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Firework

「君と同じ頃、そう言って力を求めた男を、僕は一人知ってるよ」

 僕は力なく笑った。

「君と同い年くらいの時に、その男は憎しみを抱いて、力を求めてひたすらに研鑽を積んだ。高校に上がる頃には、もう誰もその男に敵う者はいなくなっていた」

「……」

「だが、その男自身は力に取り付かれて、力をどのように使うかを考えなかった。だから力をつけても、無益な時間の繰り返しの中に生き、多くの時間を無駄にしためでたい男だよ」

「……」

「力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり――少林寺拳法の格言らしいが、その男はまさにそれを地で行ったな。力があっても、思想がないから何も出来なかった。力だけが必要だと思って、視野を広げようとせず、自分の可能性を大きく狭めた。憎しみ以外、何もないつまらない男に成り果てたよ」

「――あの、それって……」

「少なくとも、その男はあるきっかけでそのことに気付き、多くの時間を無益に使った自分の人生を激しく後悔した」

 シュンの言葉に僕は言葉を被せた。

「その男も今では少しはマシな人間になり、自分の大切なものが何なのか、自分のすべきことがようやく少しはわかるようになってきたがな」

 そう言ってから、僕はシュンの目を覗き込む。

「君はまだ小学生だ。まだそんな力が欲しいと思う時じゃない。大事なのは、力がなくても、自分が何を望み、何をしたいか――そうやって、考えて、悩んで、自分の力のなさを知って、それでも立ち上がろうとすることが出来る自分を認めてやること――そうやって、泣いたり、たまに笑ったりしながら生きていくことが、希望だってことに気付くことなんだよ」

「……」

「少なくとも君のお姉さんはそうだったと思う。君達家族を笑顔にしたいと先に思って、力がついたのはその後だ。初めから心が定まっていたから、いつも正直で、まっすぐでいられるんだよ」

「……」

 何回りくどい説教をしているんだか、僕は。

 でも、見ていられなかった。

 この子が、僕と同じ過ちに身を投じることが。

「サクライさんは、今、その力を何に使おうとしているんですか?」

 シュンが僕に訊いた。

「――そうだな……」

 僕は夜空を見上げ、思いを反芻する。

「何男同士でたそがれてんのよ」

 そんな僕達の背中から、女の子の声がした。

 振り向くと、そこにはシオリとシズカが浴衣姿で立っていた。

「……」

 シオリの浴衣は、白地に薄桃色が少し加えられ、そこに紫や桃色の朝顔がプリントされていた。普段下ろしているセミロングの髪をまとめ、頭の上で縛っている。彼女の細い体、細い首が露になって、何だか艶かしかった。

「どうですか? お姉ちゃんの浴衣姿」

 紺地に赤い椿の花という、大人っぽい柄の浴衣を着たシズカは、僕の目を覗き込む。

「……」

 僕がシオリの方に目をやると、シオリは何だか恥ずかしそうに俯いた。

「すごく、似合ってると思う」

 僕は言った。

「じゃあ、私は?」

 シズカはまた僕に訊く。

「あぁ――シズカちゃんも、すごく似合ってるよ」

「――ダメですよサクライさん、お姉ちゃんの感想と同じじゃないですか。自分の恋人と、それ以外の女は、区別してあげなきゃダメです」

 中学生に恋のダメ出しをされる僕って……

「シズカ姉、やるなら早くやろうぜ」

 シュンはそんなやりとりをしている間に、バケツに水を汲んで、花火セットについているろうそくに火をつけて、アスファルトに蝋を垂らし、ろうそくをそこに立てた。

「――僕、花火って、見たことはあるけど、やるのは初めてだ」

 ロウソクの灯を見ながら、僕はそう呟いた。

「そうなんですか?」

 シズカが驚いた。そんな人がいるんだ、というような反応だった。

「昔はガッチガチのガリ勉野郎だったから、やる暇なくて」

 それに、ぶっちゃけやろうにも、買えなかったし、一緒にやる人もいなかった。

 始め、シズカとシオリが、オーソドックスな花火に火をつけた。バーっと煙を上げ、光が飛び出す。

「ケースケくん、これで火をつけるの」

 シオリは自分の花火を差し出す。僕は自分の花火を、シオリの花火で火をつける。僕の花火も、緑色に火を噴く。

 出来れば、こういうのは子供の頃にやっておきたかったと思う。今や日本一の頭脳を持つ高校生になってしまった僕は、花火の光の色の変わる化学現象も、ある程度理解しているし……化学反応をこうして芸術品にするなんて、これを考えた人は天才だな、とか、感動のポイントがずれていた。

