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Intrigue

 それからの僕は、織田信長が本能寺に散った報を受けて、中国地方から京までの距離を一気に駆け抜けた、秀吉の中国大返し張りのスピードで行軍した。

 荷物をまとめ、スタッフに頼んでアムステルダムから東京行きのチケットを手配してもらい、車も手配してもらった。ホテルの正門には日本のマスコミが既にごった返しているために、裏口から出発した。その車でユトレヒトからアムステルダムに移動、スキポール空港からその日の東京最終便で羽田に飛んだ。

 ボーナスが入ったことで、僕はパソコンの繋がるビジネスクラスを予約、そこでパソコンを借り、僕がオランダに発ってから、日本で何が起こったのかを、調べ直した。酒を少し飲み、連日のハードな試合の続く大会が終わったばかりなのに、飛行機で一睡もできなかった。

 調べると、今日本で僕は国民的英雄としてあがめられているらしく、その人気は社会現象にまでなり、経済効果も大きく見込まれるほどになっているという。僕の日本代表背番号10のユニフォームは、メキシコを破った頃から完売していて、数十万件の予約待ちだとか。芸能人やアイドルにも僕のファンを公言する者も出始めたという。

 その人気の中、突然のこの騒ぎ――日本のサイトの至る所で、金目当ての契約をしたと、僕をバッシングする声が集まっていて、僕を擁護するファン(文面を見る限り、おそらく女性)との言い争いで、荒れに荒れまくっていて、既に破裂してしまったサイトもある。大手掲示板は書き込み規制で半日前から全ての機能がストップしている。

 その中で、僕が契約したという、バスコ・ダ・ガマ・というチーム――手帳を見ると、確かに僕にオファーを出しに、オランダに来ている。僕の手帳にも載っていたチームだ。

 そのチームのホームページにアクセス。アラビア語なのでさすがに僕でも読めない。パソコンの翻訳機能で何とか片言でも大本の内容を理解する。トップに確かに、サクライ・ケースケを獲得したとの情報がアップされている。背番号まで10に決定している。

「……」

 嫌な予感がした。何と言っても、家族の名前が出ていることが、僕の不安を大いに募らせた。

 ――ふと、もう一度日本のニュースサイトにアクセスすると、ユータの名前の見出しがアップされていた。僕はそれをクリックする。

「ケースケは事情を確かめるために、一人日本に帰りました。こちらも寝耳に水でケースケ本人にも事情がわからないみたいです。事情がわかればあいつはちゃんと皆さんに説明すると思うので、現時点であいつに問い詰めないでやってください」と、ユータがマスコミにコメントしてくれた記事が載っていた。

 ――ユータ、ありがとう。僕がそう言っても説得力がない。こう言って、全員が僕を静観するとは思えないが、気休めにはなる。

 しかし僕は不安で、椅子に座っているだけなのに、息が苦しくなってくる。ビジネスクラスの豪華な機内食さえ手がつかず、僕はそのまま羽田に到着した。着いた頃には、現地時間の正午過ぎだった。

 各種手続きを軽くスルーすると、僕は1ヶ月ぶりの日本に感慨に浸る暇もなく、空港を横断した。

 空港には、早朝だというのに、既に沢山のマスコミや女性ファンが僕を待っていて、僕が登場するなり、黄色い声が起こり、沢山のフラッシュが浴びせられた。警備員が必死に女性ファンを抑える。まるで韓流スターの来日風景だった。

 だが僕は、持ち前の俊足でそれを完全に振り切る。今の僕にはそんなものは目に見えていなかった。

 未成年の僕はクレジットカードを持っていない。もう一度空港のATMでお金を下ろす。この時僕は既に3000万近くの金を手にしてはいたが、そんなことはもうお構いなしだった。

 この騒ぎでは、とても羽田から川越までは電車では帰れない。なので飛行機の中で、帰りはタクシーを使うと決めていた。県をまたぐため、とんでもない額の運賃になるだろうが、それでも仕方がない。高速道路を使って、全速力で川越に向かうように運転手にお願いした。

「川越? お客さん、大丈夫? 見た感じ、まだ若そうだけど」

 運転手の初老のおじさんは、どうやら僕のことを知らないらしい。

「じゃあ先払い――釣りはいりません」

 僕は5万円を運転手に手渡しすると、運転手は喜んでタクシーを僕の望みどおりに飛ばしてくれた。

 日本の夏は、オランダの夏よりもずっと蒸し暑くて不快だ。車内も埃臭いクーラーが最強にかかっている。

 そんな冷たい風の中、ラジオのニュースがずっと僕のことを報道していた。もう既に僕が帰国したことさえ報道されている。

「しかし、映像を見る限り、サクライくんの顔には余裕が全くありませんでしたね。ヒラヤマくんの言うとおり、本当に事情を知らないんじゃないでしょうか」

「一体何が彼の間に起こったのでしょうか、今は彼の口から真実が語られるのを待つしかありませんね」

「……」

「いやはや、さっきからこのニュースばかりなんですよね」

 運転手が僕に話しかけてきた。

「しかし、このサクライっていう選手はすごいんですね。まだ17だってのに、もう数億って値段がついてるんですから。庶民の私達は嫌になりますよ。この子のご両親は、さぞかし鼻が高いでしょうなぁ」

