表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
242/382

Another story ~ 2-44(最終話)

 ――3年E組では、授業が今自習になっている。

 今日は学校に報道陣が詰め掛けていて、それが事務の人間だけでは対応しきれないほどの数だから、やむなく教師達までその応対に駆り出されているのだ。幸い3年生は受験勉強があるし、自分のしたい勉強をさせておけば問題ないということで、3年生を受け持つ教師が優先してその対応へと向かっていた。

「……」

 そしてそのまま3限に突入している。

 ペンを片手に、私は今日何度、時計と、教室のドアを見つめただろう。

 そんな折に、教室のドアが開く。

 ワイシャツのネクタイを緩めた、フォーマルな格好のエンドウくんとヒラヤマくんが入ってくる。

「あ、記者会見終わったの?」

 クラスメイトが自習を中断し、1ヶ月ぶりに帰ってきたエンドウくん達に集まる。

「ああ、そっちは終わったんだが……俺達はこれから1か月分の補習だ」

 ネクタイを緩めながら、ヒラヤマくんはがっくり肩を落とす。

「みんな久し振りだなぁ」

 エンドウくんがにこやかに笑う。

「サクライくんは?」

 クラスメイトが訊く。

「ああ、あいつは補習免除になったから、いつもどおりのサボりだろう」

「色々疲れてるのさ、あいつも」

 そう言いながら、二人は苦笑いを浮かべて……

 一瞬ちらりと、教室の後ろの方へいる私に、二人同時に目配せを送る。

 行ってやりなよ、と。

「……」

 そんな目配せを貰ったとき、私は半日我慢していた心のタガが外れて、どうしようもなくなってしまった。

「シオリ、愛しの彼氏様に会えなくて、寂しいんじゃないのー?」

「二人とも訊いてよ。シオリったら、この1ヶ月、ずっと上の空だったんだから」

 女子達がおかしそうに私をからかう。

「……」

 ――確かに、昨日までの私は、ずっと毎日を一日千秋の思いで過ごして、いつもボーっとしていた。

 でも、今日は……

 ――折節、チャイムが鳴り、3時限目の休み時間になる。

 私はペンを置くと、一人教室を出て、階段を昇り、屋上へと向かった。

 屋上へと続く扉を開けて、夏の太陽の降り注ぐ外へと出ると。

 屋上のプレハブの日陰で、ひとりの男の子が横になって眠っていた。

「……」

 駆け寄ると、ワイシャツのネクタイを緩めて、裾をスーツのズボンから出して、小さな寝息を立てている。裾から少し、6つに割れた腹筋が出ていて、子供みたいにおなかを出している。

「……」

 半年前に私はこの人――サクライ・ケースケくんと恋人同士になった。

 それまで彼の目を濁らせていたものの正体が、彼の生まれながらに崩壊した家族と、それによって歪められた彼の出生にあることも知った。

 彼はそれを半年前に吹っ切って、それから私達の新しい関係もスタートした。

 今では彼は、私達にも少しずつリラックスした表情を見せるようになっていき。

 あの野生の獣のような、刺すような雰囲気は消えて、今ではこの通り、気持ちよさそうな寝息を立てた寝顔すら見せるようになっていた。

「……」

 私はそんな彼の横に膝を突いてみる。

 この学校で、彼と知り合った頃もそうだったけれど。

 私は彼の寝顔が好きだった。

 勿論、一緒にいるなら起きていて、話が出来ればとも思うけれど。

 何だか、今はこんな気持ちよさそうな寝息を立てられていると、邪魔したくない気分になるし。

 今の彼の寝顔を見ていると、安心するのだ。

「まったく……」

 呆れるような声が、私の口から漏れる。

 昨日彼はオランダから帰ってきたばかり。サッカーのU-20日本代表のキャプテンとして、世界大会に出場し、日本を世界大会初の表彰台へと導き、国中を感動と興奮に包み込んだ。今日本一世間を騒がせている人間といってもよかった。