 だけど……周りの笑顔を見て、花火を振ったりしているのを見ていると。

 何だか少し楽しくなってくる。

「ケースケくん、これに火をつけて」

 シオリが僕に近付いてきて、僕に筒型花火を手渡す。

「この、導火線に火をつければいいんだよね」

 シュン、シズカも見守る中、僕は立てかけた筒の導火線の横にしゃがみこみ、マッチを擦って、火をつけた。シューっ、という導火線の音。

「早く離れて!」

 シオリが、今まで聞いたこともないような大きな声で、僕に叫んだ。

「え……」

 僕がその意味を考えていた次の瞬間。

 筒から星屑が飛び出したように、火花が噴水状に噴出した。

「うわぁ! あちちち!」

 発射口のすぐ横にいた僕は、その火花が出た瞬間、後ろにのけぞった。久し振りにびっくりした。

「あっはははははは!」「あははは」

 そんな僕の姿に、3兄弟は本当に可笑しそうに笑った。

「サクライさんって、天然ボケなんですね。テレビで見た時と大違い……」

 筒型花火の閃光がおさまってから、シズカが言った。

「いいなぁ、私もこんな優しいお兄ちゃんが欲しかったなぁ」

「……」

 そう言われて、今日の、実際の妹の事を思い出す。

 こんないい娘でも、うちに住めばあの妹みたいに、僕の名前で私腹を肥やす俗物になってしまうのだろうか。

 僕が、こんな兄弟と一緒にこの家に住めたら、人生はどう変わったんだろう。

 ――最後に4人で固まって、線香花火をした、

 でも、線香花火って、夏の終わりとかにやるのが、本当は風情があるのだろう。火の玉が落ちるのと同じように、夏が静かに終わる……というのが。

 夏の始まりには、あまり風情がないようにも思う。

 だけど線香花火っていうのは、初めてやったけれど、見入ってしまうような魅力がある。炎なのに、電気みたいにバチバチいう様は、何だか童心に帰って楽しめる。そう思えた。

 用意しておいたバケツは、花火でいっぱいだ。

「あ、私、花火を捨てる袋、持ってくるね」

 そう言って、シオリは家に戻ろうとした。

「ううん、私、やるよ。お姉ちゃんとシュンは、戻ってて」

 そう言ったのは、シズカだった。

「サクライさん、ちょっと手伝ってもらってもいいですか?」

「……」

 二人きりになりたがっている。そう思った。それにしては、シオリの前でストレートすぎるけれど。

「あぁ、構わないよ」

 そう言ってから、シオリの方を向く。

「すぐ戻るよ。待ってて」

 まさか実の妹となら、二人きりでもセーフだと思うけれど、念のため……

「うん、わかった」

 シオリはすぐに頷いて、家に戻った、シュンもそれについていく。

 シズカはビニール袋を取ってくる。僕はバケツから花火を無造作につかみ、袋に入れていく。

「すみません、こんなことやらせちゃって」

「いや、花火片付けるなんてしたことなかったし、何事も経験ってとこだよ」

 僕はそう答えた。

「で、君もお兄さんに、悩みの相談かな」

「――え?」

「鈍い僕でも、それくらいはね。シュンくんも、色々考えてるみたいだし」

「……」

 僕は、駐車場の縁のアスファルトに寄りかかる。

 シズカは僕の目を見るのが少し恥ずかしそうだ。彼女があの家で、一番僕を偶像視しているのが見て取れた。きっとテレビの中の人だった人と二人きりになれた感覚なのだろう。

「しかし、シズカちゃんはいい娘だね」

「え?」

「だって、お姉さんに色々気を遣って、後押ししてあげたり、会話を盛り上げてくれたり、ずっとシズカちゃんが頑張ってるの見て、お姉さん思いなんだな、って、思って」

「……そんな、全然です」

 シズカはかぶりを振った、

「私、こんなだから、いつもしっかり者のお姉ちゃんに助けてもらってばかりなんです」

「……」

「うち、お父さんもお母さんも共働きなんで、普段家にいないことが多くて。私とシュンは小さい頃から、お姉ちゃんに色々面倒を見てもらってたんです。私もシュンも、お姉ちゃんに甘えてたから、こんな性格になっちゃったんですけど……でも、お姉ちゃんにはとても感謝しているんです」

「……」

 あぁ、この3兄弟が、うちなんかと違って仲がいい理由がわかったような気がした。

 3人とも、小さい頃から助け合って生きてきたからなんだ。

 シオリも僕と同じ、頭の成長が早くて、両親から世話を焼かれずに育った子供だったんだろう。僕はその発育を、家族を止めるために使い、彼女は兄弟を助けるために使った。

 長年それを続けて、僕には消えない傷が、彼女には消えない絆が残ったということだ。

「だけど、最近になって、お姉ちゃんの事をよく考えるんです、お姉ちゃんは弱音も吐かないし、誰にも甘えたりしない。私達が当然に出来ていたことができなくて、辛かったんじゃないか、って」

「……」

 そう、初めて僕達が結ばれた夜に、彼女はそのことで苦しんでいた。

 大好きな家族のために、自分より優先して、家族の世話を焼いてきた彼女は、いつの間にか自我を失い、自分のために生きるということを考えられなくなっていた。

 そのことで、苦しんでいた。

「サクライさん」

 シズカが僕の目をしっかりと見る。

「きっと、お姉ちゃんが今、甘えたり、弱音を吐ける相手は、サクライさんだけなんだと思います。そして……私達家族は、お姉ちゃんが、世界中の誰よりも幸せになってほしいって、思っているんです」

