Another story ~ 2-31
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大好き――
普段大人しいアオイの口にしたその名詞は、私の耳にとても力強く残留した。
「やっぱりねぇ」
クラスの女子も、アオイの恋心に気付いていたらしい。みんな各々に頷く。
「アオイとか、シオリみたいな真面目な娘はやっぱ、サクライくんみたいな不良っぽい男の子を好きになるものなんだよね」
「……」
2学期になって、うちの学年の女子の人気は、完全にヒラヤマくんとサクライくんが二分している状態となった。
その中で、割と明るくて活発な女の子は、クールでちょっとおバカなヒラヤマくんを、真面目で大人しい女の子は、不良っぽいサクライくんのファンである率が高いと言われていた。
「確かにサクライくんはすごいし、顔も綺麗だとは思うけれど、私は恋愛対象としては見れないけどなぁ。ヒール履かない私より背が低いし」
ミズキは言った。
「アオイはサクライくんのどこが好きなの?」
ミズキはアオイの方を見る。
「……」
まるで恥部を見られているかのように、アオイの顔は真っ赤だ。
「――あの人の、目かな……」
だけど、アオイはもう、自分ひとりでその気持ちを抱え込んでいるのが苦しかったのか、自分の恋を語り始めた。
「文化祭の時に、私、はじめてオムレツを作った時、もうオムレツにさえならなくて、炒り卵になっちゃって。こんなの作ったら、絶対笑われるか呆れられるかされると思って、すごく恥ずかしかったのね。でも、サクライくんは、普通に顔色を変えずにアドバイスをして、丁寧に教えてくれて――その時、ああ、サクライくんって、優しいな、って、思って……」
そのシーンを私は覚えている。初めて彼が文化祭のために、クラスの女子の前でオムライスを実演で作ってくれた時――その後、見様見真似でいいから作れと言われ、最初に前に出たのが私とアオイだった。
「それから私、サクライくんのことが気になって、気がつくとずっと彼を目で追っちゃって……」
「――それで、好きになっちゃった、と」
クラスの女子の一人が、俯き気味のアオイの顔を覗き込んだ。アオイは小さく頷いた。
「うん、見ているうちに、あの人の目に、すごく惹かれていっちゃって」
「目?」
ミズキが首を傾げる。
「――うん。サクライくんの目って、すごく綺麗なんだよね。情熱的だけど、少し沈んだ光があって――だけど一途で、濁りがなくて……同世代の男の子って、みんな目が少し濁って見えるのに、あの人だけは、何か違う気がするんだよ」
「目、ねぇ。それはアオイが、サクライくんに恋をしてるから、綺麗に見えてしまっているんじゃないの?」
ミズキはいまいち理解に苦しんでいるようだ。
「……」
でも、私はアオイの言っていること、ちょっと分かる気がする。
彼の目には、彼の今までの人生で培った、静かで深い知識の泉が湧いていて、だけどその知性の奥に、まるで生まれたての子供のような純粋さ、無邪気さが残っている。だから、他人を容姿や頭の良し悪しなどで差別したりしない。
「しかし、アオイ、サクライくんのこと語ってる時、恋する乙女の顔になってるなぁ。可愛い」
クラスメイトの一人が言った。
「アオイ、もしかして、ファーストラブ?」
「――うん。幼稚園とか、仲のいい男の子みたいなのもいたけれど、こんなにはっきり、男の人を意識したのは、初めてだと思う」
「キャー!」
クラスメイトが揃って声を上げる。
「……」
初恋――
私はまだ、それを知らないはずなのに。
でも――アオイの言った言葉は、私の中で、共感できる箇所が多かった。
だとしたら……
私も、サクライくんに今、恋しちゃってるのかな……
そんな考えが、頭をよぎった。
「……」
でも――もしそうだとしたら、すごく怖い……
彼に私の胸の奥に秘めた気持ちを知られるのが。それを知られたら、きっと、彼は……
異性のことを、大好き、と言うのは、家族や友達に言うのとは、全然違う。とても勇気のいることなんだと、私は思った。
だけど、目の前にいるアオイは、みんなの前で見世物にされる、小動物のようにおどおどしていたけれど。
その姿が、私には何故か、とても眩しいもののように思えた。
アオイはおどおどはしているけれど、サクライくんを好きだというところには寸分のブレもない。
それが、私には、とてもすごいことのように思えた。
今の私には、とても言えないから……
「初恋かぁ」
ミズキがまるで、自分の遠い過去を顧みるように、しみじみ口にした。