「……」



 ――川越に到着した頃には、もう時計は午後の3時を回っていた。

 そして、家に着いた時、僕はその様子に目を覆った。

 僕の家は、川越でも有名な芋菓子屋の老舗だが、その店が閉まっており、ガラスの引き戸には、こんな張り紙がしてあったからだ。

『当店はこの度、閉店することとなりました。長い間のご愛顧、ありがとうございました』

「……」

 な、何だ、これ。

 僕は急いで玄関に回る。どうやら車があるので、家族はまだここに住んでいるようだ。鍵を開けて、僕は玄関を開ける。

 薄暗い玄関は、いつもは靴が雑然と脱ぎ散らかしてあるのに、整然としている。スカウトなどの客人が多数来たからという、学校の家庭訪問に備えて慌てて綺麗にしましたというような片付け方じゃない。もっと徹底した整理のしようだった。

 ふと玄関先に、見慣れないものを見かける。冷蔵庫のような、小さなクーラーボックスのような。

 僕はそれを開けると、沢山のワインが入っている。ワインセラーだった。

 しかも中に入っているのは、グルメ漫画で名前を聞くような、高級そうなワインばかり。シャトーナントカとかいう名前のワインや、僕が生まれる前に仕込まれた年代のヴィンテージもの。

 そしてそのワインセラーの周りには、紙で大仰に包まれた日本酒や焼酎が沢山置かれている。どれも酒に疎い僕でも名前を知っているような、プレミア酒ばかりだ。暗くて涼しい玄関を保管場所にしているようだ。

 だが、そんなものはどうでもいい。僕は階段を上り、リビングのドアを開ける。

「……」

 がらんと片付いた部屋で、両親、妹、祖母が雁首そろえて僕を睨んでいた。

 僕はオランダで貰ったコピー用紙の新聞を前に突き出した。

「どういうことだ、これは」

疲れも手伝って、荒い声が出る。

 だが、真剣な僕とは裏腹に、家族は雁首揃えて僕に薄ら笑いを浮かべるだけだった。

「答えろ!」

 僕は怒鳴った。

「うるさいなぁ」

 気だるそうに、母が口を開いた。

「どうもこうも、見ての通りの意味よ。私達はあんたの代理人として、プロと契約をしたの」

 何の説明も、僕への謝罪すらなく、母はそう言った。

「あんたをチームに入れるためなら、数億払うってチームが沢山あったわよ。そんなの捨てたらもったいないじゃない」

「誰がそんなことをしろと頼んだ!」

 僕は激昂する。

「お前達に何の権利があるんだ!」

「権利なら、ある」

 口を開いたのは、親父だ。

「天才だか臥龍だかしらねぇが、お前が今まで食べさせ着せて、住む場所も与えてもらっていたのは、誰のおかげだ? 中学はバカ高い学費払って、私立の名門中学に通わせ、塾まで通わせてやった。だから全国模試1位があるんだろ?」

「……」

「しかもお前はこの家にまだ住んでいるんだ。住んでいるなら親に従うのが当然……」

「ふざけるな!」

 僕は大声で親父の薄ら笑いの理屈をかき消した。

「住まわせてやっているだと? 僕は言ったよな? 僕は家を出るって。今すぐにでも出たかったのに、お前達が同意書にサインをしてくれなかったから、家を出られなかっただけだ。今更……」

「だがそれでも、お前がこの家に住んでいるのは事実だ。お前はまだ、俺達の庇護下にあるんだ。違うか?」

 親父は僕の理屈を一笑に付した。

「……」

 僕は拳を握り締めた。

「――わけわかんねぇよ」

 僕の口から声が漏れた。

「お前ら、何で僕を嫌っているのに、この家に引き止めるんだよ! わけわからねぇよ、何で僕を……」

 言いかけて、はっと言葉が止まった。

 玄関にあった、あの大量の高級酒。見慣れないワインセラー。

 ――まさか。

 僕はリビングを出て、奥の母の部屋に向かう。

 そして、クローゼットを開けた。

 そこには、まるで銀座のブティックをそのまま移し変えたような、高そうな服がいっぱい入っていた。シャネル、ディオール、エルメス――ファッションに疎い僕でも知っているような高級ブランドの服やバッグが大量に入っている。どれも僕が見たことのない服だ。

「ちょっとあんた、勝手に!」

 母親が追いかけてきて、僕の肩を掴む。

 しかし僕はその腕を振り払うと、今度は妹の部屋に向かっていた。

 妹の部屋には、一月前には持っていなかったはずのパソコンが2台もあり、母親と同じくクローゼットには、セシルマクビーやサマンサタバサなどのブランドバッグや大量にあり、服も高校生の小遣いではとても揃えられないほどに充実していた。

「勝手に入ってるんじゃねぇよ!」

 妹が僕を追いかけてきて、僕に後ろから蹴りを入れた。

「……」

 だが、もうこの時の僕には、そんな蹴りの痛みなどは、神経に届いていなかった。

 体がわなわなと震えるほどの怒りに苛まれた。

 拳を血が出るほどに握り締め、切歯扼腕しても、とても抑えられそうにない程の大きな怒りだ。

 僕はこの瞬間、全てを理解した。

 家族は今までずっと僕をダシに、僕の客から、接待や裏金を受け取っていたんだ。


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