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Another story ~ 2-11

「――はい、じゃあ来賓の招待に関しての説明を終わります。明日の文化祭、絶対成功させましょう」

 教壇で説明を終えた文化祭実行委員の締めの一言で、場は解散になる。

 手帳と筆記用具を手に持ち、私は教室を出る。

 文化祭前日――既に授業は昨日の午前中で一時中断し、昨日の午後から全校生徒総出で校内の飾り付けが急ピッチで進んでいる。廊下にも沢山の人が出ていて、各教室の入り口を飾りつけたり、資材を運んだり、それぞれ慌しく動いている。

 私は1年E組の教室に戻ると、うちのクラスでも、明日の準備のために、クラスメイトが教室の飾り付けをしていた。普段は殺風景なこの教室は、テーブル代わりに並べられた机に、各家庭から持ち出されたテーブルクロスが敷かれ、花瓶には白い百合の花が生けられ、壁もなるべく白を基調に飾り付けをしていて、上品な感じになっていた。

「あ、シオリ、お帰り」

 アオイをはじめ、クラスの女子が私を出迎える。

「大変だね。成績優秀者は結構仕事に駆り出されて」

 埼玉高校にも、ちゃんと文化祭実行委員がクラスから各2名選出されてはいるが、この学校は県内ではかなり有名な高校だから、文化祭の規模もそれなりに大きく、毎年2日間の来場者数は2万人に迫る。この時期に文化祭をやる高校自体が珍しいし、いわば走りの文化祭を楽しみに来る若者が主な来場者だけど、マスコミなどの取材も来るし世間でも割と注目されているイベントなのだ。

 そんなイベントを、クラス各2名の実行委員だけではとても管理しきれないので、各学年の成績優秀者トップ10あたりは、ほぼ強制的に文化祭実行委員と同等に働かされる。

 私は来賓の案内と、迷子などのトラブル対応の係を掛け持ちしている。さっきまで空き教室で、来賓案内について、時間ごとの交代のシフトなどの発表があったので、そちらに一時参加していたのだった。

「ううん、みんなにクラスのこと、任せちゃってごめん」

 私はクラスを見回す。

「随分綺麗になったねぇ」

「えへへ。オムライスの黄色なら、白が合うんじゃないかって意見を参考に、飾り付けてみたんだ」

 私達の教室は、教室の黒板の周りを、机を沢山並べて厨房代わりにしている。机を重ねていることで、死角を作り、その死角での作業も出来るようにしてある。オムライスを作る女子の影で、男子が見えないところで玉葱を切ったり、卵を割ったり、そういう面倒な作業をやらせるためだ。来場者の座るフロアは机の間隔を空けて、広々とした空間を取って、ちょっと贅沢な食事気分を味わえるように配慮してある。

 しかしこの客席ではあまり沢山のお客をさばけないので、私達はテイクアウトも行うことにした。オムライスの他に、オムそばも作り、儲けを伸ばすことにしたのだった。

 そこで、教室の引き戸ががらりと開いて、二人の男子が入ってくる。

「わぁ、似合う似合う!」

 女子達は声を上げる。

 女子の視線の先には、ワイシャツの下に黒のロングジャケットという執事ファッションを取り入れた、フォーマルな格好をしたエンドウくんとヒラヤマくんがいた。

「全く――女子におかしな格好をさせなかったのに、俺達が変な格好をさせられる羽目になるとはな」

 エンドウくんが肩をすくめる。

「俺はこの服を調達した女子が空恐ろしく感じるよ」

 ヒラヤマくんは、首を傾げる。

 二人はうちのクラス――学年でも有数の長身とスタイルの良さだ。だから黒のフォーマルな格好はよく似合う。

 二人はこの執事風の格好で、お客様に紅茶やコーヒーを入れる役になったのだった。コーヒーは豆を轢き、紅茶はちゃんと葉から入れる。

オムライスは、若い男子や家族連れなどは客層に入っているが、若い女の子は、あまり面白味がないということで、このクラスでも目を引く美少年の二人がこの格好で客引きをするようにと、女子の間で決まったのだった。

