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Another story ~ 2-40

 別に今までだって、私と彼の間に特別なものなどなかった。彼が私のことを、ただのクラスメイトとしか思っていなかったことも、ずっと前から知っている。

 確かに私は定期テストで彼より少しだけいい点を取っていたりしてはいたけれど、それだって、彼にとってはそれほど大きな問題などではない。彼にとって、敵は周りの人間よりも、まず自分なのだ。それくらいのことは、私にもわかるようになっていた。

 でも、今は、明らかに感じる――

 彼からの拒絶を。

 原因もわからぬまま、私は彼に無視されて――

 あのアオイの一件――そして、ヒラヤマくんの言葉で、私はようやくサクライくんに対する自分の気持ちと、しっかり向き合ってみようと思っていたのに。

 そう思った矢先に、彼には彼女ができてしまって。そしてその彼女と別れて、もう一度、と思った時に、こんなことになってしまって。

 結局私は、そんな気持ちを確かめる術を失ったまま、一人その場に立ち尽くすしかなかった。気持ちがもやもやしたまま、半年前から一歩も進めず――きっと生殺しとは、こういう気持ちを言うのだろうな、と思う。

「――あ、あの二人の番みたい」

 近くのクラスメイトの女子の声に、私は我に返る。

 今は週1時間の体育の授業――私達は男女共に体力測定を行っている。私達女子は、グラウンドの砂地で立ち幅跳びをしているところで、私は列に並んで、自分の番を待っている。

 そして、女子生徒の視線の先には。

 グラウンドのトラックに設けられたスタートラインで、体をほぐしている、二人の男子。

 ヒラヤマくんと、サクライくんだった。これから二人は、50メートルのタイムを測定するのだ。

「あの二人、どんなタイム出すんだろ。陸上部より速いもんね」

「どっちが速いのかな」

「そりゃヒラヤマくんでしょ。ここまでスポーツテスト、前屈とハンドボール投げ以外は、全部ヒラヤマくんの勝ちらしいし」

「……」

 そんな二人のタイムに、学年中の注目が集まる。他の生徒はスポーツテストを自然と中断して、クラウチングスタートの構えを取った二人の方へ、視線を向けていた。

 グラウンドに、体育教師のホイッスルが響く。

 先手を取ったのはサクライくんだった。一歩の加速でまずヒラヤマくんの先を取る。

 でも、40メートル地点からヒラヤマくんは加速し、ゴール前で間一髪、サクライくんを差し返した。

「ヒラヤマ、5秒86! サクライ、5秒97!」

 ゴール地点の記録係が、大声でタイムを読み上げる。

「5秒86だって! ヒラヤマくん」

「すごいすごい! さすがね、やっぱり」

 私の周りの女子は、ヒラヤマくんに賛辞を送る。

「でも、やっぱりヒラヤマくんの勝ちかぁ」

「サクライくんもすごいけど、やっぱりねぇ」

 それに対して、ゴールを駆け抜けて、膝を抱えて息を切らすサクライくんには、冷ややかな評価が飛び交う。

「あの人、絶対に一番にはなれないのよね。スポーツではヒラヤマくん、勉強ではシオリに勝てないようになってるのよね」

 誰かがそう口にした。

「……」

 でも、勝者になったヒラヤマくんは、その結果に一人、首を傾げている。

 元々サッカーでは、50メートルの距離を一人で全力疾走するプレーなど、ほとんどない。それよりも、10メートルのダッシュで相手選手の裏をどれだけ取れるか――その方がずっと重要なのだ。サッカーとは、10~20メートルのダッシュを幾度となく繰り返すスポーツなのだから。

 スタートダッシュはサクライくんの方が速かったし、それだけを見れば、サッカーのプレーに生かせるスピードは、サクライくんの方が持っていたことになる。ヒラヤマくんも、その点において不満が残ったのだろう。

 だけど、傍目から見れば、サクライくんはヒラヤマくんに負けたように見える……



 2年生になってから、こういう場面がよく見られるようになった。

 サクライくんが、スポーツではヒラヤマくんに。勉強では私に負けたように見える――そんな場面が。

 この頃になると、サクライくんは、勉強面だけでなく、身体能力でも、もっと大きな力を欲しがっているようで、その指標として、ヒラヤマくんと積極的に競おうとしているように見えた。

 だけど、元々彼とヒラヤマくんでは、体格が違いすぎるのだ。彼の華奢な体躯では、今の運動神経でも十分すぎるほどなのに、スポーツ向きの体を持つヒラヤマくんに、敵うはずがない。彼はその度に、ヒラヤマくんに能力の差を見せ付けられていた。

