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Another story ~ 2-23

 それから私は、アオイに付き添われて、保健室へと向かった。

 クラスを出る時、私に向けられる視線が痛かった。

 それはそうだ。私はクラスメイトの前で、サクライくんに振られたのだ。

 それがまだ、何を意味するのか、私はまだ、分からなかった。頭が酷く痛くて、考えることが出来なかった。

「――夏バテかしらね。微熱もあるし……早退する?」

 どんよりした気持ちのまま、私は保健室の先生に、早退を勧められた。

「いえ、家族が心配しますし、少し休めば大丈夫です」

「――じゃあ、ベッドで横になっていなさい。水分も補給して、ね」

 そう言われた私は、アオイに体を支えられて、保健室の白いシーツのかかったパイプベッドに、体を横たえた。

 保健室の先生は、一度職員室に行くと言って、保健室を出て行った。保健室は、私とアオイの二人だけが残された。

 アオイは職員室にある給水機から、水を紙コップに汲んで、私に持ってきてくれた。冷たい水を飲むと、何だか少し気持ちよかった。

「もう大丈夫だから。アオイ、あなたは授業に出て」

 私はベッドに体を横たえたまま、ベッドの脇のパイプ椅子に座るアオイに言った。

「ううん、先生が帰ってくるまで、いるよ」

 アオイは椅子に座ったまま、かぶりを振った。

「……」

 沈黙。

 ――いや、アオイは優しい娘だから、きっと私を心配――してるのかな。もしくは、同情?

「――ねえ、シオリ」

 アオイは少しもじもじしながら、私の目を窺う。

「ん?」

 私はアオイと視線を合わせる。

「あ、あの……」

 アオイは私と目が合って、少し困ったような顔をする。

「……」

「――サクライくんのこと?」

 私は先に訊いてしまう。

「え?」

「――ごめん。私、そういうのであまり駆け引きとか、出来ないから。多分アオイもそうでしょ? だからさ、気を遣われたり、遠慮されたりするよりは――ね」

 私もアオイも、両方とも引っ込み思案の地味な性格だ。だからきっと、はじめから相手の腹の探り合いをしていたのでは、埒が開かないし、疑心暗鬼を招くだけだ。

「――ごめん」

 アオイは俯いた。

「いいよ別に」

 私はベッドに横たわったまま、ふっと笑顔を見せる。

「本当に、サクライくんとは何でもないんだよ。調子が悪くなったのは、視線を浴びることに、心の準備が出来てなかっただけ」

 それから私はアオイに、文化祭で彼と踊ることになった経緯を話した。勿論大まかな場所ははしょって。

「――そんなわけで、サクライくんは、音楽準備室にたまたま居合わせたところを、タカヤマ先生に言われて、私が他の男子からの誘いを断って、揉め事が起こらないように、仕方なく付き合ってくれたのよ。はじめは嫌がってたわ」

 私はサクライくんが、私の体裁を守るために、助けてくれたという形で説明をした。といっても、これは事実だ。彼はタカヤマ先生に誘導されたとは言え、基本的には私を助けてくれた。

「――そうなんだ」

 アオイはそれを聞いて、ほんの一瞬だけど、顔の筋肉が弛緩したように、目を閉じた。

「……」

 沈黙。

「――ねえ、今度は私が、アオイに訊いていい?」

 私はベッドに横になったまま、首だけをアオイの方へ向ける。

「私――こういうことに疎いから、間違っていたら間違っていたでいいんだけど」

 そう前置きをしてから、私はしばらくアオイの様子を窺った。アオイは何も言わなかったけれど、アオイの心の動きが多少穏やかになるのを確認してから、訊いた。

「アオイって――もしかして、サクライくんのこと……」

 そう私が言いかけた時。

 保健室の引き戸が、とんとんと、誰かにノックされる。私からは入り口は、ベッドの周りを覆っているカーテンで見えない。アオイもその音に、カーテンを少し開けて、引き戸の方を窺った。

