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Another story ~ 2-1

このアナザーストーリーは、本編の補足程度の内容なので、これを読まなくても、第3部で困ることはないと思います。本編の印象に影響を残したくない人、第2部からの流れで第3部を読みたい人は、読む読まないは個人の判断にお任せいたします。

 3月――

 梅の花が散りはじめ、まるでそれを合図にしたように、桜の蕾が膨らみ始める。

 そんな、梅の花が舞う中、私は人混みの後ろ、背伸びをして、右手に受験票を握り締め、目の前の掲示板に目をやった。

「あ、あった」

 私の受験番号、1341番は、貼り出されたばかりの紙に、確かに書かれていた。

 と思っても、1を7と見間違えてないか――2つも1があったので、そんな間違いがないとも限らない。私は二桁に達する程、受験票と掲示板を交互に見直すのだった。そんな自分の気の弱さに自嘲しながら。

 そしてやっと、自分の番号だと確認して、ほっと一安心。

 入学書類を受け取って、校舎の横でお母さんにメールを打った。

 携帯電話を閉じて、私はまだ人ごみの引かない掲示板の向こうにある、伝統を感じる古めかしい校舎に目をやる。

「来月から、私もここに通うのね」



 教室に戻ると、クラスメイトは私立専願でもう進路の決まっているクラスメイトが数人いるだけだった。みんな自習中だ。

「あ、一番乗り! どうだった?」

 クラスの女子が私に駆け寄ってくる。

「うん、受かってたよ」

 私はあの後、受験票と引き換えに貰った入学書類を見せる。

「わぁ! さすが! 埼玉高校にあっさり合格かぁ」

「今年学年一人だけなんでしょ? 埼玉高校」

 みんな私を祝福してくれる。

 今日は埼玉県の県立高校が一斉に合格発表を行っている。私の中学校から、埼玉高校は最寄りの県立高校だ。だから私は一番乗り。

 ――職員室でも、私は教師達から祝福され、私の名前の上には、一際大きい薔薇が付けられた。

「まぁ、2年の時から模試で12回連続安全圏を出していたから、心配はしてなかったが」

「うちから4年ぶりに埼玉高校合格者が出たか……全く我が校の誇りだよ」

 教師達は口々にそう言った。

「……」

 12回連続安全圏とは言え、あそこまで合格発表を見直した私は、どこまで自分に自信がないんだろうと、改めて思う。

 まあ、仕方ないよね。単願だったし、落ちたら高校浪人だったもの。

 もう一度教室に戻ると、クラスメイトは全員帰ってきていて、それぞれの結果に沸き立っていた。

「受験もやっと終わった……進路も決まって、あとは卒業式だけかぁ」

 女子達はみんな私の机の前に集まる。

「せっかくだし、女子だけで進路報告会兼ねて、打ち上げやろうよ」

「あ、行く行く! 久し振りにカラオケ行きたい!」

 私の周りで、みんなは解放感からテンションを上げている。

 私も声をかけられる。

「あ、ごめん。今日は家族が待ってるから」

「そっかぁ……相変わらず家族想いだなぁ」

「て言うか、歌を歌う場は苦手だもんね」

「そうそう。ピアノとバイオリンは、全国入賞もしている腕なのに、歌は苦手なんだよね」

「あ……別にカラオケが嫌だってわけで、今日行かないんじゃないよ」

「わかってるよ。家族想いだってこと、みんな知っているもの」

「……」

「家族とゆっくりしてきなよ。受験中はずっと頑張ってたんだし」

「ごめんね。卒業式の後は付き合うから」

 私は軽く頭を下げる。



「ただい……」

 私が家のドアを開け、敷居をくぐりかけた時。

 パン、パン、と、大きな破裂音が鳴り響き、私の心臓が口から飛び出そうになる。

「きゃっ」

「お姉ちゃん、埼玉高校合格、おめでとー!」

 微かにたなびく煙と火薬の臭いの中、玄関先で片膝をついて、お母さんのアユミと妹のシズカ、弟のシュンが、口の開いたクラッカーを構えていた。

「……」

 満面の笑みを浮かべる3人とは対照的に、私は呆気にとられていた。

「――あれ? はずしちゃった?」

「だからシオリ姉には、サプライズより直球の方がいいって言ったんだよ。まったくシズカ姉は……」

 首を傾げるシズカに、シュンがため息をつく。

 私は肩や頭にかかる、クラッカーの紙テープに手をやる。

「シオリちゃん、本当によくやったわね」

 だけど、それより早く、お母さんが私の頭に手をやって、紙テープの上から私の頭を撫でた。

「ち、ちょっとお母さん……」

 私は恥ずかしくて、視線が勝手に下に下がってしまう。そんな私を、シズカとシュンは、何とも幸せそうに見つめていた。

「さぁ、長い間気を張って疲れたでしょ? 今日はパートを早く切り上げてもらったから、一日かけて美味しいもの作るからね。シオリちゃんは部屋で休んでて」

「さぁさぁ、鞄持ちますよ、お姉ちゃん」

 そう言ってシズカは、私の手に持つ鞄を手に取り、私の背を押して、二階にある私達の部屋に上がらせるのだった。

 私はシズカと8畳一間の部屋を共同で使っている。シズカが小学校に上がってから、6年使っている二段ベッド。机はシズカ用の机がひとつ。部屋の自由を妹に譲った私は、勉強はリビングか、防音加工の施された部屋を主に使っている。

