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Bosom

 ガタッ、という物音に、僕は目を開ける。

 目を開けると、頭上に見える蛍光灯が眩しかった。僕は涙で滲む目を細め、体を起こす。

 ボーっとした視界と頭のまま、僕は顔を上げると。

 そこに、エプロンをつけた美人が立っていた。背はそれほど高くないが、細くてすらりとしていて、身長が高く見える。ちょっと違う気もするけれど、顔立ちはほとんどシオリに瓜二つだった。

「あ――起こしてしまいましたか? すみません」

 その美人が僕に声をかけてくる。

「……」

 僕は状況を整理する。

「シオリさん――一気に大人っぽくなったな」

「えぇ?」

 それを聞いて、美人はぷっと吹き出した。

 その時、部屋の扉が開いて、誰か入ってくる。

 それは、僕が知っている通りのシオリだった。

「あぁ、お母さん、ケースケくん、起きちゃったじゃない」

 シオリはその美人に向かってしかめ面をする。

「お、お母さん?」

 僕は寝ぼけていた頭が一気にそれで醒めた。

「す、すみません。寝ぼけていて、とんだ無礼を……」

 僕は慌てて、シオリの母親に頭を下げる。

「ふふ、本当にシオリちゃんから聞いてた通りの人ですね」

 しかしシオリの母親は、娘にそっくりな、無垢な笑顔を見せる。

「テレビで見た時は、すごく大人びて見えましたけど……」

「……」

 どうやら相当疲れていたから、かなり深く眠っていたらしい。

 この部屋は防音だから窓がない。壁にかかっている時計を見ると、もう6時半を過ぎていた。どうやら2時間ほど眠っていたらしい。

「あ――挨拶が遅れました。サクライ・ケースケです」

 僕は立ち上がり、頭を下げる。

「はじめまして。マツオカ・アユミです。シオリちゃんの母です」

 アユミはぺこりと頭を下げる。

「……」

 しかし、実に若い。とても高3の娘がいるとは思えない。シオリやシズカと姉妹と言っても通りそうな、そんな子供っぽさもある。

「シオリちゃんから、サクライさんが今日うちに来るとメールが来て、慌てて仕事から帰ってきちゃいましたよ。ごめんなさい、前もってわかっていたら、もっと家、綺麗にしていたのに」

「いえ、十分ですよ。こちらこそ、突然お邪魔してしまって」

「お夕飯、そろそろ準備できますので、こちらへどうぞ」

 僕はアユミに促され、リビングに通される。

 リビングは広々としていて、六人掛けのテーブルに、システムキッチンがある。テーブルの横にはソファーがあり、大き目のテレビがある。外見通り、木目の家具が多く、何だか北欧のログハウスに来たみたいな、日本ではまだ珍しい家の造りだった。物は整頓されている。普段から整頓が行き届いているのだろう。この家からは、ほとんど痛みや老朽化を感じなかった。

 キッチンでは、エプロンをつけたシズカが鍋をかき回していて、アユミもキッチンに入り、軽快に何かを包丁で切り始めた。シュンはテーブルの横のソファーに座って、テレビを見ている。

「お母さん、私も何かしようか?」

 シオリもリビングに入ってきて、システムキッチンに目を向ける。

「いいわよ、もうほとんど終わってるし。サクライさんとテレビでも見てたら?」

 アユミは気を利かせたつもりなのか、シオリに向かって笑いかけた。

「サクライさん、丁度今、サクライさん達のこと、ニュースで言ってますよ」

 ソファーにいるシュンは、僕に声をかけた。

 シュンに促され、僕はシュンの隣のソファーに座る。シオリはその後ろに立って、テレビの画面を見た。

「さて、今回世界第3位という快挙を成し遂げた、サッカーヤングジャパンですが、その影響で、これから子供達や女性などにもサッカーファンが増えていきそうです。そこで渋谷、新宿の女性500人にアンケートをとりました、自分の好みのヤングジャパン選手は?」

 どうやらニュース番組の企画もののようだ。画面がスタジオから、街頭でインタビューを受ける女の子の映像に切り替わる。

「エンドウ選手です。地味だけど、本当に体を張ってたし。サクライくんヒラヤマくんと本当に仲よさそうで、時々サクライくんの手を引っ張ってたところとか、すごくいいと思う」