 それなのに、こうして寝ている姿は、全然そんな風には見えない。普通のどこにでもいる高校生のようで。

 彼自身、あまり自分の名声には興味がないことを、私は知っている。オランダに行ったのだって、親友であるエンドウくん、ヒラヤマくんを助けたいがための一身だったことも。

 そうして1ヶ月もの間戦い続けて、今は戦士の休息……

「ん……」

 不意に彼がごろりと、私の方へと寝返りを打つ。

「あ……」

 私の正面に、彼の顔が来て、私の目が彼の顔へと向く。

「……」

 昨日の午後に帰国した彼は、昨日の夜、私の家に泊まりに来て。

 そして昨日私達は、付き合って半年で、初めてのキスをした。

 その時のことを思い出して、私はふと、彼のことを意識してしまう……

 あの時、彼に少し強引に抱き寄せられて、唇を重ねた時――

 初めてのことで、頭が真っ白になったけれど。

 その次の瞬間、何だか私と彼が、今まで交わした言葉よりもずっと深く、お互いのことを知り合えたように思う。

 彼はこの半年、家族によってボロボロにされてきた心を修復する作業の中で、自分で自分を肯定できずにいて。私はそんな彼のことを、100%は理解で来ていなかった。自分が幸せな家庭で育っている以上、彼の背負った苦しみは、私には理解できるものではない。

 今まではそんな二人の感覚の違いが、ボタンの掛け違え見たいに、少しずつずれていって、お互いがその隙間を埋める手が見つからないままになってしまったけれど。

 キスをした時、この半年、彼が私のことをどういう風に想っていてくれたか、言葉にならないけれど、この半年、私との距離を埋めようと、遠く離れたオランダに行って、彼が一生懸命頑張ってきてくれたことを、強く感じた。

 そして同時に、私も何だか、彼の背負ってきた苦しみや悲しみのありかがどこにあるのか、分かった気がした。

 今までどうしても埋められなかった、二人のたった18年間の人生の差――それが、拙いながらも、何だかお互いの魂の全てを分かち合えたような気がした。

 ――嬉しかった。彼があのキスで何を思ったのかも、手に取るように分かる。唇や、抱きしめられた腕から伝わる力や温度で、私と彼の思いが今、しっかりひとつに重なっているのだと、確信できた。

「……」

 ――もう一回、してみたい。

 なんて、そんなこと思うのは、ちょっとエッチなことなのかな。

 でも、私の目は、眠っている彼の唇に向けられてしまって。

「……」

 改めて見ると、私、この唇と、キス――したんだよね。

 一度したからといって、まだ私はキスというものがどんなものか、上手く定義できたわけではないから、何だか妙に不思議なもののように思えてくる。

 そんな不思議な思いが昂じて。

 私の指は、眠っている彼の唇を軽くなぞっていた……

「……」

 だけど。

 その時、サクライくんがうっすらと細目を開けて、私の方に目を向けた。

「あ……」

 私はばっと手をどける。

「お、起こしちゃった? えへへ……」

 私は照れを隠すように、苦笑いする。

「……」

 だけど……

 目を開けた彼は、そのまま上へと手を伸ばして、寝転がったまま、指で私の頬を軽くつまんだ。

「え?」

「ふふふ……」

 サクライくんはいたずらっぽく笑うと、そのままふにふにと、私の頬を、痛くない程度に軽く引っ張るのだった。

「……」

 半年前、付き合い始めてから少しずつ、彼の心を縛っていた鎖がほどけていって。

 今までの彼は、そんな生まれながらに自分を縛っていた鎖によって、縛られ続けていた感情だったことを知る。

 そんな鎖がほどけていってから、私は初めて、素のサクライ・ケースケという人間に触れた。

 生まれてはじめて心を自由に解き放った彼は、当然ながら、まるで生まれたばかりの子供のように透明で、無垢で、目に映るものなら何にでも興味を示した。無邪気でよく笑い、子供みたいに落ち着きがなくて、いたずら好きで、子供っぽくて。

 まるでスポンジみたいに、新しく見たものを吸収していくし、今まで磨き上げた力も、その自由な心を得た今では、まさに天衣無縫、国士無双の強さを発揮する。そんなとんでもない力を振るいながらも、彼はいつだって遊んでいるようにも見えた。もっともっと自分の力を試したいと、貪欲に挑戦を続ける遊びに夢中になっていて、まるで日が暮れるまではしゃぐ子供のように顔をきらきらさせて。

