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Another story ~ 2-12

「でも、エンドウくんだって、サッカー部でも何か出し物をやるんでしょう? クラスと掛け持ちで、すごく忙しいんじゃ……」

「うんにゃ、うちは招待試合だけだワン。もうレギュラー確定のユータは今も練習だが、他の1年なんて気楽なもんだワン。マツオカさんこそ、吹奏学部の出し物もあるんだから、大変だよなワン」

「ふふっ――その語尾――もう大丈夫なのに……」

「はは、何かはまっちゃったんだワン」

 そんな話をエンドウくんとしながら、学校から10分も歩くと、このあたりの商店街に出る。江戸時代の古い町並みの残る、観光客も集まる場所で、川越でも人通りの多い場所だ。私も小さな頃からこの商店街には、お母さんと一緒に買い物に来たことがある。我が家からも歩いて10分程度の場所にある、便利な商店街だ。

 まず地図に指定された店で一番近いのは、もうすぐ見えてくるようだった。

「しかし、やけに正確な地図だワン。細かい目印までちゃんと書いてあるし。あいつ、地元出身なのか?」

 私の持つ地図を覗き込みながら、エンドウくんが言った。

「え? エンドウくん、サクライくんといつも一緒なのに、そういうこと知らないの?」

「ああ、あいつ、自分のことはまったく喋らんのだワン。地元がどこなのか、兄弟はいるのか、中学はどこだったのか、何一つ知らないんだワン、俺もユータも」

「……」

 ――そうなんだ。じゃあ、サクライくんが慶徳中学から来たことを知っているのは、先生以外では、学校では私だけ?

 でも、二人には話していると思ったのに……もしかして私、彼が隠していることを知ってしまったのかな。

「しかし、あいつ、ようやく重い腰を上げやがったからなぁ。相変わらず必要以外の時は、人と喋ろうとしないが」

「……」

 この文化祭の準備を通じて、私達1年E組は、校内でも屈指のまとまりを見せていて、それに伴って、クラスメイト同士の交流も格段に増えていった。もし文化祭で優秀団体に選ばれたら、みんなでディズニーランドに行こうと計画しているほど、仲のいいクラスとなった。

 その中心にいたのは、間違いなく、サクライくん、エンドウくん、ヒラヤマくんの3人だった。

 特にサクライくんは、教室のインテリアや、儲けを出すための工夫、料理のレシピ開発など、知恵を出してくれるだけでなく、その作業のほとんど全てを一人で受け持ってしまった。女子がオムライスを作れるように、放課後指導もしてくれて、それに啓発された女子が、彼の手並みをもう一度参考にしようと、彼に再度オムライスを作ってくれるよう頼みに行くまでになり、日を重ねるごとに、我がクラスの士気は上がっていった。

 相変わらず彼は愛想がなかったけれど、今ではクラスの誰もが彼の行動力や思考を認めていた。女子にオムライスの作り方を指導する際も、要点だけを喋るだけで、にこやかな雰囲気はまったくなかったけれど、教え方が丁寧で、何度でも教えてくれ、どんなに酷いものを作っても、一言もその娘を責めたり笑ったりしない態度が好感を持たれ、無愛想な彼に指導を求める女子は次第に増えていった。

「マツオカさんも、随分頑張ってたな。あのケースケ直伝の卵、クラスで真っ先にマスターしたんだろ」

 私もあれ以来、家で沢山卵を買って、練習をした。弟のシュンをはじめとした家族は、味音痴の私が厨房に立っているだけで悲鳴を上げ、毎日食卓に、私の失敗した卵焼きが並ぶことに、うんざりした表情を見せていたけれど。

「……」

 沢山卵を焼いて、その度に失敗して――

 その度に、サクライくんの手つきを思い出して、また作って、また上手くいかなくて。

「で、でもサクライくん、どうしてあんなにクラスに協力的になってくれたのかな」

 ああ――私、またサクライくんのこと、思い出してる。

 あの人のことを考えると、自分がますますわからなくなって、こんがらがっちゃう――変に焦ってしまったり、勘ぐってしまったり、乱れちゃう……

 あの人を見ていると、自分が一体何をやっているのか、わからなくなっちゃう……

「そんなにディズニーランド、行きたいのかな?」

 私はそんな気持ちをごまかそうとしたけれど、口をついたのは、サクライくんに関する疑問だった。完全にドツボだ。

「ふふふ……」

 それを聞くと、エンドウくんは私を見て、不敵に笑った。

「文化祭が終わればわかるよ、何であいつが文化祭にやる気になったか、ね」

「……」

「――あ、ここみたい」

 私は地図と、現在いる自分の位置を見比べる。

 そこには、商店街と名のつく場所には、必ず一軒はありそうな、ひなびた造りの洋食屋さんがあった。現在午後4時、夕食時のための仕込みのためか、入り口のドアノブには「CLOSED」と書かれた吊るし看板が吊るされていた。店の中からは、デミグラスソースだろうか、洋食屋さんのいい匂いが漏れている。

