表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/382

Lottery

「お、おい。見ろよ。サクライ・ケースケだぜ」

「あぁ……俺、一回戦で埼玉高校だけは、マジで勘弁して欲しいぜ」

「バカ、埼玉高校は第一シードだよ。出るのは2回戦だって」

「出来れば埼玉高校とは反対のブロックに行きたいなぁ。できれば4回戦以内に当たる場所は引かないでくれよ」

「それってどのくらいの確率だよ? 参加校は170校だから、シードも考えると、約8分の1だぜ? リアルに引きそうな確率じゃねぇかよ」

「俺だって嫌だよ! フルメンバーで来られたら、ウイイレよりもひどい試合になるぞ」

 僕の耳に、そんなそれぞれの内輪の声が届く。

 僕は今、イイジマと共に、さいたま市で開かれる夏の高校サッカー県予選の組み合わせ抽選会場に来ている。どうやら普段は市民会館として使われているらしい。大きなホールだった。

今までは主将を務めていたユータが来ていたから、僕がこの抽選会場に来るのは初めてのことだ。別に会場は、部員であれば、主将以外でも入れるから、大所帯で来ているチームもある。そういうチームが僕を見て、そうやって囁き合っているのだった。

 何故埼玉高校は僕だけかって? 期末試験で赤点を取らないように、僕以外の連中は今、補習を受けているからだよ。

 皆が制服で来る中、埼玉高校は制服がないので、私服というだけでもかなり目立つのに、他校の埼玉高校への警戒心は、そんな目立つ格好などお構いなしに注目を集めていた。

 受付でリボン、校名札、到着番号札を貰い、僕とイイジマはリボンを胸に安全ピンで留める。会場の受付を済ませているだけで、もう僕達は注目の的だ。

「いやぁ、いいもんだな。これだけ周りから注目される立場っていうのは」

 僕の隣にいるイイジマは、何ともご満悦そうな顔だ。僕は逆に居心地が悪いくらいだけれど。

 今夏の高校サッカー全国大会において、埼玉高校は、過去最高の優勝候補筆頭と噂されていた。勿論県予選などは、ぶっちぎりで突破するだろうと見られている。

 ここ半年、僕達トリオの出た試合は、50戦以上無敗を誇っており、U-20日本代表の最終メンバーが3人いる。おまけにその3人を主力とした代表は、世界第3位という成績を残している。

 これで優勝できない方がおかしい、と思うのが自然だ。今の埼玉高校は、高校レベルなら敵なしだともてはやされ、現在出場校でダントツ一番の高評価を受けていた。

「サクライくん!」

 ホールに入る前に、僕は報道陣に囲まれる。

「ずばり、今大会の目標は、優勝ですよね?」

「帰国してあまり日が経っていませんが、今のコンディションは?」

 ホールの入り口前での報道陣の取材攻勢に、既に会場入りしている高校の関係者は、嫌でもそれを目にする。

 この報道陣も、埼玉高校の予選突破を誰も疑っていないんだ。

 結局僕が取材から解放されたのは、大きなホールに、「振り向くな君は美しい」が流れ、ステージの緞帳が上がり始めた頃だった。

「これより、全国高校サッカー選手権、夏季県予選大会、組み合わせ抽選会を行います」

 何とも長い名目を、司会が流暢に宣言する。

「ではまず、第一シードの抽選を行います。埼玉高校の主将は、校名札、到着番号札を持って、ご登壇ください」

 ――おいおい、いきなりだな……

 埼玉県は、神奈川、千葉、大阪、愛知と並ぶ、参加校の多さを誇る。約170校が参加するため、1回戦からの参加校が優勝するためには、8試合をこなさなければならない。当然ステージに並べられた対戦表も、とんでもなく巨大なものになっている。

 そんな巨大な対戦表の前、一人僕が壇上に登ると、ステージの下は、まるで誰もいないかのように静まり返る。

 ――そこまで固唾を呑んで見守る場面かな。まだ対戦表はまっさらなんだし、どこだって一緒じゃないか。

「埼玉高校、1番」

 僕達埼玉高校は、組み合わせ表の一番端に校名札を貼られた。

 ステージから降り、自分の席に戻る僕にも、注目の視線が浴びせられる。

「えー、普段はこれから、第2シードの抽選に移るのですが、その前に皆さんに、お知らせがあります」

 僕が席に戻った頃、司会が壇上で会場を一瞥しながら言った。

「埼玉高校は、現在高校サッカー連盟に、観戦希望の電話が殺到しています。なので、その要望に少しでも応えるため、埼玉高校の出場する予定の試合は、2回戦からでも、NACK5スタジアム、駒場スタジアム、埼玉スタジアムのいずれかで行います。どのスタジアムになるかは、試合前に追って連絡いたしますので、どうぞご了承ください」

 その発表に、会場中がざわめく。

「はは――マジかよ」

 イイジマも、その事態の大きさに、思わず笑みがこぼれた。

 司会が言った3つのスタジアムは、どれも埼玉にあるサッカースタジアムの中で、最高級の集客力と設備の整ったスタジアムだ。Jリーグの試合も行われるし、中でも埼玉スタジアムは、2002年の日韓ワールドカップで準決勝の舞台にもなった、国立競技場に順ずる評価を持つ巨大なスタジアムだ。普通県予選の準決勝以降か、全国大会の試合でもなければ、とてもピッチに立つことはできない場所だ。