「今日は一夜漬けで、お茶の入れ方を覚えないとな」

 ヒラヤマくんは言う。2人ともお茶なんて入れた経験がないのだ。

「あ、そうだ」

 女子のひとりが言った。

「これ、サクライくんが置いていって。もう話をつけてあるから、誰かここに行って、材料を取りに行ってくれ、って」

 そう言って、一枚の紙切れに書かれた地図を差し上げる。

「へえ、サクライくん、そんなことまでしてくれたんだ」

 女子のひとりが言う。

「誰か、ここに行って、買い出ししてこないと」

「あ、じゃあ、私行くよ」

 私は立候補する。

「え? シオリはただでさえ部活でクラスにあまり出られないんだから、そんな簡単な仕事しないでいいのに……ここでみんなに指示出してよ」

「でも――私地元だから、多分迷わないで行けると思うし」

 埼玉高校は、全国有数の進学校だ。県立ながら、半数が他県から登校し、県内の生徒も、地元川越に住んでいる人はほとんどいない。

 私はそんな埼玉高校でも珍しい、地元出身者なのだった。

「でも、買い物なら荷物も多いでしょ? 誰か力のある男子と一緒に行った方が……」

 クラスメイトの女子がそう言うと、男子達の目の色が変わる。

「あ、じゃあ俺、マツオカさんと行くよ」

「俺も俺も!」

「……」

 数秒で、私の前にクラス中の男子が殺到するのだった。

「まあ待て待て」

 一人の男子の声で、その喧騒は中断する。

 口を開いたのは、その様子を静観していたヒラヤマくんだった。

「ジュン、お前が行けよ」

 そう言って、エンドウくんを見る。

「どうやらクラスでお前が一番安全そうだし、力もある。荷物持ちとしては、悪くないと思うけどな」



 ――そんな流れで、私は今、エンドウくんと二人で学校を出て、校門外の坂を登っていた。

「しかし、この格好で外に出させることないと思わないか?」

 エンドウくんはいまだに女子に着させられた、執事風の黒ジャケットを着ていた。

「もう6月だってんだよ……生地黒いから、結構暑いんだよ、これ」

 エンドウくんは袖を振りながら、私に服を見せる。

「でも、この格好している以上、マツオカさんにもちゃんと御奉仕しないとね」

「え? い、いいよ、別に……」

「えぇ? お、お嬢様ぁ、置いてかないでくださいよぉ」

 エンドウくんは、ふざけて涙声を作る。

「――どう? ダメ執事バージョンなんだけど。ダメ執事って、母性本能くすぐる?」

 それからエンドウくんは、にこっと私に微笑みかける。

 私はふふっと笑う。

 他の女子曰く、エンドウくんは「友達と彼女だったら、絶対友達を優先するタイプ」「男とバカやってる方が楽しいって感じのガキ」ということで、黙っていればカッコいいのに、ヒラヤマくんのように評価が高くなかったけれど、私の中では彼の評価はすごく高かった。はじめはサクライくんよりも高かったように思う。

 エンドウくんはいつもニコニコしていて、声のアクセントもいつも柔らかで、男子が苦手な私でも、強張らずにリラックスできてしまう。

逆に私は、ヒラヤマくんのようなプレイボーイ風の男子が、はじめはちょっと苦手だったけれど、ヒラヤマくんがエンドウくんを私の付き添いにあてがってくれたことに感謝したかった。彼以外の男子だったら、私は緊張して、一緒に歩くことも苦痛だったように思う。

「しかし、前から思ってたんだけどさ……」

 歩きながら、エンドウくんが言う。

「マツオカさんって、もしかして、男子が苦手?」

「え?」

「いや、マツオカさん、可愛いのに、あまり男慣れしてないなぁ、って感じる時があってさ。才色兼備で、中学あたりからもててただろうに」

「……」

 ――ど、どう言えばいいんだろう、こんな時。

 せっかく買出しで、重いものを持ってくれようとついてきてくれた男子の前で、私は男子が苦手です、なんて、実に失礼だ。エンドウくんは指名されて、好意でついてきてくれたっていうのに。

「――別に気にすることないぜ? 人には嗜好がそれぞれあるしな」

 エンドウくんは、そう考えている私を察したのか、そうフォローを入れてくれた。

「……」

 何となくこの人といると、安心感がある。私は自分が男子が苦手だということを、正直に話した。

「ふぅん」

 エンドウくんはそれにちゃんと相槌を打って訊いてくれた。賑やかな人だけど、人の話はちゃんと訊く一面も持っていて、何だかとっても話しやすい。

「――ごめんなさい。エンドウくんもこんな話訊いたら、私と一緒にいるの、気を使って疲れちゃうでしょ」

「いや、最近はそういうのも立派な病気だよ。PTSDなんてのもあるし、スポーツにはイップスなんてのもある。そういうのは特殊なセラピーが必要だし、素人の俺がとやかく言う問題じゃない」