「洋食屋?」

「買出しをするにはおかしな場所だが、とりあえず入ってみよう。違ってたら違ってたでいいし」

 こういう時、物怖じしないエンドウくんが、看板がかかっているドアノブに手をかけて、扉を開けた。

 店内の、20席ほどのホールにはまだ電気がついていないが、夏至が近づいている6月の4時はまだ明るい。店にある窓から自然光が入って、十分見通しが効く程度には明るかった。

 私達が入ってくる物音に、店の裏から小太りのおばさんが一人出てきた。場末の飲食店のおかみさんといった具合の、人当たりのいい感じの印象。

「突然失礼します。僕達、埼玉高校の者です。サクライ・ケースケくんの言付けで、ここに来るように指示されたのですが」

 エンドウくんも、第一印象をよくする術は心得ているし、有名校、埼玉高校の印象を悪くするわけにもいかない。笑顔を浮かべながら、敬語で元気に挨拶した。

「ああ、ケーちゃんの。お話は伺ってますよ。ちょっと座って待っていてくださいな」

 そう言って私とエンドウくんは、店の入り口から一番手前の宅に座らされる。おばさんは私達二人にお客同様に水を出すと、一度裏に下がっていってしまった。

「……」

 ケーちゃん――あのサクライくんを、そうやって呼べる人がいるのか。ちょっと意外……

「おお、君達がケーちゃんのクラスメイトか」

 よく通る声がして、ガラガラと台車を引く音がする。

 厨房の裏から、年季の入ったコック服に、コック帽を被った、がっちりした中年男性が出てくる。男性の引く台車には、大きな段ボールが3箱乗っている。

「ケーちゃんから頼まれた卵、注文しておいたよ」

 おじさんはダンボールをとんとんと叩いた。どうやら本当にここで間違いないようだ。

「あ、じゃあ御手数ですが、領収書を……」

 私がそう言うと、おじさんはそれもサクライくんから訊いているらしく、すぐに私達に領収書を差し出した。

「――え?」

 そこに書かれている金額は、スーパーで同じ数卵を買った時の、半額以下の値段しか書かれていなかった。600個はある卵が、二束三文だ。

「こんなに安く?」

「ははは、ケーちゃんに、大量発注の分、まけてくれってせがまれちゃってね。だからその値段。うちもうちで使う分の卵が安く買えたから、その値段でいいよ」

 おじさんは言った。

「……」

 文化祭は、各団体の利益から、経費を引いた額が一番多かったクラスが優秀団体に選ばれる。領収書を全部提出しなければいけないから、経費を抑えることが、最優秀団体に選ばれる近道だった。

 ――確かに、この値段なら利益は十分出る。卵は意外と高いから、本当にあんな贅沢に卵を使って利益なんて出るのか懐疑的な人もいたけれど、これなら完売すれば、優秀団体はほぼ間違いない。

「あ、よかったらちょっと待っていてくれないか」

 そう言っておじさんは、後ろに引っ込んでいってしまう。

「ごめんなさいね。引き止めてしまって。これ、高校生には足りないかもしれないけど、待っている間、つまんでてください」

 さっきのおばさんが入れ違いに出てきて、私達にサービスで、ハッシュポテトを出してくれた。

 厨房から、ジューッと、何かを焼く音が聞こえてくる。

「しかし、何て言うか、意外です」

 ハッシュポテトに手を伸ばしながら、エンドウくんは言った。

「あいつを、ケーちゃんなんて呼ぶ人がいるなんて」

「……」

 エンドウくんも、それに違和感を感じていたんだ。

「ケーちゃんはこの商店街の生まれでね。観光客の間でも有名な、芋菓子屋の老舗の息子なの。だから小さな頃から知っているわ」

 おばさんが私達の座るテーブルの横に、トレイを持ったまま立って、言った。

「……」

 サクライくんが、私の家からそう遠く離れていない、この商店街の生まれ?

 しかも――この辺で観光客に有名なお菓子屋さんなんて、連想されるのは一軒しかない。私でも知っているお店だ。

「小さな頃から頭がよくて、しっかりした子で、お金持ちの家に住んでいるのに、働くのが好きな子でね。小さな頃から料理を教えて欲しいって、うちに来て、中学の時は、忙しい時は店を手伝ってくれてね。今も、この商店街にあるコンビニで、自分の学費を出すためって、毎日夜中の2時くらいまで特別に働いているのよ。本当に親想いのいい子よ」

