Another story ~ 2-33
修学旅行の翌日――1年生は授業、部活共に振り替え休日だ。
その日、私はアオイ、ミズキ、エンドウくん、ヒラヤマくん、他のクラスメイトの女子達と、川越のファミレスに集まっていた。エンドウくんの発案だった。クラスの女子も、この二人と休みに一緒に遊べるというのであれば、参加するに決まっている。
それに、アオイ自体にも割と人望があるのだ。学年3位の成績を維持しているアオイは、見た目も白い花のように可憐だし、女子から見ても可愛い女の子だ。優しくて人当たりもいいし。
「先に言っておくけど、あいつに色仕掛け(ハニー・トラップ)の類は通用しないな。きっと汚物を見るような冷ややかーな視線を浴びるのがオチだ。ま、アオイさんみたいな女の子が大胆に迫るのは、個人的には嫌いじゃないがな」
エンドウくんは言った。
私達は今、アオイの恋を成就させるための作戦会議を行っている。
「まずはあいつのバイト先に通ってみたらどうだ? 3日に1回くらいのペースで。場所教えるから」
ヒラヤマくんが案を出した。
「で、あいつに告白するとしたら、授業中、保健室に行く、って言うんだ。そしたら必然的に二人きりになれる状況が作れる。あいつは授業をサボってるからな」
「おぉ」
「で、あいつの学校での行動パターンは、音楽室でギターかピアノを弾いているか、屋上か学校の河川敷のグラウンドで昼寝しているか、図書室で勉強しているかのどれかだ。保健室に行かずにこの中のどこか――個人的には屋上が、一番人が来る可能性が少ないんでベストかな」
ヒラヤマくんは、あくまでもアオイに告白させようと、早くも告白のやり方まで口にした。
「……」
でも、それは……
「シオリさん」
私はエンドウくんに呼び止められる。
「え?」
「シオリさんは、ケースケとたまに話すんだし、何かいい案ない?」
「……」
この時、私はまだ迷っていた。
アオイの恋を応援したいとも思うけれど、心では、この恋は実らないと思ってしまっている……
私も、ヒラヤマくんのように、アオイの恋を諦めさせるほうに徹するべきなのか。それとも、協力すると言った手前、最後までアオイの恋を成就させようと足掻いた方がいいのか……
「じゃ、じゃあ――お弁当とか。サクライくん、いつもお昼、コンビニのお弁当じゃない。だから、手作りのものを食べたら、きっと喜ぶかな、って」
私はその答えも出ないまま、何か言わなきゃと重い、案を呈した。
「おお、確かに。それいいじゃないか」
エンドウくんが頷いた。
「え?」
「あいつ、俺の家やユータの家に来ると、いつもオフクロの料理をがつがつ食ってるからさ。餌付け作戦はかなり有効だと思うぜ」
「あはは、天才少年が餌付けされてるんだ。ちょろいわねぇ」
クラスメイトはその事実に大笑いした。
「……」
あ、あれ? 恋愛音痴の私の意見は、否定されると思ったのに……
結局その私の案は採用されてしまった。アオイも料理はまだ自信はないけれど、頑張ると言った。どうやらあのオムライスを作れるようになって以来、料理の楽しさに目覚め、色々と練習していたらしい。
「だけど、エンドウくん、ノリノリね」
ミズキが言った。
「何でそこまで協力してくれるの? 面白半分?」
さすがにミズキも、アオイの純愛をそんな茶化すような理由で介入して欲しくはないらしい。確認を取った。
「ん? ああ……」
そう疑われても仕方ないと自覚しているのか、エンドウくんはそれを察するように頷いた。
「みんなだってこの半年のケースケを見てただろ? あいつは勉強も運動もなんだって出来るし、背は低いが顔もいい。ようやく最近周りの評価も高まってきたけれど、本当ならもっと評価されるべき奴なんだと思うんだよ」
「……」
その通りだ。私もそう思う。彼も文化祭や体育祭、サッカー部での活躍で、ようやく学校でその才能を評価され始めはしていたが、私としても、今評価されるのが遅すぎたくらいだと思う。
「それを妨げているのが、あいつのあの唯我独尊な佇まいだな。シオリさんに比べたら、あいつは学校では完全に悪役キャラっぽく見られてるし。だけどよ、あいつは本当は、悪役を演じるには、ちょっと甘過ぎるんだよ。あいつはスーパーヒーローになるべき奴なんだと俺は思うからな。だから恋愛を通じて、誰かのために自分の力を使うってことを覚えた方がいいと思ってな」
「ふぅん」
その言い分に、ミズキも首を傾げながらも、納得したようだ。
「アオイの前でこう言うのもなんだけど、サクライくんって、そんなにいい人なの? 私にはまだ分からないけど」
ミズキは言った。
「ま、今のあいつを批判するのは、俺達としてもしゃあないと思うよ。心に愛がなければ、スーパーヒーローにはなれないからな。今のケースケにはそれがない。だがあいつがもし、それを手に出来たら、きっともっとすごいことになりそうな気がするからな。俺としても、あいつの目がもっと優しくなった姿を見てみたいのよ。それが俺が、アオイさんに協力する理由さ」
エンドウくんはそう言った。
「……」
エンドウくんの言うことも、ヒラヤマくんの言い分と同様、私にはよく分かる。タカヤマ先生も、エンドウくんと似たことを言っていた。どちらも真実が含まれているし、どちらの言うことも間違いはない。
でも、あの人の真実は?
