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Hell

前回に続き、残酷描写ありです。

 俺は拳を下ろす度に、親父の顔が壊れていく様に夢中になっていた。狂ったような笑いを止めることもできず、ただ親父を殴り続けた。

 親父の顔は、どんどん腫れ上がり、頬骨も陥没した。俺の拳に感じる感触が変わった頃、俺は親父の顔を殴るのをやめた。

「……」

 親父の顔はもう、瞼まで腫れ上がって、流れる血が目に入って、目もほとんど開いていなかった。もう体には全く力が入っておらず、ぐったりとしている。

「――おい、まさかこれで終わりじゃねぇだろうな」

 俺は親父の胸倉を掴んで、上半身を起こして、顔を自分に引き寄せる。

「言っておくが、気絶したら俺が手を止めると思ったら、大間違いだぜ。無理にでも目を覚まさせて、また激痛を味あわせてやるからな」

 そう言って俺は、さっき親父の顔にかけたペットボトルのお茶を、再び頭からかける。

「う……」

 親父の顔から血がお茶と共に流れていき、かすかに親父も反応を示す。

「目が覚めたか?」

 俺はにいっと笑って、親父に顔を近付ける。

「そうだよな、お楽しみはこれからだぜ。これからたっぷりお前に死の恐怖を味あわせてやるんだからな」

「た、たしゅ……」

その言葉を聞いた親父の口から、かすれた声が漏れる。

「あ?」

「た、たしゅ、け……」

「……」

 親父の声は、もはや涙で震えていて、口を切っているからか、何を言っているかもよくわからなかった。

 でも、何となくそのおかしな発音でも、言いたいことの意味を察した。

「助けて」だ。

「……」

 俺は体の底がぞくぞくと震えた。

 あの親父が――いつも俺を叩き潰して狂的に笑ってた親父が、俺に命乞いしてやがる。

 ――最高だ。

「助けて、か――お前も一応は反省したんだな……」

 俺は親父の胸倉を掴んだ手を離し、立ち上がる。

「――まあいい。お前は十分過ぎるほどの傷を負った。このへんで許してやろう――これからは、もう悪いことなど考えないことだ……」

 俺はそう言って、ふうと息をつく――

「――なんてな」

 俺はそのまま、上半身だけ起こした親父の顎を目掛けて、トーキックを放った。フリーキックを蹴る時のような、体の回転で遠心力をつけての強烈なつま先が、親父の顎に当たり、そのまま親父の下の前歯を数本折った。親父の体は蹴りを食らった衝撃で、もう一度床に強く叩き付けられた。

「オガアアアアア! アッ! ヲアアアッ!」

 顎の骨が砕かれたせいで、もうその叫び声も、人間のものとは思えない、知性のない野獣のようなものになった。親父の口からは、まるでマグマのように血があふれ出し、閉じられなくなった口から、まるで山肌を伝うように流れ落ちてくる。

 そして俺は倒れた親父の口元を、そのまま足で踏み潰した。

「オガッ!」

 親父の体がびくびくと痙攣する。俺はそれを見て、何度も何度も親父の顎を踏みつけながら、大笑いした。

「アハハハハハ! 助けるわけねぇだろうが! テメエに待つのはもはや激痛と死だけだ。まだテメエの命が助かると思ってんのか? クソ野郎が!」

 言いながら俺は、思い切り親父の顎を踵で踏みつけた。親父はもう、体をぴくぴくと痙攣させ、叫び声さえ出なくなった。

 俺は親父の前にしゃがみこむ。

「顎の骨が完全に折れたなぁ。それじゃ舌噛んで自殺することも出来ないな。可哀想に……もうお前、激痛から逃れる術はないぜ、ハハハハハ!」

 俺は心の底から笑った。親父のより確実なものとなった死――そこから来る、絶望と恐怖と無力感に満ちた表情に。

 何でもっと早くこうしなかったのだろうと思う。こんな最高の気分になれるなら、もっと早くこうしていればよかったと後悔するほどだ。

「もう喋れないだろうが、これからは叫び声以外、喋ることも許さないぜ。今更謝罪や命乞いは聞かない。言ったらその顎が更に細かく砕けるだけだ」

「……」

 親父はそれを聞いて、失禁した。

「あーあー、お前、漏らしちゃったか……何だ? もう走馬灯で子供の頃に戻っちゃったってか? まだまだその段階は早いぜ、おい!」

 俺は親父の目を覚まそうと、拳を振り上げる。

 だけど、俺の拳は、肘を後ろから抑えられて、ぴくりとも動かなくなる。

 俺は肘を抑えられたまま、後ろを見る――

「け、ケースケ……もう、やめろ……」

 そこには、腹を抑えて息を切らすジュンイチが、痛みに耐える表情で立っていた。

「こ、これ以上やったら、殺しちまうぞ……」

 ジュンイチは俺の肘を掴む手に力を込める。

「そのつもりでやってるんだよ」

 俺はジュンイチに言った。

「こいつを生かしておいたら、またお前達を傷つけに来る。俺を強請るためにな。だからここで息の根を止めるんだ。もう二度とお前達を傷つけないように」

 俺はそう言って、ジュンイチの手を振りほどいた。ジュンイチの手は、腹を殴られた痛みで、全く抑えが効いていなかった。

「駄目!」

 そうして親父を再度殴ろうとした矢先、今度は後ろから、体を抑えつけられた……

 ――いや、抑えつけられたのではない。抱きしめられたのだ。

「……」

 俺はもう一度後ろを向くと、シオリが僕の体を抱きしめていた。

「ケースケくん……お願い……いつものあなたに戻って……」

 シオリは俺の顔を見上げて、泣きながら、哀願するようにそう言った。

 だけど――

 俺の眼は、彼女の涙とは、別のものに釘付けになる。

 シオリの頬は、親父に殴られた跡がくっきりと現れ、大きな痣となって、彼女の白い肌に残っていた。

「……」

 その傷を見た俺は、何だか気が狂いそうだった。女の子の顔に、こんな傷をつけて――しかもそれが、自分が世界で一番大好きな女の子で――

 その混乱した感情が、すぐに更なる怒りへと染められていく――

もはや全てが破綻していた。

俺は力任せにシオリの腕を振り払うと、ぐったりと倒れている親父の体を、胸倉を掴んでもう一度引き上げた。

 俺は親父の傍らに膝をつくと、右手で親父の髪の毛をつかみ、顔を引っ張り上げた。

 そして、左手を握り締めて、後ろへ引いた。

 そして、その暴力の衝動に、腹の底からの愉悦が涌いた。

 俺は拳を、親父の顔へ向けて振り下ろしていた。

 その時だった。

「やめて!」

 そう声がしたと思うと、俺と親父の間の空間に、誰かが入り込んだ。

 もう拳を止められずに、俺は振り下ろす拳で、割り込んできた者の顔を、殴り飛ばしていた。

 その者の体が、後ろに向けて倒れた。

 その時、僕ははっと我に帰った。

 そして、次の瞬間。

 壊れた心が、バラバラになるような――地獄で何万年かかって得るような拷問を、この一瞬で味わったような気がした。

 僕の目の前でうずくまるのは――マツオカ・シオリだった。

 このままでは僕が親父を殺してしまうと――もう話を聞く耳も持たないと知って、わざと僕に殴られた……

 こうでもしなければ、僕が止まらないとわかっていて、僕を止めるために、わざと殴られた。

 僕は……そのおかげで我に帰った。

 だけど……

 僕は――自分の全てを賭けて守ると誓った女を――自分が、この世で唯一愛する女を、殴ったんだ。

 僕は……


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