 部屋はほとんどシズカの趣味で飾り付けられている。私自身はあまりものを置かないけれど、シズカはクレーンゲームで取ったぬいぐるみや、姿見など、色々なものを部屋に置き、とてもファンシーな部屋になっていた。

「もう……12回連続安全圏だったのに、大袈裟だって」

 私はクローゼットから部屋着を取り出して、制服を脱ぎ、着替え始める。

「それでもお姉ちゃん、毎日遅くまで頑張ってたじゃない」

 シズカは下のベッドに腰掛けて、そう言う。

「しかも、秋までは中学最後のコンクールに向けて、練習ばかりしてたし、終わったら休む間もなく勉強だったし」

「……」

 私は中学で、テニス部に所属していたけれど、小学校からピアノとバイオリンを習っていた。秋まではレッスン漬けで、両方とも全国で入賞を果たした。受験に向けて活動をはじめたのは、他の同級生よりも後だった。

「でも、高校に入ったら、本当にピアノもバイオリンもやめちゃうの?」

 シズカは聞く。

「うん……ピアノもバイオリンも一人でやってたし。テニス部も、レッスンで休まなきゃいけない時もあったから、シングルス専門になっちゃったし。高校は部活に入って、みんなでひとつのものを作ることに、ちょっと憧れてたんだ」

「そっか。まぁ頑張り屋のお姉ちゃんなら、高校で楽器を変えても、人並み以上はできそうだけどね」

「……」

「それにしても、お姉ちゃんも高校生かぁ」

 シズカはニコニコ顔だ。

「お姉ちゃんも、高校に入ったら、ステキなカレシなんかできちゃうのかなー」

「え?」

 私はピンで髪を止め直しながら、シズカを見ると、シズカは私から引ったくった鞄を漁って、一通の封の開いた手紙を出した。

「ちょ……シーちゃん」

「マツオカ・シオリさん。突然こんなお手紙を差し上げてごめんなさい。明日の放課後、体育館裏に来てください――あはっ、やっぱりまたあった!」

 シズカはその手紙を読んで、はしゃいで見せる。小6のシズカはおませ盛りで、こういう恋の話が大好きだった。

「まぁ、お姉ちゃんのことだし、結果は聞くまでもないけど――やっぱり卒業が近づくと、ダメでも言いたいって人が殺到するんだねぇ」

「……」

 今シズカが持っている手紙は、今日学校に行ったら、私の机の引き出しに入っていたものだ。トイレの中で見て、私は気が重くなった。

「私、男子とあまり話したことないんだけどなぁ。何でそんな私を、好きなんて言えるんだろう」

「普通お姉ちゃんくらいスーパーガールだと、男の子も自分とは釣り合わないと思いそうだけどね」

「……」

「成績3年間トップ、テニスでも埼玉県の強化指定選手候補、ピアノとバイオリンは全国入賞! それでも男が気後れしないで告って来るのは、やっぱりお姉ちゃんのその優しい性格かな」

「……」

「公立中学じゃ、お姉ちゃんの心を動かす男の子はいなかったかもしれないけど、埼玉高校にはいるかも知れないよ?」

「うーん……私は、恋とかよくわからないよ」

 私は――まだ、本当の恋を知らない。

 誰かに対して、抑えようのない感情を抱いたことは、まだない。

「でも、いつかはお姉ちゃんだって、恋をするでしょ」

「……」

「どんな人なんだろうなぁ、お姉ちゃんが恋に落ちちゃうような人って。ジャニーズみたいなイケメンだったら、私にも会わせてね」

 小学生の妹に、恋を説かれることに、複雑な感情を抱くけれど……

 私をこうして慕ってくれる妹は可愛い。

 私は今、それだけで十分だった。恋なんかしなくても、十分幸せだった。

 この家族といる時間が、私は好きだから。



「埼玉高校合格、おめでとー」

 お父さんが帰ってきて、私は下のリビングに呼ばれる。

 部屋には垂れ幕や輪飾りで彩られ、私の座る椅子の後ろには、恐らくシュンが毛筆で書いた、上手とは言えないけれど、豪快な字で、シオリ姉ちゃんおめでとう、と書かれていた。