「――うん」

「だから――サクライさん。お姉ちゃんのこと、甘えさせてあげてください。ずっと我慢していると思うから、なかなか難しいかもしれませんが……」

「……」

 初対面の時は、派手な風貌に少し驚いたけれど、意外な一面を持つ娘だ。

 やっぱり、この娘は最高の妹さんじゃないか。

 こんなにも、姉の幸せを願っている。

 そして……

 僕がこれから、彼女にすべきことも、教えてくれた。

 二人が結ばれた夜――あの時は、シオリが始めて僕に弱音を吐いてくれたのに、僕の苦しみの吐露に成り代わり、彼女の本当の痛みに気付いてやれなかったのかもしれない。

 何故、今までこうしなかったんだろう。

 彼女の本当の痛みを、僕は気付けていなかったのかな……

 自分のことで精一杯で。

――今ならできるか? 僕が、彼女のことを……

「今夜、お姉ちゃんとチューできる手伝い、しましょうか?」

「ふぇ?」

 突然言われて僕の口から間抜けな声が漏れる。

「キャー! サクライさん、心キレイー! 頬染めちゃって、カワイイー!」

 シズカはそんな僕の反応に、ときめきの声を上げた。

「……」

 なんか、この娘のことは、よくわからない……

 


 花火から戻ってリビングに着くと、アユミがゴローと共に紅茶を飲んでいた。

「さ、みんなの分も入れるからね」

 そう言ってアユミは、僕達4人にも紅茶の入ったティーカップを出した。

「ありがとうございます」

 紅茶なんてもの、うちにはないからほとんど飲んだことがない。本当はコーヒーの方が好きだけど、問題はない。

「さ、これ飲んだらあなた達は宿題をやりなさいね」

「えー? お母さん、今日くらいいいじゃない。もっとサクライさんとお話したいよ」

 シズカは不満げだ。

「お前達はもういいじゃないか。お父さんはまだほとんどサクライくんとお喋り出来てないんだぞ」

 ゴローも不満げに言った。

「……」

「ね、あなた達、少しは私達にサクライさんを譲ってくれてもいいでしょ?」

 アユミが言った。

「――それならさ、サクライさんに今日、うちに泊まっていってもらったら?」

 シュンが言った。

「え?」

「おお! そりゃいい。あのサクライさんを泊めたとあれば、明日会社で自慢できるぞ」

「賛成賛成! たまにはいいこと言うじゃない、シュン」

「別に、俺もサクライさんともっと話したいから、それだけだよ」

「……」

 嘘だろ、もうこんな歓迎されてるぜ、僕。

 普通ここまで家族に愛されている娘、姉の男なんて、もっと邪険にされるものなんじゃないのか。て言うか年頃の娘がいるのに、高校生の男なんか、家に泊めるか普通。

 でも……今夜はもう、ここ以外に行き場がないのも事実だ。ここを出たら、僕は今日のねぐらを探さなければならない。エイジなら多分僕を泊めてくれると思うけれど、それでも今日のねぐらが確定するのはありがたいことだ。

「本当に、いいんですか?」

「いいともいいとも! もうみんな泊まってほしいようだしな」

 ゴローの承諾が鶴の一声となって、僕は今日、この家に泊まることとなった。



「うーっ……」

 僕は今、マツオカ家の風呂を借りている。

 もう丸一日以上着ているスーツのワイシャツを洗濯しますから、お風呂に入っちゃってください、とアユミに薦められ、僕は仕事で疲れているゴローを差し置いて、一番風呂を浴びてしまった。

 オランダにいるときはほとんどシャワーだったし、こうして一人で湯船に浸かれるのは、何だか妙に贅沢に感じた。

 だけど、やっぱり何だか恥ずかしい。この風呂場で、シオリが毎日体を洗うのだと考えると、何だか変な感じだ。僕が入ったこのお湯に、後でシオリも浸かると思うと、焦ってしまい、湯船に浸かる前に体を徹底的に洗った。

「……」

 改めて一人になり、ほっとひと段落。

 大会後の祝勝会も、とんぼ返りのおかげでちっともゆっくりできなかったが、ようやく自分の戦いが一段楽したことを実感して、一種の開放感があった。

 とはいえ、僕は今、恋人の家に泊まるという、何だかできすぎた展開の話の上にいるわけで……

「……」

 何となくの確信だけれど、もう僕は、彼女以外の女の子を好きになったりしない。彼女のことはもう、女としてしか見ることはできない。たとえ道が離れたとしても、もう友達なんて視点に戻ることはできない。改めて、そう思った。

 彼女に、ちゃんと、「好きだ」、と伝えるために、僕はこの1ヶ月、戦い続けた。自分を肯定するために。

 そして、ユータやジュンイチには、ちゃんと思いを伝えられた。そのまま、シオリにもちゃんと言えると思っていた。

 でも――違う。

 ここに来て、僕が伝えたいことが変わってしまった。

 僕が彼女に伝えたいのは、「好きだ」じゃない。

「――愛してる……」

 浴槽の中で、僕は小さくその言葉を呟いた。風呂場に声は小さく反響し、残響は緩やかに消えていく。


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