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Guest


僕はユータの脇に抱えられている松葉杖に目が行く。

「……」

 あの時、ユータは親父に椅子で、脛を思い切り叩かれた。その時の怪我のせいだ。

 そういえばさっき、ユータ『も』大会に出ていなかった、と、女性が言っていた。今の時期、埼玉高校が勝ち進んでいれば、二人がこんな所に来るはずはないから、埼玉高校は、もう全国大会で敗退した、ということか。

 そんな考えを巡らせている時――

 いきなりジュンイチが僕に飛び着いて、体を強く抱きしめた。体が大きくなっても、まだジュンイチより全然小さい僕は、簡単に砂浜に倒れこんだ。

「ははは、何だ、この頭は!」

 ジュンイチは、僕の短く切り揃えた髪をぐしゃぐしゃと撫でた。。倒れたまま見る海岸の夜空は、天の川までもがとても綺麗に見えた。

「ジュンイチ……」

「ちぇ、俺も脚がこうじゃなかったら、感動の再会シーンとしゃれこみたかったぜ」

 ユータの呆れるような声。

「――何でここが」

 言いかけた時、空を仰ぐ僕の視界に、ぬっと人の頭が入ってきた。タケルだった。

「ユーイチ、このヒトたち、だれだ?」

 タケルが僕を見下ろしたまま、どんぐり眼をくりくりさせ、首を傾げた。

 ジュンイチは、その声に顔を上げ、僕から離れ、立ち上がった。僕も半身を起こす。

「アンタたち、こいつはユーイチだぞ! ケースケなんてやつじゃないぞ!」

「タケル……」

 後ろにいたミチルが、困った顔をして、タケルの小さい体を抱き上げた。

「――ユーイチ……?」

 ユータはその名前を、怪訝な表情で繰り返す。そして3秒後、ぷっと吹き出した。自分達の名前を合体させただけだと気付いたんだろう。

「ユーイチくん」

 ナオキが僕を呼んだ。

「君は、一体……」

「……」

 もうこれまでだと思った。これ以上、この家族にも嘘はつき通せない。

 正直に白状しよう、と、意を決しかけたその時。

 堤防の影から、また3人のスーツの男性が降りてきた。

 一人は埼玉高校の校長。もう一人は日本サッカー協会の会長。そしてもう一人、一人だけ若い彼は、先日オランダに行った時も世話になった、日本サッカーU‐20代表の監督だった。

「……」

 僕はその3人の顔を確認し、ひとまずナオキ達に本当の事を話すという思考が分断されて、この来客の思惑を想像し始めていた。


「それでは、私はこれで・・・・・・」

 考えているうちに、赤ら顔の警官は踵を返し、堤防の向こうへと歩を進めた。

「あ、あの!」

 僕は去って行く刑事の背中へ呼びかけた。赤ら顔の刑事は、振り向いて、ニコと笑った。

「わかってます。しばらくあなたの行方に関してはマスコミへの発表は控えるように、先日決まりましたので。これ以上、パニックの場を増やすのもあれですしね」

 そう言って、彼は踵を返した。僕も、それを訊いてとりあえずほっと息をついた。これ以上、というフレーズに、少し引っかかった部分はあったが。

 それだけでも、僕を逮捕しに来たのが、警察の目的ではなかったことがはっきりしたので、とりあえずほっとした。

 来た客の残りは5人――5人ともそれぞれ、僕に用事があるので同行したのだろう。

「……」

 とりあえず、僕はこの人達の話を聞くしかない。だから今、僕から話すことが、何も思い浮かばなかった。

「あ、あの……」

 沈黙を破ったのは、ミチルだった。今になって、僕の名前をどう呼んでいいかわからず、呼び方を躊躇したのがわかった。

「良ければ話はうちで……とにかく、中へどうぞ」



 ナオキもミチルも、客人を見て何かを感じたのか、海の家に通し、テーブルに上げた椅子を下げ、僕達にアイスコーヒーを出した。

「ケースケ、このひとたち、だれだ?」

 タケルはこの一週間、僕が見せたことのない、真剣な顔をしているのを見て、不思議に思ったのかもしれない。僕はタケルの頭を撫で、大丈夫だよ、と言った。

「3人もよかったら、同席してください」

 3人ともはじめは、緊張して辞退していたが、僕の過去をまったく訊かずに受け入れてくれた、この人達には、僕と一緒に話を訊いてほしかった。

 スーツ姿の3人と僕が向かい合って座り、ユータ、ジュンイチと、ナオキ達がそれを横で見守った。

 U‐20の監督は、精悍な顔つきをし、肌は浅黒く、優しそうな顔には若々しさが体に溢れていた。イイジマに年齢が近いし、感じが似ている。

もう一人は、体も小さく、歳もかなり召していたが、常に微笑をたたえていて、菩薩のようなお爺ちゃんだった。この人とは、オランダでメダルをもらった時に、激励かいなんかで顔を合わせたことがある。直接の面識は浅いけれど……