「カンパーイ!」

 お父さんお母さんはビール、私達はジュースで乾杯した。

 私の家はいつも家族のお祝い事は賑やかだ。笑い声が絶えることはなく、話はいつまでも尽きない。

 お母さんの手作りケーキや、ご馳走を沢山食べると、お腹も満ちて、とても幸せな気持ちになる。

 10時過ぎまで家族水入らずで過ごして、シズカとシュンは部屋に戻っていく。

「シオリちゃん、いいのよ。今日の主役だし、進路も決まって疲れたでしょう」

「いいよ。何かやらせきりだと、落ち着かなくて……」

 私はお母さんの横で、洗い物にとりかかる。

 普段お母さんは、パートで家にいない時間が長い。だから私は長女として、小さな頃から家事をして来た。もう習慣だ。

 それが落ち着くと、お母さんがミルクティーを入れてくれた。私はそれを飲んで、一息つく。お父さんはリビングでニュースを見ていたけれど、それを消してお母さんの隣に座る。

「しかし、本当によかったのか?」

 お父さんが聞いた。

「埼玉高校は確かにいい高校だが、シオリの頭なら、東京の私立にもっといいカリキュラムの高校に入れたのに」

「いいよ。うちは下に二人いるし、二人とも私が小さい時から、ずっと働いてくれてるんだから、あまり二人に金銭的負担はかけたくないから」

「……」

「それに私、贅沢とか、着飾るとかに疎いから、都内のお嬢様とかと打ち解ける自信ないもの」

 そうして照れ笑いする私を見て、お父さんは涙ぐみ、お母さんはそれを慰める。

「いやだなぁお父さん、歳を取ると涙脆くなっちゃって」

「まったく――シオリちゃんは小さい頃からシズカとシュンの面倒を見てくれて、今までわがままひとつ言わなかったよね」

 お母さんはそんな私を見て、心配そうに言う。

「でも、シオリちゃんだって私達の子供なんだから、たまには私達にわがままを言ってもいいのよ」

「……」

 そんなことを言われても、小さい頃からこれが当たり前から。

 でも、私はこうして仲のいい家族がみんな大好きだから、これでいいと思う。

 どんなに友達が祝ってくれても、私にはこの家族のちょっと騒がしいくらいのお祝いが、一番ほっとする――

 だから、私はこうして、家族が喜んでくれたら、それでいいと思う。

 私にとって、今大切にしたいものは、この家族なんだから――

「大丈夫だよ。やりたいことを十分やらせてもらっているし、お小遣いもこれ以上いらないし、欲しいものなんて、何もないよ」

 家族のことを思って、そんな言葉が口に出る。

 だけど――

 私はもう、ずっと前から感じている。

 学校でも、家でも、常に満ち足りた、穏やかな生活の中でも、心の奥底でバリウムのように沈殿する、かすかな違和感を。

 家族のためという気持ちも、今の生活に不満はないという気持ちも、嘘はないけれど。

 今の生活は、何かが違う気がする。

 私の欲しいもの、私の望むものが何なのか、見えているのに、何も見えていないようで。

 具体的に、それが何を指すのかわからないことに、私は少し焦っていて、同時に、こんな満ち足りた生活の中でも不満を覚えている自分の内面が、ひどく利己的で我が侭で、醜いもののように感じられて。

 もう終わってしまう中学校生活を振り返ると、私はそんな、誰にも言えない自分の内面の嫌な部分を消し去りたくて、必死で目の前のことに打ち込もうと努めていただけなのかもしれないと思う。

 でも――それでも私の心に長く残っている、この違和感は消えることはなかった。

 私はこの時、迷っていた。

 高校で私は、何をすればいいのだろう。

 今のままでは、中学時代の繰り返しだから。

 私はこれから、どうやって生きて、何とどうやって向き合っていけばいいのだろう……

 そんな考えを巡らせている中、我が家の固定電話のベルが部屋に鳴り響いた。 お母さんが電話を取る。こんな時間に誰だろうと思いながら、私はそれを見ている。

 受話器に耳を当てるお母さんの声は、殆ど相槌だったけれど、次第にその声が張りを帯びてきているように聞こえる。

「シオリちゃん。埼玉高校から電話よ」

 しばらく話して、お母さんは私に受話器を差し出した。

「もしもし、お電話代わりました」

「あ、もしもし。私県立埼玉高校の職員のものですが――この度の入試で、マツオカさんが満点のトップで合格したので、来年度の入学式の新入生挨拶をお願いしたいのですが――」

 この報告の後、再び家族が集まり、二次会が遅くまで続いたことは、言うまでもなかった。

連載が長期止まって申し訳ありません。作者のPCの調子が悪く、修理に出していたもので…第2部終了というところで止まって、作者がまだ書くことが決まってないんじゃないか、と心配された読者さんもいるのでしょうか。とにかくこれからは暇を見てゆるゆる更新していきます。


見ての通り、これからしばらく本編はお休みして、感想を見る限り、人気のあるキャラのような、マツオカ・シオリのアナザーストーリーをお送りしたいと思います。第3部では、しばらく出番がないので…

前回のユータ編よりも、話数が多くなると思いますが、ご了承ください。しかしこの話を読んで、読者の方のシオリのイメージはどう変わるのやら…

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