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Sadistic

警告!今回は若干残酷な描写が含まれています!ご注意ください!

「う……」

 俺の目の前に倒れているシオリは、顔を強打されて、どうやら平衡感覚が少し狂っているようだ。意識はあるが、視線が覚束ない。時間が経てば治るだろうが。

 俺はそんなシオリの体を両手で抱き上げ、教室の隅にいる、マイの横にゆっくりと寝かせた。

「さ――サクライくん」

 怯えるようなマイの声。それが、この状況に対してなのか、今の俺を見ての反応なのか、もう分からない。

 俺自身、もう自分の顔の筋肉が、どんな形に歪んでいるのかわからなかった。

「――シオリを頼む」

 俺はマイの顔を見ずに、そう言い残した。

そして、ゆらりと立ち上がる。

「……」

「――何だよ、その眼は」

親父は俺の眼に、蔑みの視線で応えた。

「何度も言わせんな。俺を恨むのはお門違いだろうが。お前のダチ公がケンカ売ってきたんだ。俺は自衛権を行使しただけだぜ?」

「……」

「しかしテメエも、テメエのダチ公も、揃ってバカだぜ。はじめから大人の言うことに従っていりゃ、痛い目見ないで済んだのによ」

「――馬鹿だと……」

俺は拳を震わせる。

「こいつらは俺の大切な仲間――俺を救ってくれた、俺の初めての仲間――親友だったんだ。それをお前みたいなゴミが、よくも……」

 俺の視界も、心も、全てが赤銅にでもなったように、怒りで熱く、赤く染まっていく……

 さっきまで感じていた、この状況に酔わされたような頭痛も、さっき親父に殴られた時から、口の中に感じていた血の味も、今は全く感じる事ができない。聞こえるのは、怒りの旋律のような、俺自身の心臓の音だけ――心の底は、どうしようもないほどに、静かだった。怒りや憎しみが限界を超えると、もう何も感じられなくなるのだということを、俺は初めて知った。

「俺は今まで、お前達を心の底では家族だと信じていたのかもしれない」

「あ?」

「本当は、お前達の息の根を止めておけばよかった。だが、俺は家族を叩きのめすのは寝覚めが悪いからと、情に流されて、それを躊躇したのかもしれない。人の心の中にある、愛や希望を信じ過ぎたのかもしれない」

「――けっ」

 ――そうだ。今分かった。俺はこいつらに情をかけたんだ。

 恋人や親友が俺を導いてくれた世界は、全てが優しさに包まれ、世界は愛に満ちていると、俺に信じさせるものだった。

 その中にいた俺は、こいつらにも少しは信じる余地があると、情けをかけたんだ。だから、息の根を止めるまでの殲滅戦を控えた。

「俺が馬鹿だったよ。その点については俺も同意だ。俺が今許せないのはお前達じゃねぇ。お前達に情けをかけた俺自身だ」

 そうだ――何故俺はこんな奴に情けをかけたんだ。

 俺がもっと上手くやっていれば、こいつらが傷つくこともなかった。こんな訳のわからないことに巻き込むこともなかった。

「だから――これ以上こいつらが傷つくことのないよう、ここでお前達の息の眼を止めてやる」

「けっ、やれるもんならやってみな。テメエに今の世間の評判を捨ててまで、ダチのために命賭ける覚悟があるのかよ。しかも俺を殺したって、テメエはブタ箱行きだ。それでも俺を殺せるってのか?」

