Another story ~ 2-30
10月も終わりを迎え、中間テストが終わると、1年生は修学旅行を迎える。
行き先は定番の京都。県立高校なので、妥当な線だと思う。
私立に行けば、海外に行けたのになぁ、なんて、みんなは文句も言っていたけれど、さすがに修学旅行となると、テスト後の解放感も手伝って、みんな日に日にテンションが高まっていった。
私自身は、京都には何の不満もない。紅葉のシーズンに突入しているし、京都の庭園や寺社を回って、そんな景観を見ることが楽しみだった。
特に行ってみたい場所も決まっている。詩仙堂だ。ガイドブックの写真を見て、この庭園の美しさが本当に気に入った。京都の庭園では珍しく、庭園に降りて間近で散策が出来るらしいし、この美しい庭園を歩いてみたいと思ったのだ。
LHRの時間に、私達のクラスでも、修学旅行のグループ決めが行われた。3人以上のグループでの団体行動ということになる。
私は当然、アオイ、ミズキと組んだ。
でも、文化祭以来、うちのクラスはみんな仲がいい。特に女子同士は、文化祭でオムライスを協力して作った時の団結もあって、つながりが特に強かった。だから修学旅行も、グループはあるものの、殆どクラスの女子全員で同じところを回ろうと話が上がった。
「シオリ、私達も一緒に回っていい?」
「うん、みんなで回る方が楽しそうだしね」
私もそれに賛同した。私は割とクラスの女子の中では中心人物扱いだったのだ。自分では柄でもないと思っていたけれど。
「ねえ、じゃあついでに、あの3人も誘ってみない?」
女子のひとりが言った。
「あの3人って――あの3バカトリオのこと?」
ミズキが訊いた。
「そうそう。あの3人は多分一緒のグループだろうし。あの3人が一緒なら、多分他校のナンパが来ても、追い払ってくれるだろうし、楽しい旅行になりそうじゃない? それにエンドウくん、歴史だけはすごいし、色々お寺とか回りながら、面白い話が聞けそうだし」
「――なるほど。ま、いい虫除けにもなるし、いいかもね」
ミズキがその言葉に納得を示した。
「……」
え? ちょっと待って。それって……
修学旅行の間、私、サクライくんと一緒ってこと?
――嬉しい。
「シオリ、アオイ。それでもいい?」
「えっ?」
私とアオイ、それぞれ同時に、しゃっくりのような声が出る。
「あの3人と一緒でも、大丈夫かってこと」
ミズキが訊き直す。
「ああ――うん。そうだね。楽しい旅行になりそうだし」
「私も、大丈夫……」
私もアオイもそれを承諾した。
それを訊いて、私達字は女子全員で、教室の隅にいるエンドウくん達の元へと向かった。
エンドウくんとヒラヤマくんは困った表情をしている。そして、サクライくんは教室不在だ。グループなんて二人に任せて、自分はサボりだろうか。
女子の一人が代表して、二人に経緯を説明し、勧誘した。
「ナンパが来たら、守ってくれる。そんなボディーガード込みで、一緒にどう?」
「うーん」
ヒラヤマくんが困った顔をする。
「俺も女の子と一緒に回れるのは嬉しいんだけど、こっちもひとつ条件出していい?」
ヒラヤマくんは両手を合わせて、首を横に傾げる、ちょっと甘える感じのお願いのポーズを見せた。
「どこかのグループに、俺とジュンを入れてくれよ」
「え?」
みんな首を傾げた。
「どうして? ヒラヤマくん達3人で、もうグループできてるんでしょ?」
「いや、それが、ケースケは修学旅行に不参加でな」
エンドウくんが苦笑いをしながら言った。
「え?」
「俺達もその3人でのグループで、男3人まったり京都旅行って思ってたのが、当てが外れてな。2人じゃグループ組めねぇし、かといって他の男子のところに入れてもらうのも、俺達みたいな濃いのがいたら、他のグループの観光の妨げになりそうで、気が引けて困ってたところなんだよ」
「……」
「だから、むしろ俺達からお願いするかな。雑用くらいならするんで、グループに名前貸してくれよ」
エンドウくんもヒラヤマくんと並んでお願いのポーズをした。
「……」
――「え? サクライくん、修学旅行に来ないの?」
「そうそう、打ち上げとかサボってても、修学旅行には来ると思ってたけど、まさか修学旅行まで行かないなんてね」
私は今、アオイやミズキ、そして他クラスの吹奏楽部の同級生と、音楽室でお弁当を食べていた。音楽室にはタカヤマ先生もいる。