「……」

 エンドウくんは優しい。そう言ってもらえることで、私は少し、気持ちが軽くなった。

「じゃあ、俺といるのも緊張するか――」

「う、ううん、エンドウくんなら、あまり緊張しないから……」

「――それも男として、ちょっと悲しいが」

 エンドウくんは私の言葉に、複雑そうな顔をする。

「あ……」

 私はとっさに、失礼なことを言ったと思って、その発言を何とかフォローしようと思う。

「でもいいんじゃない? それって俺を男と意識してないってことだろうし」

 だけどエンドウくんはその前に、私ににこっと笑った。

「なんなら、こうして二人で歩いてるの、犬の散歩かなんかだと思い込んでみるとかどう?」

「え?」

 そう言ってエンドウくんは、私の方を向いて、ひょうきんな声を作った。

「わんわん! 私はあなた様の犬ですワン! 何なりとご命令を!」

「……」

 それが、何だかとっても可笑しくって。

「ふふふ……あはははは……」

 私は思わず笑ってしまった。お腹が痛くて、息が苦しくなるくらいに。

「――あら、まさかこんなにウケるとは思わなかった」

 エンドウくんも、私が立ち止まって、お腹を押さえて笑うのを見て、少し意外そうな顔をした。

 そして、私の笑いが収まるまで、しばらく待っていてくれて、それからまた歩き出した。

「ふふっ――エンドウくんって変な人ね」

 私は思わず笑ってしまう。

「私、一緒に行くのがエンドウくんでよかったな。私、まだあまりクラスの男子とは接点ないから」

「そりゃよかった」

 あまり男子と積極的に関わらない私でも、エンドウくんは話しやすい。

「ま、身の程はわきまえてるからな」

「え?」

「俺みたいな一般市民(パンピー)がマツオカさんと付き合うなんて大それたことしたら、学校中の反感を買うってわかってるからさ」

「そんな――」

 中学の時からいつも思う。誰も私の本当の姿を知らないと。

 泣き虫で背も低く、胸も小さく、風貌が子供っぽいし、料理に不向きな味音痴ぶり。おまけに今の私は吹奏楽部で皆の足を引っ張る初心者で、とてもカッコ悪い人間だと思う。

 私がもてはやされる理由なんて……

 赤信号に差し掛かり、私達は足を止める。

「これは単純に俺の純粋な興味として聞くけど――マツオカさんは恋愛とか興味ないの?」

 エンドウくんが隣で私の目をのぞきこむ。

「……」

 恋愛――

「――正直、よくわからないの」

 私は言う。

「まだ私、自分のことで精一杯だから……誰かとより、今は自分と向き合いたいかなと思ってて」

 皆私のことを、完璧だなんて持ち上げるけれど、最近私は、時々泣き出したくなるような気持ちになることがある。

 私はまだ、高校に来てから何一つ何かを成し遂げていない。

 中学の時から私は何も変わっていない。環境が変わっても、人といる中での私のポジションも、何も変わらない。

 それで家族が喜んでくれるし、兄弟が私を誇りに思ってくれることは嬉しいけれど……

 それだけでいいのだろうか。そう思っていても、何も変えることのできない自分。

 そんな私が、恋愛なんて、まだ考えることも出来ない。

「時は待ってはくれない」

 エンドウくんが言う。

「マツオカさんがそう思っていても、この文化祭が終われば、マツオカさんに言い寄る男は増えるだろうね。だって、ミスコンに出るんだろ?」

「……」

 私自身は目立つことはあまり好きではないので、出たくはないのだけれど、クラスや吹奏楽部の同級生に推薦されてしまい、文化祭の目玉企画、ミス埼玉高校に出場することになってしまったのだった。

「男子のうちじゃ、マツオカさんがミス埼玉高校になるのは確定的だってもっぱらの噂だ。残念ながらその流れは止められないな」

「……」

「文化祭が終わるまでに、恋愛について、それなりの答えを出しておいた方がいいと思うよ」

 エンドウくんがそう言うと、信号が青に変わる。

「それは――私への忠告?」

 私は信号が青になっても歩き出さず、隣のエンドウくんの横顔を伺った。

「ま、そんなとこ」

 エンドウくんは手を横断歩道にやって私を促す。執事として、私の後についていくということらしい。私が横断歩道を渡ると、エンドウくんも後ろをついてくる。

「ユータもそう思っているから、文化祭前にフライングする奴と君を一緒に行かせたら、かわいそうだと思って、俺を今日君にあてがったんだろうからな」

「――ヒラヤマくんが?」

「ああ。だから、この忠告をするのは俺の役目かなってとこ」

「……」

 この買出しをきっかけに、私はエンドウくんとは、今後も色々と話が出来る相手として、友達ともいえない距離感だったかもしれないけれど、色々話が出来る相手として認識したのだと思う。


どうやら最近、歌詞の無断転載が禁止されたようで…


この作品、結構それを使ってしまっているからなぁ…今後どうするか思案中…

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