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Explanation

この会はサッカーをあまり知らない人は、読んでいてよくわからない部分があるかもしれません。次回でもっとわかりやすく話をまとめるので、読みにくいと思った人は読まなくてもいいと思います。

 サポーターの怒りで、すごい騒ぎになってしまったグラウンドを後にする時、警備員は必死になってファンを抑えていて、僕達以外の選手は、息も絶え絶えにバスに乗り込んだという形だった。

「何か埼玉高校で似た光景を見たことあるな」

 だが、この半年、練習試合でも千人はギャラリーが集まる埼玉高校にいる僕達は、その光景にも何かデジャブのようなものを感じるだけだった。自分達の感覚のズレに少し笑えた。

 バスの中で、選手は誰一人声を出さなかった。今まで自分達が築いて来たもの――今までそれでいい結果が出ていたとは言いがたいが、それでも信じ続けてきたものを、一瞬ではるか格下の相手に壊されたのだから。

「監督」

 僕はバスの中で、監督に声をかけた。

「ホテルに戻ったら、さっきの試合の反省会をさせてください」

 ――そう僕が頼んだことで、練習後のミーティングは、僕が先頭に立って、さっきの試合の反省会を行うこととなった。



 ホテルの大部屋を借りて、僕はホワイトボードの前に立つ。ユータ、ジュンイチ、僕達のチームに加わったゴールキーパーの3人も前に出てくる。僕の横には、代表スタッフにあらかじめ頼んで録画してもらっていたビデオが置かれている。

 長机に座ってそれを見ている選手達は、皆不満げな顔だ。それが自分のさっきのパフォーマンスについてなのか、監督に十分自分を売り込んだ僕達に対してなのか、それは表情だけではわからないけれど。

「さて――じゃあまず、僕があのチームで先に与えた指示の種明かしをしましょうか」

 僕は差し棒を持ってホワイトボードの前に立ち、座っている選手達を一瞥する。

「……」

 だが、僕の言葉は暖簾に腕押し。完全に選手は全員ふぬけてしまって、完全に上の空だ。

「聞いてるのかっ!」

 僕は空気が震えるような大声で大喝した。選手の数人は、その声に一瞬目を見開く。

「あんた達は本戦でも試合に負けているからって、そんな顔でピッチに立つ気か! そんな顔をまたサポーターに見せて、またさっきみたいにブーイング喰らいたいのか! 負けたからってふてくされている奴が、僕に代表がどうとか大口叩いたのか!」

「……」

 先程よりは少し耳を傾けるような態度にはなったものの、まだ目の前の連中からは、チームの新参者にして、最年少の僕への不満がありありと出ていた。

「色々思うところはあるでしょうが、ここらであなた方の敗因をはっきりさせないと、このチームは前に進めない。だから少しでいいから聞いてください」

 そんなフォローも軽く入れつつ、僕はホワイトボードに張った、僕達の布陣を表すマグネットに指し棒を伸ばす。

「まず攻撃において、あのチームで僕が指示したことは、僕にこまめにボールを預けること。僕がボールを持った時、各ポジションごとにたまに合図を出すから、それが出たら指示通りに動いてくれ――それだけ」

 サッカーは瞬時の判断がものを言うスポーツだ。だからピンポイントで選手と意思の疎通を図るのは難しい。だが、ボールを持つと、大体の選手はボールを持った選手を見てくれる。そこでサインを出せば見落とす可能性が最小限となる。急造チームで意思の疎通を図る一番有効な手だ。

「で、そのサインっていうのが――例えばサイドの選手には、僕が右足でボールを一度またぐフェイントをかけたら、一気に前線へ走れ、だった」

「――あ」

 何人かはそう言った事で、ぴんと来たようだ。

「初めからあなた方は僕とユータを警戒して、中央を固めてくることは目に見えていた。だけど蓋を開けたら僕達はサイドを多く使ってきた。あなた方は予想の攻め方をしてもらえず、試合の入りに疑問を持ったはずだ。キックオフ後で、すぐには相手への対応を変えられないし、このままの守備でいいのか、と考え出した」

 僕はそう言ってから、何人かの顔を指差した。

「やがて何人かの選手は、中央を固めて僕とユータの連携を遮断しよういう作戦だったのに、若干サイドのケアもした方がいいんじゃないか、っていうことを考え出した。表情ですぐにわかりましたよ」

「……」

「僕はそれを感じ取って、攻め方を変えた。覚えてます? ジュンイチが初めてユータに長いボールを放り込んだこと」

 僕はあらかじめスタッフに頼んで撮ってもらっていたビデオの映像を、スクリーンに出す。

「ここでユータのポストプレーでのボールを、ボランチが受けて、僕にラストパスを出した。あなた方には無警戒のこのボランチが自分達のスペースを脅かしたことに脅威を感じた。この時完全にスペースに飛び出されて、僕に決定的なラストパスを出されましたからね。寄せ集めとはいえ、僕達以外の選手も油断は禁物、と思わせた」