他クラスにももう彼の名前は知れ渡っているし、あの風貌と、夏休みのサッカー部での活躍から、2学期になって彼のファンはどんどん増えているのだ。
「……」
どうして彼は修学旅行に来ないんだろう。
お弁当にお箸を伸ばしながら、私は彼のその決断の意味に考えを巡らせていた。
でも――みんなは知らないけれど、彼の中学は超名門の私立だ。慶徳なんて、中学の頃から修学旅行は海外なんだろうし、そんなのを経験したら、国内の修学旅行なんて、しみったれてて行く価値もないということなのだろうか。
「あー、でも、サクライくんが修学旅行を欠席するのは、入学当時から決まっていたのよ」
それを聞いていたタカヤマ先生が、自分のお弁当を食べながら、言った。
「彼、合格通知が来てすぐ、学校に電話かけてきてね。入学金は払うから、修学旅行やオリエンテーション、遠足の分の学費は全額返せ、って言ってきたのよ」
「え?」
「はじめから行く気のない旅行代まで学費に組み込むな。欠席の意志をはじめから示しているのに金を取るのは詐欺だろう、とまで言ったのよ。要望どおり、その分の学費を返したんだけどね。これから入る学校の教師にそこまで言ったのよ。中学をまだ卒業してない男の子が。度胸があるというか、生意気というか」
「……」
確かに彼のことを、守銭奴なんて揶揄する人は多い。
でも――そこまで……
何でそこまでして、彼は自分のお金を使うのを嫌がるのだろう。
それを本人に聞く機会もないまま、修学旅行に沸き立つ私達を、隣家の騒音のように聞き流す彼の無機質な佇まいに見送られ、私達は修学旅行の旅路についた。
修学旅行――京都へ向かう新幹線の車中、私達はここ数日の解放感を爆発させるようにはしゃいでいた。
受験に専念させるために、1年生時に学校イベントが集中している埼玉高校では、修学旅行は通称、最後のバカンスと呼ばれる行事だ。これが終わると、同級生はこぞって予備校に通って、受験に備え始めることからそう呼ばれているらしい。進学校とはいえ、県立なのでそれ程充実した学習施設のない埼玉高校で、県立東大合格者数日本一を維持しているのは、みんながそうして1年生から予備校に通うためといっても過言ではなかった。
みんなそれが分かっているから、せめてこの修学旅行で思い出を作ろうと強く願っているのだった。
京都駅に着くと、京都駅からクラスごとにバスに乗って、宿泊先の旅館に到着。旅館で昼食を摂ると、学年全体で清水寺と八坂神社を観光。
その後は5時まで自由観光の時間だったので、私達は八坂神社から高台院、青蓮院を回った後、二条城へ移動し、二条城を観光した後、金閣寺へ移動、天候に恵まれ、池に映る逆さ金閣までも目にすることが出来た。その後学問の神様、菅原道真を祀る北野天満宮で学業成就のお参りをした。私はここで学業のお守りを買った。そこで時間が迫って、旅館へと帰ってきた。
「高台院ってのは豊臣秀吉の正室、北の政所、通称おねね様のことだな。ルイスフロイスはこの人を、日本の女王だって紹介してるんだ。でも秀吉の前では名古屋弁丸出しで話す、普通のおばちゃんって感じだったらしい」
「菅原道真は悲劇の人とされて神格化されてるけど、実際は妾もいたし、女遊びもしてる。そして意外と武芸に達者だったんだよ」
寺社を回るたびに、エンドウくんが歴史のトリビアを語ってくれて、それが面白かった。エンドウくんと回ると、寺社を回ることで、自分の知識も広がるので、一緒に回ることで、非常に実り多い観光ができた。
他校の修学旅行生のナンパに声をかけられもしたけれど、その時はヒラヤマくんが他校の男子の前に立ちふさがった。さすがに身長185センチにして、鍛えられた体を持つヒラヤマくんが立ちはだかれば、並みの男子は引き下がってしまう。なので私達は、安心して観光をすることも出来た。
紅葉も美しく、私達は何度も写真を撮った。紅葉のシーズンで、他の観光客も多く、団体で寺社を回る私達にとっては少し窮屈だったのが少しマイナスだったけれど、全体的に見れば、すごく有意義な時間を過ごせたと思う。
紅葉の季節を回ると、今度は春――桜の季節の京都にも思いを馳せる。北野天満宮は紅葉も素晴らしかったけれど、梅の季節は白と赤の花が咲き乱れ、とても美しいらしい。その時期に、ここにまた来たいと思った。
「紅葉っていうと、嵐山あたりはすごくいいって聞くけど、そこまで行くと、色んなところを回る時間がなくなっちゃうんだよなぁ」
