Another story ~ 2-25
――7月に突入すると、埼玉高校ではすぐに体育祭が始まる。
体育祭では、私達1年E組は当然のようにトップを独走して、優勝した。2年後のサッカーU-20日本代表が3人も名を連ねるうちのクラスは、得点の高い徒競走とリレーを全制覇してしまったのだから、当然だ。
特にリレーの時のサクライくんとヒラヤマくんは圧巻だった。
クラブ対抗リレーでも、サッカー部は第一走者のエンドウくんが最初にトップに立ったものの、それ以降は陸上部や野球部に差をつけられて、トップとはかなりの差をつけられてしまった。
しかしそれをアンカー前走者のサクライくんは、一気に差を詰めて首位に立ち、アンカーのヒラヤマくんはそれをさらに突き放して、ぶっちぎりでゴールテープを切った。しかもそれをその後のクラス対抗リレーでも、20メートル以上の差をつけられていた1年E組を、二人で追いつくどころか、逆に20メートルの差をつけて、独走で1位をとってしまった。
二人の走りは、学校中の生徒の胸を熱くした。二人が走ったのは、各400メートル。時間にすれば1分にも満たない間のことだったけれど、その間に吹いた一陣の風は、7月の炎天下の暑さを吹き飛ばすほどに鮮烈だった。
そして体育祭が終わると、すぐに期末テストが始まる――
1学期期末テスト成績上位者(第1学年)
順位 氏名 クラス 平均点 所属部活
1位 マツオカ・シオリ E 96.8 吹奏楽部
2位 サクライ・ケースケ E 96.5 サッカー部
3位 サガラ・アオイ E 86.7 吹奏楽部――
期末テストの全日程が終了した翌日の朝、この結果が校内の進路指導室前の掲示板に貼り出された。
「マツオカ! 今回もよくやった!」
その日の私はすれ違う先生達に、例外なくそんな声をかけられた。クラスの友達よりも、先生達の讃辞の方が熱かった。
クラスでも、学年トップ3をわがクラスが独占したことが、クラスメイトの大きな話題となっていた。
「うーん、やっぱシオリとサクライくんは桁違いだわ。こりゃまた私達、教師達に怒られるんだろうな」
クラスの女子達が、私を囲んで、そんな愚痴をこぼす。
その私の隣で――
「アオイも、3位なんてすごいじゃない」
「ホントホント、いつの間にそんなに成績上げていたの?」
私の視線の先で、アオイがクラスメイトから、評価を改められていた。
「……」
アオイは真面目で、頭も決して悪くはない。むしろ学校でもいい方の部類で、中間テストでも、学年20位以内にはしっかり名を連ねていた。
そして、この期末テストでの、大幅ジャンプアップ――
――これは、サクライくんを意識してのことだろうか。自分のことを覚えてもらうために。少しでも、彼に近付くために……
あの保健室の一件以来、私はアオイにサクライくんのことを訊いていない。私も誤解をされている身だし、自分からは彼の話題を出しづらい。
だけど体育祭で、サクライくんがリレーで他の選手をごぼう抜きしている時、大人しいアオイは他のクラスメイトと一緒にキャーキャー声を上げて彼を応援しながら、目をきらきらさせて、彼を見ていた。
それを見てしまうと、もう訊くまでもないとさえ思ってしまうほどだ。アオイは本当に、彼に夢中だ。
――そうだ。サクライくんは。
「――あぁぁ……夏休み前の補習が決定だ……」
「俺は、再試でひとつでも落としたら、大会に出られないぜ」
「……」
サクライくんは教室の隅で、赤点を取って夏休み前の補習を受けるエンドウくんとヒラヤマくんを、呆れるような面持ちで見つめながら、何か思案に耽っているようだった。
その時の彼の目は、とても静かで、酷く退屈そうで……
――それはそうか。彼のいた中学は、赤点を取った怠け者に、再試なんて温情をかけたりしないで、そのまま退学にしてしまうようなところだ。彼の目には、再試なんてものが、とてもぬるいもののように思えるのかもしれない。
期末テストが終わると、私の所属する吹奏学部では、夏のコンクールに向けてのパート選考会を2週間後に控え、部員の練習にも熱が入り始めていた。
私はそこで苦戦を強いられていた。
部員全員での通し練習になると、いつも私はタカヤマ先生に音のダメ出しをされてしまう。
ソロで吹くのなら、私は練習の成果も出てきて、ようやく私のフルートも、音の乱れが少なくなり、譜面と随分近い演奏が可能になっていた。
なのに――どうしてもその通りに吹こうとすると、周りの音の邪魔をしてしまう。
