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Another story ~ 2-22

 朝のLHRの予鈴が鳴ると、サクライくんも起きて、私達は教室へと移動する。授業をサボるサクライくんも、一応朝の出席にだけは、いつも顔を出している。

 私は彼と教室に向かう時、彼の横顔を見ながら、文化祭、一緒に踊った時――キャンプファイアーのオレンジ色の炎に照らされていた時の、彼の横顔を思い出す。

 あれ以来、私は彼と文化祭の時の話をしたことはない。音楽室での、あの私の突飛な発言についても、何も触れてこない。

 もしかしたら、もう既に彼は忘れているのかもしれないとも思う。打ち上げやディズニーランドに来なかったことを見ても、彼にとってもう文化祭は、もう通り過ぎた過去になっている。あんなに苦心して絵を施したあの入場門も、片付けの日に、彼が自分の手で、何の感慨もなく取り壊していたし。

「……」

 あの炎に照らされたあなたは、一体何を考えていたのだろう。

 今、こうして私といることを、あなたはどう思っているのだろう。

 それが知りたくて、私はつい彼の横顔を見て、そんな気持ちが少しは零れ落ちてこないかということを期待してしまっていた。

 彼は語らない。何も語らないから。

 私のことも、自分のことも、何も――

「おはよう、シオリ」

 私の席の前で、アオイとミズキが待っていた。

「今日もサクライくんとデート?」

 ミズキは、含み笑いを浮かべながら私を見る。

「で、デートだなんて、そんな……」

「……」

 ミズキの横で、アオイも私のことを、何だか邪推したような表情で見ている。

 文化祭で、私は、サクライくんと一緒に踊って以来、沢山の人に、同じことを言われ続けている。

「マツオカさん、サクライくんと付き合ってるの?」と。

「わ、私は――ずっと前と同じだよ。サクライくんだって、ずっと晴れた日は外で朝連してるもん。別に待ち合わせとか、してるわけじゃ……」

 これは嘘ではない。サクライくんは外が晴れていれば、あの図書室には来ない。

「ふぅーん、その割にはシオリ、顔、赤くなってるけど?」

 ミズキは机に頬杖を突きながら、私に小悪魔風の笑いを浮かべる。

「え? うぅ……」

 私は困ってしまう。男子を避けていた私は、こうして自分の行動が、相手への好意に誤解されたという経験がなかった。だからこういう時、私はどんなことを言えば誤解が解けるのか、まだよく分からないのだ。

 サクライくんのことは尊敬もしているけれど、彼とどういう関係を築きたいかということは、まだ私はまったく想像できなかった。私にとって男子というのはまだ未知の領域で、中でも彼のことは、ほぼ全てが謎に包まれている、彼とそういう関係になりたいかなんてことは、まだ考えられなかった。まだ私は、彼についていくだけでも精一杯だったから。

「でも、言うなら早く言っちゃいなよ。そうすれば、楽になれるよ」

「……」

 確かにそうだろう。ミズキの言うとおりだ。

 ただ、その、楽になれる、の意味が、私とミズキでは、ちょっと違うと思うけれど……

 文化祭のミスコン優勝以来、私にはエンドウくんの予告通り、告白が殺到している。文化祭が終わって、もうすぐ10日になるけれど、もう既に私は、20人近くの男子に告白されている。当然、サクライくんやエンドウくんなど、特定の男子となら、少しはコミュニケーションを取れるようにはなったものの、まだ総じて男子に対して苦手意識のある、恋愛音痴の私は、その告白を全て断ってしまった。

 ミズキの言う「楽になれる」というのは、サクライくんへの好意を胸に抱えていて、苦しいだろうから、吐き出してしまえ、という意味だけど、私にとっての「楽になれる」は、サクライくんと付き合ってしまえば、そうして告白を断るという、後味の悪い思いをこれ以上しなくて済む、という意味だった。