引き戸を引く、がらりという音。

「あ!」

 アオイはその音の方を見てから、感嘆の声を上げた。

「さ、サクライくん……」

「え?」

 アオイのその声に、私の心臓も、鷲掴みにされたように一度収縮した。

「ああ、やっぱりここか」

 カーテン越しに、本当にサクライくんの声が聞こえる。

「あ、あ」

 アオイからは彼の姿が見えるようだ。アオイも狼狽している。

「いいよ。カーテンの中には入らないから。僕の用もすぐ済む」

 そうカーテンの外から声がした。

「君も別にはずさなくていいから。ええと……ごめん、名前、何だっけ」

 サクライくんはアオイの名前を忘れているようだった。

「――あ――あの、その……」

 みるみるアオイの顔が紅潮していく。声が震えている。

「ん?」

 サクライくんの怪訝そうな声。

「――あ、わ、私、出て行くよ。二人の話、邪魔しちゃ、悪いし……」

「え……」

 私達の返事も聞かないままに、アオイはまるで逃げるように、保健室を出て行ってしまう。

「……」

 サクライくんの息を吐く音が聞こえる。きっと、気付いていないんだろうな、アオイが逃げた理由。

 本人の口から聞きそびれてしまったけれど――やっぱり、今の反応を見て、確信する。

 アオイは、サクライくんに恋しちゃってるんだ。

 文化祭の準備が始まった頃から、アオイはどこか様子がおかしくなった。妙にそわそわして、必死に何かに打ち込んだりして。

 その傾向は、サクライくんの前や、サクライくんの話題の時に、特に顕著だった。恋愛音痴の私ですら気付くくらいなのだから、多分ミズキも薄々感づいていると思う。

「……」

 ――そうか。アオイも……

「し、心配しないで。アオイ、大人しい子だから、あなたと一緒にいるの、緊張しちゃったみたい」

 私はアオイのフォローを入れつつ、サクライくんにそれとなくアオイの名を教えた。きっと彼は忘れてしまうだろうけれど、好きな人が自分の名前を覚えていないのでは、アオイが可哀想だ。だから、彼がアオイの名を覚える一縷の希望を乗せて、彼女の名を教えた。

「で、でも、どうして?」

 とは言え私も、まさか彼がここに来るとは思わなかったから、いきなりのことに出鼻をくじかれ、多少の狼狽はしていた。まだこの時の私は、彼の行動パターンが、全然読めていなかった。

「最後教室で見た時、すごい顔色してたからな。もしかして、注目を浴びて、気分でも悪くなったかと思って、見舞いに来た」

 思案にふける私に、気を取り直したサクライくんが、カーテン越しに言った。

「え?」

 ちょっと意外だった。

自分の言動が他人に影響するかなんて、全然考えていないと思っていたのに――ちゃんと見ていてくれたんだ。もしかして、責任を感じてしまっているのかな。

「――悪かったな」

 カーテン越しからサクライくんの声がした。

「勝手に君の名前出して、わけわからんことになって。ああでも言わないと、君がこの後、自由に恋愛とかする妨げになるだろうから――とりあえず誤解を解くことに専念したんだが、どうもこの手のことは苦手でな。上手いやり方じゃなかったと思う」

「そ、そんなこと、ないよ。あの状況じゃ、はっきり否定するしかなかったってこと、私だって、分かるし……」

 私はカーテンの向こうへ声を届けながら、状況の整理に務めていた。

 もしかして――それを言いに、わざわざ、ここへ来たの?

 誤解された行動だって、タカヤマ先生の言葉で、私が本当に困っていると思い込んで、私に助け舟を出しただけのことなのに……

「それだけ言いに来た。じゃあ、しっかり養生しろ」

 そう言って、彼の足音が聞こえ出す。

「あ――ま、待って」

 私は思わず彼を呼び止めた。足音が聞こえなくなる。

「――ひとつ、質問したいんだけど」

 私はカーテン越しに、彼に呼びかける。

「何?」

 彼の許可が下りる。

「どうして、あんなことを言ったの?」

 私は訊いてみた。

「あんなこと、とは?」

「あの――私の努力を認める、とか。私に負けたら仕方ないとか……」

 そう、私は別に、彼との関係を、彼の口から「何でもない」と言われたことは、むしろ当然のことと受け止めている。

 それよりも私を狼狽させたのは、その前の彼の発言の方だ。

「私――今までサクライくんに相当みっともない話をしてたし、面倒ばかりかけてたのに、そんなこと言ってもらえるとは思ってなくて」

「ああ……」

 少しの間。

「別に深く考える必要はない。言葉通りの意味さ」

「……」

「朝、毎日聴こえるフルートの音、文化祭で手を取った時に感じた、あのマメの跡のある手――それを踏まえてのな」

 言葉通りの意味――

 言いたいことはその一言で、何となく分かる。サクライくんはお世辞とか言える人じゃないことは、この僅かな関わりの間でも分かる。

 彼はいつだって、体のどこかにいつも懐刀を忍ばせているような、そんな自分の手の内をまだ全部見せていない、という雰囲気を持つ反面で、愚直なまでに馬鹿正直なのだ。言動に頓着がなく、そこには善悪も、差別も優遇もない。

 あの言葉も、お世辞じゃないんだ。じゃあ、何でそんなこと……

「マツオカ」

 思案にふける私に、サクライくんの声がした。

「僕との関係を誤解されて、君はこれからどうする?」

「え?」

「僕を見極める、とか言っていたが、それで誤解されてたら、君にとっちゃマイナスだろう。ミスコンに優勝して、男から引く手あまたって話だしな」

「そ、そんなことないよ。わ、私ミスコンには、推薦で出ただけで、別にそういうつもりで……」

 サクライくんに誤解されてしまっている気がして、私はベッドの上で、少しムキになって否定する。

「それは失礼」

 社交辞令のような、彼の謝罪の言葉。

「それでも、誤解されている以上、君は僕といづらい状況であることは確かだろう。で? どうする?」

「……」

 どうする、って言われても――

 まだ私は、サクライくんのことを、何も知らないけれど。

 何となく予感はしているんだ。私の進むべき道は、彼の美しい流れを掴んだ、その先に見えてくるものだと。

 そのためにも、私はここで足を止めたくはない。

 それに、私は……

「君がかまわないなら、これからも僕の近くにいろよ」

 しれっとサクライくんはそう言った。

「へっ?」

 ――な、何、今の言葉……


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