――練習が終わり、私はミズキ、アオイの3人で、いつもの通り、下駄箱に降りてきていた。
「シオリ、ちょっと考えすぎじゃない?」
ミズキに言われた。
「もっと肩の力を抜けって先生にも言われてるし、私もそう思う」
「そうだよ。シオリはミスをしないようにって、緊張しすぎだと思う」
アオイにも同じことを言われる。
「……」
考えすぎか……
「ん?」
校舎の外に出ると、ミズキが首を傾げる。
その声に反応して、私とアオイが校舎の外を見る。
「あー、暑っちぃ、死ぬ……」
悲鳴にも似た声を上げながら、サッカー部の部員が、炎天下の中の練習を終え、部室へと帰っていくところだった。その中には、既に上半身のジャージを脱いで裸になっているエンドウくんとヒラヤマくんもいる。
私達の方へ向かってきた二人は、私達の姿を見るなり、足を止める。
「よお、うちのクラスのキレイどころの皆さん」
エンドウくんは特有の人懐っこい笑みで、右手を上げて挨拶する。二人とも、随分絞られた体をしている。エンドウくんは頭から水を被ったようで、髪の毛がぬれている。でもまだ日が落ちていないし、すぐに乾いてしまうだろう。
「――部活に復帰できたの? うちのクラスの赤点コンビは」
ミズキが笑みを浮かべる。
「うぐ……手厳しいな」
エンドウくんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ケースケが俺の家で勉強合宿に付き合ってくれたから、なんとかな」
その横でヒラヤマくんが説明する。ヒラヤマくんは既に高校でもトップクラスのサッカー選手だと聞いている。その体も、まるで彫刻のようだった。
「あ、あの、サクライくんは、一緒じゃないの?」
それを訊いたのは、アオイだった。
「ああ、あいつはもう帰った。今日もバイトだって。あいつは練習終わったら、真っ先に着替えて先輩待たずに帰っちまう」
「――そうなんだ」
アオイの少し残念そうな表情。
「……」
この炎天下の中でも、彼は休まずにバイトか……
――どうしてそこまでバイトばかりするんだろう。彼、入学後のあの大規模な賭けと、文化祭で、数十万をもう稼いでいるはずなのに。
「しかし、吹奏楽部の練習も、最近熱が入ってるみたいだな」
ヒラヤマくんが言った。
「最近サッカーやりながら、よく音が聴こえてくる」
「2週間後に大会に向けてのパート選考会だからね。みんな気合が入ってるのよ」
ミズキが言った。こういう時、男子に物怖じしないミズキは、話を進めるのに欠かせない。私と青いだけだと、男子の前では話が停滞してしまう。
「シオリはそれに今苦戦中だけどね」
「へえ、シオリさんも苦戦するものがあるのか」
エンドウくんが言った。サクライくんとの交流が増えたあたりから、私は二人と話す機会も何度かあって、次第に名前で呼ばれるようになった。
「でも――サッカー部も夏の大会があるんでしょ? 今はレギュラー決めの最中じゃないの?」
私は自分の話題を避けるために、自ら話を変えた。
「ああ、3日後に一応1年対上級生の紅白戦をやって、それが最終選考らしい」
エンドウくんが言った。
「3人とも、選ばれそう?」
私は訊いた。文化祭、体育祭の活躍から、この3人はいまや学校中の注目を集めている3人だ。出来ることなら3人揃い踏みで選ばれて欲しい。
と言うよりも――私はサクライくんのサッカーの実力を知りたかったのだ。
私は入学以来、彼が早朝にサッカー部のグラウンドで、朝連に励んでいたことを知っている。いつだって短いダッシュと、ボールを壁に蹴って、止める訓練ばかりだったけれど。
正直彼はあの練習だけで、本当にレギュラーを狙っているのだろうかと思ってしまっていた。切り替えの早い彼のことだ。今年はベンチ入りを捨てて、基礎体力作りに専念するのではないか、当時サッカー素人の私には、分からなかったのだ。
「俺はもう確約済み。ジュンも選ばれるだろ。ケースケは、どうかね。チャンスがあるかも分からないが、個人的にはあって欲しいと思ってる」
ヒラヤマくんが言った。
「――やっぱり、すごいの? サクライくんは」
アオイがヒラヤマくんに訊いた。
「どうかね――ただ、あいつは実戦経験はゼロだけど、センスと頭があるからな。あいつなら今の素人上がりの状態でも、結構面白いサッカーすると思うんだよな。正直他の部員の力はもう底が見えてるんだし……」
「……」
「少なくとも俺が監督なら使うけどね」
そして、3日後。
終業式が終わった直後のピッチで、埼玉高校サッカー部は、ベンチ入り選考の最終試験である紅白戦を行っていた。