エンドウくん達は本当は3人で叡山鉄道に乗って鞍馬まで行き、鞍馬寺から貴船神社まで足を伸ばそうと思っていたようだ。どうやら源義経がエンドウくんのお気に入りらしい。
旅館に帰ると、クラスごとにお風呂に入り、それから大広間で夕食の時間となった。
「ねえねえシオリ、聞いた?」
夕食、茶碗蒸しに匙を伸ばす私は、近くの女子に声をかけられる。
「女子のお風呂、覗いた男子が出たみたいよ」
「え?」
「ま、すぐ逃げられちゃったらしいから、誰がやったかまでは分からなかったらしいけどね」
「でも、うちの学年でそんなことやるのって、うちのクラスの男子くらいじゃないの? エンドウくんとヒラヤマくんにのせられてさ」
「あはは、だねぇ。エンドウくんは、覗きではない、男のロマンの探求行為だ! みたいなこと言ったんだろうねぇ」
「……」
「覗きのお目当ては、ミスコン優勝者のシオリの裸かな?」
ミズキが言った。
「えっ?」
私は当惑する。
「ふふふ――シオリ、お風呂で見たけど、着やせするタイプだったわね。結構胸、あったじゃない」
「そ、そんな……」
「男子がさっき、湯上りのシオリをいやらしい目で見てたし」
「――もう、ミズキ、許してよぉ」
修学旅行の部屋はクラスごとに男女各2部屋、計4部屋に分かれる。
私達は夕食を済ませると、部屋に戻って、やっとひと段落をつけたところだった。東京駅に朝8時半現地集合の上に、新幹線で移動して即観光では、さすがに疲れた。
「でも、あの二人が本当に覗きを扇動したとしたら、この場にいたら、サクライくんも参加したのかな?」
不意に部屋で彼の名前が出る。もう時計は9時を回っていて、私達は部屋に布団を敷き終わった。布団の上にそれぞれ座って、今はみんなで話をしているところだ。
「さ、サクライくんはそんなことしないよ」
アオイが否定する。
「どうかなぁ。あの人固そうだけど、意外とノリで行動する人だからねぇ」
「ああ、分かる分かる。だからあの人も、成績いいのに3バカトリオなのよね」
「……」
サクライくんが女子風呂を覗くか……あまり想像したい絵面ではない。
でも――あの人って、ちっとも笑ったりしないけれど、あの賑やかなエンドウくんのボケにボケをかぶせたり、的確なツッコミを入れたりして、クラスメイトをよく笑わせている。
本当は、すごく明るくて、快活な人なのかもしれない。
私は彼のこと、何も知らない……
「でも、旅行であの3人と仲良くなれるチャンスだと思ったのに、サクライくんがいないと何か寂しいよね」
「私、彼氏にサクライくん直伝のオムライス作ったら、かなり株が上がっちゃったからね」
「何でもできるもんねぇあの人。それに女の子には優しいし――もっと話してみたいなぁ」
女子は口々に彼のことを口にする。
彼自身は修学旅行に来ていないのに。一緒にいなくても、こんなに話題になるなんて。
「ふふふ……」
ふと、私の横のミズキが、不遜な笑いを浮かべる。
「じゃ、オトコの話題が出たところで、修学旅行恒例のアレでもしますか」
笑みを浮かべたまま、ミズキは周りのクラスメイトを一瞥した。
「アレって?」
私は訊く。
「決まってるでしょ? コイバナよ。コイバナ」
「コイバナ……」
「ふふふ」
ミズキは笑みを浮かべながら、その視線をアオイに定めた。
「特に私、アオイのコイバナ、聞きたいのよね」
「え?」
アオイは明らかに、腫れ物に触られたような反応を一瞬示した。
「アオイ。あんた、サクライくんのこと、好きなんでしょ」
ミズキがズバリ訊いた。
「いや。あの……」
「とぼけてもダメよ? もうバレバレだからね」
やっぱり、ミズキももう気付いていたんだ。それはそうか。私でも分かるくらいだもん。
「……」
ミズキにそう追求されたら、もう自分では逃げ場がない。アオイはそう悟ったのか、一度つばを飲み込んでから、膝の上の手を握り拳にして、声を絞り出した。
「――うん。私、サクライくんのことが好き……大好き」
読者の皆さんに、作者からお願いがあります。
作者の活動報告、タイトル「人気投票」にて、この作品のキャラクター人気投票ができるURLがあります。
9月10日までの短い間の投票期間ですが、この作品がどう捉えられているか作者も頭に入れつつ、今後も執筆をしたいので、協力していただけると嬉しいです。
勝手なお願いながら、お手すきの時間に投票よろしくお願いいたします。出来たら投票理由のコメントも添えていただけると嬉しいです。興味がない方はスルーしてください。