「しかし、相手があのサクライくんか……初恋の相手としては、あの人はかなりハードル高いと思うけどね」
「――うん」
アオイが力なく返事した。
「あの人をずっと見ているとさ、それを嫌でも思い知るから、すごく辛いの。私、あの人に自分のこと、少しは覚えてもらおうと思って、テストとかも頑張ってみたんだけど――全然ダメ。あの人は学年3位なんて、もう眼中にないんだって、思い知って……」
「……」
そう言って、アオイは私の方を見た。
「――サクライくんは、やっぱりシオリくらいでないと、見てくれないんだ、って、不安で……でもあの人を見るたびに、気持ちがどんどん大きくなっちゃって……」
そう言いながら、アオイの声は少し震えていた。
「……」
サクライくんのことを、こんなにも健気に思い、頑張ってきたアオイの言葉を聞きながら、私の胸がざわざわした。とても曖昧だけど、何だか胸焼けのような、嫌な気持ち……
「健気だなぁ、アオイ」
「うん、何だかアオイのこと、何か応援したくなっちゃったなぁ」
周りの女子が口々に言い始めた。
「……」
そのアオイの健気な想いが、私の心を打ったのも事実だった。
そして、同時に、思った。
私の想いは、恋心としてはまだ口に出せない。その勇気も、私にはまだない。だけどアオイはこうしてしっかりと想いを口にした。その恐怖から逃げなかった。
――私は、遠慮すべきだな。
「アオイ」
私はアオイの顔を覗き込んだ。
「私――恋愛に疎いから、何が出来るかわからないけれど、アオイのこと、応援するよ」
私はそう口に出していた。
「え?」
アオイは目を見開いた。
「大丈夫だよ。サクライくん、割と優しいから。話しかけても別に大丈夫だと思うよ」
――何言ってるんだろう、私。変にそわそわして。しかも自分はまだいまだに彼に話しかけるのも緊張しているっていうのに。
だけど、私はこの時、アオイのその想いを、本当にすごいと思ったんだ。
彼への想いを曖昧なままにし続けている私より、口にしたアオイの方が、サクライくんの側にいるべきなんだと思った。アオイの誠実さに比べると、私が身を引いてでも、アオイを彼に近づけてやりたいと、そう思った。
でも――何でこんなに胸が苦しいのだろう……
「アオイ、よかったじゃない。サクライくんのことよく知ってるシオリが協力してくれたら、サクライくんと話すことくらいはやりやすそうじゃない」
クラスの女子は、私の協力宣言を聞いて、アオイの肩を叩いた。
「……」
そんなことない――私だって、彼のことは、何も知らない。
みんな私と彼が、学年トップを二人で争っているからって、私のことを特別みたいに見ているけれど。
特別扱いなんて、一度もされたことはない。
だから……
「――でも、正直言って、私だけじゃそういうの、力不足だと思う」
私は自分の考えを先に話した。
「やっぱり、彼を一番よく知っている人の話を聞いた方が、いいと思う」
――「わはははははは!」
私達の部屋に来たエンドウくんは、話を聞いて大笑いした。
「そうかぁ、サガラさんがケースケのことを。ひょっとしたらと思ったが、あの朴念仁にも、そこまで思ってくれる女の子ができるようになったか」
あれからメールで私達はエンドウくんとヒラヤマくんを私達の部屋に呼び、アオイの恋心を話した。
サクライくんのことに関してなら、この二人を頼るのが一番だ。普段はおちゃらけているけれど、真剣な時には、人一倍真剣になってくれる二人だ。二人ともフェミニストで、口も固いし。アオイも、二人になら話してもいいと承諾した。
「そうだなぁ。サガラさんがそんなにケースケのことを思ってくれているなら、俺は全然協力するぜ。あのデリカシーレス男も、恋をすれば少しはあの仏頂面もましになるだろうしな」
エンドウくんはアオイを安心させるように、笑顔を見せた。
「ユータ。お前も協力するよな」
エンドウくんは、隣にいるヒラヤマくんの方を見た。
「――ああ、するよ、協力」
それに対して、ヒラヤマくんの表情は、随分と落ち着いていた。
「アオイさん」
ヒラヤマくんはアオイの目を覗き込んだ。
「言っておくが、あの天然を落とすには、回りくどい手を使って、自分の好意に気付いてもらおうなんて、考えるなよ。どう転んだって、最後は君がメチャクチャどストレートな告白するしかないんだ。その点は覚悟決めるんだぞ」
「う、うん」
「協力はするが、最後にどう行動するかは君が決めるんだぞ。俺達は、君をケースケに近づけて、普通に二人で話せるくらいまでは、持っていってやるから。その先は、君が決めるんだぞ。もし怖くなったら、俺達に気兼ねすることない。いつでもやめていいから。その代わり、悩みがあれば、聞いてやるから、何でも話してくれよ」