「エンドウ選手。コメントとか聞いてると、明るい人だけど、サッカーしてる時は周りを生かすために地味な役回りを買っているところとか、超いい人って感じ」

「3位は37票、ボランチのエンドウ選手でした。その裏方に回るプレーと、人当たりのいいキャラが人気のようです。では、第2位は?」

「ヒラヤマ選手! 背が高くて超カッコいい! 体がヤバイ!」

「ヒラヤマ選手です。ゴール狙っている時の真剣な表情がカッコいい。自然体で飾らない感じが、サッカー大好き少年って感じでカワイイ」

「2位は81票、フォワードのヒラヤマ選手。惜しくも一点差で大会得点王はなりませんでしたが、そのゴールに貪欲な姿勢は、日本A代表にも近日選ばれる可能性もあります。大ブレイク必死です。さて、第1位は?」

「サクライ選手! カワイイし、カッコいい! サッカー超上手い!」

「女の子みたいな綺麗な顔なのに、性格が男っぽくて、サッカーしてる時は闘志むき出しなところ。でも、ゴールが決まった時のあの笑顔にズッキュンやられました」

「超ドSっぽい顔して、仲間想いだから、そのギャップが! キャプテンとして仲間を元気付けているプレーがすごくよかった」

「ドリブルで相手を抜くところとか、ダンス踊ってるみたい。フリーキックもすごく綺麗だし、サッカー詳しくないけど、見とれちゃう何かがありました」

「一位はぶっちぎりの355票で、キャプテンのサクライ・ケースケ選手! チーム一の小柄な体ながら、その頭脳を駆使し、攻撃、守備に大活躍! 大会ベストイレブンにも選ばれた、日本の若き至宝! ピッチ外の冷静な受け答えと、サッカーをしている時の熱いプレーのギャップに惹かれる女の子が多いようです。彼の時折見せる笑顔を見たくて、サッカーを見始めたという女性ファンも多いとのこと。サクライ選手はこれから埼玉高校で、高校最後の大会に出場予定。埼玉県予選は超満員になることが予想されます」

「ふふ、そのサクライさんが、今うちにいるなんて、何だか夢みたいだなぁ」

 キッチンからそれを見ていたシズカが言った。シズカはさっき会った時とは違い、着替えてメイクも薄く施してあった。

「……」

 どうやら僕の日常は、随分とすごい変化を遂げているようだな。このテレビを見て、それを実感する。あのイングランド戦から、日本では二日経っているのに、まだ興奮が収まっていないようだ。

「シオリちゃん、ちょっと料理をテーブルに運んでくれない?」

 アユミはシオリをキッチンに呼んだ。シオリはキッチンに入り、皿を持って出てくる。

「さあさあ、ご飯ができましたよ。サクライさんもシュンちゃんも、テーブルに来てください」

 さっきからいい匂いがリビングに漂っていて、丸一日食事を摂っていない僕の胃袋が悲鳴を上げた。

 テーブルに着くと、一ヶ月オランダにいた僕にとっては、懐かしい料理が沢山並んだ。肉じゃが、アサリの酒蒸し、マグロと環八の刺身、サーモンのマリネに、豆腐の味噌汁。沢山の料理が並んだ。

「私、サクライさんのとなりー」

 シズカはシオリと反対側の、僕の隣に座った。さっきは恥ずかしがって、あまり顔を見せてくれなかったが、中学生とは思えないほどフェロモンの漂う女の子だ。そのくせちょっと子供っぽくて、小悪魔風の女の子。男に可愛く見せる術は、シオリの分もこの娘が受け継いでいるようだ。

「ずりぃぞシズカ姉。俺もサクライさんの話、色々聞きたいのに」

「はいはい、あまりお客様を引っ張りまわしちゃ駄目よ」

 アユミに兄弟喧嘩を仲裁される。

「あの――いいんですか? その――旦那様がまだお帰りになってないのに」

 恋人の父親を何と呼んでいいかわからず、僕の言葉は詰まった。

「お父さん、でいいと思いますよ。私も、お母さん、って呼んでもらっていいですか?」

 アユミは僕に笑いかける。

「私、サクライさんに一度そう呼ばれてみたいんです」

「お母さん、いい歳してはしたないよ」

 シズカが笑う。

「あら、サクライさんって、理想の息子ランキングで一位なのよ。そんな人に、お母さんって呼ばれるのって、素敵じゃない?」

「――ああ、この家はバカばっかりだ」

 シュンが揶揄する。

「うちの人、今家に向かってるんです。お客さんが来るから、ケーキ買ってきて、ってメールしてありますから。お父さん、サクライさんがうちに来ていること、知りませんから、きっと帰ったらびっくりしますよ?」