 話をはじめる前に、僕は少しだけ時間をもらい、ナオキ達3人に、僕の本名と素性を説明し、今まで偽名まで使って騙していた事を謝罪した。

「……」

 そうは言われても、あまりの超展開だ。子供のタケルは勿論、ナオキとミチルも、その状況を把握できていないようだった。

「彼のことは、我々の話を聞いているうちに、わかってくると思います。彼も同席を望んでいますし、よければそのまま、我々の話を聞いてください」

 そう取り持ったのは、埼玉高校の校長だった。

 3人とも、それに怪訝な表情をしていたが、何も聴かないよりは、すっきりしたい気持ちの方が強かったのだろう。ユータ達の隣に座り直し、背筋を正した。

「この度、全国大会に出場できなかったことは、君にとっては無念だったろうね」

 優しそうな、サッカー協会会長のお爺ちゃんが、包み込むような笑顔で、僕をねぎらう。

「全国大会、埼玉高校は初戦で3-0で負けた。君とヒラヤマくんが出場していないのでは、他の部員も精神的支えがなかったようだな。エンドウくんも頑張っていたが」

そう言って、会長はジュンイチの方を見る。ジュンイチは苦笑いを浮かべていた。

「全て僕の不遜の至りです」

 僕はそう前置きする。

「そんなことはない」

校長が遮る。

「君は一時期おかしかった時期もあったが、今となればその理由はわかる。家庭のことで色々ストレスがあったのだろう。家庭のことでは相談はしにくかったとは思うが、力になれずに本当に申し訳なかったと思っている」

 校長は、手をついて頭を下げた。土下座のスタイルだ。一時は暴走して、校長室でたらふく怒られた僕が、随分と株を上げたものだ。

 話さなかったのは、失礼だけど、期待していなかったからだ。県内一の進学校の教師――県立の教師なんて、公務員に過ぎない。恐らく、親と離れて地方の大学を目指せ、くらいのことしか言ってくれないことはわかっていた。僕のレベルで考えれば、京大、阪大あたり。

「あの後、父君は病院へ運ばれた。私も退学届を渡された時、君の両親を見たが――「あのガキの言い分なんか問題じゃねぇ、さっさとこれを受理しやがれ」と、一方的に聞くに耐えない罵声を二人で浴びせてきてね。幸いクラスメイト全員、君が暴走する父親を止めるためには、ああするしかなかっただろうと弁護した。我々も校長室でも、君の両親の異常さを感じていたから、我々もそれを証言した。君の正当防衛だということは、警察も認めた。実際、ヒラヤマくん達も怪我を負っていたからな」

「……」

 正当防衛か――それで止まれてよかった。あのまま止まれなかったら、僕はきっとあの場で親父を殴り殺していたかもしれない。それほどあの時の僕は、怒りに支配されていた。

 そして、それを止めてくれたのは……

「私もイイジマ先生と、担任のスズキ先生の3人で、エンドウくんから聞いた、君の今住んでいるアパートに行ったんだが、君が家を飛び出した痕跡が残っていたのでね。最悪の事態も考えて、学校が失踪届を出したんだ。その話を、イイジマ先生がヒラヤマくん達に伝えてね。ぜひ会いたいということで、ここについてきたんだ。大会が終わるまで、ここに来るのは待ってもらっていたんだ」

 そう言われて、ユータとジュンイチの顔を見ると、ニコニコ笑って僕の目を覗き込んでいた。

「でも、よく見つかりましたね。こんなところ……」

 話を聞いていたナオキが口を挟んだ。

「目撃情報が全国各地であったそうですが、自転車で千葉方面に向かっているのを見た、という情報が多かったそうです。そこから先は、目撃情報が途絶えましたが、この海岸の近くに、彼の使っていた自転車が止められていたから、この辺を重点的に操作したそうです」

 ジュンイチがそう説明した。

 校長は、これから大事な話をはじめるんだろう。アイスコーヒーに口を付けて、舌を湿らせてから、話しはじめた。

「話の前に、これを見たまえ。多分君は見ていないだろう」

 そう言うと、校長は、持ってきた鞄から、2冊の雑誌を取り出し、あるページを開いて、僕の方へ向けた。


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