彼は一言、それをアオイに強く念を押した。
――実は、この約1年後、私が彼に告白をした時も、ヒラヤマくんのこの言葉を少なからず参考にしたのだけれど、それはまた別の話。
次の日は一日自由行動での京都観光だ。
昨日は一日、京都駅から見て西側――金閣寺方面に集中したので、今日の私達は、京都の東側――銀閣寺方面の観光の予定を組んでいた。
私達はまず銀閣寺を拝観した後、紅葉の美しい哲学の道を歩きながら、南禅寺方面に向かい、南禅寺を経て平安神宮までを歩いて散策した。そしてその近くにある京都大学まで足を運んで、少し見学した。私達の学校からも、京大や阪大など、関東圏以外の旧帝大志望者がいるので、見てみたいというクラスメイトが何人かいたためだ。
「じゃあ、次はシオリの希望の詩仙堂ね」
それから私達は、北へと移動し、金福寺を散策した後、歩いて詩仙堂へと向かった。
「わぁ」
みんなその庭園の見事さに、声を上げた。
背の高い竹の梢から漏れる柔らかい光に包まれた、茅葺屋根の小さな庵、入り口の小さな門までの小道は、まるで森林の中にいるように涼しげで清々しく、畳の敷き詰められた庵の先――開け放たれた縁側には、白砂が敷き詰められて、紅葉と緑、そして秋の花が咲き誇り、夢のように綺麗な庭園が広がっていた。かこん、と、鹿威しの音がそんな静謐な庭園に響き渡り、それがまた風流を演出していた。
案内の人が、庵の中で、抹茶とお茶菓子を勧めてくれたので、私はお金を払って、畳の上に正座し、抹茶をゆっくり飲みながら、この美しい庭園を眺めていた。
「……」
この景色を、サクライくんにも見せてあげたいと、ふと思った。景色を見ながら、私は彼のことを想った。
――どうしてだろう。最近の私は、美しいものを見た時、花鳥風月に触れた時、幸せな時、嬉しい時――彼の面影をふと思い出す。
そんな瞬間に、彼の奥底にある美しさを思い出させるから。
――でも。
もう私は今日から、アオイの恋を応援するんだ。
そう、決めたんだよね……
私は抹茶の入った茶碗を返すと、縁側に出ているサンダルを履いて、庭園に出てみる。すでに私達と一緒に来た女の子達は、もう庭園を各々散策している。白い砂の敷き詰められた庭園は、所々赤く染まった紅葉が落ちていて、その赤と白の自然なコントラストが美しかった。
「あ」
ふと、私の足元に、私の一番好きな花である竜胆が咲いていた。紅葉の赤と緑の中、薄紫色のこじんまりとしたアクセントは、竜胆の花の味わいをぐっと引き立てていた。
その竜胆の花を近くで見ようと、私はそこでしゃがんでみる。私の横には山茶花の木があって、赤い花が沢山咲いている。少しだけ花がもう落ちてしまっているのがまた秋らしくていい。私は落ちてしまった山茶花の花をひとつ拾って、掌に乗せ、それを眺めてみた。
「やっぱり絵になるなぁ」
ふと、私にそう声をかける男の人の声。私は声の方を振り向く。
「よぉ」
小さな段差を降りて、こちらにやってくるのは、ヒラヤマくんだった。
「シオリさんって、やっぱり花が似合うんだな」
ヒラヤマくんは私の横に来て、山茶花の木に目をやる。ここはみんながいる場所からは少し離れているから、今は実質二人きりで話せる場所だ。
「似合うかどうかは分からないけれど、花は好きよ」
私は言った。
この時の私は、まだヒラヤマくんにはエンドウくんのように、免疫がまだ出来ていなかった。ヒラヤマくんは入学以来、既に何人もの女性と付き合って、別れていると聞いていたから、そういうタイプの男子は、どうも男子がまだ苦手な私は、少し敬遠してしまっていた。
だから、私は次に、ヒラヤマくんと何を話せばいいのか、ちょっと困っていた。
だけど。
「しかし、そんなシオリさんも、可愛い顔に似合わず、残酷なことをするんだな」
唐突にヒラヤマくんは私にそう言った。
「え?」
私はしゃがんだまま、ヒラヤマくんの大柄な体を見上げる。
「アオイさんのことさ」
ヒラヤマくんは、私と目を合わせず、手を伸ばして、目の前の山茶花の花弁を指で撫でていた。
「君だってケースケと少しは一緒にいたんだ。もう気付いてただろ?」
「……」
「悪いけど、アオイさん、99.9%の確率でケースケに振られるぞ」
ヒラヤマくんは、残酷な未来を口にした。
シオリのお気に入りスポット、詩仙堂は、作者のお勧め京都スポットでもあります。割とメジャーですけどね。作者としては京都通を気取るために、もっとマイナースポットを挙げたかったんですが。
京都に詳しくない人、京都に行ったら詩仙堂はお勧めです。