 そして、勉強でも――

 定期テストや実力テストでも、彼は私を一度も追い抜けない。私と彼の点差は、広がるばかりだった。

 彼がそうした日々を重ねるごとに、それに比例して、彼の校内での評価は、日増しに落ちていった。

 そして、それに反比例して、私やヒラヤマくんの評価が上がっていく――2年生になって、そんなメカニズムが出来上がっていった。

 ――でも、私自身はそうして変に持ち上げられるのは好きじゃないし、そもそも私自身は今までと何も変わっていないのだ。サクライくんが乗ったシーソーの反対側に乗っているだけで、私は自動的に持ち上げられただけ――そんな評価は、酷く穿ったもので、私に向けられる賛辞は、不自然なほどに持ち上げられるばかりで、逆にこっちが萎縮した。

 それに、確かに私はサクライくんに、成績面では勝っているけれど、だからといって、彼に勝ったなんて思ったことは一度もない。

 どう見ても、彼のコンディション不足は明らかだ。私はそんな彼に、ハンデをもらっているから勝てているようなもの……

 むしろあれだけ疲れきっていて、顔色だって悪いのに、それでも他の生徒では、彼に何一つ敵わないのだ。あのコンディションでそこまでの結果を出せる彼の潜在能力の高さに、むしろ私は舌を巻いていた。

 そして、そんな彼の能力や、意志の強さに感心すると同時に、心配だった。

 ずっと前から、彼の体は酷く重そうで、体調だってよくなさそうだ。ちゃんとご飯を食べているのかもわからない。

 そして、2年生になると、日を重ねるごとに、彼の目からは、私が去年彼に見ていた花のような美しさは薄れ、目が鋭さを増していき、彼の周りを淀んだ空気が包むようになっていった。



 そして、2年生の文化祭。

 サクライくんの不調から、評価を上げていた私は、去年の優勝者ということで、どうせなら3年連続ミスコン制覇を狙っちゃえ、という周りの女子の推薦で、ミスコンに今年も出場することになり、投票者の9割以上の得票を得て、ぶっちぎりで優勝した。

 そしてミスコンの後、私は今年も後夜祭のダンスの誘いが殺到してしまい、また今年も吹奏楽部のタカヤマ先生に頼んで、音楽準備室に一時退避させて貰った。

「ご苦労様」

 音楽準備室にあるコーヒーメーカーで、先生は私にコーヒーを淹れてくれた。私はコーヒーの入ったマグカップを受け取る。

「しかし、もうあれから1年たったのねぇ」

 自分のマグカップに口をつけてから、先生は言った。

「マツオカさんがあの時、サクライくんに、あんなことを言うなんてねぇ」

「……」

 先生に言われる前――砂糖とミルクの入ったコーヒー。口をつけた時、わずかに感じる苦味と、その香りの中で。

 私も彼を想っていた。コーヒーの香りは、私に彼を思い出させる。

 本当は、この準備室に今年も来たのだって、ここに今年もサクライくんが、去年のように眠っていてくれたら、どんなにいいだろうと思ったのだ。そうしたら、何だか今無視されていても、そのすべてが1年前に戻って、すべてやり直せるような、そんな気がして。

「――まだサクライくんに、無視されてるの?」

 先生が訊いた。タカヤマ先生は埼玉高校で数少ない、若い女性教諭だ。音楽教師として、授業を受け持たない時間が多い分、女子生徒限定で、昼休みや放課後に、女子限定のカウンセリングを行っている。話す内容は、進路や人間関係、恋愛でも雑談でも、何でもいいため、先生に話を聞いてもらっている女子は多い。私も入学当時の得意な環境から、先生に色々と心配され、色々と話を聞いてもらっている。

 私は頷いた。

「ふぅ……」

 それを見て、先生はあきれながら、肩をすくめた。

「でも、この1年は、マツオカさんをすごく人間的に成長させたって言えるんじゃないかしら」

「え?」

「だって、すごく顔立ちがこの1年で変わったわよ。前までは、何だかいつもにこやかに笑っているだけだったのに、あなたの表情がどんどん豊かになっていったもの」

「……」

 そう言われて、私はこの1年を反芻する。

「――多分、そうなんだと思います」

 私は頷いた。

「この1年間、私はサクライくんを通じて、色んなことを考えました。自分のことも、いっぱい考えました。彼を通じて、私――今まで感じたことのない気持ちとか、自分の知らない自分とか、いっぱい見たりしました。そのほとんどが、何だか少し……何ていうか」