私達のいる音楽室からは、その様子がよく見える。
既に校内でも、そのルックスと運動神経で、女子の人気者となっていたヒラヤマくんを見に、グラウンドの外には、炎天下なのにギャラリーさえいる。
「ねえねえ、サッカー部の試合、どうなってる?」
「まだ始まってないわよ。でも気になるなぁ。あの3人のサッカー、見てみたいよね」
もう既に吹奏楽部の先輩達も、サッカー部の試合が気になって仕方ないようだ。ヒラヤマくんもそうだけど、文化祭でのサクライくんの女装姿は、学校中の女子の心を掴んでしまったから。あの3人の破天荒さに、また今回も面白いことが起こりそうだと期待しているのだ。
だから、吹奏楽部も大会前で熱気が上がっているというのに、この日だけはどうも上手く集中できていなかった。
私もそうだった。私はサクライくんの出番があれば、見てみたかった。自分と同じ、初心者で、武器も少ない。その状態で、彼ならどう戦うのか、見てみたかったのだ。今、パート選考会に向けて苦しんでいる私は、サクライくんの姿にヒントを見出したかった。
「はぁ、今日はみんなダメダメね。いいわ、休憩取りましょう」
タカヤマ先生も、みんなの様子を見抜いて、特別に時間を作ってくれた。
先輩達もそう言われると、自分の楽器を置いて、窓の外に集まる。
私も先輩達に混ざって、窓の外を見ていた。
グラウンドでは、既に試合が始まっているところだった。長身のヒラヤマくんとエンドウくんは、ここからでもよくわかる。二人とも試合に出ている。
サクライくんは――まだ試合に出ていない。サイドラインの外で、体をストレッチで入念に伸ばしている小柄な人影が見える。あれがサクライくんだ。
きっと今、サクライくんは不機嫌だろうな。自分が出られない試合とか、あまり興味ないだろうし。
試合は序盤、1年生チームの方が、先輩達を圧倒していた。当時既に180センチを越えている、U‐15代表のヒラヤマくんは、高さ、スピード、パワー、全ての面で先輩達を圧倒していたし、中盤に控えるエンドウくんは、危険察知能力が高く、先輩達の攻撃をことごとく摘み取っている。周りに指示も出して、1年生チームの陣形は、殆ど乱れない。
私もテニスをやっていたからわかるけれど、エンドウくんはまるで、優れたダブルスの後衛選手のような雰囲気だ。後衛がしっかりしていると、前衛が思い切りのいいプレーが出来る。このチームの中心は、間違いなくエンドウくんだ。地味で目立たない動きをしているけれど、彼のプレーが1年生チームのいいリズムを作り出している。
だけど。
もうヒラヤマくん自身を止めるのは無理と悟った上級生は、ヒラヤマくんのマークから、彼へのパスコースを塞ぐ作戦に切り替え始めた。この作戦が効を奏する。1年生チームはボール支配率は高いものの、攻めの手が止まってしまう。
試合はこう着状態のまま、前半が終了。
「……」
サッカーのことはよく分からないけれど。
ひとつ分かったことはある。
いくらヒラヤマくんが圧倒的な力を持っていても、それだけでは勝てないということだ。
サッカーは一人の力だけで何とかなるものではない。もちろん下位の相手ならそれでもある程度の結果は出るけれど、もっと上を目指すなら、そうはいかない。それをこの前半のサッカーはよく現していたように思う。
エンドウくんは、このチームで全国を目指すと言っていたけれど、正直今のこのチームでは、全国に出場はかなり厳しいと思う。
多分前半プレーしてみて、それはあの二人も分かったことだと思う。
「あ、出てきた!」
先輩の一人が声を上げた。
後半試合開始時、ピッチにひときわ小柄な選手が登場。
「ようやく3人揃った!」
サクライくんだ。彼がこの二人に加わるだけで、やっぱり何かしてくれる期待感がある。
クラスで漫才みたいなことをやる時だって、二人より3人の方がキレが増しているしね。
「……」
――遂に出てきた。
走ることと、ボールを止めるだけの練習だけで、どこまで彼がやれるのか、お手並み拝見させてもらおう。
このアナザーストーリー、できれば最悪でも40話までで終わらせたい…まさかこんな長い話になってしまうとは。作者の見積もりが甘くてすいません。
でも最近ものすごくアクセスが増えているので、とても嬉しいです。もうすぐ1000ポイントを超えそうですし。
1000ポイントを超えたら、キャラの人気投票が出来る場を作るかもしれないです。どうも作者の認識と、人気のあるキャラの認識が違うみたいなので、勉強のためにも…