「さ、サクライくん」

 ふと、クラスの片隅で、彼を呼ぶ声がした。その声に、教室にいたクラスメイトが、一斉にその方向を見る。

 見ると、サクライくんの席の前に、我がクラスのクラス委員長の女子が立っている。サクライくんの脇にはエンドウくん、ヒラヤマくんもいる。

「ああ、この前授業で言われたこと、言うのね」

 ミズキが小声で私とアオイに囁いた。

「さ、サクライくん。あの、たまには授業に出てくれないかな?」

 委員長は彼にそうお願いする。

「――何故?」

 サクライくんは、また寝ようと思ったのに、変なのにつかまったな、と言うような、少し面倒臭そうな面持ちで、そう訊いた。

「な、何故って――私達、サクライくんが授業出ないから、先生達に怒られてるのよ」

 これは本当だ。サクライくんが授業にいないのを確認すると、機嫌を悪くする先生は多い。要は先生方は、自分達の授業を聞いていても、私達がサクライくんに勝てないことに業を煮やしているのだ。「あんな怠け者に負けて、恥ずかしくないのか?」なんて怒られ方を授業でされる生徒も多い。

 そして遂に先生の一人に、クラス委員が捕まって、お前達もサクライを説得しろ、と言われてしまったのだ。教師の言葉に聞く耳持たない彼も、クラスメイトなら早々邪険にはしないと、文化祭での彼を見て思ったのだろう。

「――あのさ、君、何で僕にそんなことを言うの?」

 サクライくんは怪訝な表情だ。

「え? だ、だって私、クラス委員長だから」

「あぁ――そうなの。わざわざご苦労だね」

「……」

 サクライくん、あの娘がクラス委員長だって、知らないんだ。

 文化祭であれだけクラスに協力的だった彼も、金の切れ目が縁の切れ目の言葉通り、今ではすっかり元に戻っていた。先生達も委員長に対して、酷なことを言う、と、クラスのみんなが委員長に同情していた。この注目度の高さも、そのためだ。

「別に好きで授業をサボっているわけじゃないよ、僕は」

 サクライくんはそれを確認してから、机に頬杖を突いたまま、前に立つ委員長を見上げていた。

「授業に出るメリットがあるなら、喜んで参加するさ。何だったら、そのメリットを、僕に説いてみてよ。拝聴するから」

「……」

 そのサクライくんの提案に、委員長はしばらく黙ってしまう。

「あ、あの、授業出ないと、いくら成績がよくても、推薦で不利になるし――」

 やがて委員長は、サクライくんの全く動じない様子に気圧されながらも、何とかそのデメリットを口にした。

「推薦? 何それ」

 しかしサクライくんはその委員長の精一杯の一言を、ばっさり切り捨てた。

「教師に媚売らなきゃ大学にも入れないほど、他力本願の人生送ってないから」

「……」

 委員長は言葉を失ってしまう。今にも泣きそうな顔だ。

 サクライくんの後ろにいるヒラヤマくんは呆れ顔だ。エンドウくんは肩をすくめている。

「……」

 サクライくんはそれを見て、溜め息をつく。

「――分かったよ。だからそんな顔しないでくれ」

 彼も血も涙もないというわけではないから、泣きそうな顔をする女子を放っておけず、声をかけた。

「……」

 ――たまに優しいんだよね。サクライくんって……

「じゃあさ、教師どもに伝えてよ」

 サクライくんは委員長の顔を見た。

「もし僕が成績で3位に落ちたら、毎回授業に出るって」

「3位?」

 後ろにいたヒラヤマくんが首を傾げた。

「随分お前にしちゃ控えめな数字だな。次のテスト、主席取れなかったら、くらい言うのかと思ったけれど」

 私もヒラヤマくんと同じことを思った。

「ああ――だって、マツオカがいるし」

 サクライくんは、しれっとそう言った。

「え?」

 唐突に彼の口から私の名前が出たことに、私は面食らう。さっきまでサクライくんの様子を見ていたクラスメイトが、一気に私の方を見る。

「は?」

 エンドウくんが、疑問符を投げかける。

「マツオカに現時点で負けたら、まあしゃあないと思う――それくらいの努力をしてる娘だしな。だが、他の奴に負けたら、さすがにショックだ。そうなったらやばいと思って、真面目に授業に出て、基礎からやり直すさ」