「……」

 2年後、この人達は彼の家族に今まで騙されていたことを知り、激昂するのだけれど。

 ――そうか。あの人が学校でいつも寝ている理由がわかった。

 夜中の2時までアルバイトをしていて、私はいつも彼が、朝の6時には学校のサッカー部のグラウンドに来て、一人練習しているのを、入学以来、ずっと見てきた。

 学校で寝ている分、彼はそれ以外の時間、いつも忙しかったんだ。

「――ケーちゃんは、埼玉高校で、上手くやってる?」

 考え込む私とエンドウくんに、おばさんが訊いた。

「あの子、小さな頃からしっかりし過ぎているから、同世代の子が子供過ぎるのか、あまり学校が好きじゃないみたいでね。小学校の時には、かなり酷いいじめも受けていたみたい。それでも全然辛そうな素振りを外には出さないんだけどね」

「……」

「私が言うのもなんだけど――ケーちゃんはいい子よ。ちょっと他人に対して、不器用で、誤解をされてしまうだけなの。だから、あなた達さえよければ、これからもケーちゃんと仲良くしてあげてね」

「――はい」

 私とエンドウくんは、ほぼ同時に返事をした。

「はい、お待たせ」

 折節、厨房からさっきのおじさんが出てくる。

「ケーちゃん、随分頑張ってるみたいだからな。これ、ケーちゃんの差し入れに持っていってやってくれませんか」

 そう言って、私に紙でできた箱を差し出した。厚紙を通じて、中のものの熱が掌に伝わる。どうやらこのおじさんは、さっきからこれを作っていたようだ。

「ケーちゃんに伝えてくださいよ。文化祭が終わったら、奢るから、飯を食べにおいでって」



 それから商店街の八百屋で玉葱を、アウトドアショップで携帯コンロのボンベをそれぞれ買いに行った。

 どの店も、サクライくんが先に話をつけてくれていたので、品物は格安で手に入った。そして、私達がサクライくんのお使いで来たと言うと、どの店の主人も私達を歓迎してくれた。差し入れまでもらってしまった。

「意外だったなぁ、あいつ、地元じゃ割と有名人で、大人から人気あるんだな。学校の教師には総スカン食らってるってのに」

 エンドウくんは、卵のダンボールの乗った台車を慎重に引きながら、隣で玉葱とボンベのダンボールの乗った台車を引く私に言った。

「……」

 部活もやりながら、学費を出すために、自分でアルバイトか――

 身の回りのことを、何でも一人でやっているんだな。あの人は。

 そして、自分の行動の責任も、ちゃんと自覚している。授業をサボっているのも、成績が下がれば、人一倍嘲笑される――自分の行動を人一倍省みて、その上で自分の生き方を、自分で決めている。

 もしかしたら、慶徳を出て、学費の安い県立に来たのは、それが原因かも――普通慶徳なんて名門校に一度入ったら、それを蹴って別の学校に来るなんて、私が楽器を変えることの比ではないほど勇気のいることだ。彼が今、埼玉高校にいることだって、まだ中学生の彼が自分で決めたことだ。自分でアルバイトをして、学費を出すことも、踏まえた上で。

 だとしたら、私は一体何なんだろう。

 自分探しなんて言って、家族に新しい楽器を買ってもらって、私の勝手な思い込みで、家族に浪費ばかりさせて。

 本当に家族のことを思うなら――本当に自分がやりたいことなら、私もサクライくんみたいに、自分で働いて、そのお金で自分のやりたいことをやればいいのに。

 ――甘えてるな。私。彼と比べたら、私の思いは、覚悟もなく、行動も伴ってない。何も出来ない子供が、ただ粋がってみたくて、駄々をこねているのと、変わらないじゃない……

 ――学校に続く一本道に差し掛かると、視界の先に、とても大きな木造の建造物が見えてくる。

 縦10メートル、横6メートルはある巨大なそれは、右側8分の1程を除いては、絵が施されていた。女神や悪魔、天使や動物――そんなものか夕日に照らされた雲海でもみくちゃに入り交じる、まるでルネサンス時代の名画のような、壮大で、少し恐ろしい絵。

「毎日登校しながら見てるけど、あれすごいよな」

 横のエンドウくんは、台車を押しながら言う。

 学校の校門の後ろに、その巨大な建造物はある。文化祭の準備のためか、校門周りの人の出入りは激しい。

 そしてその建造物の右上の方――

 所々に作られている足場にしゃがみ、左手でパレットを持ってアクリル絵の具を調合する、小柄な人影があった。

「おい、ケースケ!」

 エンドウくんはその人影を見上げ、大声で彼を呼ぶ。

 その人影は、絵筆を持ったまま、足場からひょっこり顔を出す。

 所々絵の具の跳ねた黒のTシャツに、茶色のチノパンを履いたサクライくんがそこにいた。


一応補足なんですけど、シオリは料理がまったく出来ないわけじゃないんです。味音痴で味付けがまったく出来ないだけで、味をつける必要のない卵を焼いたりとか、そういうことは普通に出来るんです。盛り付けとかを綺麗に見せるセンスはあるんですが、自分で料理を作ると、味が微妙になるだけで…

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