 そんなスタジアムで、初戦から試合が出来るなんて、この上ない贅沢――この上ない特別待遇だ。

 確かに、県予選初戦クラスのスタジアムでは、集客はよくて2千人といったところ。それが、約2万人弱を集客できるスタジアムを気前よく開放するということは、それだけ高校サッカー連盟の電話が連日鳴りっぱなしだったということ。

 つまりそれは、僕達の人気と評価が、並大抵のものではないということを意味していた。

「お、おい、いきなり埼スタで試合できるんだってよ」

「バカ、だからって埼玉高校をそんなところで相手にしてどうすんだ! 沢山の人の前で、フルボッコにやられる。余計惨めな思いをするだけじゃねぇか。完全アウェーだぞ」

「そうそう、それにそんな観客の前で、サクライやヒラヤマに怪我でもさせてみろ。マジで殺されっぞ」

「それでも埼スタで試合できるなんて、思い出になるじゃんよ」

 その発表は、会場中の他校を動揺させるのに十分な効果があったようだ。僕の席の周りの高校が、またにわかにざわめき始める。

「……」

 別に僕はもう、対戦相手はどこでもよかった。ここにいるチームの8割以上はデータがない。残りの2割のほとんどはシードに割り振られ、僕達とは離れているし、当面はどこが来てもあまり変わらない。

 だから、早々に抽選を終えた僕は、残り170校の抽選を、まるで森林の木々を見比べるような、漠然とした視点で見ていた。

 僕達の抽選番号は1番。つまり、2~20番は、早い段階で僕達と当たる番号。2~9番は、最も危険な番号と、他校は認識した。

 シードが終わると、残りの抽選は、到着番号ごとに10校ずつ壇上に登り、くじを引く形式になったが、2~20番を引いた高校には、会場にいる他校の選手がその主将に拍手をし、拍手の中に、沢山のため息が溢れた。2~9番なんて引いた日には、ほとんどの高校が、その高校の主将にスタンディングオベーションした。とにかくそんな異様な雰囲気だった。

「ははは」

 イイジマは、そうしてどこまでも僕達にへりくだる会場の他校を見て、早くも溜飲を下げている。

「……」

 中国の三国時代、蜀の軍神関羽は、三国の要地荊州にて、魏の名将曹仁と、呉の名将呂蒙の二人と相対していた。そんな中呂蒙は病気を偽って、荊州攻めを、当時無名の、後の呉の大都督陸遜に任せた。陸遜は関羽の武勇を恐れ、必要以上にへりくだった態度を取ったことで、関羽は油断し、呉に対する警戒を解き、魏への侵攻に専念し始めた。呂蒙と陸遜はがら空きとなった関羽の背後を突いて荊州を奪い、関羽を打ち取った。

 そんな故事を、イイジマの嬉しそうな表情を見て、ふと思い出す。完全に相手をなめて、油断した表情というのは、こんな顔だろう。きっと関羽も陸遜の使者と相対した時、こんな顔をしていたと思う。

「……」

 だが――それは僕も同じ。

 はっきり言って僕も、この予選で僕達埼玉高校が負けるなんてことはありえないと思っていた。もはや高校レベルで、ユータを止められるディフェンダーは存在しないし、ジュンイチを突破できる攻撃陣もそうはいないだろう。それに僕の先読みと運動量、パスが加わる。これで負けたら僕は無能だ。

 正直負ける心配などは、微塵もしていない。

 だが……

 これだけ僕達と当たるのを嫌がるチームがいる。きっと僕達と当たることで、既に戦意を喪失するチームもあるかもしれない。

 そういうチームにどう戦うか。攻撃の手を緩めず大差で勝っても、相手にとって惨い試合になるし、かと言って途中で手を抜いても、高校生らしくないと批判を受けるだろう。観客が沢山いるなら尚更だ。僕達3人が出ない手もあるが、あからさまに主力を温存するのでは、相手に対しての礼を欠く。

 織田信長は、初戦の相手を皆殺しにすることで、残りの相手を戦わずして降伏させたという。結局それが無駄な殺しをしないで済む最良の方法であると考えたからだ。兵法も古来より、戦わずして、無駄な血や出費をせずに勝つことが理想だと伝えてきている。

 僕も出来れば、力の差が開きすぎている相手を鞭打つような試合はしたくない。相手が僕達の力に恐れをなして棄権してくれればいいが、スポーツとなるとそうはいかない。学生スポーツでは棄権などありえないし、試合が始まったら最後、手を抜くことも許されない。

 イイジマは笑っているが、この予選は、ある程度の実力者が揃う全国大会より、もっと厳しい戦いだ。

 きっと――惨い戦いになる。そんな気がした。


この作品を以前別サイトに載せた頃は、高校生がヨーロッパのビッグクラブに移籍するなんてことは夢物語だと思われていました。


ですが南アフリカのワールドカップが終わってから、日本人はどんどん海外進出するし、長友選手はインテルなんてビッグクラブに移籍するし、宮市選手は高校生で、この作品にもチラッと名前のでたフェイエノールトでバンバン試合に出ているし、劇的に日本サッカーが進化してますよね。

だからこの作品、高校生のケースケもいきなりヨーロッパのビッグクラブに移籍なんて、以前なら、夢物語、ありえないというような話だったのが、それが夢とは言いきれない時代になってきていますし。


この話が掲載されるのが、2年前と今では、ケースケをすごいと思える度合いもちょっと違ったかもしれませんね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしこの話をお気に入りいただけましたら、クリックしてやってください。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