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Another story ~ 2-17

「シオリ、またご指名だよー」

 私はホール担当の女の子から、手書きの伝票を受け取る。私の前には既に5枚の伝票が並んでいて、私は菜ばしで、ひたすらフライパンの卵をかき混ぜている。

 文化祭、1年E組の出し物であるオムライス屋「イエロークラウド」は大盛況で、開門からずっと20分以上待ちの長蛇の列を作った。

 お客さんの中には、勝手にオムライスを作る女の子を指名する人もいて、その指名が何故か私に集中したのだった。

「むー……」

 ケチャップライスは他の女の子が作ってくれているし、卵も他の娘がかき混ぜてくれているから、私はただオムレツを作るだけだけど、もう既に私は今日だけで、オムレツを100食以上作っている。ガスコンロの火は熱いし、腕は鉛みたいに重い。私は誰にも聞こえないように、苦悶の声を上げた。

「シオリ、大丈夫?」

 隣のガスコンロで同じくフライパンと格闘するアオイが、私を慮った。クラスでも、サクライくん直伝の卵を焼けるようになったのは、私やアオイなど、女子の半分程度にしかならなかったから、卵を焼ける人は、時間ごとに交代交代で何とか持ちこたえていた。

「でも、凄い盛況だよね」

「うん、これ、原価もかかってないし、最優秀団体、もうもらったも同然じゃない?」

「ホント、シオリがいるだけで、バカな男、入れ食い状態だし」

 クラスのみんなも、もう既にうちのクラスが最優秀団体に間違いないと確信していた。文化祭初日に、本格的なオムライスという評判が校内にあっという間に広がり、当初の二日分の材料を1日で使ってしまったほどの盛況振りだったのだから。

「――はい、出来上がり」

 私は型で盛ったケチャップライスの上に、自作のオムレツを乗せて、ホールの娘に渡した。ホールの女の子が客席の、4人組の他校の男子高校生にそれを出すと、そのお客様は本当に嬉しそうにはしゃいでいた。

「――でも、シオリと同じくらい、売り上げに貢献してるのは、やっぱりあれだよね……」

 そう言ったアオイが、教室を一瞥する。

「――いらっしゃいませ、お嬢様」

「紅茶はハーブティー、アールグレイ、ダージリン、ミルクティー、それぞれホット、アイス両方ご用意できますが」

「……」

 アオイの視線の先には、執事服を着て、女性相手に甲斐甲斐しく接客をするヒラヤマくんとエンドウくん――

 そして――

 ヒラヒラフリフリの可愛い女物の服を着て、化粧まで施された、見た目も見目麗しくなった、サクライくんの姿があった。

「こっち向いてー!」

「一緒に写真撮ってー!

 当初オムライスは、どちらかといえば男性向けの商品ということだったのだけれど、二人の執事服と、学校一クールなサクライくんの女装は、学校中の女子の話題を掻っ攫い、全校の女子をうちのクラスに殺到させた。さっきから3人とも、お客様と何枚も写真を撮っている。

 サクライくんも、当初は女装を嫌がっていたのだけれど、クラスの売上金の3割を貰うという条件で、女装を承諾した。そうなると、普段クールなサクライくんは、女子の玩具になることは必定で、サクライくんはヒラヤマくんとエンドウくんに、椅子に括り付けられ、散々沸き立つ女子にあられもないことをやらされ、嫌がっているのに化粧まで施されたのだった。

「――まあ、あの女装は、可愛すぎるわよね……」

「実際の女の子より可愛いっていうのは、どうなの?」

 キッチンの陰で、クラスの女子が噂するほど、サクライくんの女装の完成度は高く――というより、言わなければ男だとは分からないほどのできばえだった。

「サガラさん、オムライス、もう2丁、お願い」

 エンドウくんが注文を聞いて、キッチンに伝えに戻ってくる。

「――オムライス、3丁」

 そしてその後、接客をしてきたサクライくんもキッチンの方へやってくる。

「何だ何だ、ホタル姫、テンション低いじゃないか」

 エンドウくんは、不機嫌そうなサクライくんを見て、面白そうにからかう。サクライくんの名前は、漢字で書くと「蛍介」なので、エンドウくんが「ホタル姫」と呼んで以来、クラスの女子も、お客様の前では、ホタルちゃんと呼ぶようになっていた。

