたら、それは俺への宣戦布告とみなしますよ。その時は、今度は告知無しで、俺はその人間に総攻撃を開始しますので、そのつもりで。他の親族にも伝えてください」

そう釘を刺してから、俺は女の方を向く。

「そういうわけだ。荷物をまとめて、この家から失せろ」

「……」

 女は唇を震わせていたが、おもむろに立ち上がった。

 明日からこの女は、住む場所も、味方も、金も、仕事も、何もない――発狂して、俺の胸倉を掴むかと思いきや、俺の椅子の右隣に立つと、膝を折り、崩れるように手をついて、深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんでした……」

 女の声は、涙声だった。

 しかし……

 その侘びの声が消えると同時に、俺は足蹴にするように、女の頭を何度も蹴りつけていた。

「馬鹿が……詫びひとつ入れて許せるほど、俺達は関係が上手くいってたか?」

 そう言うと、俺は女の横腹に蹴りを入れた。女の体が少し痙攣した。

「まだ、他の人を巻き込むな、とか、言った方が気分がいいぜ。我が身可愛さに、心にもない台詞吐きやがって。メディアの前でだけ俺を自慢の息子とかほざいてた癖はまだ治らないようだな。ここでその腐った性格、叩き直してやろうか!」

 俺はだんご虫のように這いつくばる母親に容赦なく蹴りを浴びせた。

「ケースケ、もうやめてくれ……」

 祖父母が、俺の足元にしがみついて、閻魔に拝むように、僕に慈悲を求めた。

「さっき言いましたよ。この女をかばい立てするのであれば、あなた方も同じ目にあわせると」

「う……」

俺のその言葉を聞いて、祖父母は僕からぱっと離れた。

だが、そんな俺を祖父母と叔父夫婦は、恨めしそうな目で俺を見つめていた。

俺はため息をつく。

「――別にこっちも正しい事をしたとも思ってないから、いいですけどね。俺を恨むのであれば、それでもかまいませんよ。喧嘩を売りたければ、いつでも買いますから、あとはご自由に」

そう吐き捨てて、最後に這いつくばる女を見下ろす。

「ああ、そうそう。貴様の娘――俺の妹か。あいつとも、随分会っていないんだろう。娘がどうなったか、教えておいてやろう」

妹も、僕の名前を使って金品を騙し取っていたために、年少に入っていた。この家族は全員その場で引き離されたのだ。

「あいつは年少で手も、当然高校を退学になってたからな。現実逃避で麻薬に手を出しちまいやがって、今は塀の中だ。麻薬が抜けずに禁断症状で、いまだにムショで暴れてるらしいからな。出てもまた間違いなく麻薬に手を出すだろう。完全にラリっちまったようだな。あいつの人生も、貴様同様にもう終わっている」

「……」

 女は答えない。

「興味がないか。他人を気遣う余裕がないのか――それとも、金欲しさに子供を海外に売り飛ばそうとした貴様だ。子供がどうなろうと、知ったことではないか? まあ、俺も貴様が今何を考えているかなんてことに興味はないが――ここを出たら、貴様も麻薬をやったらどうだ? 辛い現実を忘れられるかもしれないぞ。ムショに入れられて出てきたら、娘と一緒に麻薬中毒親子の親子漫才コンビでも、俺がプロデュースしてやろうか?」



 また運転席で、女性と運転手の、僕を心配するような目。デジャブの感覚に襲われた。

 僕はふっと鼻で息をつく。そしてそのまま車に乗り込んだ。

 リムジンが発進する。

「ヨシザワさん」

 隣にいる女性に声をかけた。

「すいませんが、今日のこの後の仕事は、全部キャンセルしておいてくれませんか」

「え?」

 社長が目を丸くして、すぐに手帳に目をやる。

「今日はこの後、うちがメインスポンサーをつとめた映画監督の映画完成パーティーしか予定はありませんから、予定は断れますけど――どうしたんですか? 働き者の社長が」

「いや、失踪同然で姿を消したから、地元にちゃんとお別れをしようと思って。僕を川越で降ろしたら、二人とも会社に帰ってください。パーティーには、あいつを行かせればいい」

「えー……」

 女性は不服そうな顔をする。

「仕事がいきなり休みになっても、つまんないですし――たまには社長と私、ご一緒してもいいでしょ? 私が社長の秘書になって1年も経つのに、まだ一緒にお酒も飲んだことないし……社長がたまには私のわがまま聞いてくれてもいいじゃないですかぁ」

「……」

 痛い所を突かれて、僕は押し黙る。

 そう、この娘と出会って一年。この娘には、僕は世話を焼いてもらってばかりだ。僕自身は彼女に何一つ応えていないというのに。

「あ、じゃあこうしましょう」

 トモミが拳で掌を叩いた。昭和的な思い付きのリアクションだ。

「たまには頑張る秘書を労う慰安旅行ということで」

「――自分で言いますか? そういうこと。しかも慰安旅行って、その金を僕に出せってことですか」

「へへへ」

「――いい性格してますね。まったく」

 この豪放磊落な女性の名前は、ヨシザワ・トモミ。

 本人も言っていたが、現在の僕のパートナー。去年から僕の秘書を務めている。

 僕と同い年で、カトリック系の名門大学を卒業し、英語が堪能。歯に衣着せぬ物言いが玉に瑕だが、基本的に気配り上手で、仕事の飲み込みも早い。

 僕の秘書採用試験は、往年のファンタジスタの雷名が手伝って、ちょっとしたアイドルオーディション並みに応募が集まった。その中でたった一人の秘書の座を勝ち取ったのだから、彼女の実力は、想像に難くないだろう。

 といっても、僕自身はその採用には全く関わっていないんだけど。

第3部に入る際に、ちょっと真剣に悩んだのが、ケースケの一人称。

これだけ過酷な運命にあったのに、いまだに一人称が「僕」なのは、少し甘ったれたような印象を作者は個人的に感じていまして。しかし、この作品で、一人称が「僕」なのは、ケースケしかいないわけで、この一人称も、ケースケの味のひとつだよなぁ、とも思ったり。

それに、メインで「僕」を使っていると、「俺」を使った時の、ケースケの怒りの心情が分かりやすくなって、割とお手軽に感情表現できるので、「僕」を使った方がいいのかなぁ…と、ちょっと悩んでました。

まあとりあえず、今回はケースケの一人称は「僕」をメインにさせていただきます。


ちなみに、ケースケの一人称が「俺」になった時の残酷なケースケの状態を、作者は個人的には「俺様モード」と呼んでいます。かなり性格が豹変しますが、これは二重人格とかそういう類というよりは、怒りで感情が高ぶって、理性で抑えていたリミッターが外れた状態というか、ドラゴンボールのスーパーサイヤ人みたいな状態だと思ってください。性格も若干残酷で攻撃的になりますが、能力値が普段よりさらにパワーアップしている状態です。元々ケースケは激情家ですが、それを強い理性で押さえ込んでいるので。

超ドSな「俺様モード」のケースケと、普段のケースケ、どっちが人気あるのやら…

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