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Pressure

 キックオフと同時に、僕にはボランチが二人がかりでマークにつく。

 よし、まずは予定通り。

 ピッチを見渡す。

 僕は後方にボールを貰いに走る。

 キックオフ後、ジュンイチを経由して、ボールはまた僕に返る。

 ボランチ二人が僕に激しいチェック。既にユータにもチェックがついている。

 僕は右サイドハーフにボールを渡す。

「あ?」

 僕をマークしていたボランチの一人の声が、僕の耳に届く。

 サイドハーフは一度サイドバックにボールを預け、次にジュンイチの隣のボランチに横パス。そしてボランチの選手は再び僕にボールを預けた。

 また後ろからチェックがつくが、僕はすぐにボランチにボールを戻す。

「おいおいサクライ、さっきまでの威勢はどうした!」

「横パスやバックパスばかりで、全然攻めてこないじゃねぇか!」

 嘲笑交じりに相手からの野次が飛ぶ。

ボランチの選手はジュンイチにボールを預けてから、今度はジュンイチが右サイドハーフに振る。

 しかし、痺れを切らした相手は、右の選手から強引にボールを掠め取った。元々技術にはかなりの差があるのだ。あっという間にボールを取られてしまう。

 だが、もう僕はその前にジュンイチに指示を出していた。ジュンイチはもう既に右サイドにつめていて、相手の選手から再びボールを奪取する。

「カウンター来るぞ! サクライとヒラヤマから目を離すな!」

 ディフェンスラインにいる主将のマスダの声。

 ジュンイチはすかさず相手バイタルエリアに侵入した僕にパスを出す。

 だが、パスを受けた僕はもう一度パスを後ろのジュンイチに返してしまう。

「おいおい、いい加減にしろ!」

「どこまで消極的なんだよ!」

 相手だけではなく、グラウンドを囲むサポーターさえ不満を露にし始める。

 とにかく僕達のチームは、最初から自陣での短いボール回ししかしなかった。たまに前線の僕やユータにボールが回っても、すぐに後ろに返してしまう。

「……」

 それでも、僕とユータの警戒の布陣、か。

 それじゃあ。

 ジュンイチが僕にボールを回す。

 僕はセンターサークル付近でそれを受け、この試合初めて前を向く。

 前には相変わらず、強面の二人が僕についている。ジュンイチと同じタイプ、マンマークで相手を潰す、番犬タイプか。

 一度だけ右足でボールをまたぐフェイントをかけたが、隙はできない。

「俺達二人を抜くのは無理だぜ、代表をなめんなよ」

 ボランチの一人が腰を落とした体勢で目をぎらつかせ、僕に吐き捨てた。

「――ふ」

 そんな二人を尻目に、僕は小さな動きで大きくボールを右にフィードした。

 中央を固めすぎて、若干スペースのある右サイドに、既にサイドバックが走りこんでいた。選手は僕のピンポイントなパスをフリーで受ける。既にペナルティエリアから10メートルも離れていない、いい位置だ。

 だが、それでもうちの選手はトラップの技術もない。僕のパスをトラップするのに少しもたついている間に、代表のサイドがすかさずサイドバックをチェックしてしまう。

「中に出せ!」

 僕の声で、サイドバックは中にボールを出す。

 そこには既に僕が走りこんでいた、僕はそれを受ける。

「サクライだ! 突破を狙ってくるぞ!」

 既に眼前にいたマスダが、前線のユータをチェックしながら声を出す。

 しかし僕はすぐさまサイドバックのすぐ後ろに来ていたサイドハーフにボールを返す。

「もう一度、中だ!」

 そう僕がが指示すると、サイドハーフは今度は横にパスを出す。

 サイドハーフの蹴ったボールはそのまま中央に転がっていたが、そこにはジュンイチではない、もう一人のボランチが走りこんでいた。

「打て!」

 その指示通り、ボランチは思い切りシュートを放った。

 しかし、サイドバックにボールが渡った辞典で、ユータへのクロスを警戒していた相手は、ペナルティエリア内を既にガチガチに固めていたので、もうシュートコースはなかった。ボールは相手選手の一人の体に当たって、そのままエンドラインを割り、コーナーキックを得た。