「……」

 どうやらこいつも、小学校時代の級友と同じ――俺が自分の地位を守るために、イメージダウンになるような行動は起こせないと思っているらしい。

「……」

 失脚、逮捕、少年院――そんなのは今の俺には、ただの単語にしか感じない。

 既に俺の腹は決まっている。

「――殺してやるよ。今すぐにな」

俺はそう予告して、親父に突進した。

親父はそれを見て、にいっと笑った。ここで僕をぶちのめして、自分の優位性を俺に思い知らせようとしたのだろう。

「オラ!」

突進する俺の顔面に、親父の大きな正拳突きが飛んでくる。

俺はそれをすいと横に体を流しながらかわした。そしてかわしながら、左手で跳んできた右拳の手首を掴んで腕を引き寄せると、俺はそのまま親父の腕に飛びついた。

俺は木の枝にぶら下がるテナガザルのように、両足を親父の腕にかけて逆さまにぶら下がり、正拳突きで伸びきった腕を、背筋力で思い切り逆方向に跳ね上げた。

骨は伸びきってしまえば、俺のような軽量非力でもすぐに極まる。ぼぎっ、という大きな音がした。

「ぎゃあっ!」

親父は叫んだ。親父の右腕は、肘とは逆方向に折れ、変な方向にぶらぶらと曲がり、親父は痛みでそのまま膝を突いた。

しかし、骨の折れた音と共に、極め技を解除して、親父から離れた俺は、膝を突いた親父の顔に目掛けて、膝蹴りの体勢に入っていた。体当たりをするように、思い切り前に飛ぶ。

ごきっ、という音を立てて、俺の左膝が、親父の鼻っ柱に深くめり込んだ。親父の鼻梁が砕け、膝蹴りの勢いで親父の体は後ろ向きに倒れた。鼻から口から血がしぶき、ニコチンで染まっている歯も真っ赤になっていて、親父の浅黒い肌は、焼きすぎたトーストにイチゴジャムを塗りつけられたようになっていた。

「ここまではジュンイチの分だ」

親父が仰向けに倒された時、俺はすぐに手近にあった机を自分の方へ引き寄せ、四脚の机の足を両手で掴んでいた。

「そしてこれは、ユータの分だ」

俺は仰向けに倒れた親父の胸を踏みつけてそれを大上段に振り上げ、親父の右脛に向けて、机の角を、体の遠心力も使って思い切り振り下ろした。

「があああっ!」

机自体の重さに、大上段から遠心力も使って振り下ろした机は、重力の法則に従って勢いを増し、親父の脛の骨を折るのには十分な威力があった。

だが、俺は親父の叫び声を聞いた時には、もう椅子を振り下ろし、左脛にも同様の一撃を加え、それから何度も、机を同じように振り下ろした。

「がっ! あっ! ああああっ……」

 親父の両脛は、狂ったように振り下ろされた俺の机の連撃によって、粉々に砕かれた。親父は机が振り下ろされるその度に声を上げ、やがて体を痙攣させながら、ぐったりと倒れた。

「……」

 元々俺は、小学校時代から、級友との軋轢があった。体の小さな俺は、有効な攻撃手段を持たず、いつも多勢の同級生にサンドバッグにされた。

 その頃から俺は、関節技(サブミッション)をかじっていた。軽量の俺でも大ダメージを相手に与えられる唯一の方法として、そこに行き着き、研究していた。

だが、本気でこれを使う気はなかった。もし俺が同級生のいじめで殺されるかも知れない――そんなギリギリの命の取り合いに巻き込まれたら、相手の腕の一本くらい折ってやろうと思って覚えた技だ。いざとなれば、腕の骨をへし折るくらいの力があるというだけで、普段どんなにやられていても、精神的には優位になる。その程度の気持ちで覚えた技で、一生使うことはないと思っていたけれど……

俺は辺りを見回した。既に俺が親父に殴られ体を吹っ飛ばされたあたりから、教室は机や椅子がそこかしこで倒れていて、収拾の付かない状態になっていた。その中で、俺は手近に転がっていた、クラスメイトの飲みかけのお茶のペットボトルを拝借して、プルタブを開け、倒れている親父の顔にお茶をかけ、血を洗い流させた。

「……」

親父の顔は、既に両足と、右腕の骨を折られたことによる激痛によるものか、恐怖によるものかは分からないが、瞳孔が開ききっていた。息遣いは既に荒く、余裕のなくなった顔で、俺の顔を見上げている。