「いけないことをしているような?」

 先生が、言葉に詰まる私に助け舟を出した。

 私は頷く。

「マツオカさんの話を聞いていると、すごく幸せな家庭で育って、成績もいいし、努力家で、みんなにも好かれて――とても満ち足りた生活を送っていたんだって、わかるわ。だから、そういう環境の中では、ずっと前のマツオカさんみたいに、なんとなく笑って、周りに合わせるだけでよかったけれど……今は違うでしょう?」

「……」

「もどかしいとか、もっと欲しいとか、すごくわがままだったり、嫉妬深かったり――そういう自分のいやなところもいっぱい見たんじゃない?」

 私は再び頷く。

「――最近、タカヤマ先生に昔言われたことを、色々思い出すんです」

「え?」

「サクライくんを通じて、私も色々と学ぶ気持ちがある……あの時はよくわからなかったんですけど、今になると、色々、ああ、そうか、って思うことがあって、今は少し後悔しているくらいで」

「……」

 沈黙。

「私――多分なんですけど、サクライくんに、その――こ、恋、してるんだと、思います」

 私はこの時、初めて正直に他人に自分の気持ちを言った。

「おぉ」

 先生は感嘆の声を上げた。

「本当は、もっと自分の気持ちを確かめたいんですけど――でも、今現在の気持ちを言うと、この1年、彼と一緒にいるうちに、何だかすごく楽しくて、自分でも気づかないうちに、もっと話がしたいとか、一緒にいたいとか、もっと、もっとって、そういう気持ちが強くなっていって――今は全然相手にされてませんけど、やっぱりそれでも、気持ちが消えなくて……」

「辛いけど――でも、会うと、やっぱり嬉しい?」

 私は頷く。

「ふふふ……恋してますねぇ、マツオカさん」

 先生は嬉しそうに頷く。

「……」

「あ……そうか。それを認めても、喜べる状況じゃないのよね」

「……」

 ――今になって思う。

 あの時――もっと早く、自分の気持ちに気づけていたら。

 この半年、次に会った時、彼のことを、もっとよく見てみようと思って、それっきり……

 何でもっと、ずっと前から彼のことをよく見ておかなかったのだろう。

 色んなこと――自分の足踏みした時間を、今、こんなに後悔するなんて……

 自分の気持ちと向き合うこと――自分の初めての気持ちがいっぱい溢れてきて、それが怖くなって、気持ちに蓋をしたけれど、それでも蓋の隙間から気持ちがこぼれてきて。

 自分でも、どうしようもなかった。

 こういう時、どんなことをしてでも食い下がって、サクライくんを問い質せば楽になれることも、何となくわかっている。

 でも――怖い。

 彼が今、すごく弱っているのもわかるし、私がまとわりついて、余計な負担をかけたくない。アオイの事でも、私は彼を傷つけているんだし。

 それに――無視をされる前、私は彼と、一体どうやって接していたのか。

 こんな気持ちを抱えながら、私は彼の前で、どうやって接していられたのか。

 もう、思い出せない……

 時間が経ってしまって、私はもう、サクライくんと一緒にいる時、どんな風だったかを、思い出せなくて。

 今、私がサクライくんのところに行ったら、私――どうなるかわからない。

 自分をコントロールできる自信がない。

 変な言動で、また彼を傷つけてしまうかもしれない。

 そう思うと、私から、とても彼に声をかけられなくて……

「――まあ、まだ高校生活は全然時間あるからね」

 先生は言った。

「ここで私が何か具体的なことを言っても、それはマツオカさんの本当の解決法にはならないからね。じっくり自分が今どうしたいか。まずはそこね。そうして思いついた行動を取る方が、誰かに言われてやる行動なんかより、ずっと価値があることだから」

「……」

「でも、それじゃ可哀想だから、ひとつヒントをあげようかな」

 先生はにこっと笑った。

「もう一度、この1年、サクライくんから教わったことを、考え直してみること。きっと、その中に答えがあるはずよ」

「……」

 ――そんな言葉を最後に、私の高校2年の1学期は終わった。

半月更新しなくて申し訳ないです。

実はPCで仕事合間に書いていたのですが、PCがウイルスにやられてしまい…修理に出していて。今も帰ってきていないので、漫画喫茶で書いてみました。

最近仕事が忙しいので、あまり書けなかったのですが。

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