 とはいえ、あの時僕達のチームのボランチが前に出ていたのも、ユータに長いボールが放り込まれたら、僕を追い越して前に出ろ、とボランチに指示していたからだ。僕が相手ボランチをひきつけていたこともあるし、ユータの名を呼ぶことで合図も出したから、少しくらい足が遅くても、瞬時に動けば素人でもプロの隙も突ける、というわけだ。

「……」

「あなた方はこのボールをクリアしてスローインに逃れた。だけどこのスローインから僕は早いドリブル突破を仕掛けた。今までスローペースの試合だったところに、いきなり速い攻めで崩されてしまった。おまけにユータへのスルーパスも使い始めたし、後詰の選手に決められそうになった。もうこの時点であなた方は、守備をどこに集中させればいいかわからなくなった。結果、あなた方は中央を固めることをやめ、真ん中もサイドもゾーンで守り、どっちつかずの守備になってしまった。結果それから後は守備が崩壊して、僕達に3失点も喫してしまったわけだ」

 そう、あのプレー以降、もう相手選手は守備をどこに集中させればいいか、修正が不可能になっていた。スペースを誰がカバーするかの連携も稚拙で、僕はそんな相手選手の間に縦パスを通し続けた。僕のパスは面白いようにチャンスを演出し、それを受ける選手も皆のびのびとシュートを打った。

「そして、僕達寄せ集めが、あなた方を無失点に抑えられたカラクリだが――それは序盤のスローペースに持ち込んだパス回しにある」

「?」

 後ろのコーチ陣が首を傾げる。敵の攻撃と、自分達のパス回しがどんな関係にあるのかまったく見えなかったからだろう。

「あなた方は、沢山のギャラリーが見ている前で、負けるわけにはいかないと考えていた。大量点を取って、でかい口を叩いた僕をやっつけてやろうと考えていた。そのために早めに先取点を取って、後の攻撃につなげたいと考える。だが試合は20分ハーフで時間がない。僕達がだらだらパス回しをすることで、あなた方はイライラした。こちらとしてはこのパス回しは、あなた方をイラつかせる目的もあったけれど、それ以上の目的があったんです」

 僕は差し棒で自分の掌を叩く。

「これはギャンブルに多く見られる傾向ですが、人間、大勝を狙う時は、最小の労力で最大の効果を得ようと考える。そしてそこに一点集中で全てをつぎ込むものです。競馬で言う大穴一点買いとかね。あなた方もそうだった。できる限り点差を付けたいと考えていたから、僕達のチームの弱点と思われる場所に集中して攻めて来た」

 その説明を聞いて、長机に座っている選手たちの表情が変わった。何かを言い当てられたような、そんなぎくりとしたような顔だ。

「で、あなた方が僕達のチームの弱点と見たのは、ここ」

 僕はそう言って、ホワイトボードで僕達のチームの布陣を表すマグネットの一部分をなぞった。

「うちの守備の要、ジュンイチのいない僕達の右サイド――あなた方の左サイドです。そうでしょう?」

「……」

 どうやら図星を突かれたようだ。

「あなた方は大勝を狙っている。だが僕達がだらだらパス回しをしていることで時間がなくなった。だからこの弱点と思わしき場所を余計に攻めたくなる。だけど僕は、ここを攻めたくなるように、わざとジュンイチを左に置いたんですよ。そうすればあなた方が攻めてくる場所がわかって、守りやすくなりますから」

 そう、初めから全体を守るつもりならば、ジュンイチを中央に布陣させる。ジュンイチを左に置いたのは、どうぞ右を攻めてください、という印象を相手に与え、その右で相手を罠にかけるためだった。

「元々左はジュンイチがいるから問題ない。もし中央にボールが来たら、ディフェンダーは全員で中央を固めろ、と指示していたし、それであなた方は右にボールを回す。だけどその頃には僕がそこに戻っていて、もうパスコースを塞いでいる――あなた方の攻める場所がわかっている分、僕は最短距離で右サイドのケアに走れますしね。結果あなた方の攻撃も不発に終わった」

「……」

 選手達は俯いてしまう。

 自分達の考え、戦術、試合中の心の動きまで、僕に完全に見抜かれていたのだと痛感したようだ。

「おまけに、あなた方は僕達以外の選手はド素人だとなめてかかっていた。だから、守られてもいつでも抜けると考えていた。だからあなた方は絶対に遠目からシュートを打たない。僕達の守備陣を綺麗に抜いて、フリーでシュートを打とうとする。それができれば監督へのアピールにもなりますしね。だが、それが僕やジュンイチが後ろに戻る時間を余計に与えた。結果あなた方は攻撃でも画竜点睛を欠いた」

 そう、相手が素人だとなめてかかるからこそ、相手はミドルシュートを打ってこない。決定的な場面などひとりでいくらでも作れると思って、無駄に突破を試みたせいで、相手の攻撃はスピードがなかった。

 だから僕は寄せ集め集団に、守備の際には初めからボールは取らなくていい、ただ、抜かれないように体を入れ、相手の足を止めることに専念しろ、と、それだけ指示していた。彼等がよくやってくれて、時間を稼いでくれたおかげで僕達は守りきることができた。


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