「せっかくの美人が台無しだぜ、ホタル姫」

「五月蝿い」

 サクライくんの不機嫌そうな声が漏れる。

「金を貰う以上、いい加減な仕事はしないってのが、お前のポリシーじゃなかったか?」

「……」

 サクライくんが沈黙している折、教室にまた新しいお客様が入ってくる。

「いらっしゃいませ!」

 サクライくんは、さっきの不機嫌な顔とは打って変わって、女の子のような可愛い声を作って、満面の営業スマイルでお客様を出迎えに行くのだった。

「お! 君可愛いねぇ。文化祭終わったら、俺達と遊びに行かない?」

 しかし、そんな可愛いサクライくんは、男性客にナンパされたりしている。

「ちょ! ちょっと! サクライくんがナンパされてる!」

 女子達も何故か色めき立つ。どうやらうちは、そういう恋愛が好きな女子が多いようだった。

「くくく……」

 普段のサクライくんではまず見られないだろう、その可愛らしい素振りに、エンドウくんはご満悦で、笑いを噛み締めている。

「――オムライス、2丁」

 そして再びキッチンにオーダーを伝えに来たサクライくんは、普段の彼に戻っていた。

「ははは、よかったじゃないか。可愛いって褒めてもらえて」

 エンドウくんはサクライくんをからかった。

「ま、お前のその女装なら、男が惚れても不思議はない。俺もドキドキしそうだからな」

「……」

 サクライくんはそんなエンドウくんを、空ろに睨んでいた。

 ――だけど。

 サクライくんはおもむろに、エンドウくんの執事服のネクタイを掴んで、エンドウくんの体を軽く自分に引き寄せる。

「――嬉しい――ずっと好きだったお前に、そんなこと、言ってもらえて……」

 吐息のような、甘く優しい声で、サクライくんはエンドウくんに軽く擦り寄る。

「え……」

 エンドウくんは、一気に体を硬直させる――

「いいぜ――僕、お前となら……気持ちいいこと、いっぱいしてやるぜ……」

「お、おい……」

 サクライくんの妙な色気に、エンドウくんも戸惑い始める。

 既にお客さんも、そんな二人を、興奮した面持ちで見ている。

 サクライくんの指が、エンドウくんの頬を艶かしくなぞり、顎に届くと、サクライくんは潤んだ目で、エンドウくんの目をじっと見つめる。

「――浮気なんかしたら、嫌なんだから……だから……お前が誰かのものになるくらいなら、ここで……」

 そう涙声でつぶやくと、サクライくんは、ゆっくりとエンドウくんの唇に向けて、自分の顔を引き寄せて……

「や、やめ……」

 エンドウくんの声が震える。

「……」

 私の心臓も早鐘で鳴ってしまう。目を背けたいのに、何故か目を離せない……持っている菜ばしがぶるぶる震えてしまう……

「あ、サクライくーん」

 しかし、そのナイスタイミングで、文化祭実行委員の先輩が、サクライくんを呼びに教室に入ってくる。

「……ん?」

 サクライくんはエンドウくんのネクタイから手を離して、そちらを振り向く。

「――あれ?」

 その先輩達は、もうちょっとその続きを見たかったのに、水を差したことで、お客様全員から睨まれているのだった。

「――すぐ行きます。ちょっと外で待っていてください」

 サクライくんがそう言うと、先輩達はその教室の異様な雰囲気を察して、そそくさと教室を出て行った。

「――邪魔が入っちまったな」

 先輩を見送ると、再びサクライくんは、エンドウくんの方に目を向ける。

「はあ……はあ……」

 エンドウくんは憔悴しきっている。

「次、僕の女装をからかったら、女装した僕の姿しか愛せなくなるように開発するぞ」

 サクライくんは、普段の静かな口調に戻って、エンドウくんを指差した。

「や、もうやめてくれ」

 エンドウくんはもう、本気でぶるぶる震えていた。

「安心しろ、ローションくらいは使ってやるから」

「やめんか!」

「ま、続きは文化祭が終わってから……」

 そう言って、サクライくんは教室の出口に向かい、教室を出る前に、一度エンドウくんの方を振り向く。

「今夜は寝かさないぞっ」

 サクライくんは、本当の女の子のような可愛い弾んだ声で、満面の笑みを残して、教室を出て行くのだった。

「キャー!」

 サクライくんが出て行くと、教室はクラスメイトもお客様も入り混じって、悲鳴を上げたのだった。

「さ、最後のサクライくん、超可愛かったんだけど!」

「わ、私、二人が本当にキスとかするのかと……」

 キッチン内もお祭り騒ぎだ。

「……」

「し、シオリ! フライパン!」

 隣にいるアオイが私に向かって叫ぶ。

「え……」

 私はフライパンに目を落とすと、私がさっきまで作っていたオムレツは、二人に見入っている間に焦げてしまい、焦げ臭い臭いを撒き散らして、煙を吹き始めていた。

「……」

 ――どうかしてるよ、私。あんなのに、ドキドキしちゃうなんて……

 でも――サクライくんって、やっぱり何だか不思議な人。

 何だか、いつだって目で追っちゃうんだよね。私とは違って、破天荒で。

「ははは、ジュン、危ういところだったなぁ」

 ヒラヤマくんがやってきて、エンドウくんの肩をバンバン叩く。

「マツオカさんも、卵焦がすくらい随分ご執心だったようだけど。ひょっとして、ああいうの、趣味?」

「え? わ、私は……」

 私は被りを振る。

「あ、あのさ、サクライくんが言ってた、僕しか愛せないように、開発してやる、って……どういう意味なの?」

 私は話をごまかすように、それをクラスメイトに訊いていた。

「……」

 それを訊いた時、明らかに教室の空気が凍った。

「――知らなくていい。マツオカさんは生涯知らなくていい」

 ヒラヤマくんがしみじみそう言った。


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