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Telephone

 目の前でフラッシュを焚かれすぎて、もう僕の両目には、白い残像がいつまでも消えずに残っている。

「サクライ選手、サクライ選手がサポーターから選手を集めて、急造チームで代表チームを破った時から、この代表の雰囲気が変わったと、もっぱらの噂ですが、どのような意図であのような試合をしたのでしょうか」

「あの試合の後、選手同士でどのような話をしたのでしょうか」

「代表キャリアの浅い中、チーム最年少でのキャプテンということで、重圧はありますか?」

 今僕は、代表監督、JFA会長と共に、代表キャプテンとして記者会見に臨んでいる。

 キャプテンなんて、昨日の夜に任命されたばかりなので、何を言えばいいのかなんて、ほとんど考えていない。

 それなのに、僕には矢継ぎ早に次々と質問が飛んでくる。

 無理もない。僕は代表合宿初日に、サポーターから集めた選手で代表を破るという離れ業をやってのけて以来、この代表の注目度と共に、世間の関心を集めた身だ。この記者会見に引っ張り出されたのも、サポーターが僕の声を聞きたいと、協会への会見の依頼が跡を絶たなかったからだというし。

「ではサクライさん、本戦メンバーのキャプテンとして、ずばり今大会の目標は?」

 そんな質問が飛ぶ。

「――難しいですね」

 これはサッカーでは非常に難しい質問だ。日本はアジア規模でのサッカー大会なら、過去に優勝の経験が何度かあるが、全世界レベルの大会では、どの世代を見ても、表彰台に上がったことがない。予選リーグ突破、ベスト16、ベスト8――どれを言っても、帯に短し、襷に長しな印象は否めない。

「まあ、どうせ予選リーグに出る32チームのうち、16チームはそこで消える戦いなんです。初めから生き残る前提でベスト16とか、8とか言っていると、足もとが留守になりそうだし、そこまで勝ち進んだ時に、もっと上を目指す気にならなくなるんで――具体的にここまで勝ち残るっていう目標は立てていません。まずは世界の舞台で、日本人としての意地を見せることに専念しようと思います」

 僕は目の前のカメラを一瞥する。

「逃げ口上を並べるつもりはありませんが、私はまだ若輩者です。この場で多くの方にリップサービスする余裕も、必ずいい結果を出すという確約も、この場ではできかねます。それは他の代表の選手も同じ――若輩故、器量なく、国などという大きなものは背負いかねます。私はキャプテンとして、まず仲間にそう諭し、代表の誇りを捨てさせました。そうしないと、皆、重圧で足が前に出なかったからです。ですから我々はもはや、国の威信を背負って立つ代表選手ではありません。ただの一介の戦士――日本風に言えば、侍です」

「……」

「侍たるもの、強豪に囲まれたグループ、すなわち死地に赴いては、ただひたすらに戦い、死ぬ時は屍を晒すのみ――その覚悟を持って、戦うのみです。それで出た結果がお気に召さなければ、大会後、全ての責を私が負いましょう。先の合宿で、このチームを墓石、そのように作り変えた責は私にありますので」



 記者会見の後、僕は一人、背番号10の代表ユニフォームに着替え、グラビアアイドルを撮影するような仰々しい撮影セットで、写真を何枚も撮られた。

 あの合宿初日の代表撃破以来、サポーターの間では、僕は勝利を呼ぶ男扱いで、大会を勝ち抜くために期待を寄せられているらしい。それ故、勝利を呼ぶ男の僕を用いた、縁起のいいPRポスターを作り、大々的に代表を盛り上げようと、協会が企画したのだそうだ。