私達がこんなことをしている間、あの人はまた今日もどこかで汗を流しているのだろうか。
首枷をはめ、苦行のような暮らしの中に、身を投じているのだろうか。
何故そこまでして……
私が昨日、彼を見た時、感じた確信が、勘違いであって欲しいと私は切に願っていた。
――彼の真実を知りたい。
私の胸が、今、それを求めていた。
次の日、学校が通常登校になる日、私は今日から早速、朝練習に復帰していた。
学校に来る時、グラウンドを見たが、今日、グラウンドにサクライくんはいなかった。
――それはそうか。この3,4日、彼は休む間もなく働いて――しかもあんな重労働を。疲れきっているのだろう。
でも、駐輪場に自分の自転車を止めた時に、駐輪場に既に止まっている、年季の入った自転車を見つける。
――サクライくん、学校に来ているの?
だけど、今日の彼はもう、とても筋肉を動かせる状態ではないだろう。
じゃあ、どこに?
私はその自転車を見ると、殆ど無意識のうちに、足が音楽室ではなく、図書室に向かっていた。
でも、図書室に彼はいない……
「……」
私ははっと、昨日ヒラヤマくんが言っていたことを思い出す。
サクライくんが学校にいるとしたら、あとは……
私はそのまま図書室を出て、屋上へと続く階段を一人登っていた。何をやっているんだろう、私、という自己批判をしながらも、どうしても今、彼に会いたかった。
本来は生徒立ち入り禁止の屋上。私はドアノブを回し、屋上へと出る。
もう11月に入った早朝の屋上は、日が少しだけ顔を出していて、その光がぼやけた光を作って、陰影の具合が美しかった。木枯らしが吹き始めて、少し肌寒い。
そして、入り口のプレハブの壁に寄りかかって、彼はいた。
ジーンズにピーコート、マフラーをして、口元を隠し、目を閉じて眠っている。
「……」
ぐったりとしている彼の姿は、はじめに私が彼の寝姿を見た時と同じ――まるで野生の獣が体を休めるために、息を潜めるように、静かだった。
でも――
私は大馬鹿者だ。彼がこうして死んだように眠るのは、それだけ彼が心身ともに疲れきっている過程を踏んだからじゃないか。
そんなものを、勉強をして、サッカーもして、バイトもして……その程度にしか考えていなくて。
あの停学以来、彼の疲労の色はますます濃くなるばかりだ。彼の空気は澱み始めて、目の中に宿る炎のような激しさは、少し棘を含むようになった。激しく燃え盛ってはいるのだけれど、それはただ、種火に油を注いで、無理に炎を大きくしようとしているだけで、燃え移るものがないから、炎が大きくなった一瞬を過ぎれば、今にも消えてしまいそうな……
「……」
彼の寝顔を見るのが好きだった。
でも、今は――とても痛い。
それでも、私は今でも、彼の寝顔から、目を背けられない。
その理由もわからなくて、ただ、胸が痛くて……
私は彼と話がしたかったのだけれど、これだけ疲れている彼を起こすのは忍びない。
けれど、ここは寒い。こんなところで寝ていては、彼が風邪をひいてしまうかもしれない。
私は自分の着ているダッフルコートを脱いで、彼の体にかけてあげようと思った。始業前にもう一度ここに来て、コートを取りに来ればいい。室内にいればもうコートはいらないんだから。
そう思った私は、コートを脱いで、彼にかけてあげようと、彼の横に跪いた。そして腕を伸ばし、彼の肩にコートを……
「――あ」
私はそこで、体が硬直する。
コートをかけようと、体を伸ばすと、彼の顔と私の顔が、30センチほどの距離に近付く……
「……」