「いい顔だ」

俺は、既に鼻が左側に曲がり、頬骨の陥没した親父の醜い顔を見下ろして、笑った。

「両足の骨が折れたお前はもう、この教室から逃げられない――さて、これから俺がそんなお前に、何をするか分かるか?」

俺は嘲笑を浮かべたまま、訊いた。

「!」

親父もすぐにその答えに辿り着いたようだ。

「うああっ!」

 親父は倒れたまま、腹筋で上半身だけを起こし。まだ無事な左手で、俺に向かって殴りつけてきた。

 親父の拳は、俺の右頬にヒットする。

「……」

 ちっとも痛くない。利き腕じゃない上に、倒れながらのパンチは、体重が全然乗っていない。

 ――いや、そんな物理法則じゃない。親父の腕力があれば、全体重が乗ってなくても、パンチは痛いだろう。俺がそれを感じられないだけ。

「――ククククク……」

 俺はそのパンチを食らって、腹の底から可笑しくなってきた。もはや笑いの衝動を抑えることが出来ずに、外に漏れてくる。

「まだテメエの立場が分かってないようだな。ええ? おい!」

俺はそれを見て、親父の肥えた腹を、思い切り踏みつけた。ボクシングでいうストマックブローの要領で、胃袋に衝撃が来るような場所を狙った。親父もさすがに胃袋を打たれて、仰向けのまま、激しく咳き込んだ。口の中に残っていた血が、その咳と共に、小さな飛沫となって、上に飛び、僕の顔にも数滴血しぶきを飛ばした。

「抵抗しなければ、痛い目を見ないで済む――確かお前、さっきそう言ったな」

 俺はそう言いながら、倒れている親父の前で、体を前かがみにして、顔を近付ける。

「だが、俺は違う。俺は抵抗しようがするまいが、お前を殺すぜ。そして、俺はお前の今の一撃で更に機嫌を損ねた――楽に殺してもらえるなんて思うなよ。お前も――他の奴も」

そう言って、俺は顔を上げる。

「ひっ!」

俺の視線の先には、さっきまで俺が友人を傷つけられるのを目の前で見るというショーを見て、うすら笑っていた母親がいた。

「ひいいっ!」

母親はそんな俺の視線に恐怖したのか、急いで踵を返して、教室の引き戸に手をかけ、脱兎の如く逃げ出そうとした。

だけどその時には。

「逃げんの? 旦那見捨てて?」

もう俺は一足飛びで間合いを詰めて、母親の肩に後ろから手をかけて、ぐいと後ろに引っ張っていた。母親は後ろへと後ずさり、倒れている親父に躓いてしりもちをついた。

そしてその頃には、俺は再び母親との間合いを詰めていた。

「や、やめ……」

母親は何か最後に口走ったが、俺はしりもちを突いた母親の右こめかみにつま先で蹴りを入れていた。母親の頭は衝撃に揺れる。

 蹴りを食らった母親の眼はうつろになり、俺の顔を見上げるのも困難なように、覚束無い視線をそこここに向けていた。こめかみは人体急所のひとつで、強打すれば平衡感覚が失われる。脳が揺れて、今母親はコーヒーカップに数時間乗った後のような酩酊状態に陥っている。しばらくは身動きが取れない。

「気絶しないように手加減して蹴った。この豚を片付けたら、次はお前も同じ目にあうんだ。よく見ておけ」

 そう母親に言い残してから、俺は倒れている親父の方へ再び目を向ける。

「もうお前達は逃げることも、抵抗も出来ない。出来ることは、残った五感で、激痛と恐怖を味わうことだけだ。力がなくて、何も出来なかったガキの頃の俺と、同じ恐怖と無力感をたっぷり体に刻み付けてやるぜ」

 ハハハハハ、と笑い声が漏れる。

「ヤベェ――楽しくなってきたぜ。お前達をこれからたっぷり弄れると思うとよぉ」

 ――そう、そうだ。これが俺の本当の本質。

 愛や友情よりも、俺はこうした暴力に心躍る、どうしようもないほど攻撃的な人間なんだ。

 今までは、自分で自分に何だかんだと理由をつけて、誤魔化していただけで、俺はずっと前から、家族をこうして一方的に痛めつけることを望んでいたんだ。

 体がかっかと興奮してくる。

 俺は親父の体に馬乗りになって、肩の上に両足を乗せ、ガードも出来ない状態にして、何度も親父を殴りつけた。

「死ね! 死ね!」

 親父の頬骨が砕ける感触。既に親父は鼻から口から血が噴き出している。俺が拳を振り下ろす度に、朱肉の付いた印鑑みたいに、何度も親父の顔に血のスタンプが押され、親父の顔を覆うイチゴジャムは、顔を覆い尽くし、どんどん顔から零れ落ちていった。

 俺はそのすべてに陶酔していた。

「ハハハハハ! どうだ! 痛ぇか! 痛ぇだろォッ!」

 俺は拳を下ろす度に、親父の顔が壊れていく様に夢中になっていた。狂ったような笑いを止めることもできず、ただ親父を殴り続けた。


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