「……」

 教室が、その発言に沈黙に包まれる。

 現時点で、私とサクライくんは、付き合っていると思っている人が多い。その矢先で、彼が私に対してそんな発言したら……

 ――と言うか、私自身も混乱の坩堝に飲み込まれていた。心臓を打ち抜かれたように、一瞬の衝撃が、胸を駆け抜けた。

 この感情が、驚嘆なのか、喚起なのかも分からない。彼が、私を認めてくれた? ちょっとは私、特別扱いされてる? そのことが、私にどんな心の作用を与えているか、ちゃんと言語化は出来なかったけれど……

 私は俯いて、自分の顔を隠す……

 誰にも今の顔を見られたくなかった。心臓の鼓動が耳にまで聞こえて、表情を作る余裕もない。と言うか、きっと今、私の顔は真っ赤だろうから……

「ねえ、サクライくん」

 不意にクラスメイトの誰かの声がした。

「ん?」

 サクライくんの声。

「――この際、はっきりさせておいて欲しいのよ。あなた達、目立つんだし、変な噂で右往左往したくないから」

 そう前置きをしたクラスメイトは、凛とした語勢でこう訊いた。

「あなたとシオリって、もう、付き合っているの?」

「!」

 その言葉に、私の心臓は、一度ずきりと痛んだ。

 ど、どうしてそんなこと訊くのよ――私ならともかく、サクライくんに。

「そうだぜ。そろそろはっきりしろよ」

「ミスコン優勝者のマツオカさんなんだぜ。お前がその直後に何でマツオカさんとそんなに仲良くなったのか、説明してくれ」

 クラスメイトも、みんなそのことについて気になっていたので、この気に訊いてやれと、勢いづいて彼に追及する。数が集まると、人間というのは一気に強気になれるものなのだ。

「――はぁ」

 サクライくんのため息に、再び教室中が静まり返る。

「お前達、本当に県下一の進学校の生徒かよ。ガキ臭い議論吹っかけやがって。高校に来てまでこんなこと教室でおおっぴらに訊かれると思わなかった」

 彼の普段どおりの静かな口調が、刃を帯びている。

 その時、教室の引き戸が開く音がする。

「はい、HRはじめるぞ」

 担任のスズキ先生の声だ。ちょっと頼りない、いつもの間の抜けた声。

「みんな席に……」

 あまり生徒の人望を得られていないスズキ先生が、みんなを席に促しても、クラスメイトは全員微動だにしなかった。サクライくんの次の言葉を待っているのだ。スズキ先生も、教室の異様な雰囲気に、言葉を失ってしまった。

「……」

 沈黙。

 それを払ったのは、サクライくんのため息だった。

「別に何でもないよ。お前達が彼女に言い寄ろうが、僕は何も干渉しない。別に僕の女ってわけじゃないし」

「……」

「ただ――彼女の努力を認めているだけ」

 私はその言葉に顔を上げる。

 顔を上げた頃には、サクライくんはもう自分の席を立っていて、スズキ先生にすれ違い様、「出席簿つけといてください」とだけ言い残して、教室を出て行ってしまった。

「……」

 クラス中が沈黙に包まれた。

「う……」

 私はそのサクライくんの言葉をどう受け止めていいかわからなかった。突き落とされたのか、上げてもらえたのか、それさえも分からなかった。

 ただ――この時私は、酷く気分が悪かった。

 さっきから心臓の鼓動が収まらなくて……感情が上手く制御できなくて。体を巡る血の流れが速過ぎて、吐き気がして、偏頭痛さえ起こってきた。

「――シオリ?」

 アオイがそんな私の、真っ青になった顔色に気づいた。

「シオリ、顔色悪いし、汗もすごいし……保健室行こう?」


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