 僕自身は、自分の写真が全国に出回るなんて恥ずかしいので嫌だったのだが。

「はい、OKでーす」

 カメラマンから、予定された全ショットの撮影が終了したとの号令がかかり、ようやく開放された頃には、もう6月の長い夕暮れも、とっくに過ぎて、外は真っ暗になっていた。

 撮影スタジオからタクシーに乗ってホテルに戻り、自分の部屋に戻る頃には、もう時計は9時を回っていた。

 僕は今、一人東京にいる。

 代表合宿最終日だった一昨日の夜、大阪の滞在先であるホテルの大広間で本戦メンバーが発表され、その夜のうちに、僕達は荷物をまとめ、一度各々の故郷なり、所属するクラブチームに戻るなりの家路に向かい、2日間の休みを与えられることとなった。そして、二日後に東京の羽田から、世界大会の舞台であるオランダに発つ。

 しかし、キャプテンに任じられた僕は、その世間の注目度と相まって、協会に仕事のオファーが殺到してしまった。記者会見や協会の行うキャンペーンの協力など、出立前に仕事をこなして欲しいと依頼された。

 よって僕は、大阪からユータ達と共に帰郷したが、僕一人だけ東京駅で途中下車し、出発までの2日を東京のホテルで一人過ごすこととなった。

 記者会見用のスーツを脱いで、僕はベッドに倒れこんだ。2週間の合宿を終えて、すぐに東京にとんぼ返りし、この二日、休む間もなく仕事を与えられている。さすがの僕も体に疲れがたまっていた。

「……」

 しかし――これでいい。

 キャプテンになり、僕はこのチームの責任の大部分を負うように、サポーターに強く印象付けた。これで大会で無残に敗退しても、ユータ、ジュンイチに対しての風当たりは最小限に抑えられる。僕の目的における最低限の根回しは完了したということだ。

 あとは――精一杯戦うのみ。

 世界の大舞台で、僕は友の思いにどれだけ応えられるだろう。

 それを知りたかった。今まで友などというものを、路傍の石程度にしか見ていなかった僕が、どれだけ大切なもののために力を出せるか、試したかった。

 今まで誰かを傷つけ、蔑み、陥れるためにのみ磨いた力を、大切な人のために使いたかった。その力で大切な人を守れたら、今までクズとして思えなかった自分のことを、少しだけ許せそうな――好きになれそうな気がしたんだ。