「はは、いいねぇ、ナイスシュート!」

 僕はボランチの選手に向け、声を出す。

「見ろよ皆、うまくやれば皆だってシュートまでいけるだろ? ガンガン打っていけ! 攻撃の意識は常に高く持てよ!」

 僕は左コーナーに走りながら、自軍の選手に声をかける。

「コーナーはヒラヤマとエンドウをマークしろ!」

 マスダの檄がまた聞こえた。よく通る声をしている。

 既にペナルティエリア内にいるユータとジュンイチは、密集地帯でろくに身動きもできない状況だ。

 僕は前もって指示していた通り、ショートコーナーにパスを出し、それを受けた左サイドバックがもう一度、ペナルティエリアから25メートルほどの距離からシュートを放った。しかし、シュートは枠を大きく外れてしまう。

「いいねぇいいねぇ。もうシュート2本も打てたじゃないか」

 僕は戻りながら、手を叩いて一緒に戻る選手を褒めた。

 しかし、僕のテンションとは裏腹に、サポーターもしらけきっていた。2本とも確かにシュートは打てているのだが、どちらのシュートも本職のシュートではないから威力もない。おまけに最終ラインをガチガチに固められていたから、得点も期待できないシュートだったからだ。

 相手のゴールキックで試合再開。相手キーパーは大きくボールを前に蹴りだす。

 ジュンイチと相手フォワードが空中で競り合い、こぼれ玉を相手の司令塔に拾われる。

 パスの出所を探してから、司令塔はボールを前線に入れる。

「よし、囲め!」

 僕の指示で、最終ラインの4人は前線でボールを受けたフォワードを4人がかりで囲んだ。左右のサイドバックも中央に来て、相手フォワードに体を入れにかかる。

「ハッ、バカが!」

 相手フォワードは自分に4人もついたことで、がら空きになった右にボールを蹴り出した。そこには既に相手のサイドが走りこんでいる。

 完全にフリーでサイドはボールを受けるが、既にこちらの右サイドもチェックに行っている。腰を落として、体を入れにかかる。

 相手サイドはさすがにプロ。裏を取ってこちらの選手を抜きにかかる。

 だが、抜き去ったところには、僕が既に戻って足を出しており、相手は僕のタックルにボールを奪われる。僕は立ち上がってすぐにボールをクリアして、スローインに逃れる。

「す、すまん」

 サイドの選手は簡単に抜かれたことを僕に謝った。

「気にすんな。数秒粘ってくれたおかげで、僕があそこまで戻れた。それさえしてくれれば、抜かれても僕とジュンイチが簡単には点を取らせないから」



 その後の試合も、そんな調子で試合が進んだ。

 相手の攻撃は早いが、それは全て僕とジュンイチのカバーでしのぎ、僕達がボールを持てば、のらりくらりと横パスばかりを繰り返し、たまにサイドに僕がボールを振って、そこから崩そうとする動きを少し見せるだけ。ユータと僕は、前半残り5分でシュートを1本も打っていなかった。

 だが、ここからが違った。

「サイドは気にするな! 結局サクライとヒラヤマ以外は怖くないんだ! そこをしっかり抑えろ!」

 最後衛からマスダはそう指示を出しているが、相手はもうこの時点で、僕にしか見えない程の変化が起きはじめていた。

 僕はもう一度、センターサークル付近の低い位置でボールを受ける。

 相変わらずボランチが二人がかりで挟みにかかる。

 僕はヒールで真後ろにいるジュンイチにパス。

「ユータ!」

 パスを出すと共に、そう叫ぶと、ジュンイチはそのまま、最前線のユータに大きくボールを蹴り出した。

 ユータには試合開始時からマスダが徹底マークしている。

 だが、今のユータは中学時代、前で好き勝手プレーするだけの選手じゃない。

 ユータは長身を生かして、ボールを前に落とした。

 そこには既にジュンイチではない方のボランチが走り込んで、ボールを拾っていた。元々僕をボランチ2人でマークしていたので、中央にはスペースがあった。もし僕がユータにポストプレーを指示したら、そこに走りこむよう、あらかじめ指示していたのだ。

