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Prison

 部活が終わり、家に戻る。普段のバイトがない日は、家に閉じ込められて、まるで絶海の孤島の刑務所だ。しかし僕の今日の足取りは軽かった。

 僕は家に帰り部屋に閉じこもり、ラッチ錠をかける。昨日妹の部屋から奪還したパソコンを立ち上げて、ロックを解除し、メールを見る。

 いくつかのくだらないメールマガジンに、中学の同級生からのメール。

 友達とは中学を卒業してから、会ってもいない。

 都内私立の付属中学から県立高校へ移ったのは僕だけだ。理由は中学時代から、親に私立の高い学費について恩を着せられるようなことを言われてきたのにうんざりしたからだ。

 僕は自分の意志で中学受験の道を志したわけではない。小学3年からジュケン塾なるものに通わされたが、僕は当時、受験という言葉の意味も知らなかった。ただ当時は、親の機嫌を損ねないように、いがみ合う家族が見ていられなくて、いい子でいるよう努めていた。

小学校の時は、天才と呼ばれていた。保護者会で母親が僕のことで誇らしげにいる姿を見て、その時僕は、心の底からほっとしていたっけ。

 小3で週6回の塾。休みの日も僕は塾の宿題に追われた。両親は僕の成績以外に興味を示さなかった。優秀な成績を取って、両親を喜ばせる。それが僕のアイデンティティの全てとなった。

 小学校でも一人の友達も出来なかった。忙しくて家に呼んだり放課後にサッカーをしたりする友達は一人も出来なかった。

 そしていつの間にか、僕は典型的ないじめられっ子になっていた。誰もが僕を無視する。物を隠されたり、サッカー大会の練習で、僕をシュートの的にしたり。

 だけど僕は頭はいいという自覚があったし、その力を持っていることがささやかな誇りだった。将来出世して、こいつらを足蹴にしてやる、とか思っていた。我ながら嫌なガキだったと思う。でもそいつらの嫌がらせにも潰れなかったのは、その誇りのお陰だったし、よかったか悪かったかは、相対的な損得勘定では、今でもよくわからない。

 中学受験に合格し、都内の一流私立に行った僕。そこには、幼い頃から親から投資を受け続けていた、自分と全く境遇の違う次代のエリートの、生活水準の低い僕を見下す目が待っていた。

 保護者も同じだった。保護者会の日の駐車場は高級車の品評会状態だった。ベンツ、BMW、ポルシェ、フェラーリ――そしてその中から、奇怪な化粧をし、ブランドに身を包み、異様な香を発する俗社会的な女達が、貴婦人でございと出てきて、僕のような育ちの悪い者を忌み嫌い、侮蔑の目を向けた。

 成績はいつもトップだったけど、ここにいて自分が周りとどれだけ違う人間なのか、そしてここは僕の居場所じゃないということも次第にわかってきた。

 ここは僕が選んだ道じゃない。中3にもなると、親に反発しだしたのも手伝って、この親の顔色をうかがって選び、親の施しで歩く道が、耐え難いほどに重くのしかかった。

 中学は進学校だったが、他にも実績のある学校はいくらでもあった。幸い近くにそういう学校があったので、県立受験に踏み切った。そしてめでたく埼玉高校に合格。バイトをし、学費を出すことになった。それはもう中学時代から決めていた。だから県立か国立の高校に通うために、これでも学校のランクを下げた安全策を取った。

 入学式の次の日から、新しい学校での親睦を深めるためのオリエンテーション旅行があったが、僕は学年唯一、金がないという理由で辞退。皆に3日遅れて、クラスで自己紹介をすることになった。

「桜井蛍介。ホタルって書いてけいって読むんだ。だから二度と僕の名前の読み方を聞かないでくれ」

 サッカー部に入部して、ジュンイチやユータと知り合った。それ以来三者三様の性格だが、僕達は妙に気が合った。

『今日の放課後に、聖蘭女子の女の子と合コンがあるぜ。お前共学なんだから、女の子紹介しろよ』

 メールの内容はこんなものだった。多分このメールの相手も、連絡不精の自分と今でも連絡を取るのは、僕がしばしば全国模試上位者として雑誌に名前が載るからと、共学にいる数少ないネットワークで、あわよくば女を紹介してもらえるかもという思惑だろう。

 どうやら僕は女の子と交流したくて、付属に上がらず共学校に行ったと思われているらしい。実際は合コンも未経験。対人関係の苦手さから、女の子どころか、野郎と話すこともままなっていない。

 そして――そんな僕の高校生活で構築したものは、本当にちっぽけなものだった。

 今日のスズキにしても、イワムラにしても、そして、マツオカ・シオリだって悪気はなかったのだろうけど、僕は自分のキャラクターを、既に他人に定められてしまっている。当然の如く、という顔をして、僕の意志を無視し、誰もが僕の存在を都合のいいように解釈されている。

 サッカー部の背番号10、万能型ミッドフィルダー。成績トップクラス、問題児だが、素行はよく問題もない。飼い慣らされたトラブル調停役……

 これが僕の一年半で築いた、高校でのポジション――何てちっぽけなんだろう。

 どうしてそれに疑問も持たずに、今まで生きてきたんだろう……志は高かったはずなのに、誰もが僕の気持ちを突き詰めない。何でも言うことを聞く犬に成り下がっていた。

 服を着替える。適当な荷物を、合宿用のスポーツバッグに詰め込む。メモ用紙に書いた書置きをリビングの机の上に置いた。

 ――しばらく、友達の家に泊まる。


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