 アユミはそう言って、可笑しそうに笑った。



 一ヶ月ぶりに食べる日本の料理はとても美味しかった。特にご飯が懐かしい。でも、料理自体の味も実に美味で、僕は客人だというのに、遠慮なしに箸が伸びた。

「サクライさん、この肉じゃが、私が作ったんですよ。食べてください」

 シズカは僕にしきりに進めるから、僕は肉じゃがのジャガイモを口に含んだ。ちゃんと味が染みていて、とても美味しい。

「美味しい――こんな肉じゃがを上手く作れるなんて、すごいね」

「うわぁ! サクライさんに褒められちゃった!」

 シズカは派手な外見に似合わず、実に素直で明るくて、可愛い女の子だった。ちょっと甘え上手で、こんな娘が妹だったらと、ちょっと思った。

「ケースケくん、シーちゃんは料理がとっても上手なの。特に肉じゃがは、とっても上手なのよ」

 シオリは嬉しそうに、家族の話をした。

「シオリちゃん、他のことはできるのに、料理だけは全然ダメだもんねぇ」

 向かいに座るアユミが溜め息をついた。

 そう言われて、僕はシオリの料理を思い出す。盛り付けはとても綺麗なのに、一口口に入れると、何とも言えない微妙な空気になる、あの独創的な味付け。

「お姉ちゃんの味オンチはすごいんですよ。ダシの素とコンソメスープを間違えて入れた味噌汁でも、平気で飲んじゃうんですから」

「え? そんなに?」

「ああ、あったあった。あれはすごい味だったよな。なのにシオリ姉、ちょっと味違うね、ってだけで普通に飲んでたし」

「もう! そんな昔の話、忘れてよ!」

 シオリはむくれ面だ。それを見て、他の3人も笑い出す。

 ちょっと意外な反応だった。温厚な性格のシオリが、こんなに感情を露にするなんて。

「でも、そんな味オンチじゃ、シオリちゃんは高級レストランに行っても意味ないわね」

 そう言ってから、アユミは僕の方を見る。

「サクライさん、シオリちゃんはお金のかからない女なんで、長く付き合ってあげてくださいね」

 そう言って、にこやかに微笑まれる。

「お、お母さん! なに変なこと言ってるの?」

 シオリは赤面して、いっぱいいっぱいになっている。

「確かに、シオリ姉はお金のかかんない女だよな」

 シュンがそれに同意する。

「ホントホント、貧乏性だし、欲がないんだよねぇ」

 シズカもシオリの横顔を、溜め息交じりに見つめる。

「……」

 本当に仲のいい家族だった。いつも笑い声が絶えない。

 シオリがこの家族のために、自分が無理をしてでも、笑顔でいて欲しいと願った理由も少しだけわかる気がする。

 本当に自然に笑うんだ。シオリと同じ、いつもまっすぐで、裏表のない表情で。

 その笑顔を見ているだけで、何だか幸せな、優しい気分になれる――僕がシオリの笑顔に見た空気と同じものを、この家族全員から感じた。

 そんな笑い声が響く中、玄関の方から、がちゃ、という音が聞こえた。

「ただいまー」

 男の優しそうな声がした。

「あ、オヤジ、帰ってきたみたいだ」

 シュンが言った。


作者がこの話を書き始めた頃は、イタリアのACミランがものすごく強い時代でして。この物語はその時のミランの影響を結構受けています。


この話を書き始めた頃、まず主人公の相棒的なキャラを出したいと思って、それで思いついたのが、ダブルボランチっていうもので、そこから生み出されたキャラがジュンイチです。このダブルボランチっていうのは、このミランのダブルボランチをイメージしたので、ジュンイチのサッカーのプレースタイルは、自然とミランのガットゥーゾになりました。ジュンイチの憧れの選手もガットゥーゾになってますし。


ユータは一人前線に張って、絶対的なフォワードとして君臨している、絶対的な点取り屋というイメージで、当時ミランにいたシェフチェンコがモデルです。作者はフランスワールドカップあたりからサッカーを少し見始めたんですが、中でもフォワードのナンバーワンはロナウドとこのシェフチェンコだったんですよね。でもロナウドはユータのイメージじゃなかったので、シェフチェンコにしました。


その中でケースケは、当時作者が一番好きだったプレーヤーの、アルゼンチンのパブロ・アイマールを意識したんですが、いまや完全に別物…小柄なファンタジスタみたいのを書きたかったんですが。

でも今思うとケースケも、ミランのダブルボランチの影響からか、ピルロのイメージも結構強く出ている気がします。フリーキックなんかも結構ピルロを意識してのものもありますし。それでもプレースタイルはちょっと違いますが、イメージとして一番近いのは、作者の中ではピルロかもしれません。

ルックスのイメージはちょっと違いますが、ピルロのあの優男っぽい雰囲気はケースケも少し持っているかもしれません。

サッカーを知らない人、全くわからないあとがきですいません。

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