「潰せ!」

 マスダがそのまま、ボランチの選手に突進する。

 しかし、ボランチの選手は軽くボールを左に振った。

 そこには既に僕がディフェンスを背負って走りこんでいた。僕はそのまま左足を振りぬく。

 しかし僕のシュートもバーを直撃してゴールにならない。

 サイドバックが拾って相手はボールをサイドラインにクリアする。

 サイドバックは素早くボールをピッチに出す。

「よし、僕に出せ!」

 僕は大声でボールを呼ぶ。

 サイドの選手が中央にボールを出した時には、僕はもうトップスピードに乗っていた。ボールを受けて、その加速で一気にディフェンス二人を相手にする。

 僕はエラシコをかけて、一度相手のバランスを崩し、スピードを落とさないまま、ボランチの横をすり抜けた。

「くっ!」

 僕を止めようにも、ボランチの選手は必要以上のチェックをかけられない。

 僕はディフェンスラインの場所を一瞬確認してから、ユータに絶妙なタイミングでのスルーパスを出した。

 キーパーが勇敢に突っ込み、ユータがボールに触る直前にボールをはじいたが、ユータの後ろからは、僕のマークでボランチがつり出されて再びできたスペースに突っ込んでいたボランチが詰めていて、もう一度シュートを放った。

 そのシュートは倒れているキーパーを越え、枠に飛んだが、マスダが体を投げ出してブロックした。

「あぁ、惜しい!」

 ユータが声を出した。

 すぐに自陣へ戻って守備陣形を整えに来るユータ。

「ケースケ、すまん、絶妙のパスだったのに」

 ユータは戻りながら、近くを走る僕に言った。

「いいんだよ。外してくれた方がよかった」

 僕は言った。

「は?」

「お前があれを入れていれば、僕達は最高でも1‐0にしかならんが、これで相手に大差をつける可能性が出てきたよ」

「――わけのわからんことを言うな」

 走りながらユータは首を傾げる。

 だが、試合が終わった時、ユータはスコアを見て、大きく頷くこととなった。

 結局僕達のチームは、3-0で相手を下してしまったのだった。



「何やってんだ代表! こんなチームに負けやがって!」

「これで世界大会に出るのかよ! 辞退しろ!」

 ピッチには、大阪という土地柄もあるのか、惨敗した代表への罵声が怒号となって、地面を揺らした。

 屈辱に満ちた顔の代表とは裏腹に、僕達のチームは大喜びだった。

「はは! 本当に勝っちゃったよ!」

「俺なんか代表相手にゴール決めちゃったぜ!」

 はしゃぐ僕達に、報道陣も詰め掛ける。このチームの記念撮影も行った。この写真は間違いなく明日の新聞の一面を飾るだろう。

「ありがとうサクライさん! 本当に楽しかった」

「一生の思い出っすよ」

 僕は参加してくれたチームメイトから、握手を求められた。その顔にはどれも充実感が漂っていて、何とも見ているだけで爽快な表情だった。

「ああ、僕達も楽しかったぜ」

 僕はそのひとりひとりと握手を交わして、参加してくれたことに礼を言った。

「サクライくん、サイコー!」

「お前達、よくやったぞ!」

 大部分が代表への罵声でかき消されてしまいながらも、確かにそうして僕達を賞賛する声も耳に聞こえた。

「サクライくん、ちょっといいかな?」

 一通りの写真を撮った後、ユータ、ジュンイチと一緒にいた僕に、報道陣が駆け寄ってくる。

「奇跡の勝利の立役者ということで、ちょっと取材をしたいんだけど」

「あぁ、それはちょっと待ってください。先に要件を済ませておきたいので」

 そう報道陣に言い残して、僕はピッチに走っていく。

 ピッチでは、負けてまだ茫然自失とした選手達がまだ何人かそこに座り込んでいて。

 ペナルティエリア内、つまり自分の仕事場である場所に、マスダもそうしていた。

 僕はマスダに駆け寄って、足を止める。マスダは座り込んだまま、僕の顔を力なく見上げた。

「よく声を出してました」

 僕はマスダに言う。

「だが、もう少し味方の事を見るべきでしたね」


エラシコ…サッカーの必殺フェイント技のひとつ。元ブラジル代表、ロナウジーニョが有名な使い手。ボールが足とゴムで繋がっているように見える。この技術を生み出したのは、現テレビ朝日のサッカー解説者、セルジオ越後という説もある。


動画サイトなんかで見られるので、見たことない人は見てみてください。

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