 そんな彼に戸惑うこともあったけれど、そんな彼を見るのも楽しくて。

 付き合うごとにどんどん表情豊かになって行く彼のことを見ていると、私も幸せな気持ちになっていくし、同時に彼のことを、もっと好きになってしまう……

「――なあ、シオリ」

 私の頬をつまんだまま、寝転がる彼は、私の目を覗き込んでいた。

「僕、昔、君に言ったな。恋愛は、寂しがり屋がするものだって。所詮人は寂しいと感じるから、誰かと一緒にいたいと感じてしまう。恋愛なんてのは、そんな本質を妙に小奇麗に飾った詭弁なんだと思っていた」

「――うん」

「あれ、訂正させてくれ」

 そう言うと、彼は私の頬をつまんでいた手を一度離して、その掌で、私の頬を包み込んだ。

「寂しいとか、そういう動機があるわけじゃなく、ただ一緒にいたい、って思える奴がいて――理由なんかなくても、逢いたい、側にいたい、って思える気持ちが、多分、存在するんだな。君に逢えない間、そんなことをちょっと考えた」

「――うん」

「……」

 沈黙。

「――だからさ、僕、多分これから、理由がなくても、君に逢いに行くこともあると思うけど――そこんとこ、よろしく」

「……」

 沈黙。

「あぁ……違うな。ちょっと違うな」

 彼は沈黙のあと、目を閉じて、ひとつ息をついた。

「だから君も、理由なんかなくていいから、逢いたい時はいつでも僕のところに来てくれ。呼んでくれたら、すぐに飛んでいくから」

「――はい」

 私は微笑んだ。

 固くて、全然ロマンチックな言い方じゃないけれど、彼は今、自分の今まで気づきもしなかった感情と必死に向き合って、それを上手く自分に定着させようと、ちゃんと自分と向き合っている。そんな彼の真摯さを感じる。

 彼の言葉は嘘もなければ、今は一点の濁りもない。まじめすぎるくらいまじめで、だからこそ私も、彼の思いやりをしっかりと感じることが出来る。

「ふう……」

 それを言い終わると、彼はまだ眠いのか、再び目を閉じる。

「――記者会見とかもあったし、疲れてるのね。もう一眠りする?」

「ああ――すまない。結局昨日、時差ボケであまり眠れなくてな……今、眠気がピークなんだ……」

「……」

 実を言うと私も昨日はほとんど寝ていない。彼が私と同じ家の中で寝ていること、さっきキスをしたことが頭から離れなくて、意識しすぎてあまり眠れなかった。

「――ねえ」

 私は目をつぶる彼に声をかける。

「よかったら、膝枕してあげようか」

「は?」

 その言葉に、彼は思わず寝ぼけ眼を見開いた。顔も高潮しだす。

「ふふふ……」

「――何だ。冗談か」

 彼はぐったりと目を閉じ、天を仰ぐ。

 私も彼が変わっていくのを見て、少し変わった。昔と比べて反応が馬鹿正直になった彼を見ていると、妙に少し困らせてしまいたくなったり、いたずらをしてみたくなる。

「はぁ……ちょっとがっかりだ。でも、学校でそんないちゃついてたら、問題ありだな」

「そうだね。下手したら二人で停学かも」

「――勘弁だな。君の家族にも顔が立たないし」

「ふふふ」

「さあて――じゃあ、変な気を起こさないうちに、また寝るか……」

 そう言って、彼は再び静かに息をつき、3分もしないうちに、また再び気持ちよさそうに寝息を立て始めた。

「……」

 ――まあ、焦ることはないんだよね。

 これからもっともっと深く彼とつながりあうチャンスなんて、いくらでもあるんだから。

 私だって、初めての恋愛で、まだいっぱいいっぱいなんだし、彼だってまだまだ自分の気持ちと向き合っている最中だ。

 私達のペースで、ゆっくりやっていけばいいか……

 それに。

 こうして彼の寝顔を見ているだけでも、何だか十分満ち足りたような気分になれるのだから。

 私は今も、彼の寝顔を見るのが好きだった。



 ――彼と付き合って半年、初めてのキスをした直後の私は、とても満ち足りた気持ちの中にいた。

 だけど、この2週間後、彼と私に悲劇が訪れて。

 再会するのに、それから7年の時を費やしてしまったけれど……





                             Another story 完


ようやくこの話も完結です。まさかこんなに長くかかるとは…無計画な作者ですみません。仕事が忙しくて、終盤は更新遅れまくりでしたし。


さて、次回からはようやく第3部に突入します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしこの話をお気に入りいただけましたら、クリックしてやってください。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