こうして近くで見ると、彼も天才と呼ばれていても、普通の男の子となんら変わりはない。それどころか、幼い顔立ちのせいで、他の男の子よりずっとあどけなく見える。
――不意に私の心に、寂しさが去来する。
この人がもし、アオイの告白を受けたら――きっと、この人の表情は、タカヤマ先生やエンドウくんの言うように、変わってしまうのだろうか……
そう思うと、ふいに自分が取り残されたような気分になる。
「……」
私は彼の肩にコートをかけると、そのまま無意識のうちに、自分の手を彼の頬に向けて伸ばしていた――
「ん……」
しかし、私の指先が彼の頬に触れるか触れないかというところで、彼は目を覚ましかける。
「!」
私はその反応に、びっくりした声を何とか飲み込みつつ、ばっと彼から離れる。
しょぼしょぼした目をゆっくりと開け、その目が私を捉える。
「ん? マツオカ……」
そう呟いた後、サクライくんは自分の体にかかっている、私のコートを見る。
「ご、ごめんなさい。少し冷えるから、せめてコートをと思って」
私は何とか言い訳を搾り出す。彼に触れたのは故意だったのに、偶然触れてしまったっぽい言い回しで。
「――すまない」
そう言うと、彼は立ち上がって、私のコートを私に差し出した。
「しかし珍しいな。こんなところに君が来るなんて」
「あ、う……」
――言えない。ここにあなたがいるかもしれないと思って、なんて、言えない……
さっきから鼓動は早く、木枯らしが吹き始めているというのに、私は汗を掻いていた。
「しかしあのまま寝続けていたら、さすがに風邪をひくところだった。ありがとうな、起こしてくれて」
「え?」
彼の、ありがとうの言葉に、私の胸が一度どっくんと大きく鳴った。
でも、そう言って彼は私の横を通り過ぎ、屋上のプレハブの方へを歩を進めていく。
「どこへ?」
私は彼の背中が通り過ぎていくとき、また寂しさを覚え、彼の背中を呼び止める。
「ん……どこかで寝直しかな」
「……」
この時の私は本当に、変に焦っていた。
私は、アオイに協力すると一度言ってしまった。だからもう、こうして二人きりでサクライくんと会うことは、これからはアオイに対する裏切り行為だ。
だけど――せめてもう少しだけ、あなたのことを訊かせて欲しい。
もう少しだけ……
「あ、あの」
私は彼の背中をもう一度呼ぶ。彼が振り返る。
「あ、あの、もし迷惑じゃなかったら、少し――私と話をしてくれない? コーヒー、奢るから」
「え?」
「あ、あの! 迷惑だったら、いいんだけど……」
「いや、迷惑じゃないけど」
サクライくんはまだ寝ぼけ眼なまま、一度軽く、まだ明るくなりきっていない空を見上げた。
「――どんな話が望みだ? それ次第かな」
空を見上げながら、サクライくんは言った。
「――愛について」
私は言った。
「はい?」
サクライくんは、目を丸くした。
また減るかもしれませんが、ついにこの作品の評価が1000ポイントを超えました!連載半月で10000ポイントに行く作品もある中で、1000ポイント行くのに1年半もかかった、歩みののろいこの作品ですが、これも読者様がこの長い話を読んでくださったからこそのものだと思っています。ありがとうございます。
人気投票も終了し、その投票に協力してくれた方々にも、重ね重ね感謝の意を申し上げます。
この長い話を読んでくれて、お気に入りに登録するという作業まで行くのが、すごく大変なことなのに、ようやくここまでこれました。読者様の感想も、何度も読み返しているので、感想をいただけるととても喜びます。更新のスピードも上がります。
これからも応援よろしくお願いいたします。