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Scorching

 皆は声には出さなかったが、理解に苦しむといった顔をした。

「ケースケ……」

 ユータが僕をなだめるような声を出した。

「ケースケくん。意地を張るな」

 ナオキが、僕を説得しようとした。

「君はこんなことで、足を止めていい男じゃない」

「……」

 僕は顔を上げると、目の前のアイスコーヒーを口に含んで、ひとつ咳払いをして、それに答えた。

「お話を拝聴して来ましたが、僕もその通りだと思います。僕はこのまま終わるわけにはいかない――あの家族の手の届かないところまで上り詰めた僕の姿を見せ付けて、家族に復讐しなければならない――僕自身、今でもあいつらのしてきたことに、腸煮えくり返ってますから」

「なら、どうして・・・・・・」

 校長が苦い顔をする。

「きっと、皆さんの申し出を受けて、サッカーの代表に返り咲いたり、学業の道に戻る道を選べば、数年、あるいは数ヶ月で、簡単にあの家族を見返すことは出来るでしょう。しかし、皆さんの申し出を受けて、満天下にカムバックしたとしても、僕のこれからやることは、どれだけ立派な大義名分を立てても、結局は憎悪に満ちた復讐に過ぎません。そんなもののために、表舞台に戻って名声を得ても、そんなものは次第に崩れ去ります。僕にも既に大義はないのですから」

「……」

「この雑誌に載るように、心から僕を応援してくれる人がいるのは、嬉しいことですが、今の僕には、この人達の気持ちに報いるものは、もうありません。今僕にあるのは、どす黒い復讐心のみ……今はまだ僕を哀れんではくれますが、僕が次第に、復讐の炎に焼き尽くされる姿を見れば、皆は僕を邪視し、今のように、皆さんの心をつなぎ得ることは出来なくなります。そうなれば結局復讐にも名分は立たず、それどころか、僕の人生に、更に泥を塗る結果となり、今、僕を応援してくれる、多くの人の気持ちまで汚してしまうことになるでしょう。僕は今、乱れきった胸中の中にいても、これ以上、皆さんを傷つけ、悪人のレッテルを貼られることを恐れます」

「……」

 誰もが黙ってしまった。

そう――僕はもう、家族への憎しみ以外の感情が、全てぼやけてしまっている。

もう、サッカーをしても、もう、笑うことは出来ない。

それに、きっともう、これからの僕の行動全てが、家族への復讐の影に染められる。

こんなに憎しみにとらわれている自分が間違っていることは、過去に過ちを犯し続けてきた僕自身が、一番よくわかっている。

――僕は、今、明らかに間違っているんだ。人として。

それは分かっている。分かっているのに……

どうしても、この憎しみを、抑えることが出来ない。

忘れようとしても、目を閉じると、友が殴られたシーンが蘇って、心が紅蓮の炎に苛まれる。

話を聞いた限りでは、あの家族は、僕が手を下さなくても、僕を現状支持してくれる人や警察、法が裁きを下し、勝手に滅びるだろう。

でも――僕はそれだけじゃもう収まらない。

「僕は、自分のこの手であの家族に裁きを下す。法が許さなくても、世間が後ろ指指しても関係ない。絶対に、あいつらを許さない……」

自分の今の感情を、僕は初めて口にする。

それだけで、僕の胸は、ざわざわと蠢き、苦しくなる。自分の声に棘が纏うのもはっきりと感じるし、気が付けば、自分の拳を強く握り締めていた。

もう、体中が、あの塵芥(ゴミ)共に罰を与えたくて、仕方ないと疼くんだ。

そんなものに、もう誰も巻き込めない。巻き込むわけにはいかない。それをしてしまったら、僕も結局、自分の都合だけで周りの人間を無差別に傷つけ続けた、あの家族と同類になってしまうから。

「それに……」

 僕は脇にいる、ユータ、ジュンイチを見た。

「僕が勉強でも、サッカーでも、結果を出せたのは、ここにいるヒラヤマくんやエンドウくんや――色々な人の支えがあってのことで。それに気がつかなかった頃は、僕はどこにでもいる人間に過ぎなかった。家族にいいようにされてた頃は、集中力を欠いて、心身共に散漫で、サッカーもちょっと技術のある程度の一ボランチに過ぎなかった。勉強もちょっと出来るってだけの一生徒に過ぎなかった。世界の名選手達が、私的な恨みのために、サッカーをあそこまで芸術的レベルに高めることが出来るでしょうか? 考えてみれば、当たり前なのに――あの頃の僕は、そんなこともわからなかった」

「ケースケ……」

 ジュンイチが、しみじみ僕の名を呼んだ。

「そして、今の僕は、再びそれを見失いかけています。だから、今の僕は、もう臥龍と呼ばれた力は、もうないでしょう。今のままでは、表舞台で成功して、華やかな姿を家族に見せつけることもかなわないでしょう」

「怒りや憎しみで、道を踏み外すのか? 冷静な君が、怒りで道を見失うか?」

 校長が強い語勢で言った。

「間違っているのはわかっている。だが、あの家族と同じ血が流れているという気持ちの悪さが、僕をどうしようもなく拘束する……生まれてきて、自分の血を嫌悪しないことなどなかった。そして、今僕は、それが無性に憎くてたまらない。だから――終わらせてやるんだ。僕の、この手で……」

「……」

「正義とか、倫理じゃない。それが出来ないなら、僕は僕を許せない……僕の甘さで、大切な人まで傷つけたのに、こんな誰かに後押しされただけの裁きで終わりになんて、僕には出来ない」

 既に、そこにいる誰もが、色を失っていた。いつもは冷静で、穏やかな顔色をした僕が、これだけの決意で復讐戦に望もうとしているとは、想像できなかったのだろう。

「それに、このままおめおめと、皆さんの申し出に甘えてしまって、皆さんの援助の下で、復讐を成就しても、あの家族は大して堪えないでしょう。このどん底から、自力で這い上がって、復讐を成就してこそ、本当の男の本懐であると、僕は信じますが……」

 僕は、ここで自分でも気付かぬうちに、自らの邪心を吐露した。

僕はこの時から、家族をより激しい痛みに苛むことを考えていたのだ。

 そこにいる誰もが、僕の隠された憎悪を垣間見て、ぞっとしただろう。言葉は柔らかだが、僕の、邪心を纏った、復讐への決意を訊いて、皆はもう、何も答えなかった。

 そう、目の前にいる男は、メディアやテレビを通じて見た、サクライ・ケースケじゃない。いまやただの復讐鬼なんだ。

 そこにいる誰もが、僕の言に反論の余地を失っていたので、しばらくの間、誰も口を開かず――自然と解散になった。

 この時、臥龍、サクライ・ケースケは死んだのだった。

 時代の寵児だとか、そんな不慣れなお芝居はもう終わりだ。今から僕は、一介の人間に戻る……


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