 それができたら、僕は過去をゴミ箱へ叩き込む。ユータ達に引け目を感じていた自分を捨てて、ちゃんと二人に伝えるんだ。自分の気持ちを。

「……」

 だが、本戦メンバーに選ばれ、キャプテン、エースという重責を負ったことで、僕の心も妙にざわついているのも事実だ。

 今更緊張しているのだろうか――朴念仁のこの僕が? はは、そんな感情を僕が持っていたのか。そんなことが、少し笑えた。

 こんな気持ちも、この半年、知らず知らずのうちに学んだことなのかな――

 ――あ、そうだ。今日一日、携帯の電源を切りっぱなしだったんだ。

 僕は起き上がって、スーツのポケットから携帯電話を取り出し、電源を入れて、まずセンター問い合わせをした。

 すると、メールが3件受信される。ユータとジュンイチの帰郷報告らしきメールと――

 もう一通は、代表の元キャプテン、マスダからだ。

「……」

 僕はベッドに寝転がり、仰向けになってそのメールを開いてみた。


『お前の記者会見、さっきニュースで見た。

 正直、お前にあの試合で負けた時から、言わなきゃと思っていたことがあるんだが、

 戦いが始まる前に、もやもやは残したくないんで言っておく。

 俺は正直お前に力を見せ付けられて悔しいが、

 お前に教えられた、戦いの心意気を思い出したことで

 今改めてサッカーをすることの喜びとか、楽しさを感じられるようになってきたと思う。

 きっとそれはみんな同じで、だからお前をみんなキャプテンに命じたんだと思う。

 悔しいが、その点については、どうもありがとう。


 追伸――

 試合に負けても、一人で責任を背負い込もうなんて思わないでいいぞ。

お前が死ぬ時は、チーム全員死ぬ時だって、もうみんな腹は決まっているからな

 多分、ヒラヤマとエンドウもな』


「……」

 ありがとう、マスダ。

 最初お前が僕に文句を言いに来た時は、先が思いやられたが、今では僕にそう言ってくれるようになるとは。

 マスダだって、今まで誇りをもってやってきたキャプテンを、新参者で年下の僕に譲るのは面白くないはずだ。なのに――

 柄でもないが、ちょっと嬉しかった。

 僕はマスダに、感謝のメールを打とうとした。

 しかし、その矢先に持っている携帯がぶるぶると震えた。

 僕は携帯の通話ボタンを押して、耳に当てる。

「――もしもし」

 疲れのせいか、少しぶっきらぼうな声が出た。

「――もしもし?」

 受話器の先から、鼻にかかるような、甘く優しい声がした。

「……」

 それは、2週間振りに聞く声だった。

「シオリさんか?」

 僕は寝転がりながら、目を開く。

「よかった、やっと通じた」

「ごめん、ちょっと色々仕事で、電源切ってたから」

「うん、わかってる」

「……」

 ゆっくりと喋るシオリの喋り方を、噛み締めるように僕は聞いていた。

 たった二週間声を聞いていないだけだけど、何だか彼女の、久しぶりで少し照れたような感じの声を聞くと、なんだか胸がじんわりと暖かくなるような、それでいて、きゅっと胸を締め付けられるような、そんな胸の疼きを感じた。

「代表決定、おめでとう」

「おめでとう、なのかな……」

 僕は考えを反芻する。僕は初めから、自分がメンバーに残るとか、そう言うことをあまり考えずに合宿に参加したので、おめでとうと言われても、あまり実感が湧かなかった。

「明日、オランダに出発なんだってね。今日学校でエンドウくんから訊いた」 

「ああ、久し振りなのに、また明日から、電話もできなくなっちゃうな……」

「ううん、しなくていいの」

「え?」

「……」

 沈黙。

「その――今日は、おめでとうって、伝えたかっただけだから……」

「……」

「……」

 また沈黙。

「わかった。お互い電話だけだと、辛いもんな」

「え?」

「これ以上声を聞いていると、会いたくなっちゃうもんな」

「……」

「今君も、そういう風に思って、電話を切りたがっているのなら、嬉しいよ」

「……」

「――なんて、柄でもないな」

 バカップルの会話だ。僕は照れ笑いでかき消す。

「――会いに行くよ。全部終わったら」

「――うん、待ってる」

「ああ」

「……」

 沈黙。

「じゃあ――切るね」

「あ、待って、最後に一言だけ」

 沈んだ声の彼女を、僕の声が制した。

「僕――もっと男を上げて帰ってくるから。そしたら君に――伝えなきゃいけないことが沢山あるから。帰ったら、それを聞いて欲しい」

「……」

「あと、これから暑くなるけど、冷房使いすぎて、風邪をひくなよ」

「――うん、わかった」

「……」

 お互い、しばらく沈黙した後、名残惜しさを断ち切るように、どちらからともなく、電話を切った。

「……」

 胸がかすかに波打っていた。

 たった2週間、声を聞かなかっただけなのに。

 疲れているはずの体が、ぽかぽかと暖かい。

 その温もりが、何だか僕に、心の質量の変化を感じさせる。

 一体、この2週間で、僕の心に何が起こったのだろう。

 ただ2週間、会わなかっただけなのに――



 ――次の日、僕は羽田でユータやジュンイチ、代表スタッフと合流し、日本を後にした。

 ――この旅路が、この後の僕の栄光と転落の日々の始まりであることを知るよしもなく。


一体最近何が起こったんでしょうか。特別なことはしていないのに、いきなり一日のアクセス数が通常の数倍に膨れ上がって、初めて一日20000アクセスを達成してしまいました。


皆さんの応援に感謝する反面、とても驚いております。

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